鶴見繁生の日記(三月)


1998/3/1 (1日目)
このノートに、できるだけ幸せなことを記録しようと思います。理由は、……いつ買ったんだか、貰ったんだか分からんノートが出てきて、気が向いたので。

ほんと、なんで日記なんかつけようって思い立ったんだか、自分でも分かりません。自分探しみたいなことですかね、最近、悩むことも多いし、ちょっと忘れっぽいので。

夕飯は辛子明太子と白飯。ビールのつまみに落花生。


1998/3/2 (2日目)
日記のつけ方、わかんなくて、ミミ(おれの恋人です)に聞いてみたら、「知らない誰かに話しかけるように書いてみたら良いんじゃない」って有難いアドバイス。さっそくそうしてみます。

知らない誰かさん、おれの名前は鶴見繁生っていいます。つるみはんしょう、です。が、下の名前はしげおって読んでください。うーん……他のことは、おいおい書きます。

夕飯は白菜とウィンナーを鍋に。白菜は先月はじめから冷凍庫で化石になってたやつ。すげえ不味い。忘れ去られてた白菜の呪いみたいです。


1998/3/3 (3日目)
このノート、心声記録装置……? ですって。ただの白紙のノートですけど……たしかにメカっぽいかも、表紙が分厚くて、隙間をよく見ると、配線みたいなのと、点滅する赤い光、その向こうには、白い空間が広がってる……ように見えます。分解はできそうにないです。

今日は火曜日です。たまに曜日をこの世界じゃないものと間違えるんですけど、今週は大丈夫そうです。嬉しいな。

夕飯は、なぜかミミがちらし寿司を作って持ってきてくれました。あー、おひなさんか。言われて気付いた。男兄弟だけだと、あまり縁が無い行事ですね。でも、林太郎は雛あられが好きだった気がするなあ。それにしてもミミの作った飯は美味い。


1998/3/4 (4日目)
自分の言葉で語るってのは、いつも実際に口を開くまでが億劫で不安で。躊躇うんですけど、いざ話してしまえば、身も心も軽くなるってことがほとんどなんです。つい、誰かの言葉を台本代わりにしちゃうんですよ。自分の人生なのにねえ。

昨日書いた、林太郎ってのは、おれの弟です。三年くらい前に、学校は偶数週の土曜が休みになって、その週末だけ、つまり月に二回、林太郎は実家からわざわざこの首都まで会いに来てくれます。良い子なんで、つい甘やかしてしまいます。

夕飯は卵かけご飯。醤油のほかに、三つ葉散らしてごま油垂らすと美味いです。


1998/3/5 (5日目)
もうすぐ週末です。でも今週は林太郎に会えないので、なんとかやり過ごすしかありません。こういう時、ミミはすぐ気付いて一緒に居てくれます。……日記だから、知らない誰かさんにだから言えますけど、おれは林太郎とミミがとても愛しいのです。

仕事はつらいです。わけがわかんなくなる時も多いです。偉い人に言わせりゃ、足りないおまえが悪い、ってことらしいです。そういう言葉にはいちいち振り返らず、前を向くしかないですが、涙をこらえてるのも事実です。

夕飯はミミと一緒でした。オムレツをうまく作るコツを教わりました。「りんたろくんに作ってあげなよ」だそうです。違うよなあ、と思います。うまくできたらまずミミに食わしてやりたいです。練習あるのみ。


1998/3/6 (6日目)
日記をつけ始めてから、時間が経つのが遅いです。一日の密度を感じるというか。金曜なので会社の飲みに誘われましたが断りました。ちょっと前からなんか調子がおかしいです。

身体がだるい。日記めんどくさいので今日はもうおしまいです。

夕飯、海苔弁。半分以上残しました。味がしない。ビールかっくらってふらふらです。食ってないからすぐ回る。500ml缶3本。おれにしては自制できたほうです。だって、もうふらふらだから。


1998/3/7 (7日目)
今、夜です。金曜の夜仕事から帰って、寝て起きたら土曜の夜。おれの土曜日は?

みのむしみたいになりながら左手だけ布団から出して書いてます。このノート、書かなくても心の声を記録できるみたいなんですけど、そんなハイテクなの使いこなせません。

夕飯、食いたくない。水だけ飲んで寝ます。


1998/3/8 (8日目)
よう一週間も日記続いたな、って思います。アサリを買いました。あと、米と味噌。近所を散歩して、帰ってちょっと寝ました。なんでもないように時間が過ぎるのが、本当に嬉しいです。

あー、でもやっぱし変かも。変なこと書いてたらすいません。

夕飯アサリの酒蒸し、酒、酒、酒。あと酒。しゃっくりのたびに湧き出す無限のお酒です。


(日付無し)
……誰ですか?

……もしかして、あなたは、“あの”あなたですか? あなたは違うあなたでもあるんですか? あなたはあなただけだと思ってたのに、あっちのあなたもあなたなんですか? それっておれを騙してたんですか。それとも、おれがあなたを騙してるんですか? すいません。すいません。忘れてください。

むー。夕飯? 要らん要らん。かぶと虫? むー。


1998/3/10 (9日目)
一回おかしくなれば、あとは正気に戻るだけなので、ある意味気が楽です。戻ってきたところが本当に同じ現実なのかを確かめるだけでいい。吐けば楽になるのと同じですね。おかしくなる前が本当に最低の【黒い線でぐちゃぐちゃに塗り潰されている】な気分です。

ちょっとずつ気分は良くなってきてます。銭湯に行きます。お風呂は好きです。

夕飯は“アイランドカフェ”のカレー。チェーン店らしいです。


日記を書いてるおれはシャカイジンでもなく、誰かの兄でもなく、誰かの恋人でもないんです。

ガシャポン見つけて、気付いたら熱中して何回も回してました。だってはじめの二回でそれぞれ別なのが出て、全六種類だぜ、すぐ揃いそうじゃん、って思って。“妖怪図鑑”……鬼女が四つ被ったとこで止めました。こわい。

鬼女、意外に可愛く見えてきましたがさすがに四つも要らん。林太郎と、ミミと、食玩好きの昔馴染みに押し付けました。林太郎は口がきゅってなってて、ミミは気に入ったみたいでさっそくPHSに付けてて、昔馴染みはなぜか大笑い。三者三様。おれはどうしようかなあ。


よく晴れた日の公園。陽だまりのなか、焼きそばパンをかじりながら、塗装の剥げた古いベンチに座っていると、暖かくなってきて、眠くなる。そのまま帰って寝れたら良かったですけどね、昼休みが終わればまた仕事です。

買い物に行く時、ふと思ったんです。今、おれは靴を履いて、落ち着いて街を歩いている。すごい、って。しかも、明日会いに来てくれる林太郎のために買い物をするんだ、って。



(以下日付なし)

(太いマジックペンで)この世の外へ押し流そうとする▲▲時空に留まることは、おれにとどめをさそうとする虚無に苺のショートケーキをなげつけ×ことに似ている。

ぴんぽん

世間体 幽霊 からあげ

花見に誘われました。一面ももいろの道路を歩いて出社した日のことでした。いなり寿司を持ってゆく係になりました。ほんとうは林太郎やミミと行きたかったです。会社のカメラで撮影した桜の写真を、現像して手紙に添えようと思います。おれってさくらをきれいと思えるんだ。目ん玉腐ってるくせに×××【塗りつぶされており読めない】


まちぶせ

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