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【SH考察:044】緋き悪魔シャイタンの本名は何か

※2024/05/05更新

Sound Horizonのシングル、聖戦のイベリアに登場する緋き悪魔シャイタンは、ライラにそう呼ばれているだけで、本名は別にある。彼自身はライラに対して名乗っているが、正確には聞き取れない。
断片的な情報から、一部界隈で彼の本名はこれでは?という説を見かけたたため、その名候補がどれくらい可能性ありそうか、勝手ながら確認してみた。


対象曲

  • Story Maxi CD 聖戦のイベリアより『争いの系譜』

考察

شيطانシャイタン

「シャイタン」は本名ではない

ライラは悪魔のことを「شيطانシャイタン」と呼んでいるが、これは悪魔の本名ではない。というか、シャイタンはアラビア語の「悪魔」でしかなく、名前がわからないからライラが勝手に悪魔と呼んでいるだけだ。

少女も男に問うた 答えは馴染みの無い異国の響き
(She returned the question. His reply was cryptic.)
少女は男を《悪魔》と呼ぶことにした 男は奇妙にわらった
(She proclaimed him a demon. He laughed mysteriously.)

Sound Horizon. (2007). 争いの系譜 [Song]. On 聖戦のイベリア. KING RECORD.

一応、シャイタンは名を名乗ったようだが、ライラにとっては「馴染みのない異国の響き」、つまりアラビア語ではなかったため、正確に聞き取れなかったか呼びにくかったのだろう。
(ライラがアラビア語圏・イスラム教圏なのは彼女の言葉や服装で明らか)

シャイタンの過去

シャイタンの過去については冒頭のナレーションにヒントがある。

――かつて世界には
神より遣わされし蒼氷そうひょうの石が在った
いにしえの聖者がその秘石ひせきを用い
焔の悪魔を封じた伝説は伝承のうたとなったが
今や…その秘石いしの行方は…ようとして知れぬまま・・・・・・

Sound Horizon. (2007). 争いの系譜 [Song]. On 聖戦のイベリア. KING RECORD.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

「かつて」とか「古」など、要するに伝説になるほどとにかく古く、ようとして知れない(=はっきりとはわからない)話だ。

そして、レコンキスタ真っ盛りの時代のイベリア半島からみて古い時代に遡ると、気になる民族の存在がある。
それが、ケルト人だ。

ケルト人

ケルト人とは、今でこそアイルランドのイメージが強いものの、かつてはヨーロッパの広範囲に存在していた。

図:ケルト人の分布
青が紀元前1500年から紀元前1000年、ピンクが紀元前400年
出典:User:Quadell, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

このように、イベリア半島を含むかなりの広範囲に分布していた。

ケルト人にはケルト人の神話や伝承があったが、これだけ広範囲に分布すると、その土地の信仰と混ざり合っていく。
その結果、一言に「ケルト人」と言っても、場所によって神話・信仰・伝承には差異が生まれる
これを前提としておきたい。

Súaltamスアルティウ macマク Róichロイヒ

ここで突然だが、いったんケルト神話の中でもアイルランド神話に目を向けたい。

アイルランド神話に登場する英雄、クー・フーリン。
この英雄の父親に、|Súaltam《スアルティウ》 macマク Róichロイヒという男がいる。

ちなみにクー・フーリンの出自は少しややこしい上に、いくつかパターンがある。
ひとまず一例を挙げると、彼の母親デヒティネは太陽神ルーの子を意図せず妊娠する。(性行為なしに妊娠)
見かけ上父親不明の子を妊娠しているため、周囲に蔑まれる。そのため、現王である彼女の父or兄が前王の弟と結婚させた。その「前王の弟」がスアルティウである。
(ちなみにこのパターンの場合、デヒティネはこの後中絶し、改めてスアルティウとの子を妊娠・出産。その子が後のクー・フーリン)

このスアルティウがシャイタンの本名ではないか?という可能性を探りたい。

Súaltam mac Róichはシャイタンの本名か

シャイタンが名乗ったとき、はっきりとは聞き取れないが、少なくとも冒頭は「シャルt…」とか「スァルt…」みたいな発音に聞こえる。
スアルティウの冒頭部分と重なる。

そして、イベリア半島にはかつてケルト人が存在し、ケルト人の言葉はアラビア語を話すライラには聞き取れなかっただろう。

ただ説明しきれない点もある。

 イベリア半島にその名が浸透していたか
前述の通り、ケルト人は広範囲に分布していたため、場所によって信仰内容が変わってくる。
ただし太陽神ルーのようにある程度共通する要素もあったため、スアルティウもまた多少発音や細部が変わっていても、イベリア半島でも伝わっていた可能性はある。

ただアイルランド以外ではほとんど記録が残っていない。そもそもケルト人は口伝を重視し、文字資料を残さない習慣だったこと、そして大陸ではキリスト教文化の影響が強すぎて存在感がかき消されたことが要因だ。

そのため、スアルティウの存在がイベリア半島でも伝わっていたかどうか確証が得られない。

 創作と実在の関連性?
聖戦のイベリア作中の伝承の内容が丸ごと創作なのか、調べた限り実在の神話や伝承に、焔の悪魔を封じた伝承の類似要素が見つからない。
それ自体はMoiraなど他にも見られるためさほど問題ではないが、実在の神話に登場するスアルティウを突然紐づけている点に唐突感を覚える。
それにスアルティウは悪魔ではなく、火や炎との関連性もない。いきなり悪魔扱いするのにも違和感が拭えない。

 超人的存在か
日本語での情報が乏しいので英語版wikipediaを見たところ、Súaltam mac Róichの説明は下記のようになされていた。

the mortal人間的な father父親 of the hero英雄 Cúchulainnクーフーリンの

wikipedia Súaltam

mortalには意味がいくつかある。「死すべき運命の」とか「致死量の」とかもあるが「人間の」「人類の」という意味があり、今回の文脈的にはこれだろう。
クーフーリンの父親を太陽神ルーととるか、スアルティウととるかで解釈が分かれるため、敢えて人間としての父親、と表現しているのだろう。

そして、これによりスアルティウは人間として扱われていることがわかる。
悪魔扱いするのには違和感があるのだ。

結論

シャイタンの本名がSúaltam mac Róichだとは、可能性は否定できないものの、私としては懐疑的だ。

繰り返しになるが、ケルト人は広範囲に分布した結果、ケルト人がもともと持っていた伝承に各地の伝承が混ざり、それぞれ固有の伝承や信仰が生まれている。
その過程という位置づけで、Súaltam mac Róichが何らかの形で焔の悪魔と混ざった可能性は否定できない。

だがその確度を高める要素がこれ以上見つけられない……。
ケルト神話をもっと調べたら何か出るかも?そのときはまた更新する。

―――

マスコット画像:
「Sound Horizon」×「カラコレ」ミニフィギュア(筆者所有)

参考文献:
池上 良太(2014). 『図解 ケルト神話』. 新紀元社

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2023/07/30
 初稿
2024/04/24
 一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記
2024/05/05
 マスコット画像追加
 「Súaltamスアルティウ macマク Róichロイヒ」更新
 「Súaltam mac Róichはシャイタンの本名か」更新

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