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あなたの町の信金です

【これは、劇団「かんから館」が、2009年3月に上演した演劇の台本です】

のどかな早春の昼下がり。
のんびりとした田舎町の信用金庫の出張所に大事件が勃発!
あろうことか、拳銃を持った銀行強盗が押し入り、人質を取って籠城したのだ。
緊迫する行内。刻々と時間だけが過ぎてゆく。
スリルとサスペンス。そしてなぜかコメディとラブストーリー。
そして、意外な結末が‥‥。


    〈キャスト〉

     沢村幸子(銀行員)
     木下由美(銀行員)
     岩淵泰造(出張所長)
     藪内啓介
     竹下健太
     権藤一郎
     榊原小百合


    とある信用金庫出張所のロビー。

銀行員の女達  どうもありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。(お辞儀)

    ニット帽を深くかぶりサングラスをかけ、マスクをつけた、いかにも怪しい男(竹下健太)がやって来る。

銀行員たち  いらっしゃいませー。(お辞儀)
由美  ご用件は何でしょうか?
竹下  あ、あの‥‥。
由美  はあ?
竹下  だから‥‥その‥‥。
由美  お客様、失礼ですが、もう少しはっきりと言っていただかないと‥‥。
竹下  だから‥‥金。(小さい声)
由美  はあ? ですから、もう少し大きな声で言っていただかないと。
竹下  ‥‥‥。だから‥‥金!だよ。金!

    一瞬の沈黙。
    互いに見つめ合う銀行員。
    竹下、うれしそうな顔。

由美  ‥‥ああ、ご融資の件ですね。それでは、そちらの番号札を取ってお待ち下さい。
竹下  え?
由美  ですから、順番が来ましたらお呼びしますので、それまで席に座ってお待ち下さい。
竹下  あ‥‥はい。

    竹下、番号札を取って、席に座る。
    雑誌なんか読んだりする。
    しばしの間。
    竹下、ふと、我に返る。

竹下  違うだろ!
由美  お客様、どうかなさいましたか?
竹下  だから、違うんだよ、これ!
幸子  申し訳ありません。あいにく最新号の雑誌は用意しておりませんで、多少古くなっております。
竹下  ああ‥‥そう。‥‥だから、それも違うんだよ!
由美  何が違うのですか?
竹下  だからさあ、俺はよー、俺はよー、こんなことをしに来たんじゃねぇんだあ!

    一瞬の沈黙。
    互いに見つめ合う銀行員。
    竹下、うれしそうな顔。
    幸子が由美に合図。
    幸子がカウンターから出てくる。

幸子  まあまあ、お客様、そう興奮なさらないで、私とゆっくりお話しましょう。
竹下  え‥‥。
幸子  私たち、話し合えば、きっといいアイデアが浮かんでくると思いますよ。
竹下  ‥‥‥。
幸子  お客様、失礼ですが、お名前は?
竹下  え‥‥?
幸子  ああ、失礼しました。人の名前を聞く時は、まず自分からですよね。‥‥申し遅れましたが、私、窓口担当の沢村幸子と申します。どうぞよろしく。(お辞儀)
竹下  ああ、どうも。(お辞儀)
幸子  それで‥‥お客様は?
竹下  ああ‥‥俺? 俺、竹下‥‥竹下健太。
幸子  竹下様。どうぞよろしくお願いします。
竹下  ああ‥‥はあ。
幸子  さて、竹下様、先程「俺は、こんなことをしに来たんじゃない」っておっしゃりましたね。それって、よーくわかります。誰だってそうなんですよ。「こんなはずじゃなかった」「こんなことをするために生まれてきたんじゃない」って、みなさんそうおっしゃいます。
竹下  ‥‥はあ。
幸子  誰だって、生まれてきたからは、何かの役割があるはずなんです。何の意味もなくこの世に生きてる人間なんていないんです。
竹下  ‥‥はあ。
幸子  竹下様は、神様を信じておられますか?
竹下  え? そんなの‥‥わかんねぇよ。
幸子  そうですね、わかりませんね。私も会ったことはありません。でも、神様でも、仏様でもいいんですけど、私たちに生を与え、この世に置かれた方っていらっしゃると思いませんか?
竹下  まあ‥‥いるかもしんねぇな。
幸子  そんな方が、何の意味もなく、単なる気まぐれで、たとえばあなたを、いえ私でもいいんですけど、この世に放り出したとすれば、それは、悪質ないやがらせと言うか、いじめだと思いませんか?
竹下  ‥‥まあ、そうだな。
幸子  神様や仏様ともあろうお方が、そんな無責任なことをなさるでしょうか?
竹下  ‥‥‥。
幸子  だから、私たちは、生まれながらに役割を持って生まれているんです。問題は、それを意識するか、しないか、だけなんです。私の言っていることがおわかりですか?
竹下  ああ‥‥だいたいわかるよ。
幸子  さすが竹下様、飲み込みがお早い!
竹下  いや‥‥それほどでもないけど。(頭をかく)
幸子  たとえば、私は、毎日こうして窓口業務をしております。それが私自身にとって、あるいは世界にとって、どのような意味を持つのかは、まだわかりません。でも、おそらく、何らかの意味を持っているのだろうと信じております。竹下様の場合、この信用金庫に何をしに来られました?
竹下  え? いや、ちょっと言いにくいんだけど‥‥。
幸子  どうぞ、遠慮なさらないで。恥ずかしいことなんかないんですよ。
竹下  そう? ちょ‥‥ちょっと、銀行強盗でもしようかなあって‥‥。
幸子  よくおっしゃって下さいました。なかなか言いにくいことを。そうですか、銀行強盗ですか。それはかなり思い切りましたね。
竹下  ああ‥‥うん。
幸子  一口に銀行強盗と言っても、世の中に銀行はいっぱいありますよね。どうして当信用金庫を選ばれたのですか?
竹下  うーん、特に理由なんかないけど、まあ入りやすい感じがしたからかな?
幸子  それはどうもありがとうございます。さすが、竹下様、お目が高い。当信金は常々「お客様の入りやすい信用金庫」をモットーに営業をしているのです。数ある銀行の中で当信用金庫当出張所をお選びいただきまして、誠にありがとうございます。
由美  ありがとうございます。(お辞儀)
竹下  いやあ‥‥それほどのことでもねぇよ。
幸子  いいえ、それほどのことなのです。
竹下様は、銀行強盗に入る銀行を探していらっしゃった。私どもは入って下さるお客様を探していた。そのお互いのニーズがこうして結びついたのです。これは一つの奇跡です。運命です。こうして、竹下様は竹下様の役割を、私どもは私どもの役割を成就したわけなんですよ。お分かりですか?
竹下  え‥‥そ、そうかなあ?(頭をかく)
幸子  ちょっと難しくなりますが、今回の出会いによって、竹下様は銀行強盗としてのアイディンティティを確立し、私どもは銀行員としてのアイディンティを確立したわけです。すばらしいじゃないですか?
竹下  そ、そうかなあ?(頭をかく)
幸子  そうですよ。だから、自信を持って下さい。あなたの人生には意味があるんですよ。そのことを肝に銘じてがんばって下さい。私どもも、及ばずながら応援いたしますので。
由美  がんばって下さい。
竹下  ‥‥ああ‥‥それじゃ、がんばってみるよ。

    竹下、立ち上がり、出口に向かう。

銀行員たち  どうもありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。

    竹下、さわやかな顔で信用金庫を出て行く。
    しばしの間。

竹下  だから、違うんだよ、これ!

    頭を抱える竹下。
    そこへ藪内がやって来て、竹下を突き飛ばす。

竹下  わっ。
藪内  ちょうどいい。お前も来い。

    藪内、竹下の腕をつかんで、信用金庫に入る。

竹下  えっ? えっ?
銀行員たち  いらっしゃいませー。(お辞儀)
幸子  あら、竹下様。‥‥何か、お忘れ物でも?
竹下  そ、それがさあ‥‥この人が‥‥。
藪内  黙れ!
竹下  え?
藪内  よーし、みんな動くな!
由美  あの‥‥何のご用件でしょうか?
藪内  しゃべるんじゃない!
由美  え?
藪内  みんなよく聞け! この銀行は、俺が占拠した!
全員  え!
由美  あのぅ、銀行じゃなくて信用金庫なんですけどぉ‥‥。
藪内  うるさい! ごちゃごちゃぬかすとぶっ殺すぞ!

    藪内、ピストルを取り出す。

由美  あ、これは誠に失礼致しました。
藪内  よーし。‥‥そうだな、全員、こっちに固まれ。
全員  え?
藪内  ぐずぐずするな! さっさと動け!

    銀行員、端っこに移動する。
    竹下、呆然と立っている。

竹下  あの‥‥私はどうしたらいいんでしょうか?
藪内  全員と言っただろ? 殺されたいのか?
竹内  あ、はい、わかりました!

