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ハイキング日和

【これは、劇団「かんから館」が、2007年2月に上演した演劇の台本です】

1972年の「連合赤軍事件」をモデルに、そこに「オウム真理教」的なカルト教団の要素をモチーフに加えて書きました。極限状況で揺れ動く、人間の微妙な心理描写を描いたつもりです。

  〈登場人物〉

   長島 博美
   和田 達朗
   伊藤 和也
   坂崎 孝


      ハイキング姿の男女が、歌をうたいながら入場。
      リュックサック姿、なぜがゴルフバッグもいる。

全員 ♪丘を越え行こうよ 口笛吹きつつ
   空は澄み青空 牧場をさして
   歌おうほがらに ともに手をとり ランララララ ララララ
   ララララあひるさん (伊藤)ガアガア
   ララララやぎさんも (坂崎)メーエ
   ララ 歌声あわせよ 足なみそろえよ
   今日はゆかいだ

      全員整列。

博美   伊藤君。
伊藤   はい。
博美   何か不満なの?
伊藤   はあ?
博美   あなた、やる気がないでしょ?
伊藤   え? ‥‥そんなことないですよ。
博美   じゃあ、何なのよ。それ?
伊藤   それって‥‥何ですか?
博美   ガアガア。
伊藤   は?
博美   だから、ガアガアよ。
伊藤   へ? ‥‥ガアガア?
博美   まだわからないの? じゃあ、論より証拠。はい、イチ、ニ、サン、シ
全員   ♪ララララあひるさん
伊藤   ‥‥え?
博美   何やってんのよ! あなたのパートでしょ! はい、もう一回。イチ、ニ、サン、シ、
全員   ♪ララララあひるさん
伊藤   ‥‥ガアガア。
博美   それよ、それ! それでやる気があるわけ?
伊藤   え?
博美   あなた、そんなので「今日はゆかいだ」って、心から叫べると思う? あなたのガアガアは単なる形なのよ。魂がこもってないの。
伊藤   魂って言われても‥‥。
博美   ほんとうの魂の叫びってのはね、‥‥坂崎くん。
坂崎   はい。
博美   いくわよ。イチ、ニ、サン、シ、
全員   ララララやぎさんも
坂崎   メーエ!
博美   これよ、これなのよ! これでこそ心の底から「今日はゆかいだ」って思えるのよ! ‥‥坂崎君。
坂崎   メーエ!
博美   ね。
伊藤   ね、って‥‥。
博美   何よ?
伊藤   ‥‥だって。
博美   だって何よ?
伊藤   だって、雪が降りそうだし‥‥。
博美   雪だったら何なのよ?
伊藤   こんなに寒かったら、あひるさんも元気なんか出ませんよ。きっと小屋の中で丸くなってますよ。
博美   ‥‥ふーん。それで?
伊藤   だから、僕はそこんところのリアリティを出そうと思って‥‥。
博美   思って?
伊藤   だから‥‥、ガアガア‥‥。
博美   ふーん。
伊藤   それに、だいたい「今日はゆかいだ」って天気じゃないし‥‥。
博美   ‥‥ふーん。言いたいのはそれだけ?
伊藤   え?
坂崎   長島さん、総括しますか?
伊藤   ええ‥‥そんな‥‥。
博美   ‥‥まあ、そこまでは必要ないでしょ。‥‥伊藤君。
伊藤   はい。
博美   あなた、このごろちょっと言い訳が多いのよね。何事も不言実行よ。‥‥覚えといて。
伊藤   ‥‥はーい。
博美   はーい、じゃないでしょ?
伊藤   はい!
博美   ‥‥坂崎君。
坂崎   はい。
博美   ちょっと一緒に来てくれる?
坂崎   はい。

      博美、坂崎、去る。

伊藤   ふー。

      伊藤、座る。
      和田も座る。

伊藤   あー、殺されるかと思った。
和田   お前、バカだなあ。
伊藤   え?
和田   博美さんに口応えなんかするからだよ。
伊藤   だって‥‥。
和田   だってもクソもないよ。ハイハイって言ってりゃいいんだよ。イエッサーってね。
伊藤   でも‥‥。
和田   でもじゃない! ‥‥伊藤君、あなた、このごろちょっと言い訳が多いのよね。何事も不言実行よ。‥‥覚えといて。
伊藤   ‥‥うっさいなあ。
和田   ハハハハ‥‥。
伊藤   もう。
和田   モウは牛です。君はアヒルさん。ガアガア。
伊藤   つまんねぇ。何だよ、そのオヤジギャグ。
和田   いや、君の疲弊した心をなごませようって思ってね。
伊藤   ふーん。‥‥どうせなら、疲弊した心より、冷え切った体を温めてくれよな。
和田   ん? ひょっとして抱きしめてほしいの?
伊藤   よせよ。冗談でも気持ち悪い。
和田   ハハハハ‥‥。それじゃ、博美さんに抱きしめてもらったら?
伊藤   そんなことしたら、それこそ絞め殺されるよ。
和田   ハハハハ‥‥かもな。それにしても、確かに冷えるよな。
伊藤   だろ?
和田   丘に毛が生えたって言っても、一応冬山だからな。
伊藤   少なくともハイキングに来る季節じゃないよ。
和田   それは言えてる。
伊藤   登山口のおじさん、変な顔してたろ?
和田   そうだっけ?
伊藤   そうだよ。俺たち、冬山に登る格好じゃないんだよ。
和田   いや、それより、ゴルフバッグ持ってたからじゃないの?
伊藤   まあ、それもあるだろうけど‥‥。
和田   うーさむ。動いてないとすぐに冷えるな。‥‥もう、このカイロぬるくてダメだわ。新しいのあっただろ?(とカイロを取り出す)
伊藤   残念でした。坂崎のリュックに入ってる。
和田   何だよ、それ! 肝心な時役にたたねぇな、あいつ。
伊藤   でも、博美さんの前では有能だよ。
和田   (坂崎のマネで)長島さん、総括しますか?
伊藤   もう、それはいいよ。
和田   長島さん、長島さんって、金魚のフンじゃあるまいし。
伊藤   惚れてんじゃないの?
和田   それはあるかもな。
伊藤   そう言えば、二人でどこに行ったんだか?
和田   案外、博美さんの方が誘ってたりして?
伊藤   ロリコン?
和田   それは男には使わないだろ? それを言うなら、「坊や」かな?
伊藤   お稚児さんてのは?
和田   おっ、それいいね。
伊藤   だろ?
二人   ハハハハ‥‥。

      しばしの間。

和田   うー、それにしても冷えるな。‥‥いいかげんに早く帰って来いよな。
伊藤   ほんと。このままじゃマジで凍え死んじゃうぜ。
和田   こんなとこで死んだら、シャレになんないよ。
伊藤   ほんと、ほんと。
和田   何やってんだよ、あのガキ。
伊藤   ほんと、ほんと。
和田   (立ち上がって)坂崎の役立たずー!
伊藤   おい、何言ってんだよ? 聞こえたらどうすんだよ?
和田   平気平気、聞こえやしないよ。‥‥こういう時はな、悪口言うと帰って来るんだよ。
伊藤   そうか?
和田   おーい、坂崎のインポ野郎!
伊藤   おい、やめとけよ。
和田   何言ってんだよ? お前もやってみろよ。スカッとするぜ。‥‥それに、何だかあったかくなってきたし。
伊藤   ‥‥そ、そうか?
和田   ほら、お前も立てよ。
伊藤   あ‥‥ああ。(立ち上がる)
和田   行くぞ、せーの、
和田・伊藤   おーい、坂崎のバカヤロー! 悔しかったら帰って来やがれー!
和田   な?
伊藤   そうだな。
和田   スカッとするだろ?
伊藤   うん、する。
和田   あったかくなるだろ?
伊藤   うん、なる。
和田   よーし、もう一発いくぞ。
伊藤   ああ。
和田   せーの、

      坂崎、帰ってくる。

坂崎   何か呼んだ?
和田・伊藤   あ。
坂崎   何?
和田   いや‥‥別に。
伊藤   うん‥‥何でもないよ。
坂崎   そう? ‥‥ああ、ほらカイロ。冷えるだろうって思って急いで戻って来たんだ。

