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サマソニで星野源を見た

「星野源がサマーソニックで一個のステージを丸ごとキュレーションする」。その知らせを受けた時、私は絶対にサマソニに行かなければならないと思った。これは使命であり義務だと思った。そして8月19日、幕張へと赴いた。
なぜ使命を感じたか。それは、私は星野源のファンになって7年間、一度も星野源のライブに行けていないからだ。好きになってから行われたツアーはYellow Voyage、Continues、POP VIRUS、World Tour POP VIRUS、ReAssemblyの5つであるが、わたしはこのライブたちに応募することすら叶わなかった。
(まずはイエボヤ。そもそも小学生だった私は、ライブに行くという選択肢を生み出すことすら不可能だった。
中学生のときに開催されたコンテニは死ぬほど行きたかった。なのに親に「ライブは高校生になってから行け」と言われたので、応募すらできなかった。
ポップウイルスこそいけると思ったが、中3の受験期と丸かぶりした。ライブレポを読みながら、泣きながら受験勉強をした。死ぬほど行きたかったのに。
ワールドツアーなんてもってのほかだった。海外に行くことなど許されるわけなかった。
そしてはじまるコロナ禍のせいでそもそもライブすら開催されない数年が続いた。配信ライブはなるべく購入して見たが、生で見るライブに勝るものはないのでどこか腑に落ちない。
そして満を持して開催されたReAssemblyは大学受験期と丸かぶりした。終わったと思った。もうわたしは星野源に会えないまま死ぬのだと思った。)
ところがどっこい、サマソニはチケット代さえ払えれば確定で星野源のライブを観れるのである。大学生になりある程度の自由を得た今年、この権利を行使しない手はない。わたしは星野源ファンの友達と共に、サマソニに行くことに決めた。

そして降り立った幕張。暑い。死ぬほど暑い。8月19日、サマソニ東京では熱中症で100人近くが倒れたそうだ。しかしここでわたしは熱中症になるわけにはいかない。なぜなら星野源のステージは日が暮れるころに始まるからだ。

海浜幕張駅

致死的な暑さを乗り越えながら、NewJeansなどの目玉アーティストを見た後、Beach Stageに向かった。星野源が丸ごとキュレーションしたステージだ。その名の通り本物の砂浜の上にステージが組まれていた。
Beach Stageのトップバッターであるペトロールズの出番は、1日のうちで最も暑い時間に始まった。リハの段階から遠目から眺めていたが、ずっと星野源のバンドメンバーとしてライブやテレビにでている長岡亮介一同を目にした時は流石に感慨深いものがあった。あと長岡さんはとてつもなくイケメンだった。
リハが終わったかと思ったら、舞台袖から出てきたのはなんと星野源。周囲に激震が走った。
わたしは目を疑った。暑さで幻覚でも見ているのかと思った。実際には幻覚ではなくて、本物の星野源がビーチステージの開会宣言をしに来たのだ。このときわたしはやはり「目の前に星野源がいる」実感が湧かなくて、呆然としていた。
トッパーとして完璧すぎるペトロールズのステージが終わり、一度日陰に退避。(どうしても見たかった)ドロスやセカオワを見たあと、再びビーチステージに向かった。
また星野源が出てきた。彼はどうやら友達一人一人のステージを全部舞台袖から見ていたらしい。もはや友情を通り越して執念である。チェック柄の服でニコニコしながらこちらに話しかけてくる星野源は素敵だった。この笑顔が私には特別なのだ。
ALIのステージが始まる。わたしはこれまで一度もDJプレイを生で見たことがなかったが、彼の巧妙な手捌きには圧倒させられた。源さんの言葉を借りれば、夕日に音楽が跳ねまくっていた。
すぐさま始まったのは松重豊、いや、DJ豊豊のプレイ。彼は今日DJデビューらしいが、そんなことを感じさせないくらい最高の音楽を鳴らしてくれた。
DJ豊豊のステージの間に背後ではバンドセットが組まれていた。いよいよ星野源のステージが始まる。緊張が止まらない。運良く前方の真ん中くらいの位置を確保することに成功した。後にも先にもこの距離で星野源のライブを見れることはないだろう。

まもなく始まる段階。

照明が落ちた。そしてまた明るくなった。目の前には星野源がいた。
その瞬間、私の7年間の思い出が走馬灯のように蘇った。死ぬのだろうか。
どれだけ会いたくても、どれだけ大好きで尊敬していても、私にとって星野源は7年間ずっと画面の中の人でしかなかった。辛かった。源さんに会えない事実を突きつけられるたび、苦しかった。
”Hello Song”という曲にこんな歌詞がある。
「いつかあなたに出会う未来 Hello Hello 笑顔で会いましょう」
このクソみたいな世の中で、星野源に笑顔で会える未来を信じ続けた。この曲の歌詞のように、いつか星野源に出会う未来を信じた。この人がいたから、中学受験も高校受験も大学受験も成功した。この人がいなかったらまるっきり違う人生だった。だから私にとって命の恩人は星野源なんだ。そしたら今日、叶ってしまった。世界で1番大好きな人が目の前にいる。意味がわからない現実。

