完璧をやめた「お母さん」の私
完璧って言葉、難しいなぁって思います。
何をもって完ぺきというのだろうか。
何でもやってあげなきゃと思っていた6年前
「お母さん」という存在になりたてだった、6年前。
なにもかもを自分でやらなくちゃいけないと思って、必死でした。
家事も、掃除も、育児も、仕事も、生きていくことすべてを私がやらなきゃいけないって思ってた。
保育園看護師として勤務して、0歳児保育をメインに仕事をしていたから、
赤ちゃんのお世話は出来るって思っていたの。
いや、出来ないんだよね。
だって、保育園に来るお子さんって新生児じゃないんだもの。
小児科で勤務してた時、生後7日目の赤ちゃんが入院してきたこともあったけれど、もう記憶は果てしなく飛んでいっていたし。
だからね、子どもを産んでも、私はすぐに「お母さん」にはなれてなかった。
いや、今もなれていないかもしれない。(ここはこらからもゆっくり深掘りたいところ)
目の前にいる小さな命を守ること、そして自分自身の身体を回復させることにいっぱいいっぱいだったはずなのに、周りのことも完璧にしなければ、母・妻として失格だと思っていた時期がありました。
家庭内がピリピリしてた時期
でもさ、出来ないんだよね。
私の考える完璧とは程遠い家事をしていたと思います。(正直記憶にないくらい必死に生きてた)
出来ないことでまたイライラして、そのイライラを夫にぶつけてしまい、家庭内の雰囲気を悪くさせてしまって…と悪循環を繰り返していたこともありました。
6年間、子育てをしていく中で、SNSの発信を見たり、新たに出会う方とのかかわりの中で気づかされたことがありました。
それは、
完璧ってなに?完璧なんて無理じゃない?
どうしてもっと頼らないの?
って。
確かにそうだなぁと思っていたけれど、私の中ではまだその時は疑心暗鬼でした。
家事もできないと、夫に愛想をつかされるかもしれないって不安に思っていたのが一番大きかったかも。
私のちょっとした反抗・完璧はやーめた!
でもね、とあるときにちょっと私の中で挑戦してみたことがありました。
それは…。
裏返った洗濯物は、そのまま洗濯して畳む、ってこと。
ささやかな抵抗だったんだよね。
いくら話しても夫のシャツは裏返ったままだし、子どもたちもいっつもズボンは裏返し。
だからさ、そのままにしてみたの。
初めはドキドキしながら、怒られるかなって不安だった。
そしたらね、
裏返ったまま畳んでも、自分たちで元に戻してから着替えるんです。
表にしてって言われなかった。
怒られなかった。
…いや、言われたら、自分でしてって言い返すつもりだったんだけどね(笑)
あ、これってこのままでいいのか、
誰も文句言わないなら、これでいこうって開き直りました。
洗濯ものがいくら裏返っていようとも、何も思わなくなりました。
そして、いちいち返さないので、ある意味時短。
なーんだ、完璧にしなきゃって思っていたのは私だけだった。
夫も子どもたちも、自分でやれることはやるんです。
何をもって完ぺきなのか、は個々それぞれ違います。
私にできること、を目指せば何も問題ないのかーと思わせてくれた出来事であり、私の中の完璧を崩された経験でもありました。
もう、今は子どもたちの裏返ってるズボン、なんて我が家にとっては普通のことです(笑)
子どもたち、自分で返して履いています。
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