      坂崎、二人にカイロを渡す。

和田・伊藤   ああ‥‥それは、どうも。ありがとう。

      博美、戻って来る。

博美   寒くて泣いてるかと思ったら、何だ、二人とも元気そうじゃないの?
和田・伊藤   あ、お帰りなさい。
博美   何、大声出してたの?
和田・伊藤   いや、別に何でもないです。
博美   それにしては叫んでたじゃないの?
和田   いや、山に来たもんだから声出したくなって‥‥。ヤッホー。
伊藤   大声でも出したらあったまるかなあって‥‥。
博美   ああ、そう。
坂崎   丘の向こうにちょうどいい小屋があったよ。
和田   ああ、そう。
博美   あれを第二キャンプにしましょ。
伊藤   誰も住んでないんですか?
坂崎   みたい。
伊藤   電気は?
坂崎   ちゃんと通ってた。
博美   コタツもあったわよ。
和田   そりゃ、いいっすね。
博美   それじゃ、行くわよ。‥‥荷物お願いね。
和田・伊藤   はーい。
博美   はーい、じゃなくって‥‥。
和田・伊藤   イエッサー!
博美   何よ? それ?
和田・伊藤   ヘヘヘ‥‥。
博美   ‥‥‥。じゃ、行きましょ。

      博美、去る。
      男三人、荷物を持つ。

坂崎   ‥‥それにしても、さっき何叫んでたんだよ?
和田・伊藤   ヘッヘッヘッ‥‥。
坂崎   どうせ、俺か長島さんの悪口だろ?
和田・伊藤   ヘッヘッヘッ‥‥。
坂崎   何だよ? 気持ち悪いな。
和田・伊藤   ヘッヘッヘッ‥‥。

      男三人、去る。
      暗転。


      朝。
      古ぼけた山小屋の中。
      部屋の隅に荷物が置いてある。
      コタツで男たちが寝ている。
      寝袋で博美が寝ている。

      目覚まし時計がけたたましく鳴る。
      坂崎が、目覚ましを止める。

      坂崎、立ち上がり、伸びをする。

坂崎   さ、朝だ。

      他の三人、相変わらず寝ている。

坂崎   みんな、朝だぞ! 起きろー!
和田   うーん。
伊藤   うーん。
博美   うーん。

      他の三人、相変わらず寝ている。

坂崎   もう!

      坂崎、コタツの二人に近づく。

坂崎   おーい、朝だぞー! 起きろー!
和田   うーん。うっせーなー。
伊藤   うーん。わかったよー。

      和田、伊藤、ごそごそと起きだす。
      坂崎、博美に近づく。

坂崎   長島さーん、朝ですよー! 起きて下さーい!
博美   うーん。
坂崎   長島さーん、もう朝ですよー!
博美   うーん。もう飲めないって‥‥。

      男、三人笑う。

坂崎   もう、飲まなくていいですから、起きて下さーい!
博美   あなた、あたしのことが嫌いになったんでしょ?
坂崎   え?
博美   あたしはねぇ、あたしはねぇ、まだ愛してるのよー。
坂崎   え?
博美   うーん。

      博美、寝ぼけている。
      和田、伊藤、笑う。

坂崎   ‥‥‥。しょうがないなあ‥‥。

      坂崎、目覚まし時計を博美の枕元に持って行く。
      鳴らす。

ジリリリリリリリリリリ‥‥。

博美   うっせーな、このガキ! てめえ、ぶっ殺すぞ!

      坂崎、あわてて目覚ましを止める。

博美   うーん。

      和田、伊藤、笑う。

和田   ‥‥もう、やめといたら?
伊藤   そうそう。長島さん、ものすごく寝起き悪いから。
和田   それ以上やると、ほんとにぶっ殺されるよ。
坂崎   ‥‥‥。しょうがないなあ‥‥。
和田   ふあああー。(あくび)
伊藤   ふあああー。
和田   俺たちも、もうちょっと寝ようよ。
伊藤   賛成。異議無し。
坂崎   だめだよ。朝は六時って決めたんだから。
和田   ‥‥誰が?
坂崎   ‥‥長島さん。
和田   でしょ?
伊藤   寝ましょ、寝ましょ。
坂崎   だめだよ。‥‥仕方がないから、僕たちだけでやろう。
和田   えー。
伊藤   君は真面目だねぇ。
坂崎   さあ、和田君、伊藤君、立って立って。
和田   えー。
伊藤   マジでー?
坂崎   さあ、やるよ。二人とも並んで。
和田   しょーがねーなー。
伊藤   しょーがねーなー。

      男、三人並んで立つ。

男たち ♪朝だ朝だよ 朝日がのぼる
   空にまっかな 日がのぼる
   みんな元気で 元気で起きよ
   朝は心も からりとはれる
   あなたもわたしも 君らも僕も
   ひとり残らず 起きよ朝だ

坂崎   よし。
和田・伊藤   ふあああー。(あくび)
坂崎   さあ、あくびなんかしてないで。
和田   何で朝っぱらから歌なんかうたうんだよ?
坂崎   長島さんの提案だっただろ? ハイキングっぽくしようって。
伊藤   何でこんな歌なの?
坂崎   知らないよ。長島さんの決めたんだから。
和田   「空にまっかな日がのぼる」って、太陽なんてのぼってないじゃん。外は真っ暗だよ。
坂崎   知らないよ。そういう歌だから。
伊藤   「ひとり残らず起きよ朝だ」って‥‥、一人残ってんじゃん。

      三人、博美を見る。

博美   うーん。行かないでー。うーん。
男たち   ‥‥‥。
和田   行かないでーって、誰に言ってんだろうね?
伊藤   さあ?
坂崎   さあ?
和田   どこに行くんだろうね?
伊藤   さあ?
坂崎   さあ?
男たち   うーん。
坂崎   ‥‥さ、長島さんのことはほっといて、コーヒーでも飲もうよ。
和田   そうしますか?
伊藤   そうしましょ。そうしましょ。

      坂崎、インスタントコーヒーを作る。

和田   ‥‥いつもすまないねぇ。
伊藤   君はいい女房になれるよ。
和田・伊藤   ふあああー。

      しばしの間。

和田   ‥‥うーさむ。‥‥今日はとびきり冷えるねぇ。
伊藤   この時間が一番冷えるんだよ。
和田   ‥‥だよねぇ。
伊藤   うん。
坂崎   はい。(カップを置く)
和田   ありがと。
坂崎   はい。
伊藤   サンキュ。
和田・伊藤   ふあああー。

      三人、コーヒーを飲む。
      しばしの間。

和田   ‥‥新聞とか読みたいねぇ。
伊藤   テレビとか見たいねぇ。
坂崎   そうだね。‥‥山にいると、下界のことがさっぱりわかんないな。
和田   今頃、世間じゃクリスマスとかで盛り上がってんのかな?
伊藤   だろね。
坂崎   ここじゃ、クリスマスも関係ないよな。
和田   あれ‥‥それじゃ、去年とかは関係あったの?
坂崎   いや‥‥そういう意味じゃないけど。
和田   じゃ、どういう意味なのよ?
伊藤   怪しいな。
坂崎   ‥‥単なる一般論だよ、一般論。
伊藤   ごまかすところが、ますます怪しいな。
和田   うん、怪しい。
坂崎   何だよ? 絡まないでよ。
和田   おい、坂崎の彼女って知ってる?
坂崎   いないよ。
伊藤   さあ?
坂崎   だから、いないって。
和田   そういえば、去年のクリスマス、何してたっけ?
坂崎   だからあ‥‥。
伊藤   さあ、どうだったっけな?
和田   彼女と二人でハッピークリスマス?
坂崎   だからあ‥‥。
博美   ‥‥だから、愛してんのよー!

      三人、博美を見る。
      一瞬の沈黙。

和田・伊藤   ははーん。なーるほどねー。
坂崎   だから、違うってば!
和田   ‥‥ムキになるところが怪しいな。
伊藤   顔が赤くなってるぞ。
坂崎   え? ‥‥なってないよ。
伊藤   なってる、なってる。
坂崎   もう! ‥‥それ以上言うと、ほんと怒るよ。
和田・伊藤   アハハハハ‥‥。
坂崎   もう‥‥。
和田   あ!
伊藤・坂崎   え?
和田   思い出した!
伊藤   ‥‥何を?
和田   去年のクリスマス!
伊藤・坂崎   え?
和田   安本のアパートで、クリスマスパーティーやったんだよ!
伊藤   ‥‥ああ、そうだった、そうだった。
和田   ほら、チーズなんとかをやってさあ‥‥。
伊藤   チーズフォンデュー。
和田   そう、それそれ。‥‥あれ、意外と熱くてさ、口にやけどしたからよく覚えてんだ。
伊藤   あー、そんなのあったな。
和田   あ‥‥だんだん記憶がよみがえってきたぞ。‥‥そうだ、でっかいショートケーキを食べたよ。
伊藤   ああ、なっちゃんの手作りの?
和田   そうそう‥‥あれ、うまかったよな。
伊藤   ああ、そうだ。彼女、お菓子作り得意だったからな。
和田   お菓子だけじゃないよ。料理は何でもうまかったよ。
伊藤   そうそう、誰かさんと違ってね。

      三人、博美を見る。

博美   うーん。だから、もう食べられないって!
三人   ‥‥‥。
和田   ‥‥いったい、どういう夢見てんのかね?
伊藤   さあ?
坂崎   さあ?
和田   ‥‥そうそう、それでさ、ワイン飲んで、ウイスキー飲んで、チューハイ飲んで、みんなベロンベロンになってさ。
伊藤   そうだ。俺、あれから、三日間ほど頭痛かったよ。
和田   それで、いつもの通り、博美が「ジンロを飲む!」って言いはって、それで寒い中、北村が買いに行かされてさ。
伊藤   ああ、そうだったな。いつものレモン入りのロック。
和田   そうそう。それで、一人でガブガブ飲んで、やっぱり暴れ出したんだよ。
伊藤   ほんと、酒癖悪いんだよねー、この人。

      三人、博美を見る。

博美   うーん。あたしを捨てないでー!

