5言語を解読した先にあるものは?『Chants of Sennaar』※ネタバレあり
最近偶然とても面白いゲームを見つけて、没頭して一気に最後までプレイしてしまった。
そのゲームの名は『Chants of Sennaar』。今日はこのゲームに関する考察をしていこう。
『Chants of Sennaar』とは
簡単に言うと、5種類の架空の言語の意味を順に解き明かしていくゲーム。
Steam、Nintendo Switch、Play Stationでプレイ可能らしい。私はSteamでプレイした。
主人公は巨大な塔の最下層で目覚め、そこで「教徒」と呼ばれる民族と交流しながら彼らの言語を学んでいく。
そしてさらに上の階層を目指していく……というストーリーだ。
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以降ネタバレ全開で、ゲーム内設定と感想と書き連ねていくため、未プレイの人はご注意を。
また、一部ネタバレ要素があるゲーム開発者のインタビュー(フランス語)も参照するため、こちらも未読の方はご注意ください。
バベルの塔
言語が世界に数多ある理由としてよく引き合いに出されるものがバベルの塔だ。『Chants of Sennaar』の主人公が動き回るあの塔は、見た目もストーリーも明らかにバベルの塔を意識していることがよくわかる。
バベルの塔とは旧約聖書の創世記に登場するもので、かつて人々は皆同じ言語を用いており、彼らは交流しながら新技術を身につけた。そしてその技術をもって神域まで届きそうな高い塔を建てようとした。
神はそれに対して怒り、彼らの言語を別ち交流できないようにした。
…という逸話だ。
言語が異なるせいで交流できておらず、互いを軽蔑したり憎んだりしているという状況や、塔自体の見た目からして、どうみてもバベルの塔がモチーフだろう。
このバベルの塔があった場所がシナールとかセンナール、シンアルという発音だったとされている。ゲームタイトルに含まれている「Sennaar」はこれのことだ。
ゲームタイトル『Chants of Sennaar』はシナールの詠唱とか歌みたいな意味になる。
(繰り返し言うみたいなニュアンスがつきそう。イメージしやすい例として、サッカーで選手ひとりひとり専用の短い応援歌を作って繰り返して歌うことがあるが、その歌をチャントという)
教徒の文化と言語
教徒(Devotees)の文化
教徒は最下層(というかもはや塔の外?)で生活をする民族。
インタビューで「主に地中海の古代の一神教文化に影響を受けた」と述べられており、バベルの塔の概念が生まれた当時の時代の生活感を意識していそうな雰囲気がある。
具体的にいうと、上位層の民族と比べて明らかに科学技術の発展が乏しい。職業として鍵や壺、楽器などの製造業はあるが、手作業メインで大量生産は難しそうだ。
服装や頭にかぶっているものも、多少のバリエーションはあるが単純な要素で作られた差異に見える。
また彼らが「教徒(Devotees)」と呼ばれていることからして自明だが、修道院や教会の権威が強い。至る所に神を賛美する彫像が設置されているなど、宗教が日常に強く結びついている。
(そもそもこの階層にある壁画曰く、彼らは植物、というか食料?が枯れて困っていたところ「神」に導かれ教徒になったというルーツを持っている)
文化の発展が途上という点が言語にも影響を及ぼしており、各民族の中で最も単純な文法になっている。
「地中海の古代の一神教文化」が生まれた場所は砂漠気候や乾燥した気候で、教徒が住む最下層も黄色っぽい、土っぽい色味が強い。
交流による教徒文化の変化
兵士は教徒を悪魔だと思っており、かつ音楽の趣向もないと思っていたらしい。しかし教徒が楽器を演奏してみせたことで誤解が解ける。
これにより、両階層を遮断していた扉が解放され、その扉の前で教徒が演奏し、兵士が楽しんでいる様子。
また兵士階層の方では教徒が観光?している様子が見られるようになり、ところどころで教徒が物珍しそうに眺める姿も確認できる。
