見出し画像

ショートショート『へそ茶』(喫茶のふしぎ)

ああ喉が渇いた。
知らない土地をふらふらと彷徨う。
どれだけ歩いても自販機は見つからず。
喫茶店が見つかればすぐにでも入りたいと思っていた。

しばらくして、遠くに大きな文字で「茶」と書かれた看板を見えた。
私は安堵して看板の方向へと進んでいく。
だが、近づいてよく見ると可笑しなことに気がついた。
看板が人の形をしており「茶」と書かれていたのは、
ちょうどそのお腹の辺りだった。
この看板の意図はわからないが、とにかく茶が飲みたかったので、
それほど考えることもなく店に入った。

「ひらひゃいまへー」
なんとも気の抜けた挨拶が聞こえた。
声の主を探すと、無精髭で作務衣を着た男がストローをくわえて立っている。
年は俺と同じくらいか。
おそらく店員だろうが、怪しさだけは人一倍だった。

座る場所を探そうと店内を歩き回る。
席は通路の両側に背を向けるように並べられており、一人ずつ仕切られていた。
どれもリクライニング機能がついており、客は揃って背中を倒していた。それだけリラックスしているのか。
ひとまず空いた椅子に座り、背中を倒してみた。
たしかにリラックスはできそうだ。
私がくつろぐよりも先に、髭男がすぐにやって来たのだが、口を開いた瞬間から驚かされることになる。
「はい、じゃあおへそ出して」
「……は?」
「いや、早く。おへそ」

あまり突拍子もなくて、理解するまでに時間を要した。
どうして喫茶店でへそを出す必要があるのか。
「え、どういうことです?」
「あー、何も知らずに来たのね。ちょっと待っててくださいよ」
仕方ない、といった様子で離れていく。なんとも失礼なやつだ。
その間に立ち上がって、チラッと他の席を覗いてみる。たしかによく見ると、お客さんは全員へそを出していた。そして手には店員がくわえていたような同じような長いストローが。何とも奇妙な光景だ。
戻ってきた髭男が持っていたのは雑誌の切り抜きを二枚。大事そうにラミネートで保護されている。
「はい、じゃあこれ読んでみて」
見出しには次のように書かれていた。

「へそ茶ブーム来たる! へそで茶を沸かして飲めばみんな幸福になる!」

ここから先は

3,691字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?