    竹下も移動する。

藪内  よーし。‥‥これからは、全員、俺の指示に従ってもらう。勝手な行動、発言は一切するな。わかったな?
全員  ‥‥‥。
藪内  わかったな!
全員  はい!
藪内  よーし。‥‥俺の言うことを黙って聞いていれば、とりあえずは、お前たちには危害は与えないから安心しろ。まあ、とりあえずだがな。
全員  ‥‥‥。

    そこへ権藤が駆け込んでくる。

権藤  所長、所長、所長‥‥所長さんはどこ?
藪内  ‥‥な、なんだ、お前は?
権藤  あんたに聞いてないよ。‥‥あ、沢村さん、所長さん、いる?
幸子  ‥‥あ、あの、今、外出中です。
権藤  えー! 何だよ、一世一代の肝心な時に、あのおっさんは、もう‥‥。
藪内  ごちゃごちゃしゃべるんじゃない!
権藤  だから、あんたには関係ないから!
幸子  あ、あの、権藤さん、実はですねぇ‥‥。

    岩淵が入って来る。

岩淵  ただいまー。
権藤  あ、所長さん、あんたどこ言ってたんだよ!
岩淵  あ、権藤さん、こんにちわ。‥‥いや、ちょっと昼飯に‥‥。
権藤  何をのんびりと! 所長さん、とにかく緊急融資たのんまっさ。一世一代のお願いだ!
岩淵  そんな急に言われても‥‥。まあ、ちょっと落ち着きなさいよ。
権藤  これが落ち着いていられるかってんだ。今日中に何とかしないと不渡り出しちまうんだよ!
岩淵  そんな急に言われても‥‥。まあ、奥でゆっくり話を聞きましょう。
権藤  そんな時間はないんだよ! 「あなたの町の信用金庫」だろ!
藪内  ‥‥その通り。そういう時間はないんだよ。
権藤  だから、あんたには関係ないって言ってるだろ! こっちは一世一代のピンチなんだ!
藪内  ふーん、ピンチねぇ‥‥。(不敵に笑う)
岩淵  沢村さん、何なの、この人?
幸子  ‥‥それが、そのぅ。
由美  銀行強盗さんです!
岩淵・権藤  え? ‥‥銀行強盗?
幸子  ‥‥そういうことみたいです。
岩淵・権藤  ‥‥‥。
藪内  どうやら、おわかりいただけたようですな。‥‥あんたがおえらいさんか? ちょうどよかった。それじゃ、お二人とも、あっちに行ってもらいましょうか?
権藤  でも、うちの会社が‥‥。
藪内  会社と命とどっちを選ぶ?(ピストルを見せる)
岩淵・権藤  ‥‥‥。

    二人、端に移動する。

藪内  よーし、いい子だ。そこでみんなでおとなしくしてろ。
全員  ‥‥‥。

    しばしの間。
    そこへ、携帯電話でしゃべりながら小百合が入って来る。

小百合 ‥‥着いたわよ。‥‥え、ATM?‥‥ATM、ATM‥‥。
藪内  ‥‥‥。
小百合 (藪内に)あの、ATMはどこですか?
藪内  ‥‥‥。
小百合 ねぇ、黙ってないで教えてよ。‥‥(幸子たちを見つけて)あ、あなたたち、行員さんよね。あの、ATMはどこ?
全員  ‥‥‥。
小百合 ねぇ、早く教えてよ! 二時までに振り込まないと、ヒロシが殺されちゃうのよ!
全員  ‥‥‥。
小百合 何よ! もういいわ! 自分で探すから!
藪内  お嬢さん、そういうわけにはいかないんだよ。
小百合 邪魔しないで! ヒロシが殺されるのよ!

    藪内、小百合にピストルを突きつける。

小百合 え?
藪内  ‥‥あんたが殺されるんだよ?
小百合 ‥‥‥。   
藪内  ‥‥わかったら、携帯を渡して、あっちへ行きな。
小百合 で、でもヒロシが‥‥。

    藪内、携帯を取り上げて、電話を切る。

小百合 あ。
藪内  さあ、行くんだ!

    小百合、端へ移動する。

藪内  もう、人質は十分だ。シャッターを下ろせ。
全員  ‥‥‥。
藪内  若い方の女、シャッターを下ろせ。

    幸子と由美、見つめ合う。
    幸子が行こうとする。

藪内  お前じゃない! 若い方!

    由美がシャッターを下ろす。
    シャッター音。
    しばしの間。

藪内  よーし。‥‥それじゃ、そこのおえらいさん、電話をしてもらおうか?
岩淵  ‥‥え? 電話?
藪内  そうだ、電話だ。一一〇番に電話しろ。そして、銀行強盗が入りましたと言うんだ。
岩淵  ‥‥‥。
藪内  さっさとしろ!
岩淵  は、はい!

    岩淵、電話をかける。

岩淵  あ、もしもし、私、橘信用金庫の旭が丘出張所の所長を致しております岩淵と申します。いつもお世話になっております。‥‥‥あの、お忙しいところ誠に申し訳ありませんが、折り入ってお話を申し上げたいことがございまして‥‥。はあ、それがですね、誠に申し上げにくいのですが‥‥。
藪内  さっさと用件を言え!
岩淵  あ、はい。すみません。‥‥いえ、こちらの話です。申し訳ありません。‥‥それでですね、実は、お客様がお越しになりまして、その方が銀行強盗様だとおっしゃっていらっしゃるのですが‥‥。はあ‥‥そうです。男の方です。‥‥え、何人? たぶんお一人のようにお見受けするのですが‥‥えっと、ちょっとお待ち下さい。確認致しますので。
(藪内に)あのぅ、お客様は、お一人でいらっしゃいますね?
藪内  え? 俺か? そうだ、一人だ。
岩淵  お待たせ致しました。やはりお一人様だということです。‥‥はあ、え? 被害ですか? ちょっとお待ち下さい。‥‥ちょっと、沢村さん。被害の方はどうなの?
幸子  ありません。
岩淵  お待たせしました。えっとですね、今のところ、被害はないようです。‥‥はあ、そのようです。‥‥え? 凶器? えっと、ちょっとお待ち下さい。確認致しますので。
(藪内に)あのぅ、凶器は、何をお持ちですか?
藪内  見りゃわかるだろ? 拳銃だよ、拳銃。(ピストルをちらつかせる)
岩淵  お待たせ致しました。拳銃をお持ちのようです。‥‥え?本物か? ‥‥えっと、ちょっとお待ち下さい。確認致しますので。
(藪内に)あのぅ、それは、本物でしょうか?
藪内  お前、おちょくってるのか! ‥‥もういい! 俺が直接話す。
岩淵  お待たせ致しました。あのぅ、その件につきましては、ご本人がお話しになるということで‥‥。
藪内  どけ!

    藪内が電話を取る。
    岩淵は立っている。

藪内  警察か? ‥‥ああ、そうだよ、俺がその銀行強盗様だよ。

    岩淵、立っている。

藪内  お前はあっちに行ってろ!

    岩淵、去る。

藪内  ごちゃごちゃくだらねぇことをぬかしてるじゃねぇよ!‥‥よく聞け、俺はそこいらのしけた銀行強盗じゃねぇんだ。はした金なんかいらねぇんだよ。‥‥ああ、そうだ。‥‥目的? よく聞いてくれたじゃねぇか。そうだ、俺には要求があるんだよ。‥‥耳の穴かっぽじってよく聞け。総理大臣を連れて来い! 今すぐにだ! ‥‥‥うるせい! 無理もへったくれもあるか! ごちゃごちゃぬかしてるとここにいる連中の命はないぞ! わかったな! ‥‥‥理由? そんなもんは、お前ら下っ端に話す必要はねぇ! 総理大臣に直接話してやる。わかったな!‥‥くれぐれも言っておくが、これは脅しじゃねぇぞ! 俺はやる時はやるからな! わかったな!

    藪内、電話を切る。

    静寂。

由美  ‥‥あのぅ。
藪内  ん?
由美  ちょっといいですか?
藪内  ん? ‥‥何だ?
由美  どうして総理大臣なんですか?
藪内  え?
由美  昔、飼ってた犬が殺されたんですか?
藪内  何だ? それ?
由美  いや‥‥そういう事件があったでしょ?
幸子  由美ちゃん!
藪内  お前な‥‥。
幸子  お、怒らないで下さいね。この子には悪気はないんです。元々こういう子なんです。
藪内  ‥‥‥。
由美  あの、幸子さん、元々こういう子って、どういう子なんですか?
幸子  いいから、あなたは黙ってなさい!
由美  はーい。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  あのぅ‥‥私もちょっとよろしいでしょうか?
藪内  ‥‥何だ?
岩淵  あのですね、いろいろとご事情はおありかとは思うのですが、こんな田舎町にいきなり総理大臣をお呼びするというのはいかがなものかと‥‥。
藪内  ‥‥それで?
岩淵  ですから、もしも町長でもよろしかったら、私、多少なりとも口利きができなくもありませんので‥‥。
藪内  ‥‥それで?
岩淵  ですから総理大臣の代わりに町長を呼んできてですね‥‥。
藪内  ふーん。総理の代わりに町長ねぇ‥‥。そいつは素晴らしいアイデアだな。
岩淵  で、でしょう?

