【ショート舞台脚本】教科書

登場人物
〇芦田直樹…社会学部1年生
〇高原杏香…社会学部2年生

舞台
〇大学の教室前

〇4月、大学のとある教室前。
新入生の男子(芦田)が慌ててスマホを操作している。
芦田「うわちょっと、マジでどうしよう」
芦田の近くを2年生の女子 (高原)が通りかかる。
高原「あの、どうしたんですか?」
芦田「あ、えっと、教科書販売の日程を間違えてたみたいで」
高原「うっそ。けっこう大変じゃん」
芦田「しかも必修のテキストなんですよ。あの、もしかしてあなたって」
高原「私は2年」
芦田「そうですよねー…」
高原「学部は?」
芦田「社会学部です」
高原「私も社学。なんの教科書買おうとしてたの?」
芦田「社会学原論です」
高原「うわー、ないとやばいやつじゃん。それ、通年だから来年の1月まで必要だよ」
芦田「終わった。マジで最悪だ」
高原「大学って高校と違って期限厳しいからさー。再販売とかもないよ、多分」
芦田「どうしよう」
高原「私のあげようか?」
芦田「え?」
高原「原論の教科書、もう単位とったから必要ないんだよね。ちょうどメルカリで売ろうとしてたし」
芦田「ください!それ、僕にください。もし必要ならお金も払います」
高原「お金はいいよ。要らなくて売ろうとしてただけだから今持ってるから渡しちゃうね」
高原、鞄から教科書を出して芦田に渡す。
高原「はい」
芦田「マジでありがとうございます。」
芦田、もらった教科書をぱらぱらとめくる。
芦田「すっごい綺麗ですね」
高原「もしかして口説いてる?」
芦田「あ、教科書の話です」
高原、頷いたあと髪の毛先を弄り出す。
高原「私ってけっこうもの大事にするタイプなんだよね、こう見えて」
芦田、ページをめくっていた手をとめる。
芦田「マックス・ウェーバー」
高原「そこ、絶対テストに出てくるよ。経済学とかにも精通してる人なんだけど、プロテスタンティズムこそ資本主義の中心って教えを説いて」
芦田「このとき、片思い…とかしてました?」
高原「は?」
芦田「先輩、マックス・ウェーバーを習っていた時期に片思いしてました?」
高原「だからなんで?」
芦田「西野カナが暗い時期の歌詞が書き写されてます」
高原、芦田から教科書を取り上げる。
高原「最悪。落書きしてたの忘れてた」
芦田「真夏の恋が凍えてる。君の温もりに触れたくて」
高原「ちょっと!」
芦田「マックス・ウェーバー出てきたの7ページ目ですよ」
高原「だって習うの全然4月とかだもん」
芦田「入学してかなり序盤で好きな人できたんですね」
高原「うるさい」
芦田「西野カナも4月にEsperanza聴かれるなんて想定して歌詞書いてないですよ」
高原「どの時期に聴いてもいいでしょ、別に」
芦田「ていうか、教科書に歌詞書くとか中学生じゃないんだから」
高原「うるさいって」
高原、ペンケースを取り出して落書きを消そうとする
芦田「全部ボールペンだから消せないですよ。もう僕にくれたんですから、返してください」
芦田、高原から教科書を取り返す
高原「あ、ちょっと」
芦田、教科書のページをめくる。
芦田「ずっと前から君が好きでした。精いっぱいの思いを全部今すぐ伝えたいよ」
高原「西野カナを読み上げんなって」
芦田「デュルケムを習っていた時期に告白したんですか?」
高原「うるさいって」
芦田「相当好きだったんですね」
高原「は?」
芦田「社会学原論の単位ってけっこう厳しいんですよね?その講義中にこんなことに現を抜かすくらいだからかなり好きだったんじゃないですか?」
高原「…好きだったよ。でも相手はモテる人だったから自分磨きけっこう頑張って勇気出して告白して、やっとの思いで付き合えたの。私にとってはすごい奇跡みたいなことだった。付き合ってるときは本当に楽しくて夢みたいだったんだけど、半年もたたずに浮気されて別れたんだ」
