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台本*10「屋上ピアノと君と夜」(1~2人用)


使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!

♪設定
十六夜迷(いざよい・まよい)…
苗字が「い」にも関わらず、出席番号十六番の中学生。美術部員。

ありあ(ありあ)…
両手で別々の動作を行うことにいつも苦労している。黒タイツ派。

♪本文

ボクの中学の屋上には、ピアノがある。
創立者の一族だか、その知り合いだかの意向らしい。
ほぼ正方形の屋上の真ん中に、グランドピアノ。
置かれたばかりの頃は当時の関係者たちにより厳重に守られていたそうだけど、
長い年月を経て愛想を尽かされ、ガタも来て、とっくに鳴らなくなっている。
それに、いたずら防止のためにその四方を、これまた錆びついたチェーンで囲んでいる。
それは何だか、昼間ですら不気味な光景になっていて、あまり近寄る人もいない。

そしてボクは、屋上のピアノを、真夜中にスケッチしようと思ったのだ。


(はぁ、はぁ)

小さなスケッチブックを持って、屋上への階段へと近づく。
家族の目を盗んで、警備の人にも遭遇せずに済んだ。
怖いくらい上手くいってるけど、特に怖くはない。
そして今、天へと続く階段を登る度に、屋上から聞こえるピアノの音が鮮明になる。
これも取りたてて、怖くはなかった。

今までの人生の中で遊んできたホラーゲームや読みふけった都市伝説、心霊スポット。
そして何より、考えていたより遥かにスムーズここまで辿り着けた、という高揚感が……確実にボクを麻痺させていた。
懐中電灯も持ってきたけど何だか、今回は点ける気は起きなかった。

昼間は鳴らないはずのピアノの音は、おいでおいでと手招くように、とても自由で楽しげだ。
気持ちのいい音、緊張感のある音、小鳥が眠りから目覚めて飛び立っていくような旋律。
時々つんのめったり引き直したりするのが聞こえて、絵筆の方が馴染みのあるボクにも何だか微笑ましく、それで恐さが減った、というのもある。
ただ……軽やかなの音色に混じって、しゃら、ちゃら、と金属音のようなものが混じるのが少し、不快だった。

屋上へ繋がるドアを開ける。
鳴らないはずの音は響けど、されている筈の施錠は、施されていなかった。
夜風が心地良く吹き抜けてくる。
裏門を乗り越えてからここに来るまで声も息も潜めるようにしていたから、緊張感が清々しく消えていく。
真夜中の屋上、グランドピアノ。
囲む四方のチェーンはなく、細長い譜面台スペースには、楽譜らしき冊子が立てかけられている。
そして昼間と大きく違うのは……そこにひとりきりの演奏者が、腰掛けており。
その光景を認めるやいなや、ボクは叫んでいた。


「そこにいて……!」


彼女──君の事を描きとめたくて、想いが声になってしまっていた。
びぃん!!と、ひどく濁った音がして、ピアノを弾いていた女の子が、驚いて身を震わせる。
女の子……同学年くらいの、この学校のロングスカート制服を纏った、女の子だ。
もちろん、普段はこんな子に見覚えなんてない。

訪れた静寂に、音の流れを止めてしまった僕は少し気まずい。
君もしばらく驚いていたけれど、ピアノのような声音で言った。

「最後まで弾かせて」

そしてまた、弾き始めた。
立て直された旋律も、元通りにたゆたい始める。
ここのピアノがもし鳴ったとして、無人なのに鳴り出す怪奇現象か、幽霊か。
そう思っていたけれど、君もその類なのだろうか。

黒いタイツの右足は躍動感に溢れ、生き生きとペダルを踏み込んでいる。
反対に腰の辺りまで伸びた黒髪は、幻想的で儚げに揺れる。
……ただ、目を凝らせば、君がその右脚首につけている輪っか状のアクセサリーが見えて。
そこから四本伸びた鎖の音が、ペダルに当たって、時々屋上のコンクリートに打ち鳴らされているのだ。
つまりは、先程の不快で興醒めな金属音も君から鳴らされているということで……だからボクは君を崇拝しきれずにいた。
そしてやっぱり、ホラーや都市伝説は平気でも、君に祟られたくはなくて。
その場から君に、近づかずにお願いをした。