三人   ‥‥‥。
和田   ‥‥あーあ、こういう時、なっちゃんがいてくれたらなあ‥‥。
伊藤   ‥‥そうだなあ。
坂崎   それは異議無し。賛成。
和田   ‥‥あったかいおでんとか作ってくれてさあ。
伊藤   ‥‥おでんかあ。いいなあ。
坂崎   異議無し。賛成。
和田   あれ?
伊藤・坂崎   え?
和田   ‥‥あの時、坂崎いたっけ?
坂崎   ‥‥‥。
伊藤   えーと、どうだったっけなあ?
和田   いないよ。そうそう、いなかった。
伊藤   そうだっけ?
和田   そうだよ! 絶対そう! ‥‥だろ?
坂崎   ‥‥うん。
和田   ほーら。
伊藤   そっか。
和田   あれ?
伊藤・坂崎   え?
和田   ‥‥それじゃあ、博美とデートしてたんじゃないんだ。
伊藤   あ‥‥そっか。
坂崎   また、その話? ‥‥お前らしつこいぞ。
和田・伊藤   なーんだ、そっかあ!
和田   なーんだ、つまんねぇ。
伊藤   異議無し。賛成。
和田・伊藤   アハハハハ‥‥。
坂崎   もう!

博美   うーん。だから、愛してんのよー。

和田   愛してない。愛してない。
伊藤   あんたは捨てられたの。
坂崎   だから、しつこいって!
和田・伊藤   アハハハハ‥‥。
坂崎   もう!
和田   ‥‥だったら、誰だったんだよ?
坂崎   え?
伊藤   純ちゃんとか‥‥。
和田   ああ、純ちゃんねぇ。あの子かわいかったもんなあ。
伊藤   性格もよかったし。
和田   そうそう。‥‥ね、そうなの?
坂崎   違うよ。
伊藤   年上好みなら、岸上さんとかも‥‥。
和田   ああ、その線あるかもな。
伊藤   坂崎って、母性本能くすぐるとこあるじゃん?
和田   うん、あるある。
坂崎   よせよ。
和田   ‥‥でも、岸上さん、パーティーの時、いなかったっけ?
伊藤   別にいたっていいんだよ。クリスマスだけがデートのチャンスじゃないんだし。
和田   ああ‥‥それもそうだな。
伊藤   だろ?
和田   ‥‥だったら、博美の線も復活していいんじゃない?
伊藤   あ、そっか。
和田   だろ?
伊藤   だよねぇ。
坂崎   もう! 二人ともいいかげんにしろよ!
和田   あ、またムキになってる。
伊藤   やっぱり怪しいな。
坂崎   じゃなくってさ! 昔話はもうやめろよ! ‥‥もう、みんないないんだからさ。

      しばしの沈黙。

坂崎   ‥‥だろ?
和田   ‥‥だよな。
伊藤   ‥‥だよな。
坂崎   ‥‥俺たち四人でやっていくしかないんだよ。
和田   ‥‥だよな。
伊藤   ‥‥だよな。
博美   そうよ、それしかないのよ!

      突然、博美が立ち上がる。

男三人   !
博美   あんたたち、わかってんの?
男三人   ‥‥は、はい。
博美   そう‥‥それなら、よし。
男三人   ‥‥‥。
博美   それでいいのよ。

      博美、再び寝る。

和田   ‥‥寝言?
伊藤   ‥‥みたいだな。

      男三人、博美の様子をうかがう。

博美   ‥‥‥。
伊藤   何だよ。人騒がせな。
和田   ほんと。‥‥油断もすきもありゃしないな。
坂崎   ‥‥だからさ。
伊藤   え?
和田   だから、何だよ?
坂崎   ‥‥だから、四人で力をあわせてさ。
和田   ああ‥‥その話。
伊藤   だから、わかったよ。
坂崎   これからも、ずっと、四人でやって行こうよ。
伊藤   だから、わかってるって。
坂崎   ほんとか?
伊藤   ああ。
坂崎   ほんとにわかってるのか?
和田   しつこいぞ。‥‥俺たちも馬鹿じゃないぜ。
坂崎   じゃ、約束できるか?
伊藤   ‥‥ああ。
坂崎   和田も?
和田   ‥‥ああ、いいよ。
坂崎   四人だぞ。
和田・伊藤   ああ。
坂崎   ずっとだぞ。
和田・伊藤   ああ。
坂崎   ‥‥よし。
男三人   ‥‥‥。

博美   よーし、それで、いいのよ!

      男三人、博美を見る。もう、笑ってはいない。

男三人   ‥‥‥。

      男たち、顔を見合わせ合う。
      長い沈黙。
      暗転。


      夜。
      博美を囲んで男たちが立っている。

博美   人々は苦しみのゆえに神に対してけがしごとを言い、自分の行いを悔い改めようとしなかった。
男三人  人々は苦しみのゆえに神に対してけがしごとを言い、自分の行いを悔い改めようとしなかった。
博美   邪悪な者たちは、人々の心の隙間に入り込み、サタンの国を作り上げようとした。
男三人  邪悪な者たちは、人々の心の隙間に入り込み、サタンの国を作り上げようとした。
博美   そこで、神はおっしゃった。あなたが、わたしの忍耐について言った言葉を守ったなら、わたしも地上に住む者たちを試みるために全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。
男三人  そこで、神はおっしゃった。あなたが、わたしの忍耐について言った言葉を守ったなら、わたしも地上に住む者たちを試みるために全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。
博美   だから、わたしたちは、神の言葉をのみ信じ、邪悪な敵の前に決してひるむことはしないだろう。
男三人  だから、わたしたちは、神の言葉をのみ信じ、邪悪な敵の前に決してひるむことはしないだろう。
博美   わたしたちは、けがれた敵の血の一滴までも許すことはないだろう。
男三人  わたしたちは、けがれた敵の血の一滴までも許すことはないだろう。
博美   魂の解放と自由のために、恐れることなど何があろうか。
男三人  魂の解放と自由のために、恐れることなど何があろうか。
博美   輝かしい勝利の日まで、わたしたちは果てしなく闘い続けよう。
男三人  輝かしい勝利の日まで、わたしたちは果てしなく闘い続けよう。
博美   闘い続けよう。
男三人  闘い続けよう。

博美   はい。
男三人  ‥‥‥。

博美   では、今日の告悔を。
男三人  ‥‥‥。
博美   和田君。
和田   はい。‥‥私は‥‥私は、あまりの寒さにくじけそうになりました。そして、うまい食事を食べたくなりました。缶詰や、サトウのご飯やボンカレーやカップラーメン以外のものを食べたくなりました。‥‥私は、血のしたたるようなビーフステーキが食べたくなりました。あたたかいシチューが食べたくなりました。暖房のきいたおしゃれなレストランで食事がしたくなりました。そこで、ワインを飲みながら、みんなと笑いながら食事をしたくなりました。
博美   そう‥‥。他には?
和田   以上です。
博美   ‥‥そう。では、伊藤君。
伊藤   はい。‥‥私は‥‥私は‥‥ええっと、私は‥‥。
博美   どうしたの?
伊藤   すみません。‥‥私は、女が抱きたくなりました。グラマーで美人の女の子とセックスしたくなりました。いや、グラマーで美人でなくてもいいんです。風俗やソープでもいいんです。誰でもいいから、とにかくセックスしたかったんです。‥‥それで、仕方ないから、マスでもかこうかと思ったんですけど、部屋の中では無理なので、トイレでやろうかと思ったんですけど、あまりに寒いので立ちませんでした。それであきらめました。
博美   ‥‥そう。それで?
伊藤   以上です。
博美   じゃ、坂崎君
坂崎   はい。‥‥私は、神を疑いました。いや、神の存在は信じています。‥‥ただ、神の救いと、我々の勝利を疑ったのです。‥‥私たちに、本当に勝利の日は来るのでしょうか? ‥‥いまだに世の中は邪悪な敵に満ちています。いや、それだけではありません。こうして俗世を離れた山の中でも、私の心の中からも邪悪な心は完全には払拭できないのです。‥‥もちろん、魂の解放と自由は信じています。でも、それはあまりにも遠い。気が遠くなるほど遠く思われます。‥‥私は、それを待ちきれるかどうか不安なのです。‥‥だから、和田君や伊藤君の迷いを私は責めることはできません。笑うこともできません。‥‥以上です。
博美   ‥‥そう。

