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ハモネプ2022(冬)から見る、ハーモニーのリスク管理とリターン推定

昨年末、ものすごく久々にハモネプをちゃんと見ました。しっかり見たのはたぶん十数年前の最初期以来です。

本大会の採点はアカペラに詳しい専門家25人が行うというシステムで、採点項目はいくつかに分かれ、そのうちのひとつに「ハーモニー」がありました。この記事では、採点者のいるアカペラといういわば“競技アカペラ”の世界で高得点をとるためにできるハーモニー構築の工夫について考えます。

⚑ ハーモニー採点の観点

ハーモニーの採点は、何を基準にして決めるでしょうか? 審査員ごとの個人差はあるにせよ、おおむねハーモニーの「ピッチの良さ」と「高度さ(面白さ)」という二つの観点が主軸…というか最低限必要な観点になるかと思います。
審査基準が「ピッチの良さ」だけだと、ピッチを外しにくい簡単な和音だけ使ったグループが高得点を取り、面白いことをやろうとした人がバカを見る形になってしまいますから、そのような採点をするとは考えにくいですよね。より面白いハーモニーを、より美しく奏でたものが高得点。この考え方が普通でしょう。

これは構図としてはフィギュアスケートと似ていて、高度な技を繰り出そうとして成功すれば高得点だが、失敗すれば減点されてしまう。簡単な技なら安心だが、優勝するほどの高得点は狙えない。構成を練る段階で、リスクとリターンの管理が重要になる…。この意味において、「ハーモニー」で高得点を狙うには編曲が大きく関わってくると言えます。

✎リスクとリターン

高度なハーモニーをビシバシと次々に決めていけたらそれは高得点間違い無しですが、それはスケートで言うなら「全部4回転ばっかにすれば勝てる」みたいな話で、あまり現実的でありません。パフォーマーの力量を鑑みながら、どこまでのリスクを取るべきか、堅実に行くべき箇所はどこかなどを編曲者は考慮していくべきです。

そこで、編曲上の工夫でいかにリスクを減らしつつリターンの見込みを最大化するかについて、実際に本大会であったアレンジを参照しながら考えていきます。

⚑ リスキーな事例①:VIm7とラ

決勝でのパフォーマンスの中で実際にあったリスキーな例として、メロがラに対してコードがVIm7をとるというパターンがありました。

(実際の特定グループの演奏を批評することが目的ではないので、曲名などは伏せ、キーも全てC/Amキーに移して統一します。)

セブンスやナインスのコードを使えばパート同士が2度の関係になることは当然避けられませんが、その当たり方の危険さには程度の多寡があって、大きなところだと

  • どのパートとどのパートが当たるのか

  • 1オクターブ離れて9度になっているのか、リアルに2度なのか

の2点でリスクの度合いも変わってきます。上の例では、大事なメインボーカルが衝突の対象になっていて、オクターブの開離もなく2度で直撃しているということで、最も危ないぶつかり方です。
そして本番の演奏でこれによって割を食ったのは難しいセブンスの音を担当するコーラスの方で、ここの音が上手くピタッと当てられませんでした。
(おそらくそれはメインボーカルの聴き映えの妨げにもなってしまったでしょう)

もしもボーカルの人までもが釣られていたら、「ボーカル」の項目が減点されてしまう心配もある。そう考えると、ボーカルと強くぶつかるハーモニーは背負うリスクがとりわけ大きいです。

✎リターンの見込み

さらに得られる“リターン”について考えても、やや疑問が残ります。「ボーカルとぶつかるアレンジはどうかと思う」とアレンジの方で減点されるとか、最悪のケースではマイナーセブンスという真っ当な和音であることを理解されず、なんとなくボーカルが濁ったなという印象から減点される可能性も、ゼロではないでしょう(もし楽譜が事前に審査員に渡されるシステムであればそのような心配は減りますが)。

つまり、「ハーモニー構築に失敗するリスク」とは別に、「成功したとて評価されないリスク」というのもこのケースは抱えているわけです。
そうした可能性まで考慮すると、色々なリスクがあるわりにあまりリターンの見込みが保証されないアレンジであるように思えます。

✎他にありえた形

代替案としてこの場面は潔く三和音にしてしまうか、展開上ちょっと捻りが欲しい場面なら半音階的装飾を加えるとかいった逃げ道もあります。

ボーカルは「ボーカル」という独立した採点項目がある性質上、保護するプライオリティは高い。メロディの決めどころに対して不協和となる音をコーラスに盛り込む際には、そのリスクを重く見るべきでしょう。

