裏桜川合宿~0日目~(前編)
「なんでここにいるのだろう」そういって彼は見知らぬ天井を見つめた
ーーーーー6月のおわり。初夏にしては過ごしやすい気候
数少ない小学校からの友人の大男、川島と秋葉原から神保町へ歩いていた
川島が勧める寿司居酒屋に向かっていた
以前、神保町を訪れた時は電車で来たから地理感がなかったが
秋葉原から歩ける距離だと思わなかった。東京の狭さを感じた
そうこうしているうちに目的地についたが、灯りがついていない
もう閉まってしまったか。と思ったが人影がないのをみると元々開いていなかったと考えるのが正解だろう
替えの店を探そうとしたが、土曜日の夜の神保町、びっくりするくらい店が開いていない
ビジネス街の休日の夜は、田舎者を拒むように静寂を保っていた
仕方がないので水道橋駅方面に進路を変え、大通りによさそうな店があったので暖簾をくぐった
普段は飲まない日本酒を飲んでみたり、好きなつまみをこれでもかと頼んでみたりするうちに川島が突飛な提案を投げかけてきた
「桜川合宿やろうぜ」
今の自分の住まいは茨城の西のはずれ
茨城ってだけでも田舎なのに、さらに外れてもっと田舎。
好きで住んでいるわけではないが、住めば都とはよく言ったもので
それなりに広い部屋を安く住めるのは田舎ならではだ
辺鄙なところにあるものだから、物好きでない限りはまず土地を踏まない
しかしこの物好きなのが、川島である。だからこそ長い付き合いになっているのかもしれない
そんな辺鄙なところを目的地に設定するのには訳があった
茨城にはサイクリングロードが整備されている。サイクリストにとっては絶好の環境である
さらにはその終点が今の住まいにあるということが、高校大学と自転車乗りだった川島にとってはうってつけだっただろう
前述のとおり、田舎に住んでいることもあって部屋が広い
元々世帯向けの社宅だったこともあり、一人暮らしには広すぎるくらいだが、客人を招くにはもってこいだ
そんなこんなで、8月の半ば。お盆の終わりに計画が立てられた。
内容はこうだ
川島を筆頭とした自転車班は約40kmの行程を組んで、終点である我が家(通称:桜川)を目指す
そして、桜川にてBBQ、花火、肝試しなど。今年は気軽にできそうもない”夏らしい”ことを田舎でひっそりやろうじゃないかと
そして一晩泊って朝ご飯を食べて帰る。そんな流れだった
実行力がなければ、こんな素敵な計画もやりたいものリストの一番下に埋まってしまうが、川島は段取り良く学生時代の仲間を募り、メンツを揃えた
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「まあ、そんな感じで今週末よろしくな」
お盆休みも後半戦を迎え、クーラーの効いた部屋で自粛中に恒例となった通話麻雀をしてたときだった
そこには主催者である川島と、合宿に参加予定の川島の大学の後輩であるタクミ、そして麻雀が打てるというだけで呼ばれたタクミの幼馴染の梅林と一緒にMJ麻雀をしていた。
タクミとは何度か面識があったが、梅林はネットで一緒にゲームをするくらいで会ったことはない
「梅林も今週末こいよ」
川島が言った。すごく自然な流れではあるが、やっぱり無茶にも程がある。
東京に住んでいる梅林を、東京から茨城のはずれまで連れ出してきて、幼馴染とネット仲間がいるとはいえ、見ず知らずのサイクリストと一緒に同じ釜の飯を食ったり、一つ屋根の下で寝るなんてことは無茶だと思った
「今週末どうせ予定ないだろ」
すかさずタクミが乗っかる
自分は来てくれたら面白いけどな~なんて思っていたが、
「どうせ予定ないしいいよ」
二つ返事で梅林が答えた。
梅林の参加が決まった。
しかし、問題点がいくつかある。
まず、梅林は自転車乗りではない。よって自転車班ではなく、
自分と同じ炊飯係として、桜川で自転車班の到着を待つことになる。
それには梅林が東京からはるばる2時間半かけて茨城の外れを訪れなくてはならない。
そこでこんな提案をした
「自分が桜川合宿の前日に秋葉原に行くから、桜川に一緒に帰って、桜川に前泊しよう」
なにを自分でも言っているのかわからないが、自分と梅林の両者の負担が最も少ない提案だった
初対面の人と2時間以上ドライブをして田舎に連れていかれて、なおかつ初対面の人の家に上がり込んで泊まるという
人見知りバイバイの提案であったが、梅林はいとも簡単に提案を飲んでくれた
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