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【振り返り】APOFES2019「愛しのやまだくん」

ひとり芝居フェス APOFES2019 参加作品
松本さえ子×劇団ヘコキリス
「愛しのやまだくん」
お陰様で無事に終演いたしました。
全世界にありがとうございました。
すごく大事な作品、分岐点となりました。
そのことを今後も覚えておきたいと思ったのでnote立ち上げてつらつら書き連ねようと思います。
あくまで未来の自分が何か迷ったり、あの時どんな気持ちだったっけ的な感じになったときに見返すための、メモです。メモ。
私のためだけのメモなので、多分目も当てられない(うわダジャレになった)内容と長文になるかと思いますので文句は受け付けません。
それ以外は受け付けるけど反応するかは分かりません。
何度も言うけどただのメモなので。今の脳みその状態を記録しておきたいのです。

「これ私のこと言ってる?」「これ私のこと批判してる?」とか、万が一思いましたらそれは完全に思い過ごしですのでどうぞハーブティーでも飲んで落ち着いてください。
刺激の強い言葉を使っていたとしても、誰にも敵意は向けておりません。
あと、多分1万字余裕で超えると思いますのでそんな真剣に読んでると疲れちゃうと思う。

戯曲について① ~まずは心構えとか~
ひとり芝居を作るにあたって、自分の中で決めていたことがいくつかあった。
ひとり芝居、もそうだけど、新作をつくるにあたって、ですね。

①役者は一役しか演じないものにする。
②モノローグシーンは入れない。
③パワーワード、笑いに頼らない作風にする。
④「分かりやすさ」を追求しない。


 一つ一つひも解く。
 
 当日パンフレットでも触れたのだけど、私が好きな一人芝居っていうのは、たとえばイッセー尾形さんなんかはその代表格で、一つの役しか演じずに見えない相手との会話のみでお話を運んでいくスタイル。やるなら絶対このスタイルでやりたいと決めていた。そもそも何役も演じる一人芝居が基本的に嫌いなのです。もしかしたらそういう作品の、「良いパターン」を観たことがないだけなのかもしれないけど、端的にそういう芝居を観た感想を言わせてもらうと「うん、じゃあ落語見るわ」・・・です。コロコロと役が変わるの見てるのもしんどいし、多分変えなきゃいけない役者さんもしんどい。しんどくなっていく役者さん見るのもしんどい。どうしても別人同士が話しているようにはなかなか見えない。いやすごい人ならそう見えるのかしら。分かんないなー。まぁとにかく、私は一人一役の一人芝居を作るんだと決めていたのでした。まあちょっとこぼれたけど。・・・意味のあるもうひと役だったから良しとしたい。ていうか、ちょっと回想てきな、主人公の記憶の中の先輩、って見方もできるからオールオッケーじゃんね。オッケー。
 
 モノローグシーンを入れたくない、というのも「会話」にこだわりたかったから。本当にイッセー尾形さんすごいから見てほしい。あと私が普段書く芝居もドストレートプレイな会話劇なので、急にモノローグ入って場転してーとかもなんか違和感があってやりたくないなーと。小説の朗読じゃねーんだぞ、一人芝居だろ、ちゃんとしろよ、ってもう一人の自分がめちゃめちゃキレてました。ひぃ。でも結局入れちゃった。言い訳のように繰り返してるんだけど、30分なら会話だけで一人芝居を書ける自信ある。でも、今の力量で45分は、無理・・・。一幕も無理・・・って思って断念。てへぺろ。モノローグなし場転なしの長編一人芝居はまた改めて挑戦したいです。
 