    藪内、ゆっくりとピストルを岩淵に向ける。

岩淵  !
幸子  お、怒らないで下さい! この人には悪気はないんです。元々こういう人なんです。
藪内  ‥‥‥。
由美  あの、沢村さん、元々こういう人って、どういう意味ですか?
幸子  いいから、命が惜しかったら、所長は黙ってて下さい!
由美  はーい。

    藪内、不敵に笑いながら、おもむろに歩き出す。

藪内  どうやら、ここにいるのは馬鹿ばっかりのようだな?
全員  ‥‥‥。
藪内  それじゃ、そんなお馬鹿さんたちにもわかるように、説明してやろう。
全員  ‥‥‥。
藪内  そこにリュックがあるだろう? それには何が入っていると思う?
全員  ‥‥‥。
藪内  (竹下に)そこのニット帽! ‥‥何だと思う? ‥‥まさかお弁当とかとは言わないよな?(ピストルを突きつける)
竹下  ‥‥さ、さあ‥‥わかりません。
藪内  (権藤に)じゃあ、お前、答えろ!
権藤  ‥‥も、もしかして爆弾とか‥‥。
藪内  お。お前、なかなかいい勘してるじゃねぇか。
権藤  え!
藪内  ピンポーン。そのリュックにはダイナマイトが入っているんだよ。‥‥ダイナマイトって、何だかわかるよな?
全員  ‥‥‥。
藪内  わかるな!
全員  はい!
藪内  (岩淵に)おえらいさんよ、これに火をつけるとどうなるんだ? それくらいあんたでもわかるよな?
岩淵  ‥‥そ、それは‥‥。
藪内  (岩淵の耳元で)ドッカーン! ってなるんだよ。わかったな!

    岩淵、腰をぬかしてへたり込む。

岩淵  ‥‥は、はい。

    しばしの間。

由美  ‥‥それで、どうして総理大臣なんですか?
幸子  由美ちゃん!
藪内  ふん、まだ物わかりの悪いやつがいるようだな。
それじゃ、せっかくだから、冥土のみやげに教えてやろう。
ここに総理がやって来る。それで、俺がリュックを背負って奴に抱きつく。そして火をつける。するとどうなる?
由美  どうなるんですか?
幸子  由美ちゃん!
藪内  総理もろとも木っ端微塵だ。
由美  でも、それじゃ、あなたも死んじゃうんじゃないんですか?
藪内  そうだ。それは当然覚悟の上だ。
由美  そしたら、私達は、どうなるんですか?
藪内  さあな‥‥それは、運次第だな。さっき、冥土のみやげっていっただろ?
由美  そんな‥‥。私、困ります。
藪内  ‥‥そんなことを言われても、俺だって困るんだよ。お嬢ちゃん。(由美にピストルを突きつける)
由美  !

    しばしの沈黙。
    携帯電話の着信音。

小百合 あ、あたしのだわ! ねぇ、お願いだから携帯返してよ!ヒロシが殺されちゃうのよ!
藪内  黙れ。
小百合 お金を振り込まないと、ヒロシがヤクザに殺されちゃうのよ! お願いだから、返して!
藪内  黙れ!
小百合 ヒロシが、ヒロシが殺されちゃう! 返して!
藪内  黙れって言うのが、わからないのか!

    ドキューン!(天井に発砲する)

全員  !

    長い沈黙。
    再び鳴り始める着信音。

    暗転。


    信用金庫出張所のロビー。
    藪内がピストルを手にして真ん中のベンチに座っている。
    人質たちは、隅に固まっている。
    パトカーのサイレンの音。

藪内  ようやくおいでなすったな‥‥。おい、若い方の女。
幸子・由美  はい。
藪内  おい!

    幸子にピストルを向ける。

藪内  ‥‥漫才やってんじゃねぇんだぞ!
幸子  (小さな声で)‥‥はい。
藪内  シャッターの隙間から、外の様子を見てこい。
由美  ‥‥‥。
藪内  早くしろ!
由美  は、はい!

    由美、シャッターの隙間から外をのぞく。

藪内  どうだ?
由美  ‥‥パトカーがいます。
藪内  何台だ?
由美  えーと‥‥一台です。
藪内  何! 一台?
由美  え‥‥そうです。
藪内  警官は何人だ?
由美  えーと‥‥上田さんと‥‥高橋さんです。
藪内  なんだ、それ? 何で名前を知ってるんだ?
由美  あの、町の交番の巡査さんなんです。毎日お会いしてますから‥‥。ほら、入り口に、「警察官立ち寄り所」って書いてあったでしょ?
藪内  ‥‥他には?
由美  ‥‥え?
藪内  他には警官はいないのか?
由美  えーと‥‥。いません。
藪内  ‥‥交番の巡査が二人? ‥‥ちくしょう、なめやがって!
人質  ‥‥‥。
藪内  俺を怒らせるとどうなるかわかってんだろうな‥‥。(独り言)
‥‥よーし、お前ら全員ぶっ殺してやる!
人質  えー!
小百合 ‥‥ちょ、ちょっと待ってよ。‥‥この人たちはともかく、私は全然関係ないでしょ!
権藤  そうだよ。俺たちただの客なんだ。殺すなら銀行員だけにしてもらわないと。
行員たち  そ、そんなあ‥‥。
藪内  ‥‥ちっ、この期に及んでみっともねぇ内輪もめするんじゃねぇ! ‥‥心配するな。こう見えても俺は差別は嫌いなんだよ。‥‥みんな平等にあの世に送ってやるからよ。
人質  ‥‥‥。
藪内  ‥‥‥。(ピストルを構える)
人質  !
竹下  兄貴!
藪内  ん?

    竹下が藪内の方へ歩いてくる。

藪内  何だ、お前? 動くと撃つぞ!
竹下  兄貴。‥‥兄貴と呼ばしてもらってもいいっすか?
藪内  だから、何だ、お前?
竹下  実は‥‥俺も銀行強盗なんすよ。
藪内  え?
竹下  実は、俺、兄貴が来る前に、ここに銀行強盗をしに来たんすよ。
藪内  ‥‥‥。
竹下  でも、あの女に丸め込まれちゃって‥‥。(幸子を指さす)結局できなかったんです。‥‥俺って、ドジっすよね。ハハハハ‥‥。
藪内  ‥‥‥。
竹下  それで、兄貴のカッコイイやり方を見てて、「ああ、こうやるんだ。これが本当の銀行強盗なんだ!」ってほれぼれしたんすよ。
藪内  ‥‥それで?
竹下  だから‥‥。

    竹下、突然土下座する。

竹下  お願いです。どうか兄貴の弟子にして下さい!
藪内  ‥‥‥。
竹下  お願いします!
藪内  ‥‥そうか。‥‥そんなに弟子になりたいのか?
竹下  はい。だから、これからは二人で一緒にやりましょう!
藪内  じゃあ‥‥このリュックを背負え。
竹下  え?
藪内  それで、あいつらの所に行くんだ。
竹下  え?
藪内  そしたら、俺がリュックを撃ってやる。
竹下  あのぅ‥‥そんなことをしたら‥‥。
藪内  そうだ。全員木っ端微塵だ。ジ・エンドだ。
竹下  そしたら、俺も死んじまうんじゃ‥‥?
藪内  そうだよ。弟子ってのはなあ、命がけで親分に尽くすもんだよなあ。
竹下  そんなあ‥‥。
藪内  ふん、何が兄貴だ! 何が弟子だ! 自分だけ取り入って助かろうたって、そうはいかねぇからな! それが嫌だったら、つべこべ言わずに引っ込んでろ!
竹下  え‥‥。
藪内  何なら、お前から料理してやろうか?

    藪内、竹下の額にピストルを当てる。

竹下  !
藪内  うせろ! このガキ!

    藪内、竹下を蹴る。

竹下  は、はい。

    竹下、隅に戻る。

    電話が鳴る。

全員  !
藪内  出ろ。トシの方の女。
幸子  ‥‥私は沢村です。沢村幸子。
藪内  沢村でも沢ガニでも何でもいいから、とにかく出ろ!

    幸子、電話に出る。

幸子  はい、橘信用金庫旭が丘出張所でございます。‥‥もしもし‥‥あ、高橋さん? 私、沢村です。‥‥ええ、それがねぇ‥‥。
藪内  代われ。
幸子  あ、はい。‥‥あの、代わります。

    藪内が電話に出る。

藪内  あんたが、交番の高橋さんかい? ‥‥‥ああ、おうわさはうかがってるよ。‥‥‥ああ、そうだ、俺がその銀行強盗様だよ。‥‥‥おい、それにしても、なめたマネしてくれるじゃねぇか? 俺は総理大臣を連れてこいって言ったはずだぞ。それが、パトカー一台に巡査二人でお出迎えってかい?
‥‥‥何? とりあえず? ‥‥‥とりあえずで人質が皆殺しにされてもいいのかい?
お前らがそんなつもりなら、こっちにだって考えはあるぜ。
いいか! 警視総監に伝えろ! これ以上ふざけたマネをしたら、一人ずつ順番に殺していくからとな! ‥‥‥何? 脅し? ‥‥‥よし、わかった。そう思うなら、お前は、そこに立ってろ。今、脅しじゃないことを教えてやる!

