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語りのプロに読んでもらえる至福、アニメ『《物語》シリーズ』

学校から帰るなりテレビにかじりついてたアニメ少年も、高校生になり、社会人になり、家庭をもち、仕事中心の生活サイクルの中で、50を超えた今では、ほぼテレビアニメを見ることもなくなっていた。ところがここにきて、またハマったようだ。きっかけは『化物語』。

※ ご注意 ※
ネタバレがありますので、内容を知りたくない方は、作品をご覧になってからまたお越しください。
化物語 - amazon prime video


化物語とは

西尾維新さんの小説『化物語(ばけものがたり)』をはじめとする一連の作品群は、『《物語》シリーズ』と呼ばれる。『猫物語』『偽物語』『囮物語』『傾物語』など、各話ごとにヒロイン、語り部、タイトルが変わる。

化物語は、こんなイントロダクションで始まる。

高校3年のゴーデンウィークが明けたある日、学校の階段を登っていた阿良々木暦(あららぎ こよみ)は、空から降ってきたクラスメイトの戦場ヶ原ひたぎをうけとめ助ける。ただ彼女にはおよそ体重と呼べるものが無かった。暦は自分が吸血鬼体質であることを打ち明け、彼女が抱える問題解決に動き出す。

寓話や伝承に登場する、もののけ、妖怪、幽霊、神といった『怪異(かいい)』に取り憑かれたヒロイン達を助けるため、吸血鬼の不死の力を持った高3年男子が奮闘する、というのが物語の基本的な筋だ。

耳が楽しい物語

このアニメをひと言でいうのは難しい。青春ファンタジーと言えなくもないが、夢物語ではない。リアルな日常があり、死も描かれる。主人公の人並み外れた能力でスッキリ解決なんてことはおこらない。ギャグも恋愛もミステリーもSFもあるが、あくまでも要素。学園モノ、ヒーローモノ、バトルモノにも収まらない。今挙げた要素を全部含んでいるから、ひとつのジャンルに収めることが出来ないというのが正直なところ。

でも、過去のアニメによく似たものがある。『まんが日本昔ばなし』だ。
物語シリーズは、主人公とヒロインの会話を軸に、主人公の心の声とナレーションで話が進んでゆく。会話以外は、映像で表現するのがアニメだろうと思うのだが、声に出来るものは、出来る限り『声』で表現しようとしている。現代版『昔ばなし』。現代なのに昔とはおかしいが、ニュアンスだけでもわかって頂けるとありがたい。

私達と同じ、今を生きている主人公が、自分の言葉で、自身の物語を朗読していると考えて頂いていい。掛け合いがテンポ良く、声の響きが心地よい。プロが物語を語ってくれるなんて、こんな贅沢な読み聞かせはない。

白状すると、初めパソコンに向かいながらBGM代わりに流してるだけで、真剣に見てなかった。トイレにたった時、流していたセリフがリフレインされるし、ざっくりとだがストーリーも残ってる。耳が面白かったと教えてくれたのだ。まったく、『《物語》シリーズ』とは、よく名づけたものだ。

動画はいらない?物語

ならばアニメでなくとも良いと思うかもしれないが、独特な画作りも注目して見てほしい。奥行きのない背景、極端に引いた構図、ふだん目にすることのないカメラアングル、目のアップ、そして現代アートのような色彩が印象的だ。話に関わる最小限の人しか登場しないし、台詞があるモブキャラも顔は出ない、通る車は同じ車種、たまに実写映像も入る。他のアニメなら、制作工数を減らすためにやる静止画さえ、この作品においては演出だ。

監督『新房昭之』、アニメーション制作は『シャフト』という、『ひだまりスケッチ』や『さよなら絶望先生』、『魔法少女まどか☆マギカ』をつくったチーム。現実と少しずれている違和感が、私達の日常と、物語の非日常を結びつけ、自然と物語の世界に入り込める画作りになっている。

よく動くアクションも見どころ。腕が引きちぎられたり、血がふきだすシーンもあるのだが、世界観が画でしっかり作り込まれているがゆえ、スプラッタ要素も自然に受け入れてしまえる。