 「パワーワード」と「笑い」は、私がこれまで自分の武器だと思って大事にしてきたものだったんだけど、これを手放したいと思っていまして。というのも、このところ私の価値観が変わってきていて。ヘコキリスなんて劇団名つけてしまうくらいなんだからバチボコのコメディ大好き人間ではあるんだけど、「笑い」を狙いに行って、当てて、お客さんがドッてなって、、、っていう、それに対して喜びを感じにくくなってしまったんですね。なんでかは分からないんだけど。価値観の変化としかいいようがない。ちなみにめちゃくちゃ笑かしてくれる芝居、観るのは大好き。でも自分が作るってなった時に、前ほど「笑い」に興味がなくなってしまった。でも私がこれまでお客さんの満足度を測るのに重視していたのが「ウケていたか」「笑っていたか」だったから、それを狙わなくなったら、じゃあ、何でお客さんが満足してるかを確認すればいいんだ??ううううん?(混乱)ま、とりあえずいいや。これまでの自分からの脱却。笑いだけに頼って作品の軸となる大事な部分を雑に扱って、上辺だけの面白さ、反応を追いかけている気がしていた自分からの脱却を、とりあえず目標にしてみようと、思ったわけですよ。でも結局、学生時代から言われてた「村田語」とやらは健在らしくって言葉選びがウケるって言われたので、私がどうセーブしても結果コメディになるみたいだから、それはそれで味として、下手に狙わずとも安心して自分の書きたいこと書こーって思いました。結果的に「武器」に間違いないんだと思えてよかった。
 
 「分かりやすさ」を追求しない。も、この前段落で言ったこととちょっとつながっていて。とにかく単純化、とにかく親切に、とにかく分かりやすく…が、本当に正義なのか…?と。起承転結が明確で、誰が何を考えているかすぐに分かるような物語が本当に面白いのか?てか、人間ってそんな分かりやすい生き物じゃなくね??思ったこと何でも口に出すか???善人と悪人、白黒はっきりしてるやつしかいないわけがなくね…?って、ぐるぐーる考えて、とりあえず、「これ分かりにくくないかな…?」ってだけの理由で簡単に変更を加えないようにしよう、と思うことにした。と、同時に、あえて分かりにくい、理解されづらいことをテーマにできないかなと考えるようになった。それが「山田くん」に呪われた(?)女の子の誕生につながる、と。普通理解されないようなことを、理解してもらえたら、それって奇跡じゃんてきな。これが一番不安だったけど、演劇のお客さんってすごくて、めちゃくちゃ理解して彼女の存在を受け入れてくださったみたいで、いやありがとうございますだし、もっともっとお客さんの想像力に委ねるようなものを作ってみたいなと思った。

戯曲について② ~こうやって書いたよ(書かざるをえなかったよ)~
 APOFESに参加表明してから10月中旬まで舞台の現場にぶっ続けで関わっていたので、全然執筆は進んでいなかった。頭の中でアイデアをこねくり回す時間が多かった。やってみたいお話が2パターン浮かんだので、とりあえず二つ同時に書き始めてみた。
 そのあとすぐ11月頭から年末までの現場仕事が始まって、それと並行してしばらく二つ書いてた。…まあどっちも結論ボツにしたわけなので、もともとこんなこと考えてたのに結果こうなったんやで、的な意味でご紹介しようと思ってあらすじ書いてたんだけど、どこかに再利用できそうなので公開するのやめました。イエーイ、棚ぼたやで~い。
 一つは不条理パニックコメディ、一つは今回上演したのに近いっちゃ近いんだけど、悲恋色つよめなお話でした。どちらも「山田くんのことしか好きになれない女の子」が主人公でした。やべえなそれはぶれてないのな。ちなみに久しぶりにデータ開いてみて戦慄したのだけど、12月中旬くらいまでどうやら同時進行で書いていたらしい。マジで悪手。絶対やめた方がいいぞ。実際どっちもボツにしたしな。後者なんか約8000字書いてボツにしてる。英断だったけど本当に何やってんだよ私…っていう…いやでもこの工程があったから完成稿につながったのかなぁ。でも8000字棒に振るなんてことはなるべくしたくないなぁ…。あ、でも前者はこうやって後で見返して再利用できそう、って思えたわけだから、無駄じゃなかったのかな。無駄じゃなかったと思いたいね。
 「プロット書かないからや!」と、自分でも思うんだけど…いや、プロット書くの確かに大事だとは思う。でも今回はあんまり先のことまで全部考えてから書き始める、お話を追いかけていく、みたいなことをしたくなかったんだよなぁ。「枠の中におさめにいく」書き方をしたくなかった。理性じゃなくて感覚とか感情で書き進めたかった。
 話が前後しまくるけど、それは先述した「分かりやすさを捨てたい」ってのとつながっていた。確かにプロットたてた方が安定して書き進められるんだけど、理性が感情に勝った状態で進むことになるっていうことを知っていたので、それをこの作品ではやりたくない、と、思ってしまった。おかげ様で現場の仕事と期間が重なっていたこともあって精神的にめちゃくちゃ追い詰められながらの執筆となった。ささくれとかやばかった。徹夜しても書けなくて(いやあるあるなんだけど)呆然としてちょっと寝て現場行って、みたいな。なるべくやめた方がいいねこの書き方は。でも、でもなぁ…。
 正解だったかは知らんが、この書き方していたからこそ書けたセリフなんだよな最後の方は。最後の叫びみたいな、ぐちゃぐちゃのセリフはあの精神状態だったから出てきたような気がしなくもないんだよなぁ。むーん。上手いやり方が生きているうちに見つかることを祈る。寝不足続きだったからかめちゃくちゃに太ったし。マジ無理沈殿丸です。