    藪内、シャッターの前にいる由美にねらいをつける。
    ドキューン!(発砲)

由美  キャー!(倒れる)
幸子  由美ちゃん!
藪内  わかったか! 俺は本気だぜ。やると言ったらほんとにやるからな! 機動隊一個連隊ぐらい連れてこい! ‥‥それから総理大臣もな。

    藪内、電話を切る。

幸子  由美ちゃん、大丈夫?
由美  え、ええ。
藪内  おい、沢ガニ。
幸子  沢村です。
藪内  ヒモとハサミを持ってこい。
幸子  え? ヒモ?
藪内  荷造り用のヒモぐらいあるだろ?
幸子  な、何に使うんですか?
藪内  つべこべ言わずに持ってくるんだ!

    幸子、ヒモとハサミを持ってきて、藪内に渡す。

藪内  よーし、沢ガニ、このぐらいの長さに切っていけ。
幸子  沢村です。
藪内  さっさと切るんだ!
幸子  ‥‥何本ですか?
藪内  そうだな‥‥(人質を数えて)六本だ。

    幸子、ヒモを切る。

藪内  よーし、お前ら、そこに並べ。
人質  ‥‥‥。
藪内  さっさとしろ!

    人質、並ぶ。

幸子  できました。
藪内  よーし、背中に手を回せ。(幸子に)縛っていけ。
幸子  え、私が?
藪内  そうだ、お前だ。‥‥ほどけないように、きつく縛れ。
幸子  失礼します。

    幸子、一人ずつ縛っていく。

幸子  終わりました。
藪内  よーし、こっちへ来い。今度は、お前が背中に手を回せ。
幸子  はい。

    藪内が幸子を縛る。

藪内  よーし、それじゃ、端からベンチに座れ。

    人質、ベンチに座る。
    藪内、反対側のベンチに座る。

藪内  何で、こんなことをしたかわかるか? そこの銀行強盗。
竹下  え、俺っすか?
藪内  そうだ、お前だ。‥‥わかるか?
竹内  ええっと‥‥わかりません。
藪内  ふん、この馬鹿が。‥‥こんなくらいのことがわかないようじゃ、俺の弟子には百年早いな。
竹内  はい‥‥すんません。
藪内  沢ガニわかるか?
幸子  沢村です!
藪内  わかるか?
幸子  みんなで飛びかかれないようにでしょ!
藪内  ピンポーン。その通りだ。‥‥いくら俺が拳銃を持っているとはいえ、集団で襲いかかられたら防ぎきれないからな。

    パトカーのサイレン音。

藪内  お、ようやくおいでなすったな。‥‥おい、若い方の女、見てこい。

    由美、シャッターの前に行き、のぞく。

藪内  どうだ? 今度は何台だ?
由美  イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク‥‥いっぱい来てます。バスみたいなのも来てます。
藪内  よーし。そうこなくっちゃな。‥‥これでやっと事件らしくなってきたな。‥‥よーし、お前たち、俺を取り囲むようにして、座れ。
人質  ‥‥‥。
藪内  さっさとしろ!

    人質、座り直す。
    中央奥に、藪内が座る。

藪内  さて、今度はどうして座り直したのか、沢ガニ説明してもらおうか?
幸子  沢村です!
藪内  うるさい! ‥‥どうしてだ?
幸子  人間の盾でしょ!
藪内  ピンポーン。沢ガニ、お前、なかなか難しい言葉を知ってるな。
幸子  何度言わせたら気がすむの? 私は沢村、沢村幸子です!
藪内  じゃあ、これからはサッちゃんて呼んでやろう。沢ガニ。
幸子  沢村です!
藪内  お前も気の強い女だな。ハハハハ‥‥。

    警察のスピーカーの声。

警察の声  行内に立てこもっている犯人に告ぐ。行内に立てこもっている犯人に告ぐ。こちらは警視庁だ。お前は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて今すぐ出てきなさい。
藪内  お、まるでテレビドラマみたいだな。俄然やる気になってきたぜ。
警察の声  こちらは警視庁だ。お前は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて今すぐ出てきなさい。
藪内  よーし、そうこなくっちゃ。やめてなんかいられるかよ。ようやく今からゲームが始まるんだ。‥‥それじゃ、ちょっとご挨拶でもしておくか。

    ドキューン(シャッターに発砲する)

人質  ‥‥‥。

    電話が鳴る。

藪内  おい、誰か出ろ‥‥って、出られないか。しょうがねぇな。

    藪内、電話に出る。

藪内  あー、もしもし、俺が銀行強盗だ。‥‥さっきの銃声? ああ、何ともねぇよ。ちょっと挨拶代わりにぶっ放しただけだ。‥‥‥ああ、そうだ。‥‥‥要求はさっき伝えた通りだ。総理大臣を連れてこい。‥‥‥ああ、それだけだ。変に時間延ばしなんか考えないことだな。そんなことをしたら、一人ずつ殺していくからな。これは脅しじゃないぜ。俺はやると決めたらやる男なんだよ。わかったな!

    藪内、電話を切る。

藪内  ‥‥いちいち電話に出てたら危ないな。‥‥あ、そうだ。‥‥ATMのお嬢ちゃん。
小百合 え? あたし?
藪内  あんたの携帯借りるぜ。
小百合 えー。そんなの自分の使えばいいでしょ?
藪内  馬鹿。そんなことしたら、足が付くだろ!
小百合 えー。だって‥‥。いいわ、じゃ、交換条件。
藪内  交換条件? ‥‥何だ?
小百合 トイレ行かせてよ。
藪内  トイレ?
小百合 もう、漏れそうなのよ。行かせてよ。
藪内  お前な、自分の立場がわかってるのか? そこでしろ!
小百合 えー! そんなことできるわけないじゃん!
藪内  うるさい!
幸子  ねえ、行かせてあげて。
由美  お願いします。
藪内  ‥‥しょうがねぇな。‥‥その代わり、逃げたりへたなこと考えたりしたら、こいつらを殺すからな。わかったな!
小百合 わかったわよ!
藪内  じゃ、さっさと行ってこい。
小百合 じゃ、ヒモ、ほどいて。
藪内  え?
小百合 だって、このままじゃできないでしょ?
藪内  うるさいやつだな。

    藪内、ヒモをほどく。

小百合 トイレどこ?
由美  あっちです。

    小百合走っていく。
    藪内、小百合の携帯電話をかける。

藪内  あー、もしもし、警察か? 俺は今うわさの銀行強盗だ。‥‥‥ああ、そうだ。これから、俺との連絡は、この電話にしろと伝えろ。‥‥‥え? 電話番号? ええっと、困ったな。ちょっと待てよ。(とトイレの方を見る)‥‥‥あ、そうだ! 白々しいことを聞くんじゃねぇよ! そっちでとっくにわかってるだろ! ‥‥‥ああ、そうだ。じゃな。