作り込まれた世界観は、セリフにはないキャラの人間味も引き立てている。主人公の頭からひょいと飛び出しているアホ毛が、気持ちの抑揚を表していたり、ヒロインが同じ布団で寝たいがため、女友達にお願いしてる表情が、感情顔に出過ぎだろ!と、突っ込んでしまうほど崩れていたりと、しっかりとキャラ描写がされているから、コミカルなシーンも切れ味が良い。

話が進むにつれ、各キャラのバックボーンや考え方が掘り下げていくが、文章から読みとれるが書かれていない、行間やキャラクターの心理を、画が補っているおかげで、話に深みが増し、感情移入できる。

語りに落ちる物語

とにかくグイグイと話に引き込まれるので、見てる最中は気づかなかったが、振り返って考えると、声優さんの演技に心を掴まれていた。

主人公の『阿良々木暦』を演じる神谷浩史さんは軽快な喋りが際立つが、相手やシチュエーションによって、声のトーンやテンポ、呼吸を変える技師。中でも好きなシーンは、『偽物語』の序盤の、井口裕香さん演じる小さい方の妹『阿良々木月火(あららぎつきひ)』とのリビングでの会話。妹萌えなど微塵もない、飾らず頭に浮かんだ言葉をそのまま投げ合ってる。そうそう兄と妹ってこんなもんって共感した。

物語シリーズの中には、阿良々木暦以外のキャラが、語り部のエピソードがいくつかある。目線を変えることで、物語全体を多角的に表現し、キャラに深みを与えている。

『猫物語(白)』では、堀江由衣さん演じるヒロイン『羽川翼(はねかわつばさ)』が語り部となっている。物語終盤のセリフ

「あーぁ、結局云えなかったな。あんなに好きだったくせに。化け物になっちゃうくらい好きだったくせに。あたし一度も好きだって、阿良々木くんに云えなかったなぁ」

は、ここまで恐ろしいほど強者だった羽川が心底可愛いく愛おしく、よく頑張ったねと頭を撫でてあげたいと思ったら、助けに来た阿良々木くんが撫でていた。

『恋物語』は、三木眞一郎さん演じる、詐欺師の『貝木泥舟(かいきでいしゅう)』が語り部。一言でいえば、人の話を全く聞かない子どもを、大人が諭すお話し。大人目線で語られる物語は、ハーボイルドともとれるほどかっこよく、また背伸びした大人の滑稽さと哀愁も感じられる。
物語終盤、全て解決したところに現れた暦の

「貝木!・・・千石に何をした!」

という問いに対し、三木さんの渋い声で

「・・・だから何をしたかと問われれば、俺は当たり前のことをしたまでだ」

というセリフの粋なことよ。背伸びしても、こういうかっこいい大人でありたいと思ってしまう。

『花物語』では、沢城みゆきさん演じるヒロイン『神原駿河(かんばるするが)』目線で話が進む。これまでは、快活で、ユリで、エロい、少々ぶっ飛んだキャラとして描かれていたが、『恋物語』では、エロいセリフが一切ないし、ぶっ飛んでもいない。悩めるごく普通の女子高生。彼女の心の声を紡いでくと、これまでの、戦場ヶ原に対する恋心も、阿良々木暦に対する敬意や甘えも、全てが真剣で、自分に正直で、エロい神原駿河はあくまで暦の目に映るキャラであり、本人は至って真面目だったとわかる。
物語冒頭の亡き母の言葉

「駿河、あんたの人生はきっと人より面倒くさい。・・・願わくばその面倒くささをあんたが生き甲斐とせんことを」

という、呪縛ともエールとも取れる言葉にも、彼女は真摯に向き合ってきたのだろう。あまりの生真面目さに、もっと息を抜いても良いんだよと言葉をかけたくなるが、彼女の心が最も落ち着けるところは、今の悩める神原駿河なのかもしれないとも思う。描かれてないところにまで、つい想いを向けてしまてしまうのは、キャラの魅力なのだと思う。