戯曲について③ ~内容考えてたときのこと~
 なんで「山田くん」が出てきたのかはマジで覚えてない(ちなみに私には、「山田」姓を持つ知り合いは片手で数えるほどしかいない)。もっと言うと私は「山田くん」に恋をしたこともない。ただ、「山田」って苗字には謎に憧れがあって、山田って苗字は珍しくて特別なんだっていう謎の思い込みがあった。実際、小学校の時とか、山田って苗字の人を見かけるとテンション上がってた。っていう話を稽古場でしたら、さえちゃんにもひるちゃんにも「いやいうてそんな珍しくなくない?」って言われて、自分と世間とのギャップに一回死んだ。まじか。山田姓にテンション上がるの少数派ですか。

 APOCシアターで5年前、学生最後の作品を上演させてもらった時も、それまでの作風と違うことをしたいと思って、中学生の青春群像劇をやらせてもらったんだけども。その作品の登場人物の中に、親友の男の子のことを好きになってしまったんじゃないか、って自分の気持ちに戸惑う男の子がいたんですね。秘密にしておこうと思ってたんだけど、ひょんなことから気持ちがバレてしまって、一時気まずくなるんだけど、なんやかんやあってまた良き友達の関係に落ち着くっていう。…あーこの話に関してはたくさん言いたいことあるんだけど、とりま置いといて。。。自分なりにめちゃくちゃ真剣に描いたつもりだったのに、「マイノリティを笑いのネタにしちゃだめだよ」っていうご指摘を受けたんですよ。たった一人からの指摘だったけど。何度も言うけど私はネタにしたつもりなんか毛頭なかったのですごくショックだったし、怒りすら覚えた。でも、実際言い返せなかったのは、その、彼がうっかり自分の気持ちを吐き出してしまうシーンで、私の意図せぬ笑いが客席から起こったからだった。
 し ぬ ほ ど 悔しかった。完全に私の表現力の敗北だった。
 だから、APOCでまたやる、となったからにはそのリベンジもしたかった。でも、例えばまた性的マイノリティである登場人物で…というのも気が引けた。前回の出来事だって、あくまで私は、真剣に描いたというだけであって、実際上演した結果、実は当人たちも「ネタにされた」と思っていたとしたら、、、と考えたら、私は彼らをまた傷つけるリスクをおかしてはいけないと思った。私に彼らを真摯に描く力がこの5年のうちに身についている、、、っていう確固たる自信がなかった。それが確信できないうちはダメだと思った。
 だから、世にあるすべてのマイノリティ(性的マイノリティだけじゃなくて、例えば、なんかすっごいコアな趣味を持つ人とかも)のメタファーとして、別の表現方法はないかなと考えたのである。それが、「山田くんしか愛せない女の子」だった。
 でも、上演した作品を観たひとは分かると思うけど、この案はすぐに撤回することになる。あまりにも「山田くんしか好きになれない」という設定が特殊すぎて、「マイノリティのメタファー」としてお客さんに届かない、気が付かない、と思った。感情移入も、想像するのもかなり難しい。てか、それを表現したいなら、絶対別に良い表現方法があると思った。だから私の個人的なリベンジは一旦横に置いておくことにした。