    しばしの沈黙。
    携帯の呼び出し音。

藪内  ああ、俺だ。‥‥‥え、お前は誰だ? ‥‥何? ヒロシ? ‥‥殺す? ‥‥‥ああ、勝手に煮るなり焼くなりしておけ! あばよ。

    携帯を切る。
    小百合が戻ってくる。

小百合 ただいまー。
藪内  お帰り。
小百合 はい。じゃ、お願い。

    小百合、後ろに手を回す。
    藪内、縛る。

    暗転。


    信用金庫出張所のロビー。
    全員がベンチに座っておにぎりを食べている。

幸子  あなた、さっきヒロシが殺されるって言ってたわね。
小百合 うん。
幸子  それって、どういうことなの?
小百合 ヒロシがね、闇金に手を出してね、二百万円返さないと、殺されちゃうって。
幸子  ヒロシって、あなたの彼氏?
小百合 うん、そう。
幸子  それ、そのヒロシさんから電話があったの?
小百合 うん。
幸子  それ、ほんとにヒロシさんだった?
小百合 え? それ、どういうこと?
幸子  本当にヒロシさんの声だったのかって。声がおかしいとかなかった?
小百合 うーん、泣いてたから、よくわかんなかった。
幸子  ひょっとして、最近、その人電話番号を変えたとか連絡してこなかった?
小百合 あったよ。あいつ携帯をトイレに落としちゃったんだって。ほんとにドジだよねぇ。
幸子  それで、番号まで変えたの?
小百合 うん。
幸子  それで、ATMで振り込めって?
小百合 うん。
由美  それ、きっと振り込め詐欺ですよ。
小百合 え?
由美  ほら、ニュースとかでよく言ってるでしょ? 典型的なパターンですよ。
小百合 え?
幸子  私もそう思う。
小百合 えー、そんなことないよ。あいつ、ろくに仕事もしてないのに外車とか乗ってさ、ブランド品とか持っててさ、怪しかったもん。きっと、あぶないお金借りてたんだよ。‥‥それに、振り込めなんとかって、老人に電話がかかってくるやつでしょ?
幸子  まあ、普通はそうだけどね。
小百合 あたし、老人じゃないもん。
由美  ほんと、珍しいですね。
小百合 だから、違うって!
幸子  じゃあ、ほんとに殺されるって、今でも信じてるの?
小百合 うん。
幸子  それにしては、落ち着いてるわね。
小百合 だって、あいつが‥‥。(藪内を指さす)
幸子  でも、彼氏が殺されちゃうんでしょ?
小百合 もう殺されちゃったかもね。
幸子  かもねって‥‥。
小百合 殺されたもんはしょうがないじゃん。
幸子  え?
小百合 いつまでもくよくよしててもしょうがないじゃん。
幸子  え?
由美  ‥‥すごいですねぇ。
小百合 え? 何が?
幸子・由美  ‥‥‥。
小百合 だから、あたし、今度はタカシにするんだ。
幸子  タカシって‥‥それも彼氏なの?
小百合 うん。
由美  ‥‥すごいですねぇ。
小百合 え? 何が?
幸子・由美  ‥‥‥。
小百合 ねぇ、これ、シャケと代えてくれない? あたし、タラコ嫌いなのよ。
藪内  文句を言うな。黙って食え。
岩淵  あの、あたたかいお茶はないんですかね?
藪内  贅沢言うな。文句があるんだったら、警察に言え。
竹下  そうっすよね、兄貴。食べられるだけありがたいと思わなくちゃ。
藪内  兄貴って言うな!
竹下  すんません、兄貴。おっと。‥‥‥ああ、うめえなあ。俺、ここ二日間、何にも食ってねぇんですよ。
由美  え、どうしてですか?
竹下  どうもこうもねぇよ。俺はよ、今はやりの派遣切りに遭っちまってよ。‥‥寮も追い出されて、ネットカフェに行く金もなくなっちまってよ‥‥。
由美  ああ、それで銀行強盗を‥‥。
竹下  まあ、そういうこった。‥‥‥ああ、うめえなあ。五臓六腑に染みわたるぜ。
藪内  ‥‥‥お前も、派遣か?
竹下  え‥‥ひょっとして、兄貴も派遣なんすか?
藪内  ああ‥‥まあな。
竹下  どこで働いてたんすか? ‥‥俺は三菱の組み立て工場なんすよ。
藪内  俺は‥‥日産だ。
竹下  あれ、兄貴も自動車っすか? こいつは奇遇ですねぇ。
藪内  ‥‥‥。(食べている)
竹下  俺はパーツの運搬をやってたんすよ。フォークリフトで。‥‥兄貴は?
藪内  ‥‥塗装だ。
竹下  ああ、塗装っすか。‥‥あれって大変なんでしょ? ツレが塗装をやってて、シンナー中毒で、いつも半分ラリってましたよ。兄貴は平気だったんすか? 
藪内  ‥‥‥。(食べている)
竹下  それに比べたら、俺なんかはまだマシですよね。パーツの数をチェックするふりして、けっこうさぼれたりしたし‥‥。
でもねぇ、寮は悲惨だったんすよ。‥‥築三十ウン年のボロアパートでねぇ、階段なんかもボロボロで、用心しないと踏み破れそうなんすよね。そうそう、そういやあ、ツレで馬鹿なやつがいましてねぇ‥‥
藪内  口の減らないやつだな。‥‥腹へってんだろ? 黙って食え。
竹下  はーい。

    しばしの沈黙。
    全員食べている。

権藤  ‥‥あんたら派遣なのかい?
竹下  え‥‥あ、はい。
藪内  ‥‥‥。
権藤  それで、派遣切りに遭っちまったわけかい?
竹下  あ、はい。
藪内  ‥‥‥。
権藤  それで、行くとこねぇから、銀行強盗になったってわけだ。
竹下  あ、はい。
藪内  ‥‥‥。
権藤  あんたらも、たいへんだねぇ。
竹下  あ、はあ、まあ。
藪内  ‥‥‥。
権藤  ‥‥と言ってやりたいとこだけど、
竹下  え?
権藤  こうなることを予想もできなかったのかい?
竹下  え?
権藤  (竹下に)あんた‥‥貯金は?
竹下  え‥‥そんなの、ないっすよ。
権藤  ‥‥だろうな。
竹下  え?
藪内  ‥‥お前‥‥何が言いたいんだ?
権藤  ‥‥俺に言わせたら、あんたら、甘えてんだよ。‥‥だいたい、派遣にしても、フリーターにしても、大変だとか、かわいそうだとか騒いでるけど、俺は全然そうは思わないね。あんなの自業自得だよ。‥‥どこの学校出たか知らないけど、まともに就職もしないで、フラフラブラブラ好きなことやって、何年も過ごして、とりあえずの日銭だけ稼いだら、パチンコやったり女と遊んだりして、先のことなんか何にも考えないで全部使っちまう。そのあげく、首を切られたら、やれ、社会が悪いとか、政治が悪いとか‥‥。笑っちまうよ、ほんと。
それだけならまだしも、金がないからって、盗みに入ったり、タクシー襲ったり、こうして銀行強盗やったり‥‥。汗水たらして稼いだ人様のお金を何だと思ってるんだ!
竹下  ‥‥‥。
岩淵  ‥‥権藤さん‥‥それは、ちょっと言い過ぎだよ。
権藤  へん、言い過ぎなもんか。いくら言っても言い足りないくらいだ。‥‥いい機会だから、ついでに言わせてもらうがな、所長さん、あんただって同じ穴のムジナだぜ。
岩淵  え‥‥私が?
権藤  あんた、そのトシで所長なんかになれたのは、いったい誰のおかげだい? まさか、自分の実力だとかは言わねぇだろうな? ‥‥親がちょっと信金の重役だからってよ、親の七光りで何の苦労もしねぇでよ、トントン拍子で出世して、所長さん、所長さんって呼ばれて、さぞかしいい気分だろうよ。
岩淵  ‥‥‥。
権藤  それで、人が頭下げて融資を頼んだら、おたくの経営方針がどうだとか、会社の将来展望がどうだとか、わかったようなこと言ってくれるじゃねぇか! 何が「あなたの町の信金です」だ。聞いてあきれるよ。‥‥言わせてもらうけどな、ここの信金は誰で持ってると思う? あんたなんかじゃねぇぜ。ここにいる、沢村さんと由美ちゃんが一生懸命がんばってるおかげだぜ。あんたは奥の方で一日中ヘラヘラしてるばっかりじゃねぇか。そこんところわかってんのかい!
岩淵  ‥‥‥。
幸子  権藤さん、今、何もそんなこと言わなくても‥‥。
由美  そうですよ。
藪内  ‥‥お前が言いたいのは、それだけか?
権藤  ‥‥‥。
藪内  (時計を見て)そろそろ時間だな。‥‥それじゃ、まず、一人目を始末して、警察に本気になってもらおうか。‥‥覚悟はできてるんだろうな?

    藪内、権藤にピストルを向ける。

権藤  ‥‥なるほど、痛い所を突かれたから、頭にきたってわけか。‥‥へん、そんなもんで俺がビビるとでも思ってんのかよ? やれるもんならやってみやがれ!
藪内  ‥‥これは冗談でも、脅しでもないぜ。
幸子  権藤さん!
岩淵  権藤さん!
由美  やめてー!
権藤  ‥‥俺はよ、学校は中学しか出てないけど、この腕一本でここまでやってきたんだ。‥‥先輩にいびられてよ、親方に殴られてよ‥‥それでも逃げたら、負けだ。負けてたまるかって、ふんばってきたんだ。そうして、ちっちゃいけどよ、自分の工務店を作ってきたんだ。‥‥そんな根性がお前にあんのか? そんな男の気持ちがお前にわかんのかよ! ‥‥撃つなら撃てばいいさ。‥‥どうせ今度不渡り出したら、権藤工務店はおしまいだ。だからよ、命なんか惜しくねぇよ。‥‥でもよ、家で待ってるかかあと坊主と従業員がよ、明日から路頭に迷わなくちゃなんねぇんだ。それだけが心残りだよ。‥‥そんな気持ち、ろくに苦労らしい苦労もしたこたねぇお前なんかにわかるはずねぇけどな‥‥。
幸子・由美・岩淵  ‥‥権藤さん。
藪内  ‥‥‥。

    警察の声。

警察の声  藪内聞こえるか? 藪内啓介聞いているか? お前の身元は判明した。家で家族が泣いているぞ。お母さんも妹さんも泣いているぞ。藪内啓介、今ならまだ遅くない。人質を解放し、拳銃を捨てて出てきなさい。
藪内  ‥‥‥。
警察の声  藪内啓介、お前にまだ人間の心があるなら、人質を解放して人生をやり直すんだ。今ならまだ間に合うぞ。藪内啓介、聞いているか?
藪内  うるせえ!