語り部が変わるこの3本は、特に好きなエピソードだ。文字に起こしたセリフを読み返すと、キャラクターの声が脳内再生される。私は、声優さんの演技やテクニックについてわからないが、物語の中に、生きてる人物を感じ、物語に没入出来たのは、声優さんの演技があればこそだと思う。

何度もハマる物語

数えていたわけではないので定かではないが、ファーストシーズンからセカンドシーズンは、少なくとも10周はしている。何度観ても面白いのは確かだが、何度も見返したくなる、伏線と回収が、巧妙に組まれている。

化物語1話の序盤で、バナナは好きか?と暦に尋ねられた羽川翼は

「別に嫌いじゃないけれど、栄養価高いし、好きか嫌いかで言えば、うん、好きかな。」

と答える。これに暦が

「どんなに好きでも校内では絶対に食べるなよ。食べるだけならまだいい、残った皮を階段にポイ捨てしてみろ、僕はお前を絶対に許さない!」

と捨て台詞を残して走り去る。自分から振っておいてキレるという、ギャグとして流しても構わないシーンだ。

ところが『猫物語(白)』で、羽川の食べ物に対する価値基準が『味』ではなく、栄養の有無や身体に良い悪いといった『知識』だと露呈する。序盤のバナナのくだりは、単なる息抜きでなく、羽川の非常人っぷりの一端が描かれていたわけだ。

もうひとつ挙げさせて頂く。1話の学習塾跡シーンで、部屋の隅で、膝を抱えて座り込み、虚ろな目をした金髪幼女が登場する。彼女は、『忍野忍(おしのしのぶ)』。

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じっと動かないしひと言も喋らない。暦や忍野メメのセリフから、ただならない関係だとわかるが、吸血鬼だということ以外、詳しく語られないまま、最終話で超人的な活躍を見せ、化物語は終了する。忍と暦のエピソードは、後の劇場3部作『傷物語』で語られる。

時系列でいえば、暦が3年に上る前の春休みの出来事であり、すべての始まりの物語。阿良々木暦・羽川翼・忍野メメ・キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード(後の忍野忍)、主な4者の非常人っぷりと、肉体的かつ、精神的なバトルが、劇場版ならではのクオリティーで、とても丁寧に描かれている。終盤、忍野メメを呼ぶ暦の叫び声は、この世の終わりかと思うほど、強烈に印象に残るシーンだった。

このエピソードをふまえて化物語を振り返ると、セリフの意味も重みも違ってくる。最終話で、追い詰められた暦が「・・・助けて、しのぶ」と漏らしたことに合点がいく。物語シリーズは、暦と忍の絆物語と読むことが出来るのだ。何度も見返したくなる理由がここにある。

余談だが、化物語の放送終了が2010年6月。傷物語〈I 鉄血篇〉の上映が2016年1月。この間に、偽物語・猫物語(黒)・〈物語〉シリーズ セカンドシーズン・憑物語・終物語(上・中)を挟んでいる。
公開された順番に見ていけば間違いないが、原作は、化物語に続いて、傷物語が出版されているし、西尾維新さんも、初めに傷物語を読んでも良いと言っているので、見る順番はこだわらなくても良いと思う。私は、偽物語で饒舌に喋り出した忍に、たまらず傷物語を見た。偽物語で、絆のあり方が大きく変わってきたのだ。

あとがき

忍野忍を演じられた坂本真綾さんは、子役時代に映画の吹き替えでデビューされたベテラン女優さん。ほんの少しだけ息がもれる地声が大好きだ。傷物語では、10歳から27歳くらいまで、年齢の違うキスショットを演じ分けている。自然過ぎて、見終えた後よくよく考えてからハッとした。

物語シリーズは、癖の強い魅力的なキャラ揃い。演じられた役者さんの声に導かれ、物語に入り込み、楽しむことが出来た。役者さんのお名前も覚えたので、今後は、役者さんつながりで見て見ようと思う。

〈物語〉シリーズ ポータルサイト
〈物語〉シリーズ - Wikipedia
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