芦田「うわ、最低ですね、その男」
高原「でももう1年も前の話だから。それに今、付き合ってる人いるし」
芦田、教科書に目を落とす。
芦田「あ、相合傘も書いてある」
高原、芦田から教科書を取り上げる。
高原「もう絶対あんたにはあげない。これはメルカリで売る」
芦田「先輩の苗字って芦田っていうんですか?」
高原「いや、違うけど」
芦田「じゃあ、あなたが高原さんで、好きだったのが芦田って人?」
高原「そうだよ」
芦田、口元を覆う。
芦田「名前なんていうんですか?」
高原「杏香。杏のあんに香りできょうか」
芦田「じゃなくて、相手のほうです」
高原「は?なんであんたに言わなきゃいけないの」
芦田「いいから、教えてくださいよ」
高原「芳樹だよ」
芦田「あしだよしき?」
高原「そうだけど、だから何?」
芦田「それ、俺の兄貴なんですけど」
高原「は?」
芦田、財布から学生証を取り出す。
芦田「俺の名前見てください。ほら、芦田直樹。兄は経済学部です。そうですよね?」
高原、目を見開いて頷く。
高原「じゃあ、本当にあんたの兄ちゃんが芳樹なの?」
芦田、高原に頭を下げる。
芦田「その節は俺のバカ兄貴がすみませんでした」
高原「ちょっと、やめてよ」
高原、芦田の肩を叩く
高原「あのね、私には今彼氏がいるの。だから、もう大丈夫だから」
芦田「…それなら、良かったです。ていうか、普通に考えてそうですよね。兄貴、昔からモテるけど俺にはさっぱりわからないです。女にだらしないし大して優しくもなくって、それに」
高原「芳樹の連絡先教えてくれない?」
芦田「は?」
高原「芳樹の連絡先、教えて。LINE全部消えちゃって、芳樹のも持っていないから」
芦田「え…だって高原さん、今幸せなんですよね」
高原「…幸せ、だと思う」
芦田「じゃあ、なんで」
高原「忘れられないの。芳樹のこと、全然忘れられない。今の彼氏と一緒にいても考えるのは芳樹のことばっか。こないだ、今の彼氏と一緒にお花見したんだけどずっと優しくて。物静かなタイプなのにがんばって喋ってくれるし、携帯ばっかりずっと見てないし。…なんだけど、どうしても芳樹のこと考えちゃう。もう好きじゃないって言い聞かせてるけど、全然気持ちが消えてくれないの。…あーあ、去年の今頃は芳樹とお花見した時の2ショット、ロック画面にしてたなあ」
芦田「今、脳内で歌詞書き写してます?」
高原「…は?」
芦田「それも西野カナですよね。」
高原「…」
芦田「ちょっとマインドが西野カナすぎますって。他のアーティストも聴いたほうがいいですよ」
高原「…聴いてるよ。加藤ミリヤとJUJU」
芦田「大きくわけたら一緒ですよ。ヤドン、ヤドラン、ヤドキングみたいなもんでしょ」
高原「は?全然違うから。Twitterで言ったら炎上するよ」
芦田「こんなことで炎上したら終わりだって」
高原「いいから、早く芳樹の連絡先教えてってば」
芦田「えー…」
高原「教科書、メルカリで売ったっていいんだよ」
芦田「わかった、わかりました。こんな西野カナだらけの教科書をメルカリで売る勇気すごいな」
芦田、渋々スマホを取り出して高原に芳樹のLINEを教える
芦田「あー、なんか今すごい良くないことしてる気がする」
高原「ありがと。夜にでも連絡してみる」
芦田、スマホを仕舞う
高原「弟くんは彼女いないの?」
芦田「弟くんって呼ばないでください。高校の同級生と遠距離中です」
高原「えー、遠距離すごいね。でもさ、遠距離って気持ち離れちゃわない?」
芦田「そんなことないですよ。50になっても同じベッドで寝るって決めてるんで」
高原「あ、君は野田洋次郎なんだね」

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