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これからも乾杯

どんなスポーツにもいつの時代も多分「同期会」というものがある。

2014年、大学4年生、関東で陸上競技の長距離というスポーツに人生を懸けていた僕らにも、それはあった。

名前は「ねぎま会」

居酒屋で誰かの「ねぎま」が雑に扱われていたのが由来だった気がする。

最初は僕と、高校のライバルの「Tくん」に加え、Twitterでしか絡みがない他大の「Oくん」の3人のグループLINEだった。

当時、僕とTくんしか接点がないのに、2人とも話したことの無いOくんが混ざってるのが今考えると中々ホラーだ。

徐々に僕らの共通点は「熱い」「怠惰」であることに気付く。

そしたら何故かどんどん熱くて怠惰な同期が集まってきて、気付いたら「ねぎま会将来ホームレス部」が出来ていた。

2014年夏、僕ら運命の最終学年、競技に熱く、ちょっぴり怠惰、部内に吐けない本音を隠し持ってる精鋭10人くらいが出会った。

みんな「ねぎま会」が大好きだった。

友達が大好きで不器用。

安いビールの味も気にならなかった。

愚痴ばっかり言いながら最後はみんなで頑張ろうぜって。

どんなに飲んでも門限があるから20時30分には解散。

親友だけど嫌いだったチームメイトへの愚痴、絶対チームメイトには言えない弱音、メンヘラな彼女の話、尽きなかった。

夏合宿中も「きつい」の近況報告。

全然繋がりがないメンバーが長距離×同い年というだけで仲良くなれる。夢も同じだった。

同じ大学の同期も大好きだけど、当時は弱音なんて言えない。傷の舐めあいなんて出来ない。

傷を舐めてくれる友達が、僕は当時欲しかったんだと思う。

でもみんな結局隠れて努力するタイプだから、なんやかんや僕の起爆剤。

最後の箱根駅伝、ねぎま会みんなで出れない仲間の分まで走るって決意した。

純粋に、ここまで仲良くなれただけで嬉しかった。

どこにでもある集まりなのかもしれない。

でも僕にはこいつらしか知らなかった。

青春というものが、過ぎ去った後だけでなく現在進行形で感じれるものならば、出会った時からずっと感じていたと思う。

そして今、5年経ってもオリンピックを目指す奴、一線を退いた奴。

みんな5年前と同じモチベーションで頑張ってる。

仲の良さも相変わらず。

5年後の2019年夏、初期メンバーのOくんと初めて2人で乾杯した。

僕は引退。Oくんは現役。

あの頃より美味しくなったビール。

でも愚痴は無くなって、二人とも未来の話。

友達を応援する話。

そしてまた、未来の話。

知らない間に、一番まともだと思ってた僕がいちばん夢がない大人になっていたと気付く。

ねぎま会のメンバー、いつも傷の舐めあいしかしないのに、いつのまにか僕の尻をひっぱたく存在に変わってたよ。

みんなチームメイトじゃなくて友達で良かった。

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