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思考の9割が暴力〜凶乱令嬢ニア・リストンを読んで〜

※この記事は『久しぶりに転生ものを読んでみたら面白かった話』の①②③④を読みやすくするためにまとめた物です。

・私は7割の転生ものが苦手である

3、4年ぐらい前からアニメ化もしだした転生ものというジャンル、私は正直これが苦手である。嫌いではない。だが好きで読みたい、見たいとは思えないという話だ。

理由はたくさんあるが、我慢できないのは2点だけだ。
一つ目は異世界人という言ってしまえば部外者が、世界の秩序とかルールをしっちゃっかめっちゃかにぶち壊して得意げになっている様が気に食わないこと。

もう一つは人を殺してるのに罪の意識を感じない主人公が多すぎることだ。魔獣や魔物はともかく人の命を奪っておいて何も感じないとかちょっと理解できない。

転生もの全てがそうではないが、私が知っている作品の7割は上記の特徴を持っていた。とにかく主人公が好きになれない。世界観とか設定が良い作品は多くあったが、主人公を好きになれる作品はかなり珍しい気がする。

表紙を見て『おっ、これは面白そうだな』と感じても、中身を見てみれば他の物語とほとんど一緒。そんなパターンを多く味わったこともあいまって、私は転生ものに対して距離を取るようになっていた。

ただ、繰り返すが私は転生ものは嫌いではない。舞台のほとんどがファンタジーなこともあって、物語の展開が大きく揺れ動きやすく、見てて飽きないからだ。主人公さえ良ければむしろ好きな方なのである。

ここで紹介したいのが、『凶乱令嬢 ニア・リストン』という本である。

転生ものというジャンルが苦手な私だが、この本はかなり楽しく読めた。少し文章が単調ではあったが、その分明らかに筆がのっているところがわかりやすく、書きたいものがまっすぐに伝わってきた。


・人の形をした暴力

舞台は異世界。貴族の家の娘の体に、主人公が転生させられるところからが始まりである。

この世界には反魂術という、死者の魂を生者の体に移す技がある。主人公はその技によって、病弱で死にかけていた娘に魂を移された。詳細は省くが、主人公は1、2日経つと死んでしまう体を術で復活させ、周囲にはそれを隠したままニア・リストンとして生きることになる。

元のニアは病弱で生きているのが精一杯の4歳の幼女だった。激しく衰弱し、生きるためのエネルギーもほんの少ししか残せず、髪まで真っ白に染めてこの世を去ってしまった。

では転生した後のニア・リストンがどんな性格なのか。それは本人自身が物語の中で語っている。

『私はニア・リストン。
 趣味はお薬を飲んで安静にしていることで、現在全力で闘病中の女の子。
 好きな調味料は塩で、好きな味付けは『素材の味を生かした』とかいう戯言ではないちゃんと味付けされたもの。
 将来の夢は大きな革靴くらい大きなステーキを、塩以外の調味料で食べること』

ツッコミまちかな?と言いたいくらい色々粗い。ちなみに本人曰く、『溌剌とも元気ともハキハキとも言えないが、一握りの利発さとそれなりに育ちの良さそうな雰囲気が出せている自己紹介』らしい。
『蛮地で生まれた戦闘民族の子かな?』としか思わんわ。

ちなみにこの荒々しさはだいぶオブラートに包まれた物である。この物語を全部読んでニア・リストンに対して抱いた感情を言葉にすると、以下のようになる。

・人の形をした暴力

・歩くし考える暴力

・思考の9割が暴力に満ちたマシン

・会う人全てがサンドバッグに見えてるやべー奴

・コンの皮被ったヘラクレスメガロス

・ホラー映画の絶対に死なないし離れないお化け

以上。

ここまで言えばわかってもらえると思うが、ニアはまず人間界で真っ当に生きているような存在ではない。
 どっちかというと神とか巨人とか吸血鬼とか、人外側に立っている存在だ。この子の前世が人の英雄だったとか、読み終わった後だと嘘でしょという感じである。

そんな彼女が主人公の物語だ。内容もさぞ凄惨なものに違いないと思ったことだろう。

だが、実はそんなことはない。むしろその逆、この物語は前半から後半まで終始とてもほのぼのとしたノリで進んでいくのだ。

・病弱だった娘の成長譚

この物語が全体としてほのぼのとしているのはニアが『転生した者』としての自覚と責任感をしっかりと持っているからだと思う。

転生ものに共通する部分として、主人公は常に誰かの代わりとなって生きることになる。途中から人格が切り替わるもの、赤子の頃から前世の人格を持っていたもの、等種類は多様だがこの部分だけは変わらないと思う。
これはつまり、主人公は転生する前に宿っていた誰かの『人生の権利』全てを奪っているということに他ならない。