⚑ リスキーな事例②:V7sus4

もう少しこみ入った例で、V7sus4の複雑なハーモニーにトライする場面もありました。

(※ボーカルは全音符レベルまで端折って簡略化)

ii-V-Iを装飾したハーモニーですが、コーラス2が相当むずかしいです。
(もしかしたら本番で半音以上ピッチがずれてしまい、上譜が既に本来の楽譜から逸脱した結果かもしれないがそれはもう知りえない)

今回はボーカルではなくコーラス同士なので2度で当たるハモリも基本的には頑張りたいところですが、しかし今回のパターンは本当に動きがむずかしくて不憫です。特にVにおける「7thという不安定な足場から4thという不安定な音まで5度跳躍上行する、しかも着地点の2度上の音が同時に鳴る」という部分は、よほどsus4のサウンドに親しんでいないと自分が跳んだ位置が正解かどうか自信を持てないと思います。
実際の演奏でもコーラス2のピッチがこの局面でかなり不安定になってしまい、またそれに釣られてコーラス1も若干ピッチが崩れてしまいました。

✎リターンの見込み

これも、この場面のV7sus4というチョイスが最善であったか再考の余地があります。ボーカルがドで伸ばすような状況であればsus4が強制されることもありますが、今回はそういうシーンではなく、通常のV7も選択可能でした。

改めて見るとこの局面、ii-Vの箇所はコーラスとベースのどの声部間を見ても3rdや6thの関係が存在しないという極めて特徴的な配置になっていることに気がつきます。

かなり攻めた配置ですが、やはりリスクの大きいアレンジだと思います。そもそも難しいという点を抜きにして、仮にこのハーモニーが成功したとしても、これが“いびつな和声”と受け取られてしまう可能性はあるし、もっと手前のレベルの感想で響きが硬いという印象を持たれる可能性もある。「成功したとて評価されないリスク」がこのケースにもあるわけです。

✎他にありえた形

代替案としては普通にV7という選択もあったし、ドの音を和声に盛り込みたい場合も依然としてI/VやIV/Vのような選択肢があります。

コーラス2声を3度・6度関係で組んでみた場合

上譜はコーラス2声間の安定性を重視しつつ、IImであえて3rdをとらない、I/Vを使うなどちょっとだけ捻りを加えた例。ii-V-I自体が分かりやすい進行なので、上譜に限らず本当に多様なパターンが考えられます。ハイリスクな2度関係を使わずとも、同等の面白さを印象づけるパターンが構築できたのではないかと思うところです。



⚑ リスクヘッジ事例①:IVΔ7(9)

ここまではリスクを抱えた事例を見ましたが、逆に難しいハーモニーを成功させた事例からはリスクを軽減する工夫を見つけることができます。

まずひとつめ、曲の大事な所でIVΔ7(9)というなかなか高度な和音を決めるシーンがありました。

分析すると、IVΔ7(9)に入る際の動きがどの声部も少ない移動に抑えられているのが目につきます。非常にエレガントな声部連結です。

✎安心の順次進行

例えばIII7の7thの音たるレはちょっぴり当てづらい音ですが、ミ-レ-ドという滑らかな動きの一部になることで狙いはずいぶん定めやすくなります。ひとつ下の声部がピッタリ寄り添っているのもよくて、ふたりが平行に動くこともラインを安定させるのに効果的です。

またコーラス隊トップのソ-ソ♯-ソという半音の静かな動きも、IVに対する9thのソを当てやすい流れが出来ています。

✎予備

特に絶対に外せないトップのΔ7の音(ミ)のパートは、手前の和音からミを連打することで、外す確率を最大限に減らしています。
和声学では、和音の(特に濁りを生む音を)手前の和音で先に鳴らしておくことを「予備(Preparation)」と言います。Preparationですから、要は“準備”をしておくという手法ですね。
「予備」は本来はリスナーを驚かせないように濁る音は手前から鳴らしておくという意味での“準備”なのですが、歌う側にとっての“準備”になることも間違いありません。

ちなみに他のグループでもIVに対し9thを乗せるシーンがあり、そこでも同様に「予備」を行うことでハーモニーを綺麗に成功させていました。

✎ヴォイシング

それから最後のIVΔ7(9)はヴォイシング(構成音の取捨選択とその配置)が本当に秀逸です。これはメンバーの音域が広いから出来たことですが、7thや9thの位置が大きく離れているので7th,9thを含むのにすぐ隣で音が当たるという事態を避けられています。2度関係の直撃を避けることは、こうしたハーモニーの成功率を上げる鍵となりますね。
しかも、この配置に至るまでに無理な跳躍などはしておらず、あくまでも順次進行で進みながら自然にこのフォーメーションを完成させているところが見事です。

✎ピッチ外し保険?