一曲目、「地獄でなぜ悪い」。イントロの一音目から涙がとめどなく溢れ、目の前が見えなくなった。この曲には深い思い入れがある。人生で三度経験した受験という行事の全てをこの曲で乗り越えた。このあまりにも自分にとって大切な曲を一曲目に聴けた。目の前で星野源が笑いながら歌っている。大好きが溢れて仕方なかった。言葉で形容するにはあまりにも拙くなるくらい、感動した。
「夏なので、」と言って始まった二曲目、「SUN」。私が星野源を知ったきっかけの曲。夕日がさすステージにあまりにも映えるこの曲。観客全員が思い思いに踊り跳ねた。その様子を愛おしそうに見つめてくれる星野源。そういうところが好き。
三曲目、「ドラえもん」。「助けて!ドラえもんーー!!!」のコールから始まり、軽快なドラムのリズムが繰り広げられる。頭の中を空っぽにして全力で体で音楽を楽しんだ。
四曲目、「不思議」。キーボードで作曲したこの曲は繊細なメロディーラインが印象的で、海辺の美しい景色と相まってただ幻想的な空間が広がっていた。照明に照らされた星野源は神々しすぎて、やっぱりこの人はわたしの神様だと思った。
スタッフから渡されたギターを持ち、演奏されたのは五曲目、「くだらないの中に」。まさか弾き語りまで聴けるとは思っておらず、ここで涙腺が限界突破した。自然と自分の手と手が胸の前で組まれていた時、星野源を無意識に崇拝している自分に笑ってしまった。日常の中の愛を切り取ったこの曲は後世に語り継がれるべき名曲。
ここで星野源が「友達を呼ぼうと思います」と言って出てきたのはサム・ゲンデル。周囲がどよめく。ここから彼がサックスをプレイしてくれるらしい。
そうして始まった六曲目、「Pop Virus」。先日のCDTVでも演奏されたのだが、この曲は星野源の音楽要素の全てが詰め込まれている。勝手に体がリズムに合わせて動いてしまうような曲。我々はPop Virusに感染してしまうと、星野源の音楽に一生囚われながら生きていくんだと思った。そしてサムのサックスソロは、武嶋さんの言葉を借りれば、一つの絵を描いているようだった。
七曲目、「Ain’t Nobody Know」。この瞬間やはりセトリがバグっていることを確信した。低音が響く演奏に、星野源のファルセットが合わさり、落ち着いた雰囲気が演出される。この曲はMVも含めて世界観が大好きで、まさか今日聴けるとは思わず驚いた。
八曲目に演奏されたのはなんとリリースされていない新曲「Mad Hope」。この曲はオードリーの若林さんと星野源が共演するNetflixの番組「Lighthouse」の主題歌であり、予告編からすでに期待値が上がっていた曲なので聞けて嬉しかった。
そして九曲目「Week End」。この時点で涙腺が二度目の限界突破を果たした。いつも星野源のライブDVDを見ながら、思い思いにお客さんが踊り狂っている様子を見ていて、「いつかわたしもWeek Endで踊りたい」と長年夢見ていたのがついに現実になった。隣の人と手や体がぶつかりながら、音楽に身を任せて踊った。夢が叶った。
十曲目、「このステージのフィナーレをやります」と言ってとある曲が演奏されたのだが、これは私たちと星野源の間の秘密ということで。

星野源が去ったあと、私と友人はしばし呆然としていた。「やばい」以外の語彙を捨ててしまった。情緒もとっくの昔に飛んでいってしまった。素晴らしかった。星野源のファンでよかった。今日まで生きてきてよかった。よかった…

ビーチステージ初の入場規制がかかったこの星野源のステージはやはりファン以外から見ても圧巻だったらしく、SNSでは「せっかくだし星野源見ておくか、って思って見に行ったら凄すぎて泣いちゃった」「星野源まじで圧巻だった」などのコメントが見られ、なぜかわたしが誇らしい気持ちだった。
7年前に星野源のファンになった私、ありがとう。星野源、私の人生を180度ひっくり返してくれて、ありがとう。これからの人生、幾度となく辛いことがまたあるだろうけど、きっと星野源の音楽はわたしに味方してくれるのだと思う。
暑かった。はっきり言ってチケット代は高かった。それでも、このサマソニに来てよかった。間違いなく人生最高の瞬間の一つになった。

#SoSadSoHappy
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#SunmerSonic
#サマソニ

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