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感を捨てていく方が良い

こんにちは!

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今回のテーマは「感を捨てていく方が良い」についてお伝えさせて頂きます。

さて、意味不明なテーマでスタートしましたが読んでいけば分かる内容になっております。

長い人生を生きていく中で捨てていく方が良いものがあります。

それが「正義感と使命感」です。

長い人生を生きていく中で捨てずに持っておいた方が良いものがあります。

それが「正義と使命」です。

この二つの違いとは何なのでしょうか?
これが今回のテーマです。

正義と使命は内なるものです。
心の中でゆっくりと炎が燃えているような感覚です。

正義感と使命感というのは押し付けようとする心です。
これが正しい!あれをやらないといけないのだ!など外に発するものです。

感をつけるだけでとても意味が変わってくるのです。
これは昔々の偉人が説いてくださっております。

仏教の世界で有名な親鸞聖人のお話です。
この方が説かれている言葉の一つを紹介します。

善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや

善人は穏やかな死を迎えることができるが悪人はもっと穏やかな死を迎えることができるという意味です。

これを聞いた弟子たちは師である親鸞聖人に対してこう問いました。

「これは誠ですか?悪人のほうが穏やかな死を迎えることができるのはおかしくないですか?」

すると親鸞聖人はこう言います。
「しっかりと修行を積んだ者は自ずと理解ができる」

きっと親鸞聖人はこう言いたかったのではないでしょうか?

善人は穏やかな死を迎えられるが、自分を悪人だと思っている人(人間とはちっぽけな存在で正義感や使命感を押し付けて良いほどの存在ではない)はもっと穏やかな死を迎えることができるであろうと。

正義感や使命感とは驕り高ぶった心から生まれます。

・私は正しいことを言っているのだ!
・こんな腐った世界は私が変えないといけない!
・何故こんな間違ったことをするのか!
(代表的な作品はデスノートです。登場する夜神月のような人物像が感を捨てきれない人です。)

この世に正しさなんてありません。
何故なら立ち位置によって変わるからです。


それは人を殺すと言った点でも同様です。

あなたが子を殺されたとします。
子を愛すれば愛するほどその犯人に復讐という名の殺意が芽生えるでしょう。

果たしてその復讐を間違っていると言えるでしょうか?

人の行動には感情がつきまといます。
なので正しさなんてないのです。

コロナが一番わかりやすいです。

完全に人の足を止めてしまうとお店が成り立たないからできる限りの感染症対策をして経済を動かすべき!というのも正しさですし、今人の足を完全に止めないと病院のベットが完全に埋まり、救える人が救えなくなるからロックダウンすべき!というのも正しさです。

カン(感)は黙ってゴミ箱へ捨てる方が良いのかもしれません。
そうすれば世界はもっと穏やかに平穏になる気もします。(ただこれを突き詰めていくと使命感に変わってしまうので難しいものなのです。)

正義や使命はしっかり持っていきましょう。
それは必ず必要なものです。

ただ、周りに押し付けてしまう心である正義感や使命感は捨てていくことをお勧めします。

ということで!
今回は「感を捨てていく方が良い」についてお伝えさせて頂きました!

オンラインサロン「かねちはサロン」では皆さんで楽しめる事!挑戦する事!などなどカネコチハルに集う方々と毎日楽しんでおります♪  

参加は誰でもできるわけではなく参加方法についてはかねちはサロン集会所からの移動のみとなります!

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6月1日からは火曜日から日曜日までは集会所もしくはサロンに参加されているメンバーしかご視聴頂けなくなります。

少しでも興味がある方はぜひ参加してみて下さいませ。
もちろん参加費などはかかりませんのでご安心くださいませ。

では!
また次回の記事でお会い致しましょう!

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