 でも、我ながら「山田くんしか愛せない女の子」っていうアイデアはおもろいな、と思って。そこだけは変えたくないなぁと(っていうか、タイトルは(仮)つけていたけどまぁ決めてたし公開もしてたし)。じゃあなんで山田くんしか愛せないの?生まれつき、っていうのは先述した問題に触れるなあと思ったから、てことは、何か後天的な原因があるんだよな。と。そこからどうやってあのバレンタインの地獄みたいなシーンに行きついたかは忘れたけど、とにかく行き着いた。
 ただ、一つだけ気を付けたのが、あまりにも明確すぎる傷つけられ方をさせたくない、ということ。私の描いた彼女のトラウマは、もしかしたら万人に理解されるものではなかったかもしれない。特に男性には分かりづらい、女子特有の文化の中で生まれたトラウマだし。でも、だからってここで例えば好きな男の子を友達にとられただの、裏切られただの、そういう分かりやすさには安易に持っていきたくないなと思った。どうか「理解できない」と突き放さず見届けてほしいと思った。演出でそのお手伝いはするけれども、彼女の痛みをお客様に想像してもらって、感情移入してもらえればと願った。
  最近活発になっている女性をとりまく様々な問題の告発には、毎回めまいを起こしそうになる。「こうされて傷ついた」という内容に対して「それごときで」と返してくる輩の多いこと多いこと。貴方にとってそれごときでも、当人にとってはとんでもないことなんだ。黙って想像力を働かせろ、と、思う。もしかしたら無意識に、そういうことへの苛立ちも主張したかったのかもしれない。ちなみに観客の皆様からは、誰一人として、「いやそんな傷つくことか?トラウマになるようなことか??」みたいな感想はいただかなかったです。さすが私の芝居を観に来てくださった皆様です(どこから目線やねん)。それどころか、男性のお客様から「あんっっなつらいことがあって、そのあと~…」と、感想を伺っている途中でさりげなく言われてびっくりした。嬉しかった。

 行ったり来たりして申し訳ないのだけど。冒頭シーンはとてもとても気に入っている。実はあのシーンはあとからつけた。最初からあったわけではない。いつの間にか始まってる系の芝居が大好きなんですよ。落語もそうだし、ハイバイの飴ちゃんチリチリ~からの始めまーす、も。次回ももっとぬるぬるした始め方にしてやりたい所存。こっちの世界とあっちの世界の境界はあんまりない、って風に思わせたい。終わり方もぬるぬるしてるのが大好き。あ、このあともあの人はきっと普通に暮らしているんだろうな、この世界のどこかで…みたいな風に想像させる芝居が好き。今回も、この続きが気になる、的なことを言ってくださったお客様がいらっしゃったので思わずガッツポーズでした。っしゃあ。

 回想シーンをあんなうしろに持ってくるの珍しい、という意見もらって確かに、と思った。回想シーンで早々にその人物のことを分からせたうえで話の大筋にのっていく、みたいなものが多いもんね。今回プロット書いてなかったからもう流れでそうなったとしかいいようがないんだけど(おい)、「山田くんしか愛せない女の子」という不思議な存在を、不思議だなぁと思わせた状態でなるべく引っ張りたかった感はある。どうして彼女がそうなったのか、彼女の正体を早めに答え合わせしてしまったら、その時点でこの話に対する興味が大幅に薄れるなぁと思ったのは確か。割と無意識だったからこうやってあとから感想として指摘してもらえたの本当にありがたい。感謝。メモメモ。