      しばしの沈黙。

博美   誰が一番罪深いと思いますか?
男三人  ‥‥‥。
博美   和田君?
和田   ‥‥私です。
博美   伊藤君?
伊藤   ええっと、自分です。
博美   坂崎君?
坂崎   私です。
博美   そうですね‥‥、坂崎君、あなたです。
坂崎   はい。
和田・伊藤  ‥‥‥。
博美   魂の解放と自由は待つものではありません。自らの力で勝ち取るものなのです。あなたの日々の一挙手一投足が、来るべき勝利への礎となるのです。その確信が持てないようでは、あなたには、革命の主体としての自覚がまだ足りないようですね。
私たちは、常に選ばれし聖戦の戦士として生きなければなりません。
神はいつも見ていらっしゃいますよ。
坂崎   はい。
博美   そこのところをよく考えて、反省するように。
坂崎   はい。
和田・伊藤  ‥‥‥。(やや長い沈黙。)
博美   ‥‥それでは、今日の祈りはここまで。
坂崎   ありがとうございました。
和田・伊藤  ありがとうございました。

      博美、立ち上がり、去る。
      長い沈黙。

和田   ふー。
伊藤・坂崎  ‥‥‥。
和田   ‥‥一時はどうなるかと思ったよ。
伊藤   ‥‥そうだな。
和田   何であんなこと言うんだよ?
坂崎   ‥‥‥。
和田   わかってるだろ?
坂崎   ‥‥ああ。
和田   じゃあ、どうして?
坂崎   それは‥‥告悔だから。
和田   え?
坂崎   ‥‥自分に正直でありたいと思ったんだ。
和田   ‥‥正直って。‥‥それも、ケースバイケースだぜ。
伊藤   そうだよ。時と場合を考えろよ。
坂崎   だから‥‥だから、そういうのがイヤになったんだよ。
和田・伊藤  え?
坂崎   告悔の時、君たちは誰に言ってる?
和田・伊藤  え?
和田   ‥‥そりゃ、博美さんだろ? なあ?
伊藤   ああ。
坂崎   それが間違ってると思うんだよ。
和田・伊藤  え?
和田   ‥‥じゃ、誰だよ?
坂崎   神‥‥だよ。
和田・伊藤  え‥‥。
和田   そりゃ確かにそうだろうけど‥‥。
伊藤   でも、実際に目の前にいるのは博美さんなんだし‥‥。
坂崎   それはそうだよ。でも、彼女はあくまで媒介者にすぎない。俺は、あくまで神と対話したいと思うんだ。
和田・伊藤  ‥‥‥。
坂崎   あのさ、俺たちの信仰しているのは神だろ?
和田   ああ。
伊藤   ああ。
坂崎   博美さんじゃないだろ?
和田   それは、そうだけど‥‥。
伊藤   でもな‥‥。
坂崎   人は神の前に平等なんだ。一人一人が神と直接の契約をしているんだよ。
伊藤   そんなことはわかってるよ。
坂崎   ほんとにわかってるのかな? ‥‥頭ではわかったつもりでいても、いつの間にか俺たちは、その基本の所を忘れつつあるんじゃないか?
和田・伊藤   ‥‥‥。
坂崎   和田君、君はどうして食事の用意をするの?
和田   それは‥‥。
坂崎   伊藤君、君はどうしてそうじをするの?
伊藤   それは‥‥。
坂崎   どうしてマキを取りにいくのか? どうして歌うのか? どうして生きるのか? どうして闘うのか? ‥‥それは、博美さんに命令されたからじゃないだろ? 全ては、神に対する奉仕だろ?
俺たちは、もしかしたらそこんところを忘れかけているんじゃないかって思ったんだ。その一番基本で、一番大事なことをね。
和田・伊藤   ‥‥‥。
坂崎   だから、俺は、自分に正直であろうと思った。神の前に、たった一人の自分であろうと思った。

      長い沈黙。

和田   ‥‥坂崎、お前は正しいよ。お前の言ってることは、全くの正論だよ。でもな‥‥お前は、四人でやっていこうって言ったじゃないか? ずっと四人でって。
伊藤   そうだよ。
和田   そこんところも忘れてもらっちゃ困るんだよ。
伊藤   そうだよ。坂崎。
坂崎   ‥‥‥。
和田   お前は、こういう考え方は嫌いかもしれないけどな、世の中はきれいごとだけじゃ行かないんだよ。それは、このコミュニティだって例外じゃないんだよ。それは、お前だって見てきたじゃないか?
坂崎   ‥‥‥。
伊藤   他のことは何を言ってもいいけどさ、頼むから、信仰と闘争方針についての疑問だけは言わないでくれ。それだけはダメなんだよ。
坂崎   ‥‥‥。
伊藤   坂崎。
坂崎   ‥‥‥。

      博美が戻ってくる。

博美   何話してたの?
和田   いや、何でもないです。
博美   みんな、やけに深刻そうな顔してるじゃないの?
伊藤   そんなことないですよ。ちょっと寒いだけですよ。
博美   ふーん、そう? ‥‥風邪でもひいてるんじゃない?
伊藤   ‥‥かな?
博美   お願いだからうつさないでよ。こんな山奥に病院なんかないんだから。
伊藤   はーい。
博美   はーい、じゃなくって?
伊藤   はい! ‥‥へへへ。
和田・伊藤  へへへへ‥‥。
博美   何よ? 気持ち悪い。
和田・伊藤   へへへへ‥‥。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ‥‥退屈ね。久しぶりに、トランプでもやる?
和田   お、いいっすね。
博美   じゃあ、ポーカーやろうか?
伊藤   いやですよ。博美さん、無茶苦茶強いから。
博美   じゃ、何すんの? ブラックジャック? セブンブリッジ?
和田・伊藤  七並べ。
博美   何よ、それ?
和田・伊藤  へへへへ‥‥。
博美   もう! あんたたち、何かたくらんでるでしょ?
和田・伊藤   へへへへ‥‥。
博美   やめてよ、気持ち悪い。
和田・伊藤  へへへへ‥‥。
博美   もう! 怒るわよ!
和田・伊藤  へへへへ‥‥。
坂崎   ‥‥‥。

      暗転。


      サスペンションライトが三本。
      それぞれの中に、和田、伊藤、坂崎が立っている。

和田   十一月二十一日、晴れ。新宿駅を出発。二十二日に登山口に到着。入山。
伊藤   男子七名、女子五名、総員十二名。
坂崎   十一月二十三日、曇り。山小屋をベースキャンプとする。
和田   十一月二十四日、曇り。武闘訓練開始。全員戦意高し。
伊藤   十二月二日、曇り時々雪。北村誠がベースキャンプから失踪。安本浩司、坂崎孝、桑原健太の三名が、捜索のため下山。
坂崎   十二月三日、曇り時々晴れ。北村誠を発見。ベースキャンプに連れ帰る。
和田   全員で北村誠に対して総括会議を開催。北村誠、自己批判を行う。教育措置として、全裸で屋外放置。
伊藤   十二月四日、晴れ。北村誠の凍死を確認。死体を山中に埋める。
坂崎   十二月十日、雪。安本浩司、全体会議において闘争方針を激しく批判。
和田   総括会議の結果、安本浩司を死刑に処することに決する。
伊藤   安本浩司、ロープによる絞殺により死亡。死体を山中に埋める。
坂崎   十二月十二日、曇り時々雪。山下勇樹、石田奈津美、両名が脱走を図るも、直前に発覚。
和田   総括会議において両名の死刑を決定。山下勇樹、石田奈津美をアイスピックにより刺殺。死体を山中に埋める。
伊藤   十二月十四日、曇り。桑原健太にスパイの嫌疑がかかる。
坂崎   総括会議において、桑原健太が自己批判を行う。死刑を決する。
和田   桑原健太をロープにより絞殺。死体を山中に埋める。
伊藤   十二月十五日、雪。森本いづみが信仰態度を批判される。
坂崎   総括会議。森本いづみを教育措置として、全裸で屋外放置する。   
和田   十二月十六日、晴れ。森本いづみの死亡を確認。死体を山中に埋める。
伊藤   十二月十七日、曇り。岸上由香が総括方針を批判。
坂崎   総括会議を開催し、岸上由香の死刑を決定。
和田   岸上由香、アイスピックにより刺殺。死体を山中に埋める。
伊藤   十二月十九日、曇りのち晴れ。吉本純子の闘争に対する消極的姿勢が批判される。
和田   総括会議の結果、教育措置として、吉本純子を全裸で屋外に放置。
伊藤   十二月二十日、曇り。吉本純子の死亡を確認。死体を山中に埋める。
坂崎   十二月二十二日、晴れ。ベースキャンプを出発。
和田   同日、第二キャンプを確保。
伊藤   男子三名、女子一名、総員四名。

      長い間。

坂崎   (大声で)長島さん、総括しますか?

