大切な人のためにできること。エンバーミングという選択肢。
コロナ禍において、一時期火葬場の予約が取れず、お葬式が一週間ほど日延べになってしまうといったことが起こりました。人は亡くなるとその瞬間から体の腐敗が始まっていくもので、何らかの事情で、火葬の日までのご安置が長い日数必要なときに、気になるのがご遺体の状態。腐敗を防いだり、見た目の維持をしたりできる技術があるのは知っていますか?
遺体の長期保存を可能にする技術
【embalming(エンバーミング)】直訳すると死体防腐処理という技術があります。日本語では、「遺体衛生保全」と呼ばれます。「防腐・殺菌・修復」のための技術で、故人を生前の姿により近づけ、火葬までの間できるだけご遺体の状態をとどめます。土葬が多い海外では、比較的行われることが多いですが、99%以上が火葬を行う日本ではあまり馴染みのない技術と言えるでしょう。医者や葬儀社の社員ではなく、エンバーマーと呼ばれる特別な専門の資格保有者が行い、ご遺体を最大50日間腐敗させることなく保つことができるようになります。
エンバーミングをする理由
エンバーミングは前述の通り、まだ日本では馴染みのない技術で聞いたことのない方もいることでしょう。行った方がいいケースは以下の通りです。
1 感染症の防止
人や動物の死後、体内の自己融解酵素や微生物などによって、細胞単位で体の分解が始まります。いわゆる腐敗です。病気で亡くなった場合、菌は死亡後にも遺体の中に残ります。腐敗する体とこの菌が合わさることで、危険性が生前よりも高まることも。死肉食性の昆虫も集まり、感染症拡大への影響も考えられます。腐敗を抑え、こういった感染症を防止することが大きな理由と言えるでしょう。
2 遺体を修復し、元気だった生前の姿で見送りたい
遺族としては、故人の遺体はできるだけきれいに保ちたいのが心情でしょう。そのためには、腐敗や損傷は極力抑える必要があります。長い闘病生活や病気の治療の末、顔が浮腫んでいたり、痩せてしまっていたり、怪我で遺体が損傷しているケースも。ある程度の損傷であれば納棺師が対応できますが、損傷が激しく、参列した親族や友人の持っている故人のイメージとかけ離れていることもしばしば。傷を隠したり、全身を洗浄してきれいにする作業もあります。元気だった頃の姿にできるだけ近づけてお別れさせてあげたいという遺族の希望に沿って、故人を見送れるようにケアするのもエンバーミングをする理由の一つです。
3 火葬までの日数が長期に渡る
火葬場の予約がなかなか取れない、外国に住んでいる家族を待たなければならないなど、故人が亡くなってからすぐに火葬できない場合があります。理由は様々でしょうが、いかなる理由があっても遺体の腐敗は亡くなったその瞬間から始まってしまいます。数日間であれば、ドライアイスを当てるなどして冷却保存できますが、凍結できるわけではないため、進行を遅らせることはできるが止めることはできません。そのため、長期にわたってしまう場合は、遺体の状態を保つのが難しく、費用もかさんでしまいます。エンバーミングであれば、最大50日は保存できます。腐敗防止や見た目の維持という観点からエンバーミングが施されます。
4 空輸で遺体を搬送する
海外で亡くなり、遺体を日本に搬送する場合は、航空機を利用しますが、機内ではドライアイスを利用することができません。そのため基本的には、海外からもしくは海外へ搬送したい場合はエンバーミングを行います。
エンバーミングの手順
エンバーミングは「エンバーマー」と呼ばれる専門の技術者や、医療資格を持った医療従事者によって行われます。遺体の状態にもよりますが、所要時間としては2〜4時間が目安です。
準備するもの
エンバーミングを行うには、いくつかの書類を提出する必要があります。
・エンバーミング依頼書(同意書)
・死亡診断書(死体検案書)
故人の生前の写真も提出すると、エンバーマーの参考になるようです。写真を提出することによって、顔の修復に役立ち、遺族の持っているイメージにより近づけることができます。
遺体を整える
遺体の状態を確認した上で洗浄し、消毒液をスプレーすることで、体についている微生物や病原菌の殺菌を行います。口の中も含め、洗顔し、洗髪、希望があれば、髭や産毛を剃ります。目と口を閉じて保湿剤を塗り、表情も整えます。
遺体の保全処置
静脈から血を抜き、動脈から防腐剤を注入します。故人の状態によって異なりますが、腹部に小さな穴を開け、遺体の一部を1〜1.5㎝切開、そこから胸腔や腹腔に残った血液あるいは消化器官、体内にある残存物を鋼管で吸引・除去します。さらにその部分にも、防腐剤を注入します。薬液を注入しているときには、マッサージをして血液の排出を促進。また、防腐剤に色素を混ぜて、顔色を調整することも可能。石灰部分を縫合し、怪我による損傷があれば修復、傷痕はテープなどで隠します。最後に全身を再度洗浄します。