枯れそうだった植物を錬金術師がどうにかしてあげたことで、教徒が手を叩いて喜んでいる。かわいい。
確かにこの辺りにあった植物はもともとかなり黒ずんでいて元気が無かった。錬金術師が協力できるようになると、植物はすべて青々として豊かな庭園になる。
ちなみに錬金術師は科学的に何かを合成して、枯れることを防ぐ薬を作ってあげようとしたため「私が化学式を作りましょう(私/作る/化学式)」と言ったが、教徒には化学関連の語彙がないため、単に「私が薬瓶を作る(私/作る/薬瓶)」と訳されている。
教徒はもともと平和的で、他の民族を友好的に受け入れる開放的な民族だった。吟遊民が兵士を、兵士が教徒を毛嫌いするような差別思想を、教徒はどの民族に対しても持っていなかった。
そのため扉を開けてくれない兵士を罵ることはなかったし、あれだけ邪見にされていたのに気にせず一緒に音楽を楽しむし、奴隷になっている吟遊民を積極的に受け入れている。
言語が異なっても他者との交流を躊躇わず、平和的で開放的な性質。最上層の隠遁者とは正反対。
教徒の言語
判明している語彙は34種類。
5つの言語の中では最も単純に見える。基礎になる名詞に様々なパーツをつけて動詞や場所を表す名詞を作っている。
例えば、「神」という名詞に「人」をつければ「教徒」に、場所を表すパーツをつければ「教会」になる。
また「人」を横倒しにすると「死者」になる。そして「死者」に場所を表すパーツをつければ「霊園」になる。
(やや変形気味だが、「行く/通る」という動詞も「人」+場所パーツ+動詞パーツで、「人が場所に向かう」を表しているように見える)
一方で科学技術がないため、科学的な語彙は乏しい。薬も「救助・治療」のようなパーツ(「助ける」の動詞部分以外)に「~をするもの」という名詞を表すパーツをつけて、「治すもの」みたいなニュアンスで表現している。
複数形を表す固有語彙もなく、複数形は名詞を2連続させて表している。
文法はSVOだが、be動詞がなく「〇〇は●●だ」と言うときはSCになり動詞がない文章がある。
兵士の文化と言語
兵士(Warriors)の文化
規律を重んじる民族。集団での規律重視が故に、皆同じ装備を身につけ個性がわかりにくい。
主人公は彼らに見つかると基本的にぶっ叩かれる。そのため兵士は排他的な民族に見える。
建造物は直線要素が多く、石っぽい固い印象。この階層から見える外の景色は常に夜で、うす暗い中で見ずや垂れ幕やランプのビビッドな赤が目立つ。
一つ下層の教徒のことを悪魔だと思っているため、彼らの語彙に「悪魔」はあっても「教徒」はない。
一方でひとつ上層の吟遊民のことは「選民」と呼び、彼らを守らればならぬという使命感を持っている。
壁画を見る限り、兵士たちはどこかから海を渡って塔までやってきて、そこで音楽を奏でる選民(吟遊民)と出会い、彼らのために砦を作って「悪魔」から守る使命を担った、というルーツを信じているようだ。
彼らがなぜ選民(吟遊民)を崇める(?)ようになったのかは定かではないが、彼らを守ることが結果的に下位層の教徒を差別する方向に過激化してしまった。
選民の姿として楽器を持っている点を強調しているように、兵士にとって音楽を奏でられるという点が重要らしい。教徒との和解も音楽がきっかけだった。
交流による兵士文化の変化
教徒が音楽を奏でられることを知ったことで、兵士と教徒は和解する。両者の境にあった扉を開けて、教徒が兵士の層に入って観光(?)するようになっている。
(天文台のところでは教徒が望遠鏡を覗き込んで、傍で兵士が解説しているようにも見える)
吟遊民は兵士のことを馬鹿にしていたが、音楽が好きと聞いてわざわざショーを開いてくれる。
兵士の言語
判明している語彙は36種類。
他の言語にない特徴として、人称代名詞がない。「私」も「あなた」もなく、自分のことも他人のことも「兵士」で表している。ここにも個性のなさが垣間見える。
文法はSVO。ただし複数を表すとき。複数形を表す語が名詞の直前に来るという点が特徴的。
(複数形を表す単語がある時点で、教徒よりやや複雑さが上がっている)