      博美が浮かび上がる。

博美   ‥‥そうですね。

      暗転。


      山小屋の中。
      四人全員がいる。

博美   坂崎君、敵の情勢は?
坂崎   はい。警察は、我々が集団で姿を隠したことは既に把握しているようです。捜査の態勢も組まれているようですが、我々の行き先については、長野県周辺であること以上、詳細にはつかんでいないようです。
博美   そう。‥‥他には?
坂崎   以上です。‥‥何か変化がありましたら、東京から連絡が入る予定です。
博美   そう。ご苦労様。
 いずれにしても、敵が我々の動向を把握するのは、そんなに先のことではないと思うわ。それまでの時間に、我々の側がしっかりと体勢を整えなくてはね。
坂崎   はい。
和田・伊藤  はい。
博美   これからの闘いは、相当な長期戦になるでしょう。粘り強く聖戦を闘い抜く体勢と精神力が必要です。そのためには、次の二つの点が重要です。
 一つは、闘争人員の確保です。この四人だけで強大な権力に戦いを挑むのは、余りにも無謀です。よって、各地の信者やシンパに呼びかけて、戦線に加わる戦闘員を相当数確保しなければなりません。
 次に、そのオルグ活動や長期戦に備えるため、また、武器を確保するためにも、資金面の充足が至急に必要です。
 そこで、提案があります。
 私と坂崎君は、これから一端山を下り、闘争資金の確保を行います。その間、和田君と伊藤君は、キャンプの防衛に努めて下さい。
坂崎   はい。
和田   何日ぐらいの間ですか?
博美   そうね。長くても二?三日程度でしょう。‥‥いいですか?
和田   はい。
伊藤   はい。
博美   ‥‥それでは、それぞれに闘争をしっかり貫徹して下さい。
男三人   はい。
博美   神の御加護がありますように。
男三人   神の御加護がありますように。

      博美、坂崎、立ち上がり、荷物を持つ。

博美   坂崎君。それでは行きましょう。
坂崎   はい。
 カイロ多めに置いていこうか?
和田   いいよ。そっちの方が必要だろ?
坂崎   ‥‥それもそうだな。
伊藤   そうそう。‥‥健闘を祈るよ。
坂崎   ああ。ありがとう。
博美   じゃ、行くわよ。
坂崎   はい。
和田・伊藤  いってらっしゃーい。(手を振る)

      博美、坂崎、出て行く。

和田   ‥‥行ったな。
伊藤   うん、行った。
和田   行った。行った。
伊藤   ‥‥何だかうれしそうだな?
和田   え? お前、うれしくないのか?
伊藤   うーん、うれしいっていうより、ほっとしたって感じかな?
和田   だろ?
伊藤   ああ。
和田   このひと月、文字通り戦々恐々の日々だったからなあ‥‥。
伊藤   ‥‥そうだな。
和田   今度こそ俺の番だ。今度こそ俺の番だって、ゆっくり眠れやしなかったよ。
伊藤   それを言うなら、俺の方だよ。どうも、俺、博美さんにあんまり信用されてないみたいだからな。
和田   ああ、そうかもな。
伊藤   おい、冗談でもそんなこと言うなよ。
和田   冗談じゃないよ。マジだよ。
伊藤   そんなー‥‥。
和田   (坂崎のマネで)長島さん、総括しますか?
伊藤   やめてくれー!
和田   アハハハハ‥‥。
伊藤   (力なく)アハハハハ‥‥。

      しばしの間。

和田   ‥‥みんな、死んじゃったな。
伊藤   ‥‥そうだな。
和田   なっちゃんも、北村も、純ちゃんも、山下も‥‥。
伊藤   安本も、岸上さんも、桑原も、いづみちゃんも‥‥。
和田   みーんな、みーんな死んじゃった。
伊藤   ‥‥違うよ。
和田   え?
伊藤   死んだんじゃないよ。殺したんだよ。
和田   ‥‥‥。
伊藤   俺たちがさ、この手でさ。
和田   ‥‥ああ。

      しばしの沈黙。

和田   ‥‥土の中は冷たいだろうな。
伊藤   ‥‥そうだな。
和田   ナンマンダブ、ナンマンダブ‥‥。
伊藤   やめろよ。‥‥冗談でも。
和田   ‥‥ああ。
伊藤   つまんない冗談で総括されたら、それこそシャレになんないぜ。
和田   ‥‥ああ、そうだな。

