見出し画像

味噌マヨを作りなさい


生活の重さ

バックパックで旅をしている。
当初はスーツケースで旅行に出かけるつもりだったのだが、『バックパッカーズ読本』という本を出発前に読み、バックパックで旅行することに決めたのだ。
こう書くとすごく頭が悪いか硬いかのように見えるだろう。
その本によると、歩道が整備されている国なんて少なく、道がガタガタならキャリーケースは引きづらいとのこと。

確かに思い返せば平らな道ばかりではなかったが(ゆずの歌詞?)、バックパックを背負う重さに比べればキャリーケースの方が便利だったような気もする。
ただ、新しい国の空港に着いて荷物レーンからバックパックを受け取って背負う瞬間、少しウンザリはするけれど、重い荷物とは反対にどこにでも行けるような気持ちになって足取りは軽くなる。
そしてこれもまた頭悪い感じがするがバックパックの「旅人」感が気に入っている。

荷物の重さは手荷物を含めておよそ10kgといったところ。
私の体重は40kg台前半なので自分の体重の4分の1の荷物を担いでいることになる。
かなり重い。背負っているとだんだん肩のあたりが沈み込んできてただでさえ低い身長が縮むんじゃないかと恐ろしい気持ちになる。

そこで少しでも荷物を減らそうとTシャツを1枚、タートルネックのセーターを1枚捨てた。
それでもまだまだ荷物は重く、もっと身軽になりたいならさらに何かを捨てなくちゃいけない。
今はバックパックの中から少しでも捨てられそうなものを考えることが、毎日の隙間時間の暇つぶしだ。
服や荷物を少し捨てて考えたことがある。

時には何かを手に入れるよりも、捨てられるものを見つけた方が良い時もあるということだ。
荷物を持ちすぎると、どんどん動きは鈍くなるし失うことも怖くなる。だったら思い切って捨ててしまったほうが身軽になれる。

これはもう誰かによってさらに上手い言葉で、トイレに置かれる格言のカレンダーなんかになっていることだろう。

でも私が思うに、どんなちっぽけなことでも、既に誰かによって良い具合に流布されている分かり切ったことであろうと自分で気づく過程が大切なんだと思う。

自分で見つけた単純だけど大切なことは、起き上がり小法師の重石のように自分の一番底に深く沈み込んで、倒れたり転んだときに立ち上がらせてくれるし、重石を増やすほど倒れにくくなる。

そして荷物は捨てる以外に、「誰かに持ってもらう」という選択肢もあること。
情けない話、私は友達に今は必要ないけど捨てられない荷物を少し送ったのである。


味噌マヨを作りなさい

何年か前に付き合っていた会社の元同期が結婚したという話を聞いた。
その報せを聞いた日に私が何をしていたかというと、深夜の台南のセブンイレブンで買った野菜スティックのマヨネーズが酸っぱ甘すぎたので、持っている“あさげ”の粉末味噌で味噌マヨネーズを錬成していたのである。ホステルのダイニングテーブルで。

結婚、という営みに比べるとあぁ、なんて取るに足らない営み。
あまりのくだらなさに情けなさというよりも楽しくなってくる。
ただ、錬成した味噌マヨで食べると野菜は美味しかった。
乾燥しきったワカメが混ざってたまにゴリゴリといったけれど酸っぱ甘いマヨネーズの何倍も良かった。

旅行中、自分の心の中で何度も浮かんでくる言葉がある。
「everything is changing 」
訳せば「諸行無常」なのだが、全てが変わっていく、というニュアンスの方が自分の考えに近い。

誰も自分を待ってくれないし、自分もずっと誰かを待っているわけにはいかない。
RPGのように自分が物語を進めるまでもなく、世界は毎日勝手に進んで、色んな思惑や故意や感情が目に見えず飛び交ってはどんどん世界を変えていく。
そんなことを考えると自分だけずっと変わらずに気づかぬうちに周回遅れになってるんじゃないのかな、と足元がぐらっとする。

でも、元恋人の結婚の報せを聞いた時、不思議と全然動揺しなかった。
工夫して生きていけば、大丈夫。咄嗟に味噌マヨを作れるから、大丈夫。
私は、この先もたぶん大丈夫。
呪文のように自分に言い聞かせているのではなく、窓ガラスから差した光が明るく手元に落ちるように、冷たい地下水がこんこんと湧き出るように、静かな確信があった。


洗濯について

海外に出てみて約2ヶ月。どこの国にいてもできるお気に入りの時間がある。
服を手洗いする時間だ。
洗濯には花王のどこでも袋でお洗濯を使っている。
使うまでは「これいるかなぁ?しかもただの袋なのに1500円って高くない?」と思っていた。ただ旅が続くほど、このただの袋が真価を発揮してくる。
タイで、ラオスで、ブータンで、ネパールで、ドバイで、イタリアで、マレーシアで、台湾で。どこでもお洗濯の名に恥じぬどこでもっぷりで役立っている。

自立する(よく倒れるけど)


袋に下着、Tシャツ、靴下、ズボンを放り込み液体洗剤と水を注ぐ。
推奨されている洗濯量より多いので袋はパンパンだ。
それからチャックを締めて、シャワーを浴びている間や寝ている間につけ置きをしておく。
しばらくしたら服を擦ったりとりあえずじゃぶじゃぶと手を押し付けてみたりする。
せっけんの匂いが立つことや、肘のあたりまで手が濡れる感覚は洗濯機では味わえない。
かかる時間は洗って干してでだいたい30分。

旅行者は訪れた国の資源を食い尽くすだけの消費者でしかない。
旅行者はその国で「生活」はできない。
ただ、自分の持ち物で工夫の限りを尽くして──例えば靴紐を解いて一緒に洗い洗濯ロープ代わりにしたり、バンスクリップを洗濯バサミ代わりにしたりして──湿って色の濃くなった服をその国の太陽と空気に晒すと、達成感と少しだけ「生活」を感じることができる。

ホテルに泊まった時は乾燥スペースに乏しいのでドライヤーとバスタオルで予洗いならぬ予乾かし
ネパール・タメル地区の一泊700円くらいのホステルで
靴紐と髪留めを使う
いつも窓枠にはアリがいた
ラオス・ヴィエンチャン
豪華なホテルの裏地は荒地


津々浦々さまざまなホステルを渡り歩いて、どこのベッドがああでどこのロビーがああだと言う記憶はあやふやになってしまっているのだが、明るいベランダや、無理やり干したサッシや、太陽の輝きは簡単に思い出すことができるのである。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?