見出し画像

2024/01/14 【応援歌整頓論】最終流用時点での応援歌とみなす

(この記事は「応援歌整頓論」の各論です。概論は別記事をどうぞ)

私がどのようにして応援歌を整理整頓しているのか、というはたから見ればなぜそんなテーマでくどくど文章を書けるのか理解してもらえないであろう本シリーズ。
シリーズを始めてから半年が経過した今さらになってという感じも否めませんが、今回は少し基本的なところに立ち返り、応援歌が流用された際の取扱いについて取り上げます。


応援歌の流用とはカバーと似て非なるもの

ところで、応援歌の世界では当たり前のように流用という言葉を多用しますが、そもそも流用とは何なのか、という原点について考えてみましょう。
流用という語句を辞書で引いてみますと、次のように説明しています。

所定の目的以外のことに用いること。

西尾実・岩淵悦太郎・水谷静夫編『岩波国語辞典』第6版、岩波書店

応援歌の流用の場合、選手の応援を目的に演奏すること自体には変わりないので、「所定の目的」というのは、その応援歌を演奏するシチュエーションまで含めたものととらえるのが適切でしょう。「過去A選手に使われていた応援歌を、B選手に流用した」みたいな言い方をします。

音楽一般の世界でも、あるアーティストが歌った楽曲を、別のアーティストがカバーするなんて話をよく聞きますが、応援歌の流用もこれに近いものがあります。
ただし、球場で演奏する応援歌というのは、基本的にはトランペットのユニゾンにファンの歌声が乗っかるだけ。一般的な音楽のカバーは、歌い手や編曲の違いで楽曲の雰囲気が大きく変わりますが、応援歌の場合は、同じメロディを違うシチュエーションで演奏するだけですから、文字どおり流用という表現がふさわしいわけです。

歴史をつなぐ応援歌の流用

応援歌の流用というと一見して、昔使っていた応援歌をただただ使い回しているだけでは、という印象を持たれるかもしれませんが、滅相もない。
選手の移り変わりが激しいプロ野球界において、過去と未来をつなぐツールとして、応援歌が機能している例は、枚挙に暇がありません。

例えば、流用応援歌の大御所選手として思い浮かぶのが、オリックスイチロー。球界屈指のヒットマンとして、長年に渡り日米を股にかけた活躍を見せ、日本国民なら誰もが名前を知っているであろう偉大な選手。
そんなイチローがオリックスに在籍していた当時の応援歌は、これまた名選手、世界の盗塁王の異名も持つ福本豊の2作目として使われていた応援歌を流用したものなのです。
福本の応援歌がイチローに流用された当時は、登録名も本名の鈴木一朗時代で、プロの世界で芽が出るかどうかもまだ定かでなかった頃。そんな時にこの応援歌を流用して、実際にイチローも名前負けすることなく国民的選手の座へと登り詰めたわけですから、先見の明があるにも程があるといいますか、あまりにレジェンド級の選手に当たりすぎて、この先とても流用できないだろうなあとさえ思います。
もっとも、厳密に流用歴を言えば、福本とイチローの間に南牟礼も挟みますので、当時イチローに流用した実態としては、名選手に育ってほしいかどうかよりも、単に既存の名曲を演奏し続けたかっただけの話なのかもしれませんが。それでも、一選手への流用でここまで想像をふくらませることができるのが、応援歌の醍醐味の一つであることは間違いありません。

最終流用時点での応援歌とみなすルールを設けた背景

ここで、私なりの応援歌の整頓方法を説明しますと、それぞれの応援歌に何らかの曲名を付して管理する必要があるわけですが、原則としては、記事の表題にあるとおり、最終流用時点での選手の応援歌とみなすようにしています。
引き続き、先の福本→南牟礼→イチローの応援歌を例に挙げますと、最後に流用されたのはイチローなので、福本2作目や南牟礼の応援歌としてではなく、イチローの応援歌として整理します。
そもそも応援歌として使われ始めたのは福本が最初なのだから、福本の応援歌として整理するのが筋なのでは、という意見をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。この考え方も確かに一理あって、仮に本曲がイチローに流用されることなく、南牟礼のところで流用歴が止まっていたとしたら、福本を差し置いて、さして使用期間が長いわけでもない南牟礼の応援歌として整理するのは何だか変な感じもします。
ただ、この辺は結局、応援歌を整理する各人の考え方の差に過ぎないと言いましょうか、絶対的な正解があるわけではなく、その中で私は、最後に流用された選手の応援歌として整理したほうが、比較的しっくりくるというだけの話です。

応援歌というのは、現在進行形で絶えず流用の事例が発生しています。先ほど、イチローの応援歌はこの先とても流用できないだろうと私見を述べたばかりではありますが、可能性の話で言えば、この応援歌が将来誰か別の現役選手の応援歌として流用されることだって完全に否定はできません。
その時に、現に使われている選手を差し置いて、過去に使われていた選手の名で応援歌を整理するのがふさわしいかというと、そちらのほうが個人的にはなんだか違和感があるのです。これはもう好みの問題です。

整理基準としては、例えば使用期間の長さとか、対象選手の出場機会の多寡で決めるというやり方も有り得るでしょう。ただ、この手の基準を持ち出してしまうと、今度は整頓作業そのものが相当煩雑になることが予想されます。
応援歌の使用期間というのは、最近の応援歌ならいざ知らず、'80代まで遡ると、そもそもいつから使われ始めていつまで使われたのか、調べきれない事態が多々あります。私が投稿したイチローの応援歌動画でも、福本の使用開始時期は不明となっていますし、南牟礼の使用時期もいまいち確証が持てていません。
応援歌の使用期間には目をつぶって、出場機会の多寡で判断するとしても、現役選手が絡むと、絶えず変動する中で都度調べるのはかなり骨の折れる作業となるでしょう。正直言って、最終流用時点の応援歌で整理するだけでも、流用が発生するたびに選手の置き換え作業で結構手間取っており、ここに選手成績まで持ち出したら、応援歌を追い掛けるのとは別のところで時間を取られることとなりそう。
というわけで、自分が応援歌をどのように整理したいか、そこにかかる作業量として許容できるのはどこまでか。この2点をポイントに、自分が妥協できるラインとして定めたのが、最終流用時点での応援歌とみなすというルールなのです。

優先順位に関する例外的なルール

ただし、最終流用時点での応援歌とみなすルールが絶対的なものかというとそうでもなくて、いくつか例外規定を設けているところです。
本記事でずっと例にして挙げているイチローの応援歌で言うと、イチローの後にも、正式流用ではないものの、お遊びや復刻シリーズで、別の選手に演奏された事例が存在しますが、これらはそもそも私の中で使用歴には含めておらず、したがって、最終流用選手にも当てはまらないという認識です。
これも、どこまでがお遊び演奏でどこからが正式流用になるのか、突き詰め始めると終わりが見えなさそうな話ですが、詳しくはまたの機会に論じることができれば。

また、正式流用された事例であっても、私の中で最終流用時点の応援歌とみなさずに優先順位を低くするケースとして、以下のものがあります。

それぞれのルールの詳細については、各記事で具体例を挙げつつ説明しておりますので、興味を持たれた方は御参照いただければ幸いです。


なお、本記事で説明した内容は、あくまで私個人の応援歌の整理に際して適用しているルールです。
私がYouTubeで応援歌の動画を投稿する際は、最後に流用された選手か否かにこだわらず、どのような形でリクエストを受けたか次第で動画を作成しているので、混同することのないよう御留意ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?