「はっ、初めまして、こんばんは。ボクは二組の……」
「知ってる。出席番号十六番の、美術部員くん!」

君の大声に合わせて高らかに、ばーん、と、気持ちの良い和音が鳴る。
彼女は楽譜を見ずに、気持ちよさそうに、仰け反るように夜空を見上げながら、ボクのプロフィールを言い当てた。
彼女の弾き方は何だかせわしないものへと変わっていて、気が急いて、焦らせる。
自然とボクも、大声になる。

「そう、その通りなんだ!それで、どうしても、夜のピアノをスケッチしたくて。君を描いちゃ、だめかな!?」
「いいよ!」
「い、いいの!?」
「そこにいてって言ってくれて、嬉しかったから!」

再び、ばーん、の音。今度はファンファーレのようにも聞こえた。
やった、君をスケッチする許可を取れた。
君は見た目ほど清楚で可憐な人ではなさそうだけど、それよりも。君をかたちに残せる喜びが、胸で踊っている。

君はそこで、

「ふう」

と息をついて、奏でる曲を、芝居がかったバラードに切り替えた。

「どこにいってもね、"ここにいちゃダメ"って言われて、ここまで来たの」
「……。その、君の名前は」
「ありあだよ。書く時は平仮名でかわいく書いて」
「ありあ」
「そう、ひとりで唄う歌のことだよ。だから、どこに行ってもダメなのかなあ。
でもここなら、皆がそもそも来ないから、まだ寂しくないの」

入るのを禁じられた場所。
そう言われて、昼間そのピアノの四方を囲う、錆びかけた鎖を思い出した。
そうしたら、君の脚の鎖の音がまたよく聴こえてしまって、君のそこだけは嫌いだと思った。
……ああもう、早く作業に取り掛かろう。そう思って新品のスケッチブックを開いたら、

「待って」

と制された。
君の片手が少し乱暴に、楽譜の最後のページを破く。夜風に乗せて、些かぽかんとしているボクの手元まで飛ばす。
手で掴んだそれは白紙かと思ったら、裏面には普通に五線がプリントされていて、ぎょっとした。

「それに描いて。わたし、あなたの絵をもらってみたいな」
「え、え、ちょっと待って、これほら、音符書いてあるよ。大事なページなんじゃないの!?」
「いいの。もう覚えちゃったし、ひとりで弾くの飽きちゃった」
「コピー、とかじゃダメ?」
「描き跡を見たいの。失敗も、悩んでるのも、たくさん、感じ取りたい」
「……。ボクはそんなに上手くないけど、わかった」
「えへへ。……今日はもう恥ずかしいから、送っていってあげるね」

その直後、ボクは、君のすぐ横にいた。
瞬間移動だろうか、そう思う間もなく、光と闇の混じる瞳に引き込まれる。
君が斜めに首を傾けて、こっちを見る。快活に笑った瞳からひとつ落ちた涙が、わかった。

そしてボクは、ボクの部屋のベッドにいた。

(──スケッチ、はっ?)

…ない、ない。
こういう時は、枕の中とか机の上とかに、少しドキッとするような形で仕込まれているのが定番だけど。
一見して分かる所になかったから、少し探し回ってしまった。
そして、見つけた……。
君がくれたその紙はボクのスケッチブックの中に、丁寧なことに、花柄のクリアファイルに入って挟まっていた。折ったりして欲しくなかったのだろうか、その片面はもらった時のまま、名前も知らない曲の五線譜。
そして、その、五線のそばに。


「ぜったい、ここで、待ってるね」


と、そう──書き残されていた。

お気に召しましたら是非お願いします! 美味しい飲み物など購入して、また執筆したいと思います ( ˙︶˙ )