【SH考察:052】フランドルのパリとヴェルセーヌ、フランスのパリとヴェルサイユ
Sound Horizonの世界では、フランスはフランドルであり、時期によって王国だったり帝国だったりする。
そしてその中の地名としてパリとヴェルセーヌ、すなわちヴェルサイユも登場するが、現実とその歴史と照らし合わせると、少々違和感がある。
今回はパリとヴェルセーヌ及びヴェルサイユについて、その違和感を深堀してみた。
対象
1st Story Renewal Chronicle 2ndより『薔薇の騎士団』『聖戦と死神 第4部「黒色の死神」~英雄の帰郷~』
7.5th or 8.5th Story 絵馬に願ひを!Full Editionより『太陽を盗んだ女』
9th Story Neinより『名もなき女の詩』『憎しみを花束に代えて』
考察
現実のパリ
現実のパリはフランスの首都として非常に有名だ。
エッフェル塔、凱旋門、ルーブル美術館など、見所は枚挙にいとまがないほどにある。
ただこれらの建造物がパリを彩るようになったのは比較的近年のこと。
エッフェル塔は1889年、凱旋門は1836年に完成。
ルーブル美術館はもともとルーブル宮殿という王の住まいで、1546年に完成し、その後1793年に美術館として開館した。
現実のヴェルサイユ
ヴェルサイユ宮殿が有名だが、ヴェルサイユとはもともとは地名だ。
パリにほど近い、イヴリーヌ県の県庁所在地。
ヴェルサイユから見るとパリは北東にすぐという位置関係だ。
ヴェルサイユの語源は、ラテン語で「向きを変える」という意味のversareで、中世に耕作が進んで活用されるようになった土地をそう表したのではないかと言われている。
そもそも「都」とは何?
都とは、中央政府の所在地である。首都や帝都はこの意味。
転じて、「水の都」などのように何かの象徴となる場所を呼ぶこともあれば、人口が多く栄えている場所を言うこともある。
現代で東京やパリがなぜ首都なのかというと、単に人口が多いからではなく、中央政府があるからだ。日本においては東京に内閣があるから首都と言える。
フランドルの帝都パリ
サンホラの世界で「パリ」という地名が明確に登場するのは『名もなき女の詩』。
"帝"都なのは、フランドルが神聖フランドル帝国に変わった後であることを示している。
これの後ということだ。
この<聖戦>の存在は、現実の史実にはない。
ただ、この神聖フランドル帝国の成立は16世紀半ば、より細かく言うと1524年より後であることは推測できる。
詳しい理由は長くなるのと別記事に書いたので、ここでは簡単にまとめる。
神聖フランドル帝国成立よりも前に、捕虜でフランドル側になったアルヴァレスが、ゲーフェンバウアーがいたプロイツェン(ドイツ)を滅ぼしている。
そして、ゲーフェンバウアーが明らかにプロイツェン(ドイツ)側で将軍として戦っている様子が、Märchenの『黒き女将の宿』で垣間見える。
このとき農民が多数参加していること、またゲーフェンバウアーの父が死んだのがオッフェンブルクというドイツ南部の地域であることから、現実の史実におけるドイツ農民戦争の様子に見える。
ドイツ農民戦争は1524年に起きたため、神聖フランドル帝国の成立はその後であると言える。
フランドルのヴェルセーヌ
明らかにヴェルサイユをもじっているであろうヴェルセーヌ。
サンホラの世界では3回登場している。
1回目がこれ。<聖戦>の休戦協定が結ばれたとき。
2回目は明らかにパリコレを意識したであろうヴェルコレ。
3回目も明らかにパリオリンピック・パラリンピックを意識しているだろうもの。
2回目と3回目は不思議で、現実ではパリであるものがヴェルセーヌに置き換わっている。
また1回目も実は時代考証的には不思議で、この時期にヴェルセーヌ"宮殿"と呼べるものがあったかどうか怪しい。
ヴェルサイユ"宮殿"とヴェルセーヌ宮殿
ヴェルサイユ宮殿は最初から宮殿として建てられたのではなく、1624年当初は狩猟のための館に過ぎなかった。
その後1800年代にかけて増築、拡張が繰り返されて今の形になっている。
