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ひとり遊園地 ■小鳥と暮らす男の話
短編連作です。少しずつ書き足していきます。
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1. 訪問者
園内に響く朝の放送が終わると、本来ならば、かれらはバルコニーに出て、館のすぐ前の噴水広場に向かい朗々と今日という日の到来を告げねばならない。しかし、かれらは館のエントランスで、ちいさな来客に捕まっているのだった。ことが起きたのは、ちょうどミスター・ナンセンスとミズ・イノセンスが広すぎる食堂ではちみつがけのスティックトーストと、赤と碧の薔薇の花弁と時計草とペンネのサラダ、スノーマンのまるごと冷製シチューを仲良く食べ終え、身なりをととのえたその時だった。
きっと綿飴売りや花を撒く少女、怪盗と科学者、着ぐるみや踊り子たちは、〈時計〉の役目を担うかれらがいつまでも朝を告げないことに、首を傾げていることだろう。
ミズ・イノセンスの、左右で違う輝きを放つ漆黒と純白のハイヒールに身を乗り出し、宝石ねずみとキノコの精が、きいきいと高い声でまくしたてる。まず宝石ねずみの主張はこうだ。
「まったく、あの中はどうなってるのでしょう。あのでかい図体にあたしたちのいつもの通り道が塞がれちゃって、仕方なく、ステンドグラスの下水道に穴を開けて、あいつの横っ腹から森まで突っ切るトンネルを作ろうと思ったのよ。そしたらどう、水は頭の上に向かって流れるし、紫色の絨毯が急にサメの頭になって廊下を追いかけてくるし、客室の窓から次々ごみを投げられて、頭にきて船長室に行ってみたらば操縦席に居るのは骸骨ですよ。」
ねずみのお嬢さんが呆れと怖気の混じった声色でぶるりと細いしっぽまで震わせると、二の句を継いだきのこの精がたっぷりとしたスカートを指先で不安そうにいじりながらも、はっきり意見を述べる。
「船はずうっと眠ってて言うこと聞きゃしないわ。あいつをあんな迷惑な場所に寝かせたのは誰なんでしょう? インフラは整備するもの、ルールは守るものと心得てもらわなくちゃ、ここはひとつの国みたいなものなんですからね。あれを動かせるのがいったい誰か、あなたがたならご存知でしょう?」
能吏のごとく腰を屈め、視線を合わせて黙って聴いていたふたりは、そこで一度互いに目を合わせた。怒涛の訴えが一区切りつき、ようやく発言を許可されたようである。ミスター・ナンセンスは、知的なまなざしでひとつ頷き、
「というと、ゴーストシップの“トリクシー”のことですね。存じておりますよ。しかしお話の通りならば、昨夜は大変でしたね。」
「トリクシーだかトリッキーだか知らないけれど、往来で寝そべるのはやめてって言ってもらえる? どうがんばっても、スケジュールが都合できないのよ。午前中にセントラルキャッスルでオールスターズ・デイ・ムーヴに出演して、その後の森の切り株のステージになんて間に合いっこない……。お願いしますよ。」
「そういうことなら、勿論直談判して解決しますわ。任せてください、お嬢さまがた。」
と、締めの言葉をミズ・イノセンスが引き継いだ。いつもより遅れてやってきた朝を取り戻すため、〈ひとり遊園地〉は時計に合わせて物事の動く速さを三倍にはやくしなくてはならなかった。まるで早送りのムービーのようにせかせかと皆は動き、今日最初のステージの準備が行われる。園内の管理代行を引き受けるふたりは、小さき声を無碍にするわけにはゆくまいと(小は大を兼ねる、いつの時代もだ)、件のゴーストシップへ向かうのだった。
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2. 地下道
クリスタルのマンホールの蓋をずらすと、筒状の狭い空間に、同じくクリスタル製の梯子が姿を現す。天国への階段と錯覚させるほどの光を宿し、下へ下へと伸びている。地下道へ降り立つと、地上よりも明るい光が燦々と降り注いでいる。魔法石をカットした立体的なステンドグラスが、射し込んだ光を逃さず内部で増幅させているのだ。光は意思をもっていて、照度(パラルクスという)や明滅の加減で会話が出来ると言う者も居る。
地下通路は、毎朝、一定数の出入りがある。ほとんどの者は、広い敷地内の移動距離を出来るだけ短縮するための近道として利用する。
通路はさまざまな場所に繋がっている。地下そのものも、エンターテイメント性のある造りになっている。《ひとり遊園地》のもうひとつの姿と言っていいだろう。ただその趣きは、地上とは大きく異なる。
通路の脇に祭壇のような、しかし簡素な造りの何かがある。一日のうち数回、祈りを捧げる者たちで周囲が取り囲まれる。そんな時は、捥げた翅を引き摺るカササギが、ネクタイにシャツ、作業着を身につけて交通整備をかって出る。赤と緑の警告灯すら、ここでは宝石のかがやきを有する。
ミスター・ナンセンスが、カササギに今朝の交通量について尋ねると、カササギは慇懃に応じた。
「おや、おふたりお揃いで。お勤めご苦労様です。今朝もですがね、やはりこの先の道を封じてる船のおかげで、かなりの大騒動でした。迂回する道を伝えるんですが、それじゃ間に合わないとおっしゃる。おおかた、あなたがたも森のエリアのキャストたちに嘆願されてここまでいらっしゃったのでしょう」
そこを過ぎると、頽廃した路地裏のような通路が続く。ステンドグラスの照明から一転して、どちらかといえばわざとそのように誂えたかのようだ。ひときわ広い道に、赤いカーテンがかかっている。地下劇場だ。独特で異様な雰囲気は、少なくとも、ゲストを楽しませるためのものではないと感じられる。
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3. 劇場前
(つづく)
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解説という名の野暮
孤独なテーマパーク『ひとり遊園地』の園内に住まうある男を探して、メインキャストであるミスター・ナンセンスとミズ・イノセンスが駆け回る話。でも、そこで起こるのは大した話じゃない。〈ひとり遊園地〉がたとえ物語という寄生虫を大量に積載した生き物だとしたって。大事なことは目に見えない、というのは『星の王子さま』の言葉。テーマパークの創設者、という主役級の登場人物は透明になって、誰も見つけられずにいる。
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