第97話:ちゃちゃ先輩が負けた理由
これはひょっとしたら、18禁でお願いしたいかもしれない。
辻仁成のエッセイ集『そこに僕はいた』の中に、「ちゃちゃ先輩が負けた理由」という話がある。
ちゃちゃ先輩というのは、辻仁成が高校時代に入っていた柔道部の先輩で、ムチャクチャに強く、またムチャクチャに硬派な人物である。いまどき硬派などということばは死語になりつつあるが、むくつけき容姿、柔道に対する厳しさ、口下手、不器用、硬く一直線だが、それでいて、いやそれゆえに、どことなく愛すべき存在と書けば大まかな人物像はつかめるだろうか。
そのちゃちゃ先輩の高校最後の試合のまさに直前に、忌まわしく、またユニークな、その事件は起こった。試合までにはそこそこの待ち時間があったが、その間を利用して、もう一人の高田という先輩が、昨夜自分が体験した女子大生との武勇伝を部員たちに披露していた。
その話は臨場感に溢れ、微に入り細にわたり、しまいには実況再現まで始まった。部員たちも興味津々、我を忘れ聴き入っていた。
そのときである。
「高田!」というちゃちゃ先輩の怒号が響き渡った。神聖な、しかも最後の試合の前、緊張感をなくすような淫らな話に夢中になっている一同にちゃちゃ先輩の一喝が飛んだ、とみんな一瞬、激しく恐れた。
ところが、である。
だいぶ長くなるが、ここからは本文を引用させてもらうことにする(一部削除)。
僕はこれを図書館で偶然手に取り、読んだのだが、思わず周囲の静けさに響くほどの大声で笑ってしまった。
と同時にちゃちゃ先輩の純真さに目頭が熱くなった。旧き良き時代への郷愁が沸き起こったのかもしれない。
若さとは自分の内なる真水をひたすら清明に生きることかもしれない。
異性とはそのとき、霧の中の湖のように、未知の神秘の輝きを放つものであればよいのかもしれない。
何だか清々しい思いになって、つい紹介してみたくなったのである。
■土竜のひとりごと:第97話
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