    ドキューン。(シャッターに向かって発砲する)

    沈黙。
    携帯の呼び出し音。しばらく鳴って切れる。

由美  ‥‥やぶうちくん?
藪内  ‥‥‥。
由美  あなた‥‥藪内君なの?
藪内  フフフフハハハハハハ‥‥やっぱりわかってなかったんだね。いかにも君らしいよ。
由美  え?

    藪内、サングラスをはずす。

藪内  改めてこんにちは。藪内啓介です。
由美  藪内君!
藪内  お久しぶりです。木下由美さん。
由美  ‥‥‥。
藪内  高校卒業以来だから‥‥七年ぶりかな?
由美  ‥‥そうね、七年ぶりね。
幸子  ‥‥あなたたち、知り合いなの?
由美  高校の同級生なんです。‥‥彼が野球部で、
藪内  君がマネージャーで。‥‥覚えてる? 卒業式のこと。
由美  ええ、もちろん覚えてるわ。
藪内  ‥‥そうか。

    回想シーン。サス明かり。
    BGM「卒業写真」

由美  三年間なんて、あっという間ね。
藪内  そうだね。
由美  ほんとにいろんなことがあったなあ。クラブ、修学旅行、文化祭‥‥どれもこれも青春の宝物ね。
藪内  そうだね。
由美  藪内君は、大学行っても野球するんでしょ?
藪内  ああ。‥‥でも、まず大学に入る方が先だけどね。
由美  藪内君なら、一年間がんばったら、絶対大丈夫よ。
藪内  そうかな?
由美  そうよ。‥‥がんばってね。
藪内  ああ‥‥ありがとう。

    二人並んで遠くを見つめている。

由美  神宮に見に行くからね。
藪内  ああ。
由美  レフトスタンドにいるから、ホームラン打ってね。
藪内  ‥‥打てるかな?
由美  打てるわよ、藪内君なら。
藪内  そうかな? まあ、がんばってみるよ。 ‥‥由美ちゃんは就職だよね。
由美  ええ。
藪内  どこの銀行だっけ?
由美  銀行じゃなくて信用金庫。まあ、似たようなもんだけどね。
藪内  どこの信用金庫?
由美  橘信用金庫。
藪内  じゃあ、就職したら貯金に行くよ。
由美  え、ほんと?
藪内  うん。ボーナスとかも全部預けるよ。
由美  わあ、うれしい。お願いね。
藪内  うん。約束するよ。

    しばしの間。

藪内  あのさ‥‥。
由美  え、何?
藪内  また、会えるかな?
由美  会えるわよ。もちろん。
藪内  ああ‥‥そうだね。
由美  うん。
藪内  ‥‥‥。
由美  ‥‥‥。
藪内  あのさ‥‥。
由美  何?
藪内  これ‥‥あげるよ。

    藪内、由美に何かを渡す。

由美  何? これ?
藪内  制服の第二ボタン。‥‥君にあげるよ。
由美  ‥‥ありがとう。
藪内  ‥‥‥。
由美  ‥‥‥。
藪内  あのさ‥‥。
由美  え?
藪内  おれさ‥‥ずっと前から、君のこと‥‥。
由美  私たち、お友達でいましょうね。
藪内  ‥‥え?
由美  今まで通り、ずっとずっとお友達でいましょうね。
藪内  ‥‥‥。
由美  じゃあ、向こうで友達が待ってるから。またね。
藪内  ああ‥‥またね。

    由美、去る。

藪内  ‥‥‥。

    回想シーン、終わり。

藪内  ‥‥あれから七年。‥‥「またね」の続きがずいぶん遅くなっちまったな。
由美  ‥‥藪内君。
藪内  ‥‥俺は約束通りに会いに来たぜ。こんな形で申し訳ないけどな。
由美  ‥‥‥。
藪内  ‥‥あれから予備校もすぐにやめちまってよ、ブラブラしてたらお袋ががうるさくってよ‥‥、二十歳の時に家を飛び出して、いろんな仕事を転々としてよ、挙げ句の果てにこんなざまだ。
由美  ‥‥‥。
藪内  ‥‥神宮でホームラン打てなかったよ。
由美  ‥‥‥。
藪内  ‥‥笑えよ。
由美  ‥‥‥。
藪内  笑えって言ってんだよ!
由美  ‥‥藪内君。
竹下  兄貴! ‥‥泣けたっす。今、俺、猛烈に感動してるっす。
藪内  うるせえ!

    しばしの間。

警察の声  おい、藪内聞こえるか。お前はまだ若い、今なら罪を償えばまだ十分やり直せるんだぞ。たった一度の人生だ。馬鹿なことを考えるのはよせ。今すぐ人質を解放して出て来るんだ。

    しばしの間。

    藪内が携帯電話をかける。

藪内  おい、警察か? 俺だ。藪内だ。人の人生を心配するヒマがあったら、自分らの立場を心配しろ。‥‥総理大臣はまだか? いったい何時間待たせたら気がすむんだ? ‥‥よく聞け。これ以上お前たちが時間稼ぎをするようだったら、一人ずつ人質を殺す。‥‥これは脅しではないぞ。俺はやる時はやる男だからな。わかったか? これが最後通牒だ。わかったな!

    藪内、電話を切る。
    藪内、人質たちをなめるように眺める。
    おびえる人質たち。

権藤  ‥‥ふん、品定めかい? ‥‥どうせ殺るんなら、俺から殺りな。どうせあんた、俺のことが頭に来てんだろ? ちょうどいいじゃねぇか? ‥‥その代わり、女には手を出すな。それを約束するなら、俺の命ぐらい、喜んでお前にやるぜ。
藪内  ‥‥‥。
幸子  それはいけませんよ、権藤さん。お気持ちはうれしいですが、ここは私たちの信用金庫なんです。お客様にご迷惑をおかけするわけにはいきません。
犯人さん、撃つなら、まず私を撃って下さい。それが私共のせめてものサービスです。そうしないと「あなたの町の信金です」というキャッチフレーズが泣きますもの。
藪内  ‥‥‥。
由美  藪内君、あなたは私に復讐に来たんでしょ? 私を殺せば気がすむんでしょ? だったら、他の人を巻き添えにすることはないじゃない? お願いだから、私を殺して、他の人は解放してあげて!
藪内  ‥‥‥。
権藤  そういうわけにはいかねぇよ。‥‥どうせ俺の会社は今日でおだぶつなんだ。会社と一緒にいさぎよく死なせてくれよ。それが男の花道ってもんだよ。
幸子  私だって、五年間付き合ってた男と別れたばかりなのよ。それも不倫なのよ、不倫。奥さんとは別れて、君と一緒になるよって甘い言葉に騙されて‥‥。男なんてみんなそんなものよね。それを信じた私が馬鹿だったのよ。だから、私を死なせて!
由美  えっ、幸子さん、不倫してたんですか? 相手は私の知ってる人ですか?
幸子  それは、いくら由美ちゃんでも、死んでも言えないわ。だから、お願いだから私を死なせて!
由美  幸子さん‥‥つらいのはわかりますが、一時の衝動で命を粗末にしてはいけませんよ。‥‥それに、これは、藪内君と私の二人の問題なんです。あなたを巻き添えにすることはできません。
さあ、藪内君、私を撃って!
権藤  いや、俺を殺せ!
幸子  私を殺して!
由美  私を撃って!
藪内  ええい、うるさい! うるさい! うるさい!

    しばしの間。

藪内  黙って聞いていれば、みんな好きなことを言いやがって‥‥。お前ら、そんなに殺されたいのか?
権藤・幸子・由美  はい!
藪内  お前らきちがいか? ‥‥心配しなくても、全員殺してやるよ。‥‥順番は俺が決める。それまで黙って待ってろ。
権藤・幸子・由美  ‥‥‥。

    しばしの間。

岩淵  あのぅ‥‥ちょっといいですか?
藪内  なんだ! ‥‥まさか、お前まで死にたいって言うんじゃないだろうな!
岩淵  いや‥‥そうじゃないんです。‥‥あの、一つ提案があるのですが‥‥。
藪内  何だ? 言ってみろ。
岩淵  確認したいんですが‥‥あなたの目的は、あくまで総理大臣ですよね?
藪内  ‥‥ああ、そうだ。
岩淵  人質を殺すことじゃないですよね?
藪内  ‥‥ああ。
岩淵  それじゃ、別にこんなにたくさんの人質は必要ないんじゃないですか?
藪内  ‥‥‥。
岩淵  人質が多いと、あなたにとっても管理上のリスクも大きくなるんじゃないですか?
藪内  ‥‥お前、何が言いたいんだ?
岩淵  ですからですね、もしあなたが承知していただけるのならばですね、私一人を人質に残して、他の人を解放していただくことはできないものかと‥‥。
藪内  ‥‥‥。
幸子・由美  所長さん。
岩淵  ‥‥いや、先ほど権藤さんがおっしゃった通り、私は親の七光りでこの出張所の所長をさせていただいております。「名ばかり所長」と呼ばれていることも存じております。
幸子・由美  ‥‥‥。
岩淵  確かに、私には所長をするほどの能力も器量もないのかもしれません。‥‥でも、こんな私だって、一応男なんです。人並みのプライドだってあるんですよ。‥‥だからですね、一度ぐらいかっこつけさせて下さい。名ばかりじゃない所長らしいことをさせて下さいよ。お願いします。
幸子・由美  所長。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  藪内さんとおっしゃいましたか? 一生一度のお願いです。この岩淵泰造を男にしてやって下さい。

    岩淵、土下座する。

藪内  ‥‥‥。

    しばしの沈黙。

小百合 ‥‥あのぅ、私もちょっといい?
藪内  何だよ? どいつもこいつもごちゃごちゃぬかしやがって‥‥。お前はいったい何だ?
小百合 トイレ行かせてよ。
藪内  はあ?
小百合 だから、トイレ!
藪内  お前、さっき行っただろ?
小百合 私、おしっこ近いのよ。ねぇ、いいでしょ?
藪内  ‥‥‥。勝手にしろ!