      しばしの間。

伊藤   ‥‥俺たち、どうなるのかなあ?
和田   ‥‥さあ。

      しばしの間。

伊藤   ‥‥死ぬのかなあ?
和田   ‥‥さあ。

      しばしの間。

和田   あのさ。
伊藤   え?
和田   お前、どうして入った?
伊藤   え?
和田   どうやってオルグされたかってことだよ。
伊藤   ‥‥ああ。
和田   どうやって?
伊藤   ああ‥‥そうだな‥‥大学入って、授業がちっともおもしろくなくて、何かサークルでも入ろうかって思ったけど、もう新歓はとっくに終わっちゃってて、ブラブラしてたら、クラスのやつにビデオ会に誘われた。‥‥それが最初かな?
和田   「聖書に関心はありますか?」とか?
伊藤   ああ、そんな感じ。
和田   で、実際関心はあったわけ?
伊藤   いや、キリスト教に限らず、宗教とかには興味はなかったな。家は浄土真宗だけど、時々坊主が来て、法事をやるだけだし。
和田   うちは真言宗。
伊藤   ハハ、そっか。
和田   うん。‥‥それで?
伊藤   それでって?
和田   だから、その無宗教な伊藤少年がどうしてのめり込んで行ったの?
伊藤   うーん、何でだろうな? こう言っちゃ何だけど、何でもよかったのかもしれない。
和田   ふーん。
伊藤   今となってはよくわかんないんだけど、何かを求めてたんだろうね。自分を受け入れてくれるというか、受け止めてくれるというか‥‥。
和田   救い?
伊藤   うーん、そんなはっきりしたものじゃなかったような気がする。だって、何かに攻撃されてたわけでもないし‥‥。
和田   それはそうだ。じゃあ‥‥居場所?
伊藤   うーん、まだそっちの方が近いかもしれない。
和田   そっか。
伊藤   とにかく何もかもおもしろくなかったのは確かだな。大学もおもしろくないし、卒業して就職してもサラリーマン生活はおもしろくなさそうだし。それに、第一、就職できるかどうかもわかんないし。
和田   うん、それは言えてる。‥‥それで?
伊藤   それでってストレートに選んだわけでもないよ。やっぱり、初めは宗教に対する偏見みたいなのが強かった。仏教だって、キリスト教だって、宗教なんてみんなタテマエばっかりで、実際のところ結婚式と葬式しかやってないじゃないかってね。そんなもので、俺の心の空白が埋められるはずはないってね。
和田   それがどうして?
伊藤   うん、そういう俺の宗教に対する不信とか、疑問を全て認めて、受け入れてくれたからかな? あれは、本当にカルチャーショックだった。
和田   それは‥‥確かにそうだな。
伊藤   それに、「信仰とは闘争だ」っていうのも、新鮮な驚きだった。葬式仏教や結婚式キリスト教とは確かに違う何かがここにはあるって思ったね。これは「生きている宗教」「現在進行形の宗教」だって思った。
和田   ふーん。
伊藤   ふーん、ふーんって、人にばっかりしゃべらせないで、お前もしゃべれよ。
和田   え、俺?
伊藤   そう。‥‥お前はどうして入ったの?
和田   俺はねぇ‥‥お前とは全然違う。
伊藤   何が違うんだよ?
和田   俺はさ、革命とか共産主義ってのに昔から興味があったんだ。高校生の頃から、マルクスとかレーニンの本を読んでた。
伊藤   ずいぶん変わった高校生だな。
和田   うん、友達からも変人扱いされてたよ。
伊藤   だったら、どうして民青とか共産党とかに入らなかったの?
和田   うーん、そこんとこを話すと話が長くなる。
伊藤   長くてもいいからさ。
和田   恐ろしく長くなる。一晩や二晩じゃとてもしゃべれない。
伊藤   ‥‥‥。じゃ、そこんとこをかいつまんでさ。
和田   そうか? それほどまでに言うんなら、思いっきりかいつまんで言うと‥‥ズバリ「魂の解放」を目指しているからだ。
伊藤   え? ‥‥それじゃ、わけわかんないよ。
和田   だろ?
伊藤   だろ、じゃなくってさ、もう少し分かるように言えよ。
和田   うーん‥‥そうだなあ‥‥、まあ、要するに、共産主義とかマルクス主義ってのは、究極的には人民の解放と自由を目的にしているわけ。ところが、お前も知ってる通り、現実の社会主義国家は、解放どころか、人民を抑圧してしまったわけだ。ソ連にしても、北朝鮮にしても。それで、結局ソ連は崩壊したし、北朝鮮はあんな風になってしまっている。‥‥ここまではわかるだろ?
伊藤   ああ。
和田   そこに至るまでに関してはいろんな言い訳や、意見があるんだけど、要するに、俺は共産主義に疑問を持ってしまったわけ。つまるところ、共産主義では人民を解放できないのではないかってね。
伊藤   ふーん。
和田   それで、俺は俺なりに考えた。共産主義のどこに問題があるのかってね。そこで、俺なりに得た結論が「心」の問題なんだ。
伊藤   心の問題?
和田   そう、心の問題。‥‥共産主義は、「唯物論」という考え方を基本にしている。世の中のありとあらゆるものは、物質に規定されているという考えだ。そこには、人間の「心」も含まれる。
伊藤   どうして人間の心が物質に規定されるんだよ?
和田   まあ、黙って聞け。そこんところを説明しはじめると二晩かかるんだ。‥‥で、その「唯物論」の対局にあったのが、「唯心論」すなわち宗教だ。だから、共産主義にとっては宗教は絶対的な敵なわけだ。マルクスも言ってるよ。「宗教はアヘンだ」ってね。
伊藤   ふーん。
和田   そこで俺は考えた。共産主義は宗教を敵視する余りに、「心」や「魂」の問題をあまりにないがしろにしすぎたんじゃないかってね。さらに俺は考えた。キリスト教にせよ、仏教にせよ、あらゆる宗教は、心の平安を説いている。心の平安、すなわち、心の解放、心の自由だ。共産主義の言う人民の解放だって、目指すところは同じじゃないのか? ひょっとしたら、この二つのカタキどうしは、同じ峰の頂上を違う斜面から登ろうとしているだけなんじゃないかってね。
伊藤   ふーん。そういう考え方もあるか‥‥。
和田   ところが、現実の宗教ってのは、お前の言った通り、ただの商売道具に成り下がっている。そこには心の解放も、心の自由のカケラもありゃしない。
そんな時だよ、俺が出会ったのは。
「革命的キリスト者同盟」という、その名前にまず引かれたんだ。「革命」と「キリスト」という、本来同じ場にあるはずがないものが並んでいる。何なんだこれは?
俺は猛烈に関心を持った。それで、自分から出かけて行ったんだ。
そして「革命による魂の解放」という話を聞いて、これだ!って思ったんだ。俺が探していたものはこれだ。この闘争に身を捧げようってね。

      溶暗。
      博美と坂崎が浮かび上がる。
      二人並んで座っている。

博美   みんな、救われるのよ。
坂崎   え?
博美   安本君も石田さんも北村君も吉本さんも岸上さんも山下君も桑原君も森本さんも、みんな救われるのよ。
坂崎   それ、どういうことですか?
博美   総括っていうのはね、その名の通り総括なのよ。人生の総括、魂の総括なのよ。その意味では、告悔の究極の形ね。人は過ちを犯す。それは仕方がないことだけど、悔い改めることが大事なの。彼等は、自らの過ちを自分の命であがなって天上に召されたのよ。そして、罪深い肉体から解放された彼等の魂は、初めて本当の自由を得るのよ。神の愛に包まれて、救われるのよ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   私は、彼等がうらやましいわ。
坂崎   ‥‥本当に?
博美   ええ。‥‥でも、私たちは、まだ天上に召されるわけにはいかないわ。この汚れた土地に残って、地上の楽園を築かなければならないから。
坂崎   ‥‥‥。
博美   最後まで、勝利の日まで、あなたはついてきてくれるわね? 坂崎君。
坂崎   ええ‥‥はい。

      しばしの間。

博美   私はあなたを信じています。あなたも私を信じて。
坂崎   はい。もちろんです。
博美   そう。‥‥それはよかった。‥‥本当によかった。
坂崎   ‥‥‥。

      しばしの間。

博美   ずいぶん冷えてきたわね。
坂崎   そうですね。

      博美、坂崎の膝に頭をもたれかかせる。

坂崎   え。
博美   ‥‥あったかい。
坂崎   ‥‥‥。
博美   こうしていると、とってもあったかいわ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ずっとこうしていたいわね。
坂崎   だめですよ。こんなところでじっとしてたら、死んじゃいますよ。
博美   ‥‥死んでもいいの。
坂崎   え?
博美   あなたとなら、死んでもいいのよ。
坂崎   何言ってるんです。そろそろ行きましょう。あいつら心配してますよ。
博美   心配なんかしてないわよ。
坂崎   え?
博美   鬼のいぬ間のなんとやら。今頃祝杯でもあげてるんじゃないの?
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ。
坂崎   え‥‥はい。
博美   私たち四人残ったでしょう?
坂崎   ‥‥ええ。
博美   どうしてだと思う?
坂崎   ‥‥さあ?
博美   選ばれたのよ。‥‥私たち、神に選ばれたのよ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   でも、まだ、神の審判は続くと思うの。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ。
坂崎   はい。
博美   聞いてるの?
坂崎   はい、聞いてます。
博美   ‥‥最後に選ばれるのは誰だと思う?
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ。
坂崎   ‥‥長島さんでしょう?
博美   違うわ。
坂崎   え?
博美   それはねぇ‥‥あなたよ。
坂崎   え‥‥。
博美   あなたは神に愛されている。‥‥ずっと前からそう思ってたの。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ‥‥悔しいわ。
坂崎   え?
博美   私、嫉妬深いって知ってた?
坂崎   ‥‥いいえ。
博美   そう‥‥私ね、すごく嫉妬深いのよ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   今、私は、すごく嫉妬しているの。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ。
坂崎   はい。
博美   誰に嫉妬してると思う?
坂崎   ‥‥さあ?
博美   あなたじゃないわよ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   神よ。‥‥私は神に嫉妬しているの。
坂崎   え。
博美   ねぇ。
坂崎   ‥‥はい。
博美   あなた、私を愛しなさい。
坂崎   え?
博美   これは命令よ。
坂崎   え?
博美   うそうそ、冗談よ。アハハハハ‥‥。
坂崎   ‥‥‥。
博美   アハハハハ‥‥。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ。
坂崎   はい。
博美   神の愛と私の愛と、どっちを選ぶ?
坂崎   ‥‥‥。
博美   ねぇ、答えてよ。
坂崎   それは‥‥。
博美   それは?
坂崎   ‥‥神の愛です。
博美   アハハハハ‥‥そう言うと思った。あなたはホントに優等生ねぇ。アハハハハ‥‥。
坂崎   ‥‥‥。
博美   でも、だめよ。
坂崎   え?
博美   あなたは私を愛さなければいけないの。
坂崎   ‥‥‥。
博美   私がそう決めたんだから。
坂崎   ‥‥‥。
博美   これは命令なの。
坂崎   ‥‥‥。

      長い沈黙。

博美   あのね。
坂崎   ‥‥‥。
博美   私、あなたにリーダーを譲ってもいいと思ってるの。
坂崎   え?
博美   あなたこそ、リーダーにふさわしい人材よ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   私は、あなたについていくわ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   どこまでもどこまでも。
坂崎   ‥‥‥。
博美   だから‥‥だから、私を愛して。
坂崎   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

博美   坂崎君。
坂崎   はい。
博美   キスして。
坂崎   え‥‥。

      見つめ合う二人。
      長い沈黙。

坂崎   ‥‥すみません。
博美   ‥‥そう。
坂崎   ‥‥‥。
博美   女に恥をかかせた罪は重いわよ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   よく覚えといて。
坂崎   ‥‥すみません。