ヴェルサイユ"宮殿"があることからもわかる通り、かつての王がここに宮廷を構えた期間があった。
そのため政治もヴェルサイユで行われており、言い換えるとその期間、1682年からフランス革命が起こる1789年までの約100年は、ヴェルサイユが実質的な首都のようになっていた。
※公式な首都はあくまでもパリ
サンホラの世界に目を向けると、前述の通りヴェルセーヌ宮殿で休戦協定が結ばれかけたが、これが時代考証的に厳しいように感じる。
なぜなら宮殿が存在するには時代が古すぎるからだ。
この前に起きた、ゲーフェンバウアーの父親などが死亡したオッフェンブルクの戦いは、『黒き女将の宿』の様子からおそらく1524年のドイツ農民戦争だ。
アルヴァレスがこれに参加し、その後ブリタニアで亡命するまで数年か十数年間があったとしても、<聖戦>が1500年代であることは揺るがないだろう。
となると、ヴェルセーヌ宮殿はまだ存在しない時代になる。
前述の通り、現実のヴェルサイユ宮殿は、宮殿とは言えないその原型ですら1624年までは存在しないからだ。
大雑把に見ても100年ほどズレが起きている。
ヴェルサイユが宮殿化したのは1665年頃。
時代考証的に問題ないようにするならば、休戦協定会議の時期は少なくともこれ以降にしなければならない。
だがそうすると、明らかにドイツ農民戦争を思わせる『黒き女将の宿』でゲーフェンバウアーの名が出ている点と整合性がとれない。
フィクションだから細かいことは気にすんなと言われたらそれまでだが、聖戦のイベリアしかり、Märchenしかり、絵馬に願ひを!しかり、後の作品はかなり時代考証的にしっかりと整合性が取れるものが多い。
それ故このズレは気になってしまう。
ヴェルセーヌの実質的な首都化
また、パリコレがヴェルコレになっていたり、2024年のオリンピック・パラリンピックの開催地がパリからヴェルセーヌになっていたりと、置き換わりが発生している。
これはサンホラの世界では、ヴェルセーヌが実質的に首都化していることがうかがえる。
"実質的"としたのは、名実ともにかどうかまでは判定できないからだ。
というのも、17世紀のフランス王ルイ14世はパリを好まず、ヴェルセーヌに宮殿を構えたため、ヴェルセーヌが実質的に首都と化した。
しかし"実質的には"という話で、公式にはパリが首都のままだった。
これと同じように、首都はパリだが、ヴェルセーヌがパリ以上に栄えている世界なのかもしれない。
実際、首都が一番栄えているとは限らない。
現実現代にもそういった国・都市はあり、たとえばオーストラリアの都市はシドニーやメルボルンが有名だが、首都はどちらでもなくキャンベラだ。
これはオーストラリアの独立時、暫定的にメルボルンが首都機能をはたしていたこと、そして金鉱によって栄えていたシドニーも首都になりたいと主張し対立したため、妥協案として中間地点のキャンベラが選ばれたからだ。
このような例を念頭に置くと、フランドルでは都はあくまでパリだが、実際に栄えているのはヴェルサイユという可能性もありうるのではないだろうか。
結論
フランドルの都はパリだった。そしておそらく現代も。
ヴェルセーヌは現実のヴェルサイユ以上に栄えているのかもしれない。まるで首都なのかと思ってしまうほどに。
となると現実とは異なる歴史を歩んでいるため、もしかするとヴェルセーヌが栄え始めた時代は、ヴェルサイユに宮殿が建つ頃よりも早かったのかもしれない。
ここの年代のズレの直接的な原因はわからないままなので、また何かヒントとなる楽曲が出るのを待ちたい。
なお、現実でパリが首都になるまでの歴史についてはこの動画がわかりやすいし面白いのでおすすめ。
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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
更新履歴
2023/08/24 初稿
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