 全部書き上げてみないと何が伝えたかったのかとか分からんよね、って改めて思った。全部書き上げて初めて、あ、この子最初っから先輩のこと好きだったんだなー。じゃあこの子冒頭部分ってほとんど嘘ついてんだなー。ってわかった。ちょっと盛った。稽古で何回か読むうちにわかった←
 だからとにかく、途中で書くのやめるなよ私。マジで。書ききってみたらなんか面白くなるんだから大体は(え?)。

演出について① ~対役者~
 これまでの私の作風がテンポ感重視のコント系芝居が多かったもんで、お恥ずかしながら役者さんに対しての演出っていうのが、「あ、そこもう少し早口で言って」「そこから上手にゆっくり歩いて」「そことそこのセリフの間もっと詰めて」とか、そういう指示ばっかりで、感情の動きがどうとかって多分ほとんど言ったことがない。ってことに今回気づいてドン引きした。
 今回も、本読みをやってどう言ってほしいかをざっくり伝えてメモってもらって、そのリズム感を共有して、そしたら軽く立ってもらって動きつけて、あとは慣れてもらうだけ、、、的なつもりでいました最初は。
 出演してもらったさえちゃんとは約2年前に一緒に芝居作ったし、その時にやりづらさとか何も感じなかったからまあいけるっしょ、って思っていたんだけど、なんだか呼吸が合わない。
 煮詰まりだしたときに、なんとなく「先輩」のたたずまいについて話した。イケメンなのか本当に?イケメンはイケメンでもあんな告白してくる奴だからちょっと天然?ぽいのでは?…そういうディスカッションを経て、我々の中で先輩の見た目は「竹内涼真」になったんだけど(笑)(そして後々また変化したりしなかったりする)そういうことを話したあとでの演技とその前の演技とでは雲泥の差だった。私とさえちゃんが、ちゃんと同じものを見ている感があった。
 情けなや、そうなってやっと気づいたんだけど。役者が役作りするためのヒントって台本の中と、演出家が言うことにしかないわけで。いつもなら自分のセリフのほかに相手のセリフっていうヒントがあるのに、今回はそれが一切ないわけで、、、そんなヒントが少なくともいつもの半分以下って状態で相手のセリフまで想像させてとにかくテンポだけ守って!…っていうスーパー投げやりなことをやろうとしていたと気づき、激しく動揺、からの猛省。
 そこからはひたすらさえちゃんとの認識すり合わせ、ディスカッションが主な稽古内容となりました。時間なかったけど細かく細かく確認作業していきました。結論からいってめっちゃ楽しかった!(笑)本を書いたの私のはずなのに、1行1行セリフ確認しつつ稽古してる中で「え、もしかしてこのセリフはこんな意味があったのでは?」「確かにセリフ的には感情たかぶってる風だけど、本音はこうだから、もう少し抑え目の方が良いのでは?」…みたいに気づくことがたくさんあって。いやぁ不思議体験でしたわぁ。でもこれやってて本当に良かったなぁと思う。
 いっぱい話したけど全部は覚えてないなぁもったいない。覚えてるくだりだけメモしておこうと思う。
 たしか2回目の本番のあとに、最後の「放っておいてほしいんだよなぁ…」のくだりがちょっと強すぎるなぁと思ったからさえちゃんにダメ出しした際、
さ「確かに今日ちょっと感情的すぎましたよね?なんか、ヒステリックみたいな」
私「うんうん、ヒステリック、だと周囲に当たってるようなイメージになっちゃうから、それはちょっと違うな。」
さ「思わずそうなっちゃったけど、違和感はあってやりづらさありました。」
私「放っておいてほしい、と言いながら結局最後先輩を追いかけているわけだから、本音はまったく真逆のことを思ってるんだと思うんだよね。でも、これまでの意地で素直に言葉には絶対できない。苛立ちは持っててほしいけど、その苛立ちは先輩とかに対してではなくて、自分に対して感じているのでは…?」
さ「なるほど、こういう感じですか?」
私「そうね、方向性はそのままで、もうちょいエネルギー内側に向けてほしい」
さ「こういう感じです?」
私「そうそうそのバランスで!」