動詞は共通して下部にVのようなパーツがつく。また人や職種・役割はYのようなパーツにいろいろくっつけているようだ。
明らかに物質の見た目をそのまま文字に起こしたような名詞が多い。太陽や月がわかりやすい例。
吟遊民の文化と言語
吟遊民(Bards)の文化
その日の生活にいそしむ教徒や個性を殺し規律重視な兵士と比べると、かなり楽しむことに振り切っている民族。
下層になかった美しさや享楽的な文化が発達している。その一方で労働を奴隷に押し付けており、美しい色合いの世界で文化を享受する勝ち組と、奴隷として地下で搾取される負け組という格差が生まれている。
ここまではっきりした格差は教徒や兵士では見られず、発展にともなって生まれた負の影響に見える。
兵士は吟遊民を選民と呼び崇めているが、吟遊民は兵士を嫌煙しており、境界地点に兵士侵入禁止の看板を高々と掲げている。
吟遊民(特に勝ち組)は現状に満足しており、さらなる発展や冒険への勇気がない。上層を目指す者はモンスターに襲われる、そんなことに挑戦するのは愚かだという話を信じて現状維持に留まっている。
(技術を発展させて皆で楽になろうというより、大変なことは奴隷に任せて楽になろうという思想になってしまっているようだ)
下位層の教徒や兵士とは異なり、民族のルーツの情報を持っていない。そのためアイデンティティに不安を感じる者がおり、「兄弟がいない」という表現で他民族に吐露している者がいた。
交流による吟遊民文化の変化
自由がないと嘆いていた吟遊民は、教徒に感化されて最下層に行くようになる。これによって、奴隷を使う側だった吟遊民は飲み物が継がれないことに嘆くようになっており、生活の不便さを嘆いている。それくらい自分でしなさい。
兵士との間にあったわだかまりはなくなり、兵士立ち入り禁止の看板に大きなバツが描かれた。
吟遊民の言語
判明している語彙は42種類。
他の言語と比べて文字の装飾性が強い。常に下部に直線があり、文章として繋げた際に自然と一直線の部分ができるようになっている。
またくるりとカールした部分など複雑な部分が多く、美しさを重視する民族性が反映されているように見える。
日本語話者からするとダントツでわかりにくい文法。OSVで、目的語が文頭に来る。否定を表す時は文頭と文末に否定語を置く。
またbe動詞のようなものがあるのも他の語彙とは異なる特徴。
動詞は右側に点を打つ、人や職種を表す語は下線を突き抜ける部分がある、場所を表す語は下線の下に点を打つなどの法則性が確認できる。
「美しさ」や「劇場」など、他の民族では確認できなかった語彙が頻出ワードとして登場し、主人公によって記録されている。
錬金術師の文化と言語
錬金術師(Alchemists)の文化
一気に科学技術が発展している。それにともない下位層にはなかった科学的な語彙が一気に増えている。
産業革命っぽい雰囲気があり、とにかく技術発展に全振りしている。その一方で安全面が怪しく、主人公がいなかったら明らかにヤバかったであろうトロッコに押しつぶされかけていた人がいるし、石がゴロゴロ落ちるところでも人が通り抜けられる構造になってしまっている。
図書館という名の施設はこの層にしかない。
(おそらくここより下位層には印刷技術がなく、上位の隠遁者は電子化に移行している)
交流による錬金術師文化の変化
錬金術師は「モンスター」を助けたい、治したいと考えていたようだが、彼らの力では「モンスター」を捕らえることができなかった。
交流によって兵士の助力を得ることができたため、研究室にモンスターが運ばれ研究が進んでいる。
この「モンスター」、吟遊民と錬金術師の階層の間で主人公を襲ってきたものだ。光または炎に弱い性質がある。
しかし研究室に置いてある図を見るに、もとは人間だったらしい。それを知っていた錬金術師は「助けたい」と言ったのだった。
錬金術師の科学技術力で、錬金術師の層とひとつ下の吟遊民の層を繋ぐケーブルカーが開設する。
それぞれの乗り場の傍では2つの民族が立ち話している様子が見られる。