    小百合、去る。

    長い沈黙。
    藪内、考え込んでいる。

藪内  ‥‥よーし、決めたぞ。
人質  ‥‥‥。
藪内  おえらいさん、ちょっとこっちに来てもらおうか?
岩淵  は、はい。

    岩淵、藪内のそばに行く。

藪内  ‥‥あんた、男にしてくれと言ったよな。
岩淵  は‥‥はあ。
藪内  よーし、それじゃ、お望み通り、男になってもらおうじゃないか。
岩淵  え?

    藪内、ピストルを岩淵の頭に突きつける。

岩淵  え?
藪内  まず、全員を代表して、あんたに死んでもらうよ。‥‥実際に一人殺したら、さすがに警察も動かないわけにはいかないだろう。
岩淵  え?
人質  ‥‥‥。

    小百合が戻ってくる。

小百合 ただいまー。
全員  ‥‥‥。
小百合 ‥‥あれ? どうなってんの?
全員  ‥‥‥。
小百合 ねえ、どうなってんのよ!
藪内  うるせえ! ‥‥黙ってろ!
小百合 ‥‥‥。

    藪内、携帯電話をかける。

藪内  おれだ。藪内だ。‥‥今から言うことをよく聞け。‥‥これから、所長を殺す。今、銃口を所長の頭に当てている。後は引き金を引くだけだ。‥‥もう、お前らのペテンにはひっかからない。‥‥これが最後の警告だ。あとちょうど一時間だけ待つ。一時間経ったら、確実に所長を射殺する。‥‥以上だ。

    藪内、電話を切る。

人質  ‥‥‥。
藪内  ‥‥‥。

    長い沈黙。

    暗転。


    信用金庫出張所のロビー。
    藪内が所長に拳銃を向けている。
    重苦しい雰囲気。

藪内  ‥‥あと、三十分だな。
由美  ‥‥藪内君。
藪内  ‥‥‥。
由美  ‥‥あなた本気なの? ほんとに所長さんを殺すつもりなの?
藪内  ‥‥‥。
由美  お願いだから、馬鹿なことはやめて。‥‥そんなことをして何になるのよ?
藪内  ‥‥由美ちゃん。知らなかったのかい? ‥‥俺はよ、しょせん馬鹿な男なんだよ。
由美  ‥‥藪内君。

    しばしの間。

幸子  ‥‥あなた、本気で総理大臣が来るって思ってるの?
藪内  ‥‥‥。
幸子  どう考えたって、来るわけないでしょう? ‥‥そのぐらいあなたにはわからないの?
藪内  ‥‥‥。
幸子  ‥‥所長を殺して、私を殺して、ここにいるみんなを殺して‥‥それであなたは満足なの?
藪内  ‥‥‥。
幸子  いったいそんなことをして何になるのよ? ‥‥あなたはただ死にたいだけなの?
藪内  ‥‥‥。
幸子  だったら、あなた一人で死になさいよ! 人を巻き添えにしないと死ねないの?
藪内  ‥‥黙れ。
幸子  ‥‥あなたはねぇ‥‥あなたはねぇ、ただのいくじなしよ!
藪内  黙れ! 黙れ! 黙れ!

    藪内、幸子にピストルを向ける。

幸子  ‥‥撃ちなさいよ。‥‥それで気がすむんなら。‥‥でもね、そんなことをしたって、何にもならないのよ。‥‥何にも変わらないのよ!
藪内  うるせえ!

    ドキューン!(弾は幸子をかすめる)

幸子  ‥‥フフフフフハハハハハ‥‥弱い犬ほどよく吠えるって、ほんとよね。
藪内  ‥‥‥。

    携帯の呼び出し音。
    しばらくして切れる。
    長い沈黙。

岩淵  ‥‥藪内さん。
藪内  ‥‥何だ?
岩淵  ‥‥あなた、本当に私を殺すんですか?
藪内  ‥‥ああ‥‥そうだ。
岩淵  ‥‥私を殺したら、気がすむんですか?
藪内  ‥‥‥。
岩淵  ‥‥ねぇ、どうなんですか?
藪内  ‥‥‥。
岩淵  ねぇ、約束して下さいよ。私一人を殺したら、他の人質は解放するって。
幸子・由美  所長‥‥。
藪内  ‥‥そんなのは、奴ら次第だ。警察の態度次第だ。
岩淵  ‥‥沢村さんの言った通り、総理大臣は来ませんよ。こんな田舎町の信用金庫を襲ったぐらいで、政府は動きませんよ。‥‥それでも、あなたが私を殺して、それで事件が解決するなら、私はそれでもいいと思うんです。私一人が犠牲になればいいのなら‥‥。でも、お願いだから、この人たちは殺さないで下さい。そんなことをしても、総理は来ませんよ。あなたが死刑になるだけです。‥‥あなたも馬鹿じゃないでしょう? そのくらいのことはわかるでしょう? ‥‥お願いですから、そんな愚かなことはやめて下さい。だから‥‥だから、約束して下さい。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  ねぇ、約束して下さいよ! ‥‥お願いします。(泣く)
幸子・由美  所長‥‥。
藪内  ‥‥‥。
幸子  ねえ、あなた。何か言いなさいよ! 所長さんの、この気持ちに答えてあげなさいよ!
由美  そうよ、藪内君。何か言ってよ!
藪内  ‥‥‥。
幸子  あなた、それでも男なの!
藪内  ‥‥うるせえ。(小さな声で)

    長い沈黙。

岩淵  ‥‥藪内さん。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  私は、あなたを信じることにします。‥‥あなたも人間だ。私も人間だ。‥‥私はちっぽけで弱い人間です。もしかしたら、あなたもちっぽけで弱い人間なんじゃないんですか? ‥‥だから、わかるんです。そんな人間にも意地がある。どんなに馬鹿にされても、オレはここにいるんだ! と叫んでみたい瞬間がある。‥‥だから、あなたが私を殺したい気持ちはわかります。‥‥おかしな話ですがね。‥‥でも、もうそれでいいじゃないですか? もう、それで終わりにしましょうよ。
幸子・由美  所長‥‥。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  藪内さん。
藪内  ‥‥‥。
岩淵  私は、もう覚悟はできています。‥‥それで、最後にお願いがあるんですが。
藪内  ‥‥何だ?
岩淵  私も、トイレに行かせてもらえませんか?
藪内  え?
岩淵  こんな時に、こんなことを言うのも何ですが‥‥私も、みっともない死に方はしたくないですから‥‥。最後ぐらいはかっこよく死にたいですから。
藪内  ‥‥‥。勝手にしろ。
岩淵  ありがとうございます。

    岩淵、去る。
    長い沈黙。
    パリーン。(ガラスの割れる音)

全員  !
藪内  由美ちゃん!
由美  は、はい。
藪内  トイレを見てきてくれ。
由美  え?
藪内  所長を見に行くんだ!
由美  は、はい!