 …的な。すり合わせを死ぬほどやりましたよって話。でもこれって多分普段から演出を生業としている人たちからしたら当たり前のことなんだろうなって…恥ずかしい…反省だわ…これまで自分がどんだけ独りよがりで役者に頼りっきりだったのか分かった…し、演出の楽しさ的なものを自分でなくしてたんだなぁって…恥ずかしいわあ。
 さえちゃんは、分かんないと「分かんねー」って顔してくれるし、話してて納得したら「言っていることは分かるんですけどすぐ芝居に出来ないかもしれないっす、ごめんなさい、明日にはできます!」って言ってくれるからすごい話早くてありがたかった…話し合う、って大事だなあ。演劇ってとことん、共同作業、なんだなぁ。(みつを)
 これからもテンポ感はもちろん重視していきたいけども、例えばその指示には感情を伴ってほしいのか否かを先に伝えるってのを心がけていきたいなと思う。「感情的にはこう言いたいってのは十分分かるんだけど、ごめんここは色々無視してそう言ってほしいのよ、だってそっちの方がおもろいから!」って場合ももちろんあるからね。変な風に役者を悩ませるようなことはないように簡潔にやっていきたい。でも話し合うところはとことん話し合っていきたい。なー。話し合ってくれる役者さんとやっていきたい、なー。

 当パンに書いた、
「人間がいつも素直に言葉を発しているとは限らないということ。語る言葉がすべて本意とは限らないということ。言葉と態度は必ずしもリンクしないということ。」
これに気付けたというか、実感できたのはディスカッションの成果だと思っているから、とことん付き合ってくれたさえちゃんには感謝しかないです。
 あれ?演出編だったのにようわからんくなった。まあいいか。

演出について② ~思ったことつらつらとテクニカル系中心~
 フェス、ということで細かな指定や場当たりでの調整やら挑戦をしづらかったのは結構痛かった。テクニカルの知識が無いに等しいから、これまではスタッフが稽古に来てくれたときにつらつらとイメージを話して、それをなんかうまいことやってくれて、うまいこと場当たりで合わせて…みたいな。今回のスタッフさんたちも臨機応変に対応くださったからそれでもかなり助かったけど、もしこれから先、全く知らん人と仕事するってなった時にもっとちゃんとイメージとか諸々、言語化できるようにならなきゃだめだなーとなんとなーく反省。「なんか、うまいこといい感じの照明ください」っつって通用してしまった今回、、、本当に感謝しかないです。嘘です。反省と感謝しかない。
 今回久しぶりに(というか初めて?)音響照明でたくさん遊んだなぁと思う(あれでも)。一幕劇でほぼ音響照明の変化がない芝居ばっかやってたから、それと比べたらかなり遊んだ。方なのだ。思い返せば自分の芝居の本番を終えてからの2年間、関わった現場に一幕劇はひとつもなくて、音響照明効果をバチバチに使う舞台ばかりだった。もしかしたら無意識のうちに、その現場で見たものや感覚を、ちゃんと自分の中に記憶していたのかもしれない。ラストシーン、セリフきっかけで音楽と共に照明をチェンジしてほしい、とリクエストしたのは実は小屋入りしてからで、事前の打ち合わせではお伝えしていなかった。今となってはどうして最初からそうしようと思ってなかったんだろうとむしろ不思議。まだまだだけど、なんとなく明かりと音の効果について考えられるようになったのだなあとしみじみ。「…いや当たり前じゃろ?」って突っ込み飛んできそうだけどマジで私このへんの考え方が絶望的に分からない人だもんで、これだけでもかなり進歩なんだよ。これからもこの効果ちゃんたちと仲良くしていけたらいいな。