      しばしの間。

博美   あ、雪。
坂崎   あ。

      二人、降り出した雪を見ている。
      しばしの間。
      博美、突然立ち上がる。

博美   さあ、行きましょうか?
坂崎   え‥‥はい。
博美   荷物お願いね。
坂崎   はい。

      二人、歩き出す。
      暗転。


      山小屋の中。

坂崎   東京から連絡が入りました。緊急事態です。
博美   何ですか?
坂崎   敵がベースキャンプを発見しました。そして、周辺の地中から死体を一体見つけたようです。今朝のニュースで報道していたそうです。
和田・伊藤   え。
博美   ‥‥そうですか。
和田   それは、男か? 女か?
坂崎   それはまだわからない。
和田   そうか‥‥でも、それじゃ他の死体も見つかるな。
坂崎   ああ、総動員で探索をしているらしい。
和田   じゃあ、時間の問題だな。
伊藤   どうしよう? ここも見つかるんじゃないか?
坂崎   その可能性は十分あるな。
伊藤   じゃ、早く逃げないと‥‥。長島さん!
博美   ‥‥‥。
伊藤   ねえ、早く逃げましょう!
博美   ‥‥落ち着きなさい。
伊藤   でも、ぐずぐずしてると捕まっちゃいますよ!
博美   落ち着きなさい! ‥‥伊藤君、‥‥逃げるってどこに逃げるの?
伊藤   ‥‥それは。‥‥でも、とにかくここは危ないですよ!
博美   どこに逃げても同じよ。彼等は必ず見つけ出すわ。それに、今へたに動いたら、かえって見つかりやすくなるだけよ。
和田   それは‥‥そうだな。
伊藤   でも‥‥それじゃ、どうするんです? ここで、じっと捕まるのを待つんですか?
博美   ‥‥誰もそんなことは言ってないわよ。
伊藤   じゃあ?
博美   伊藤君、‥‥私たちはどうしてここにいるのですか?
伊藤   え?
博美   答えなさい。
伊藤   どうしてって‥‥。
博美   わからないの?
伊藤   ‥‥‥。
博美   じゃあ、和田君、答えて。
和田   え‥‥。
博美   私たちはどうしてここにいるの?
和田   それは‥‥。
博美   何よ、そんなこともわからないの? ‥‥じゃあ、坂崎君。
坂崎   それは‥‥それは、聖なる闘いのためです。
博美   ‥‥そうです。その通りです。

      しばしの間。

博美   聖戦を誓った私たちが、敵の攻撃を前にしてすることは何? 尻尾を巻いて逃げることなの? 伊藤君。
伊藤   ‥‥いいえ。違います。
博美   じゃあ、どうするの?
伊藤   それは‥‥闘うことです。
博美   そうです。その通りです。‥‥いよいよ、その時がやってきたのよ。待ち望んだ絶好のチャンスじゃないの? それを、何をおびえているの?
伊藤   ‥‥す、すみません。
博美   この日のために私たちはここまでやって来たんじゃないの。重いゴルフバッグを抱えてね。‥‥坂崎君。
坂崎   はい。

      坂崎、ゴルフバッグを持ってくる。
      中から三丁のライフル銃を取り出し、床に並べる。
      博美が、その一丁を手に取る。

博美   いよいよこの日がやって来たのよ。この銃が役に立つ日がね。

      博美、いとおしそうに銃を構える。
      しばしの間。

和田   でも‥‥。
博美   でも‥‥何?
和田   い、いや、何でもないです。
博美   何よ? 言いたいことがあるんなら、はっきり言いなさいよ。

      博美、銃を和田に向ける。

和田   ‥‥はい。‥‥あの‥‥でも‥‥この四人だけで戦うのは余りにも無謀だって、長島さん、言ってたじゃないですか?

      博美、銃を和田に向けたまま‥‥

博美   ‥‥そうね。
和田   ‥‥‥。
博美   ‥‥‥。
伊藤   ‥‥じゃ、じゃあ?

      博美、銃を伊藤に向ける。

伊藤   !
博美   ‥‥私にはね、考えがあるの。
伊藤   ‥‥‥。
坂崎   ‥‥考えって何ですか?

      博美、銃を坂崎に向ける。
      しばしの間。

博美   ‥‥人質を取るのよ。
男三人   え。
博美   人質を取って籠城するの。
男三人   ‥‥‥。
和田   ‥‥籠城って。
伊藤   ‥‥立てこもるんですか?
博美   ‥‥そう。

      しばしの間。

和田   ‥‥でも、どこに?
伊藤   ‥‥人質って、こんな山の中に人なんかいませんよ。
博美   ‥‥いるわよ。
伊藤   え、どこに?
博美   ‥‥あなたたち、ここがどこだと思ってるの?
伊藤   ‥‥長野県。
和田   ‥‥信州。
博美   そう。‥‥冬の信州って言ったら?
和田   ‥‥スキー?
博美   そう。‥‥だから?
和田   ‥‥‥。
伊藤   ‥‥‥。
坂崎   ‥‥スキーロッジ?
博美   そう。‥‥このあたりにはロッジや山荘や別荘がいっぱいあるでしょ?
和田   ‥‥なるほど。
博美   スキーロッジを乗っ取るぐらいだったら、この四人と三丁のライフルで十分でしょ?
和田   ‥‥なるほど。
伊藤   ‥‥それは、そうだ。
坂崎   ‥‥‥。
博美   話はわかったわね? それじゃ、適当なロッジや山荘を探しましょう。坂崎君。
坂崎   ‥‥‥。
博美   坂崎君。
坂崎   ‥‥‥。
博美   どうしたのよ? 聞こえないの?
坂崎   聞こえています。
博美   じゃあ、行ってちょうだい。
坂崎   ‥‥いやです。
博美   え。
和田・伊藤  え。
博美   ‥‥どうしたのよ?
坂崎   私は、その計画には賛成できません。
博美   え。
和田・伊藤  え。
博美   ‥‥それ、どういう意味?
坂崎   人質を取るという計画には賛成できません。
博美   ‥‥‥。
坂崎   その作戦は卑怯です。罪もない第三者を巻き込むのは正しい選択とは思えません。
博美   別に殺すわけではないのよ。ただ人質に取るだけよ。
坂崎   危険にさらすことには変わりはないでしょう? ‥‥それに、もし、作戦がうまくいかなかった場合はどうするのですか?
博美   作戦は成功するわ。
坂崎   もし、失敗したら?
博美   その時は‥‥。
坂崎   その時は?

      緊迫した沈黙。

博美   ‥‥それは、あなたが心配することではありません。
坂崎   それでは答えになっていません。はっきり答えて下さい。
和田・伊藤  坂崎!
博美   ‥‥‥。
坂崎   ‥‥‥。

      緊迫した沈黙。

博美   ‥‥坂崎君。
坂崎   はい。
博美   あなた、ずいぶん偉くなったのね。
坂崎   ‥‥‥。
博美   あなたの意見はわかったわ。‥‥もうあなたには頼みません。和田君。
和田   は、はい。
博美   周辺を探索してきて下さい。
和田   はい。

      しばしの間。

博美   何してるの! すぐに出発して!
和田   は、はい!