この吟遊民と錬金術師はルーツが同じらしく、互いを「兄弟」という位置づけで認識している。
(最初にそのことに錬金術師が気付き、翻訳によって吟遊民も知った)
吟遊民が錬金術師の図書館にやってきて何か教えを乞うているように見える。
吟遊民は今のまま楽に生きていればいいやという感じの民族だったが、錬金術師との交流で知的好奇心が芽生えて学ぶ、成長して先へ進むようになるのかもしれない。
錬金術師の言語
判明している語彙は42種類。
唯一数詞が登場するほか、金や銀、炭素といった物質名が豊富。
場所を表す場合はフを逆にしたようなパーツ、動詞はCを逆向きにしたようなパーツ、人や民族は上部に▽がつくなど法則性が見える。
文法はSVOでそこまでややこしくはない。
隠遁者の文化と言語
隠遁者(Anchorites)の特徴と文化
技術的には最も発展しており、VRのような仕組みがあるようで、隠遁者たちは皆ゴーグルをつけている。そして人と人との交流は、同じ民族の中でも完全に廃れている。
隠遁者という表現は聞きなれない方だが、キリスト教の修道士がイメージに近い。世俗から離れている人、世捨て人のこと。
そして彼らこそが、もともとこの塔を建てた民族だった。
そこに次々と他の民族がやってきて下層に住み着いていった。隠遁者たちはかつては他民族と交流を試みたようで、他民族の言語と自らの言語の翻訳ができる機械が各所にあるし、彼らの技術で作られたポータルや紫の門の部屋が各層にある。
しかし結局は交流を恐れ、これまた自らが開発した技術で四六時中VRゴーグルのようなものをつけて現実逃避している。
その意味で、彼らは隠遁者ではあるが、好き好んで孤独の民になったわけではない。各層を断絶させているのは敵対を加速させているAI?システムで、そのシステムによって他人との関わりに対する恐怖を誇張させられ、断絶させられている皆が孤独の民になっていた。
交流による隠遁者文化の変化
他の民族間交流とは異なり、隠遁者が直接他の層に出向く様子は見られない。
ただ交流をする気はあり、画面越しに会話を弾ませている様子は見られる。
(頂上では直接会話する姿も見られる)
隠遁者の言語
判明している語彙は32種類だが、明らかにもっと多くの語彙を造れることがわかる。
デジタル時計の数字が線の組み合わせでたくさんのパターンの数字を作り出しているように、四角形とその対角線のどの部分を見せるかによって、意味が異なる語彙をたくさん作り出している。
各民族での語彙に含まれるアレは何か
塔の上に蘇り、点をつなげて輝く、三角形の集合体のようなもの。
教徒にとっての「神」、兵士にとっての「使命」、吟遊民にとっての「美しさ」、錬金術師にとっての「変化/合成」、そして隠遁者にとっての「孤独」は、いずれも彼らが重要視しているものだ。
光がこれらの語彙に変化するとき、それぞれの民族が反応を見せる。
感想
隠遁者の振る舞いが心に刺さった。彼らは他社と交流したい気持ちを持ち、言語の壁を超えて交流できる技術も持っていた。しかし主人公が活動するまで、彼らは同族とすら交流せず個々で孤独になっていた。
彼らを孤独にしたのは彼らの技術から生まれたシステムのせいだ。交流するために築いたシステムだったはずだが、交流を阻まれていた。
もしあのシステムが現代のAIの延長線上にあるのならば、あのシステムは隠遁者から様々なデータを学習した末に生まれたもののはずだ。
交流したいはずの者のから学習したAIが、なぜ交流を阻む方向に導いていったのだろうか?
もしかすると、人間という生き物は根本的に他者との交流にリスクを伴う生き物なのかもしれない。交流によって幸せやメリットと生じるが、もちろん不満やデメリットも生じる。
感情を抜きにしたとき、AIはデメリットの方を重視しリスクを忌避する方に奔ったのかもしれない。
それでも最終的に、隠遁者はあのシステムを壊し、一歩踏み出して交流することを選んだ。
人はメリットデメリットの単純比較を超えてまで、リスクを冒してまで挑戦することで得られる幸せがあるのかもしれない。そんなことを感じた。