 まがりなりにも演出部とかもやらせて頂いていたというのに、ステージの感じをぜんぜんイメージ出来ていなかったの反省。あんなに高さがあって、ちょっと異質なステージになっているなんて思いもよらなかった。今度もしまた何かこういう条件がはっきりしているフェスとかに出ることになったら、ちゃんとその前の公演をみて、下見して、臨めるようにしたい。あーでも…んー悩むな。今回、我ながら「ちゃんと演劇をやったなー」っていう達成感があって。でもそれはあの空間をイメージしてなかったから、とにかく普段どおりにやらざるを得なくてああいう作品になったわけだけど。もし先にあの空間を見ていたら、なんというか、「やりたいこと」「伝えたいこと」ではなくて「あの空間で出来ること」「あの空間を利用すること」を優先した、見世物的な、奇をてらったものを作ろうとしていたかもしれない。それはそれで正解だったかもしれないけど、自分がやりたい演劇とはかけ離れていたような気がする。ストーリーとか感情の動きとかじゃなくて、小手先だけで勝負しようとしていたかも。

 そしたらたぶんこんな記事残してなかったと思うし、もう書いていくこと自体あきらめてたかもしれない。本当によかった。

さいごに
 
お察しのとおり、この記事結局5日間くらいに渡って書いているので、早くももう記憶が薄れていっています。マジでお芝居って生もの。
 今回、初めてフェスというものに参加させていただいたのですが、本当に、マジで、ガチで、心から出てよかったと思いました。私の知り合いでもなく、役者の知り合いでもなく、私の作品をこれまで全く観たこともない、ようは予備知識ゼロの人から作品を観てもらって感想を頂いたのは、生まれて初めてでした。うれしかったです。何を言われてもうれしかった。そして、自分の作品の話をするところからどんどん話が弾んでく感じも幸せでした。つまりは参加者の皆様や、関係者の皆様とお喋りしたあの時間が本当に本当に幸せ絶頂でした。打ち上げはマジで天国でした。色んな方とお話できて最高でした。これからも末永くご縁をつなげていきたいです。私基本的には一回話したらもうお友達だって本気で思うくらいには間口広めな感じでやらせてもらってますので(とは)、軽率に突然「芝居出てもらいたいんですが」って声かけさせて頂くので何卒よろしくお願いします。てかAPOFESマジで俳優大博覧会だった。良い出会いがたくさんありました。ありがたみー。
 自分の作品づくりだけじゃなく、仕事としてもたくさん演劇にかかわるようになり、幸せなんだけど、ほんっとに楽しいことだけじゃない世界なんだなと嫌でも思い知らされて・・・確実にここ数年消耗してきた何かが、これを機に一気に回復しました。マジで回復しました超回復からの大復活を遂げました。ありがとうございます。誰に対してというか私に関わってくれた全ての人、事象に感謝です。あんまりいうと宗教みたいになるからもう言わないけどここ数年で一番今演劇が好きだなぁという気持ちです。

 今年は発表できるできないに関わらず、いっぱい物を書いていける気がしております。現場にもちょこちょこ出て行く予定です。書くのはたぶん、今回の作品に寄っているものになるかなぁと、感情の動きを大事にするをテーマにしばらくやっていくことになるかなぁと思います。たぶん、一人芝居より前の作品とはまたぜんぜんタイプが違ったものを書いていくと思います。飽きるまで。エネルギー滾っているので、お仕事ください、誰か一緒になんかやりましょ、ウェイウェイ。ビジネスですがパリピなのでフットワークは軽いです頑張りますのでこれからも覚えておいてやってください。

 最後の段落はなんだ、振り返りもくそもなかったけど、芝居に対してネガティブになったときにこの謎ポジティブ文を読んでまた元気になるため残します。この振り返り記事書き終えるまで新作に手をつけないぞと思っていたのでこの辺でいいかげん終わりにします。とにかく書け私よ。
 ではでは。(11486文字)(ふっw)

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