ニアはそれを自覚しており、ニアの身体を貰い受ける者としての責任と義務を果たそうとする。自分を愛し育ててくれる両親に対して、せめてもの親孝行をしようと行動を選択していくのだ。

そのためその行動は、『自分の命を救ってくれた両親の期待と愛情にめいいっぱい答えようとする淑女』となる。そんな彼女が主人公の物語の流れは一貫して『病弱だった娘の成長譚』として描かれ、ぶれることはないのである。

作中では両親の仕事であるテレビ局の運営(実際は違うが中身はほぼ同じ)を手伝い、そこで得た人脈から劇に出演するようになる。その劇に出演する過程では、信頼がおける友達ができて一緒にご飯を作ったりベッドで寝たりと、マンガタイムきららで連載されていてもおかしくない、ほのぼのとした内容が描かれている。
あくびがでそうなくらいに平和で、血や暴力とは全くの無縁の内容なのだ。

…………。

ここまでが表の内容である。

主人公が完全なバーサーカーである以上、この物語が『病弱だった娘の成長譚』だけなわけはない。この物語の裏には『強者による蹂躙劇』がある。

・目が合ったら終わり系のホラー映画

『これからいろんな経験をし、年月を重ね、肉を貫き、血を浴び、戦と血風に酔いしれていれば、必要なことくらいは思い出すだろう。』

これは物語の序盤、主人公が自分の記憶を思い出せないということに気づいた時のモノローグである。色々とおかしいが、前世が『英雄』らしい彼女ならそういうこともあるかも知れない。

『良心の痛まない拳とは気持ちいいものだ。
 それをふるえる相手が、あと四人もいるわけだ。
 時間はないけど、機嫌がいいから死ぬほど手加減していっぱい楽しもかな!』

これはチンピラに絡まれた友人を助けようと、路地裏に単身駆けつけた時のモノローグである。

うん。誰がどう見ても暴力を振るえる機会がやってきたことを喜んでいるようにしか見えない。これもう目的が『暴力>助ける』になっているだろ。

ちなみにこの時のことは、『ニアになってから初めてワクワクする状況』と本人が語っている。ちなみに作中のニアは精神年齢はともかく、肉体年齢は5歳である。将来が不安でしかない。

ニアにとって暴力は『手段ではなく目的』である。何かを達成するために『暴力をふるう』のではなく、暴力をふるうために『そのチャンスを常に探している』のがニアである。

現代で言うと当たり屋みたいなものかもしれない。しかも金銭目的ではない当たり屋である。反抗はできるが、すると喜ぶのでしないほうがいいだろう。『骨へし折ったり折られたりする死闘感は欲しい』と公言してるので間違いない。なんなんだほんと。

ターゲットにされたら逃げようがないので、周囲の人間が彼女に対してとれる対策は『暴力をふるえる状況』にしないことになる。

流石のニアもなにも悪いことをしていない人をボコボコにはしない。暴力をふるう理由がないなら『意味のないことはしない』としっかり自制できる人間なのである。シュミレートはするけど。心の中で『こいつなら指一本でやれるかな?』とかボコる算段はたてるけど。

だからとにかく、彼女の前で悪いことはしてはならない。隙を見せると、彼女はニンマリと笑いながらあなたの元にやってくる。

想像してほしい。月の光だけが頼りの路地裏で、ちょっと後ろを振り返ると、白髪の幼女がすっごい笑顔であなたのもとにやってくる。服と拳が血で汚れていて、彼女の後ろには何人もの犠牲者が倒れ伏している。彼女は言う。

『逃げないでね?逃げてもいいけど、追いかけるのが面倒だから』

その言葉を聞いた瞬間、あなたの意識は刈り取られる。何が起こったかもわからないまま、地面に倒れていく……。

この本はタイトルに、『病弱令嬢に転生した神殺しの武人の華麗なる無双録』と小さく描かれている。私はこのタイトル、間違っているのではないかと思う。これは無双系ではない。

ホラーだ。『この娘、何かがおかしい』みたいなキャッチコピーで売り出されているホラー映画。

③でも言ったが、この物語は前半から後半までとてもほのぼのとしている。だが、ラストで一気に無双要素、私見的にはホラー要素が押し出される。そのラストにこそ、作者が書きたかった物が込められていると私は感じた。
ぜひ読んで、私が感じた恐怖をみんなも味わってほしい。

感想はここまで。『凶乱令嬢 ニア・リストン』は電子書籍でも読めるので、興味がある人は概要欄だけでも読んでみるといいかもしれない。

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