    由美、走って去る。

    しばらくして、由美が戻って来る。

藪内  どうだった?
由美  所長さんが、所長さんが‥‥。
藪内  どうなんだ?
由美  ‥‥所長さんが、いません。
全員  え‥‥。
藪内  ‥‥ちくしょう。

    気まずい沈黙。

小百合 アハハハハハハ‥‥。
藪内  !
小百合 あの所長さんもなかなか役者よねぇ。
藪内  ‥‥‥。
小百合 すっかりやられちゃったじゃないの、藪内さん。
藪内  うるせえ!
小百合 それで、どうすんの?
藪内  ‥‥‥。
小百合 今度は誰にするの?
藪内  ‥‥お前は、黙ってろ。
小百合 それとも、もう頭に来たから皆殺し?
藪内  だから、お前は黙ってろ!
由美  そうですよ。もうやめてください。
権藤  そうだよ。黙ってろよ。
小百合 フフフフフ‥‥。アハハハハハハ‥‥。
藪内  ‥‥‥。

    間。

小百合 ‥‥連絡しなくていいの?
藪内  ‥‥え?
小百合 まずいんじゃないかなあ?
藪内  ‥‥え?
小百合 きっと、怒られちゃうよ。
藪内  ‥‥お前‥‥何を言ってるんだ?
小百合 ほら、電話したら? アフマドさんに。
藪内  ‥‥お前。
小百合 アフマド・サイード。自称、貿易商。
藪内  ‥‥どうして、それを?
小百合 まあ、何となくね。
藪内  ‥‥お前は‥‥お前は、いったい何者なんだ?
小百合 ただのOLよ。
藪内  嘘をつけ!
小百合 正確に言うと、公務員かな?
藪内  ‥‥警察か?
小百合 ブー。はずれー。
藪内  じゃ、じゃあ、何なんだ!
小百合 まあ、そうカッカしなさんな。カッカすると身体に悪いよ。あなた、血圧高いんでしょ?
藪内  え?
小百合 ‥‥あたし、あなたのことは何でも知ってるよ。藪内啓介、二十五歳。血液型はA型。父親は田中伸助で、母親は藪内定子。三つ下に妹、麻里がいる。八歳の時両親が離婚して、母親の元に引き取られる。‥‥それから、何が聞きたい?
藪内  ‥‥お、お前。
幸子  ‥‥あなた。
権藤  おい、あんたは、何者なんだ?
小百合 ‥‥まあ、その筋の人間、とだけお答えしておきましょう。
権藤  じゃ、じゃあ、さっきのヒロシが殺される、とかもお芝居だったのかい?
小百合 ヒロシねぇ‥‥。ヒロシはねぇ、ミッションの名前なの。
権藤  え? ミッション?
小百合 作戦の名前よ。‥‥作戦名「ヒ・ロ・シ」。おわかり?
権藤  え? するってぇと、あんたは〇〇七なのかい?
小百合 そんなかっこいいもんじゃないけどね。
藪内  ‥‥けっ‥‥女スパイか。
小百合 まあ、簡単に言うと、そんなものかな?
藪内  ‥‥じゃあ‥‥じゃあ、お前は、初めから知っていたのか? 俺がここで事件を起こすことも‥‥。
小百合 ‥‥まあ、そういうことになるわね。
藪内  どうして、どうして、そんな手の込んだことをするんだ? たかが信金の強盗事件に? 俺が総理大臣を狙っていたからか?
小百合 もちろんそれもあるけど‥‥。
藪内  え、それだけじゃないのか?
小百合 それはねぇ‥‥言っちゃっていいのかな?
藪内  言えよ。
権藤  そうだよ、そこまで言ったんなら、言ってくれよ。
小百合 じゃあ、言っちゃおうかなあ‥‥?
権藤  もったいぶるなよ。さっさと言えよ。
小百合 ‥‥じゃ、言うね。‥‥あのさ、日本の国内にアルカイダが潜入しているっていうのは、やっぱりかなりマズイわけなんですよねぇ。
全員  え! アルカイダ?
藪内  ‥‥アルカイダ? アルカイダって何のことだ?
小百合 ほーら、あなたも知らなかったんでしょう? あのね、あなたの知り合いのアフマド・サイードってのは、アルカイダの一味なのよ。
藪内  え‥‥。
小百合 まあ、早い話が、あなたはアルカイダに利用されてたのよねぇ。
藪内  ‥‥え、‥‥そんな‥‥まさか。
小百合 まあ、あなたが信じられない気持ちもわからなくもないけどね。
藪内  ‥‥‥。
小百合 ‥‥今頃、アフマドの組織にも手が回っているわ。‥‥と言っても、やつらのことだから、もう国外に逃亡しているかもしれないけどね。
藪内  ‥‥‥。それで‥‥
小百合 それで、何?
藪内  それで、お前は、どうするつもりなんだ?
小百合 ‥‥そうねぇ。
藪内  何が目的なんだ?
小百合 まあ、あなたを逮捕することではないことは確かね。それは、警察のお仕事だから。
藪内  じゃ‥‥じゃあ、何なんだ?
小百合 まあ、一言で言うと、この事件はなかったことにしてほしいの。
藪内  え? ‥‥それは、どういうことだ?
小百合 日本にはねぇ、アルカイダなんて物騒なものはいなかったってこと。
藪内  え?
権藤  ‥‥お姉ちゃん、そいつはどういう意味だい?
小百合 だから、日本には、アルカイダはいないのよ。
権藤  俺、頭が悪いから、あんたの言ってることがさっぱりわかんねぇよ。どういうことなんだい? 教えてくれよ!
幸子  ‥‥あなた、私たちの味方なの? 敵なの? 私たちはどうなるの?
小百合 ‥‥まあ、そのうちわかるわ。
藪内  ‥‥‥。

    不条理な間。

藪内  ちくしょう。屁理屈並べて馬鹿にしやがって。‥‥ふん、アルカイダだろうが、スパイだろうが、そんなのはどうでもいいさ。俺がここにいて、お前たちがここにいる。そいつは何にも変わらないんだ。
‥‥俺は他人に利用なんかされてねぇ。操り人形なんかじゃないぜ。俺は、自分がやりたいことをただやるだけだ。俺はいつでもそうやって生きてきたんだ。‥‥俺はよ、俺はよ、やる時はやる男なんだよ。
全員  ‥‥‥。
藪内  ‥‥俺は決めたぜ。一人ずつ殺すなんて、面倒なことはもうやめだ。あのダイナマイトで、一発で全員あの世に送ってやるぜ。
全員  え!

    藪内、リュックサックを真ん中に置く。

藪内  さ、これでジ・エンドだ。
由美  藪内君、冷静になって! 馬鹿なことはやめて!
竹下  兄貴! そうっすよ。ヤケになったらだめっすよ!
藪内  ‥‥由美ちゃん。あの世で一緒になってくれよな。
由美  藪内君!

    藪内、リュックにピストルをかざす。
    ドキューン!
    藪内のピストルが吹き飛ぶ。

藪内  え!

    小百合がピストルを持っている。

藪内  ‥‥お、お前。
小百合 ‥‥だから、あたしは、その筋の人間だって言ったでしょ?
全員  ‥‥‥。

    しばしの間。

権藤  ‥‥あ、あんた、そんなもん持ってるなら、初めっから俺たちを助けてくれたらよかったじゃないか!
竹下  そうっすよ。何、もったいぶってるんすか? テレビドラマじゃないんすよ!
小百合 ‥‥そうよね。テレビドラマじゃないわよね。
竹下  え?

    ドキューン!(ライフル音)
    藪内、吹き飛ぶ。

全員  え!
由美  藪内君!

    由美、藪内に駆け寄る。

藪内  ‥‥な、なぜだ?
由美  どうして? どうして撃つんですか? もう、彼は拳銃を持ってないじゃないですか!
小百合 ‥‥そうね。 ‥‥だから、あたしは警察じゃないから。
由美  そんなの、ひどいじゃないですか! 藪内君!
藪内  ‥‥ゆ、由美ちゃん‥‥。(藪内死ぬ)
由美  藪内くん!

    ドキューン!(ライフル音)
    由美、倒れる。

全員  え!
権藤  ‥‥おい、これはどういうことなんだよ! どうして由美ちゃんを撃つんだよ!
小百合 ‥‥‥。
権藤  こら、お前、黙ってないで答えろよ!(小百合の肩をつかんで揺さぶる)
小百合 ‥‥だから、そのうちわかるって言ったでしょ?
権藤  そんなのわかんねぇよ! おい、答えろよ!

    ドキューン!(ライフル音)
    竹下、倒れる。
    ドキューン!(ライフル音)
    幸子、倒れる。

権藤  !
小百合 ‥‥‥。
権藤  ‥‥お前‥‥お前たちは、何者なんだ!
小百合 ‥‥だから、この事件はなかったことにしてほしいのよ。‥‥日本にアルカイダなんていないのよ。
権藤  ‥‥お前らは‥‥お前らの方が人殺しじゃないか!(権藤、小百合につかみかかろうとする)

    小百合、権藤にピストルを突きつける。

権藤  !
小百合 ‥‥確かに、あなたたちには何の罪もないわ。‥‥ただ、ちょっと運が悪かったのよね。
権藤  ‥‥貴様!

    権藤、小百合につかみかかる。
    ドキューン!(小百合のピストル)
    権藤、崩れるように倒れる。

権藤  ‥‥ち、ちくしょう。
小百合 ‥‥‥。そう、あなたも、ちょっと運が悪かったのよね。

    死屍累々。
    長い沈黙。
    小百合が一人立っている。
    小百合、無線機を取り出す。

小百合 「ヒロシ」は全員始末しました。作戦は完了です。

    長い沈黙。
    小百合は、満足そうに死体達を眺めている。

小百合 フフフフフ‥‥。アハハハハハ‥‥。

    ドキューン!(ライフル音)
    小百合、崩れ落ちる。

小百合 え‥‥。どうして?

    小百合、倒れる。
    静寂。

    音楽。

    暗転。

                            おわり


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