面白いのは、最初のI/IIIのところはYouTubeの方に上がっている演奏を聴くとソではなくソ♯で、本当の楽譜はIaug/IIIであるようなのです。つまり、大会本番の演奏は一発目ではノンダイアトニックのソ♯をバシッと当てられず不本意でソになってしまったよう。でも、ソでも編曲上全くおかしくはなく、平たく言えば外したことがバレないんですよね。
もちろんそこまで計画済みということは無いでしょうが、「仮に上下に外した場合にハーモニーはどうなる?」という観点も、こういう難しい和音に関してはリスクヘッジのプロセスの一つとして仮想してみてもいいのかも知れません。

⚑ リスクヘッジ事例②:Iadd9

アカペラや合唱において、トニック和音に9thの音を加えるのは定番です。今大会でも何度もそれは見られたのですが、9thの音はRtと3rdの両方に干渉するため、聴き栄えはいいがそれなりに危険な音でもあります。

✎9thのリスクについて

Iadd9くらい普通に当てれるだろと思いそうですが、案外本番の環境というのは侮れないもので、今大会でも曲のラストに来たIadd9でボーカルの9thに引っ張られてベースが上ずってしまった事例などが見られました。

そのようにIadd9は曲のラストで使われることも多いですから、そういう場合は何がなんでも外したくない和音ということで、丁寧なリスク管理をするのが良さそうです。

✎テンションの後出し

そんな中で工夫が際立った例があり、それがソから順次進行で降りていってレに着いたらそこで伸ばしてIadd9を完成させるというものです。

これも曲ラストの和音での出来事でした。コードチェンジの瞬間はシンプルな三和音。全員でのハーモニーが安定化されたのを確かめてから自分のタイミングで9thまで降りていけるというスタイル。めちゃめちゃ賢いですよね。
これはテンションの「後出し」ということで、前の和音から鳴らしておく「予備」とは正反対のアイデアという感じです。

これがスゴいのは、ミスを防ぐ安全策であると同時にこのモーションがアレンジとして面白いと評価される可能性まである点です。リターンを減らさないところか、リターンを稼ぐチャンスのあるリスクヘッジ。すごいです。

⚑ リスクヘッジ事例③:VIm7

似たように、VIm7の7thを後出しする事例もありました。

(※全パート2分音符レベルまで端折って簡略化)

先例に同じく、まずはシンプルな三和音を完成させて“足場”を固めてから、2拍でサッサと切り上げてより高度な和音へ進むという構成になっています。
やはりコードチェンジの頭から7thを当てるのに比べると、VImのサウンドが場に出てから7thを当てにいく方がずいぶん安心です。

この例も、リスクヘッジでありながらも「VImのとこだけ2拍刻みでコードチェンジして展開するのか。実に面白い」とプラスに評価される可能性を持っているので、とてもクレバーな方法だと言えます。



さまざまな事例を通じて、リスクを極力抑えながらリターンを確保するための基本的な考え方がいくつか見えました。

  1. 難しい和音のリスクを認識する。

  2. どのパートがリスクを背負うのかを認識する。

  3. そのパートに対し跳躍を避ける、予備を行うなど前後からのケアが可能かを検討する。

  4. リターンがリスクに見合わないと感じたら、やめる。

基本的にリスクを逓減するケアというのは声部の流れを美しくすることに直結するので、適切に処置できれば聴き映えも良い方に転がるはずです。

そんなわけで冒頭ではフィギュアスケートに喩えたものの、ハーモニーの場合は編曲上の工夫で見かけ上の高度さは保ったまま演奏の難しさだけを下げることが可能という点が大きく異なります。ハーモニーにおいては、高度さ(面白さ)と難しさ(大変さ)はイコールではないという認識は重要です。綿密に組み立ていけば「立ってるだけなのに観客からは4回転ジャンプしてるように見える」みたいな、魔法のようなこともできる。それが和声の面白さの一つでもあります。

この記事で着目したのはかなりミクロな部分の話であって、作品全体から見れば些細なことです。実際には、ちょっとハーモニーが乱れたとしても魅力的な演奏というのはあります。
今回の記事はあくまでもハモネプのように馴れない環境での一発勝負、減点する理由を探しながら専門家が聴いているという特殊なシチュエーションに対しての対策であり、1点でも多く取るためにやれることはやりたいという編曲者の方々の手助けになればと思い書きました。参考になれば幸いです☺︎


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