着替え・死化粧
故人が好きだった服や宗教に則った服など、遺族から指定された衣服を故人に着せたのち、最後にもう一度、改めて表情と髪を整えます。その後、死化粧を施し納棺です。
エンバーミングの歴史
エンバーミングの起こり
起源は古代エジプトとされています。死者が復活するためには、遺体を保存しなければならないと考えられていました。紀元前3200年〜紀元後650年にかけて、主要な臓器を取り出し、防腐のために樹脂が用いられました。エンバーミングという言葉の由来は英語で、embalm(エンバーム)=樹脂から来ていると言われています。
技術としての発展と発達
ヨーロッパの技術者によって技法が発展。現在行われる方法の原点は、イタリア・フランス学者によるものです。動脈への防腐剤注入やホルマリンの使用などはヨーロッパの科学者によって編み出されました。
日本に比べ欧米諸国では、エンバーミングは一般的な技術として確立しています。キリスト教を信仰している人が多く、死者の復活という概念があるキリスト教の埋葬方法は土葬が一般的。そういった宗教観の中で、アメリカの南北戦争がエンバーミングを急速に発展させたきっかけとされます。戦争でたくさんの死者が出ましたが、アメリカでは火葬が禁止されていたために遺体をそのまま搬送しなければなりませんでした。当時は今のように搬送の技術も進歩していないので、長い時間をかけて移動していました。そのために遺体の保存技術が必要になり、エンバーミングの技術がさらに発達したと言われています。
そして、日本へ
日本でこの技術が導入されたのが、1974年と言われます。99%以上の人が火葬を行う日本では、エンバーミングを必要とすることはそう多くありません。それが知られ始めるようになったのは、1995年に起きた阪神淡路大震災。災害のために多くの人が犠牲になり、火葬が間に合わなくなってしまったそうです。その時、遺体を長く保つためにエンバーミングが施されました。その後少しずつ認知、需要が高まっています。
メリットとデメリット
遺体の保存技術であるエンバーミングを施すことには、いくつかのメリットがある反面、もちろんデメリットもあります。
メリット
・遺体を冷やさずに保存できる
一般的には、ドライアイスか保冷室を使用して、遺体を冷却して保存します。ドライアイスは遺体の腐敗を少し遅らせることしかできません。冷却が長期間に及ぶ場合は、皮膚が黒ずんできてしまいます。専門の安置施設に入れる場合は、故人に付き添うことができない場合や日ごとに費用が発生してしまうことも。エンバーミングを行えば、腐敗を大幅に遅らせることができます。
・元気な頃の姿で見送れる
エンバーミングでは、遺体の修復も行われます。表情や顔色も良くなり、傷も修復され、まるで眠っているような元気な頃の姿を取り戻せます。見送る遺族や友人の心が癒やされ、故人のお別れを安らかな思い出として残せるようになります。家族や参列者の悲しみを軽減する効果があります。
・安心して故人にふれられる
通常であれば、約60%ほどの遺体には、何らかの細菌やウイルスを持っています。遺体の中でウイルスは生き続け、増加傾向に。感染症を予防するためには、エンバーミングは効果的です。使用する防腐剤には滅菌効果があるため、エンバーミング後30分以内に滅菌されます。また、エンバーミングを行なった遺体には、死後硬直がないため、遺族や参列者は故人と触れ合ってお別れをすることができます。
デメリット
・費用が高額
エンバーミングは、特殊技術にあたるため、葬儀代とは別に費用が発生します。金額としては、約15〜25万円。日本ではIFA(一般財団法人 日本遺体衛生保全協会)が定めているため、基本的にはどこでも大体同じ金額で依頼できます。長期間ドライアイスで冷却する場合に比べると、逆に費用が安くなるケースもあります。
・処置に時間が必要
遺体を専用施設まで移動しなければなりません。施設が近隣になければ、移動にも相応の時間が必要になってきてしまいます。処置には2〜4時間かかり、その間は故人に付き添うことはできません。
他にも、遺体にメスを入れることによく思わない方もいるようです。日本では致し方ない状況下でエンバーミングの決断をする人が多いですが、施術後の故人の顔を見れば、少し安心できるのではないでしょうか。葬儀社との打ち合わせの中で、エンバーミングを勧められた時には、良し悪しを家族で相談して決めるといいですね。
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