      和田、あわてて出かけて行く。

博美   ‥‥坂崎君。
坂崎   はい。
博美   ‥‥自分を大事にしなさいよ。
坂崎   ‥‥‥。

      博美、部屋を出て行く。
      暗転。


      山小屋の中。
      夜。

博美   では、今日の告悔を。
男三人   ‥‥‥。
博美   和田君。
和田   はい。‥‥私はおびえていました。今にも敵の手が迫ってきそうで、一日中ビクビクしていました。風の音にも、木の枝から落ちる雪の音にも、おびやかされました。
でも、それ以上に怖かったのは、何の音も聞こえない時でした。どんなに耳をすましても何も聞こえない雪原の中で、私は立ち止まり、孤独に震えていました。そんな時は、むやみに新雪を踏み蹴散らして、足音を立てました。でも、その音が消えた後の一層の静寂に、気が狂いそうでした。どこまでも真っ青な空と、どこまでも真っ白な雪を見ながら、自分の小ささに耐えきれず、消えてしまいそうになりました。
博美   ‥‥そう。‥‥それで?
和田   以上です。
博美   ‥‥そう。では、伊藤君。
伊藤   はい。‥‥私は‥‥私は、死ぬのが恐いんです。警察に捕まれば、たぶん私たちは死刑になるでしょう。私は、死刑になりたくありません。死にたくありません。
‥‥私は、警察と戦うのも恐いんです。私たちにはライフル銃が三丁あるだけです。とても警察の大部隊に勝てるとは思えません。‥‥銃撃戦になれば、おそらく勝ち目はないでしょう。撃ち殺されてしまうかも知れません。でも、私は、死にたくないんです。
いっそ、一人でこっそり逃げようかとも思いました。でも、捕まれば総括が待っています。純ちゃんや、安本や、岸上さんのように死にたくはありません。‥‥だから、私は逃げませんでした。‥‥でも、死ぬのはイヤなんです。‥‥お願いです。私を殺さないで下さい。
博美   ‥‥そう。‥‥言いたいのはそれだけ?
伊藤   ‥‥はい。‥‥すみません。
博美   ‥‥そう。では、坂崎君。
坂崎   はい。‥‥私たちは、どこに行こうとしているのか、わからなくなりました。‥‥闘いによって地上の楽園を作る。神の国を作る。その理想に誤りがあるとは思っていません。そのための闘争に命を懸ける覚悟はできているつもりです。
‥‥でも、今、私たちがしているのは、本当に正しい闘争なのでしょうか? こんな闘いを続けることで、この世に救いをもたらすことができるのでしょうか?
‥‥正直に言って、私は迷っています。疑いを持っています。この闘いは正しい闘いなのだろうか、と。
‥‥私は、死んで行った数多くの同志たちのことを考えます。‥‥彼等は何のために死ななければならなかったのか? 本当に死ななければならなかったのか?
‥‥教えてください。彼等は本当に革命の礎として死んだのですか? 犬死にではなかったのですか?
博美   ちょっと、待ちなさい。
男三人  ‥‥‥。
博美   ‥‥みんな、どうしたのです? 今日の告悔はおかしいですよ。‥‥和田君も、伊藤君も、坂崎君も、そんな発言が許されると思っているんですか? ‥‥それが本当の気持ちなら、全員総括会議に値しますよ。
男三人  ‥‥‥。
博美   黙ってないで、何か言いなさい!
男三人  ‥‥‥。
博美   思っていることがあるのなら、何か言いなさい!
和田   ‥‥長島さん。
博美   ‥‥何ですか?
和田   長島さんの告悔はないのですか?
博美   え? ‥‥何を言っているの?
和田   私は、長島さんの告悔を聞きたいのです。
博美   ‥‥和田君。‥‥あなた、自分が何を言っているのか、わかっているの?
和田   ええ。
伊藤   私も聞きたいです。
坂崎   私も。
博美   え‥‥。
男三人  ‥‥‥。
博美   ‥‥あなたたち。‥‥その必要はありません。‥‥それはあなたたちが決めることではありません。
和田   ‥‥どうしてですか?
博美   え‥‥。
和田   長島さんには告悔すべきことがないということですか?
博美   ‥‥その質問には答える必要はありません。
和田   答えて下さい。
伊藤・坂崎  答えて下さい。
博美   え‥‥。あなたたち、どうかしているわよ。‥‥今日はこれで終わります。
男三人  ‥‥‥。
博美   ‥‥たかが敵の攻撃が迫っているというだけで、動揺し、混乱するようでは、精神の鍛錬が足りませんね。‥‥そこのところを各自じっくり反省しなさい。

      博美、去ろうとする。

坂崎   長島さん。

      博美、立ち止まる。

坂崎   総括しますか?
博美   え‥‥。
和田・伊藤   異議無し! 賛成!
博美   え‥‥。
和田   それでは、ただ今から、長島博美君に対する総括会議を開催します。
博美   あなたたち‥‥何を考えているの?
和田   長島君に伺いたい。本日、同志坂崎が君の人質籠城作戦の提案に対して、公然と反対の意志を表明した。これは、従来の慣例に従えば、重大なる造反行為であり、即時に総括会議にかけられてしかるべきものであったと思われるが、どうしてそれを行わなかったのか?
博美   ‥‥‥。
伊藤   この件に限らず、同志長島の同志坂崎に対する対応の数々は、明らかに他の同志に対するものと公平を欠いていたと言わざるを得ない。この理由を答えていただきたい。
博美   ‥‥馬鹿馬鹿しい。こんなのは茶番よ!

      博美、無視して、部屋を出て行こうとする。
      伊藤、ライフル銃を博美に向けて構える。

和田   待ちなさい。長島君。君には答える義務がある。
博美   !
和田   我々は、その理由を、個人的な恋愛感情に基づくものと判断するが、異議はありませんか?
博美   ‥‥‥。
和田   常々、同志長島は、リーダーとして、闘争への私情の持ち込みを、闘争主体の敗北主義として厳に戒めていたと思うが、その自らの主張との整合性をどう考えるのか? 答えていただきたい。
博美   ‥‥‥。
和田   以上から結論するに、同志長島は、リーダーにあるまじき恣意的な指導を行っていたと判断せざるを得ないが、その点について異議はありませんか?
博美   異議も何も、そんなの言いがかりよ! ‥‥和田君、そこをどきなさい!
伊藤   ‥‥長島さん、これは、冗談でも、脅しでもないんですよ。
博美   ‥‥‥。

      緊迫した沈黙。

博美   ‥‥坂崎君。
坂崎   ‥‥‥。
和田   要請がありました。同志坂崎の証言を認めたいと思います。
伊藤   異議無し。
和田   同志坂崎、証言して下さい。
坂崎   ‥‥長島さん、いや、同志長島は、私に対する恋愛感情を引き合いに「神に嫉妬している」と発言しました。
和田・伊藤   ‥‥‥。
博美   ‥‥‥。
坂崎   ‥‥同志長島は、「神の愛よりも私の愛を選べ」とも発言しました。‥‥私は‥‥私は、神に身を捧げる者として、この発言を看過することはできません。
博美   ‥‥坂崎君。
和田   今、非常に重要な証言がありました。同志長島、この証言に異議はありませんか?
博美   ‥‥‥。
和田   それでは、裁定を決したいと思います。
大きく分けて、同志長島には、二つの大きな問題点があると判断します。
一つ。恣意的な指導を行ったことによる、リーダーとしての責任および適格性の問題。
一つ。信仰者、闘争者としての思想および主体性に関する資質の問題。
双方共に、非常に重大な問題と考えますが、異議はありませんか?
伊藤   異議無し! 賛成!
博美   ‥‥‥。
和田   それでは、裁定を行います。
同志長島博美君に対する総括として、当会議では死刑が相当と判断します。
この裁定に賛成する人は挙手をお願いします。

      和田、伊藤、そして坂崎が手を挙げる。

博美   ‥‥坂崎君。
和田   全員賛成。
それでは、長島博美君を死刑に処することに決しました。
博美   ‥‥‥。
和田   長島君、何か言うことはありますか。
博美   ‥‥ありません。
和田   それでは‥‥
博美   いえ‥‥私は確かに坂崎君を愛しています。心の底から愛しています。‥‥そして‥‥それは、神を愛する心と同じなのです。
和田   ‥‥それだけですか?
博美   私は‥‥私の処刑は、坂崎君にお願いしたいと思います。
坂崎   え‥‥。
和田   坂崎君、いいですか?
坂崎   ‥‥は、はい。
和田   それでは、死刑を執行します。

      和田、坂崎にライフル銃を渡す。
      博美、中央奥に立つ。
      それに向き合って坂崎が銃を構える。
      その両脇に、和田と伊藤が銃を構えて立つ。

和田   ‥‥それでは、執行して下さい。
博美   ‥‥坂崎君。
坂崎   ‥‥‥。
博美   ‥‥愛しているわ。

      銃声!
      博美が倒れる。
       続けて、和田、伊藤の銃声。

      静寂。

和田   総括は、終わりました。
坂崎   ‥‥‥。

      しばしの間。

伊藤   さあ、終わった。‥‥新しい闘いの始まりだ。
坂崎   え‥‥。
伊藤   みんなで歌って祝おうじゃないか!
坂崎   ‥‥‥。
伊藤   さあ、みんな並んで!

      男三人、並んで立つ。

伊藤   行くよ、イチ、ニ、サン、シ。
男三人  ♪丘を越え行こうよ 口笛吹きつつ
   空は澄み青空 牧場をさして
   歌おうほがらに ともに手をとり ランララララ ララララ
   ララララあひるさん (坂崎)ガアガア
   ララララやぎさんも (和田)メーエ
   ララ 歌声あわせよ 足なみそろえよ
   今日はゆかいだ

伊藤   坂崎君。
坂崎   はい。
伊藤   何か不満なのか?
坂崎   え?
伊藤   君、やる気がないだろ?
坂崎   え‥‥。

      ストップモーション。
      音楽。クイーン「キラー・クイーン」
      ゆっくりと溶暗。

                             おわり

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