第182話:セブンイレブンの怪
コンビニにはそれぞれに好みがあって、ローソン派もいれば、セブン派、ファミマ派とかいろいろだろう。中には、お弁当はセブンだけどスイーツはファミマとか、うまいこと使い分けている人もいるかもしれない。みなさんは何派だろう?
僕はセブン派であって、セブン以外のコンビニにはまず立ち寄らない。ほとんどセブンイレブンの下僕に成り下がっていると言ってもいいかもしれない。
ただ、別に深い理由があるわけではなく、身近なコンビニで一番多いのがセブンであり、バイクでツーリングに出かけるときも、かなりの確率でお世話になれる可能性が高いからである。
お金を持ち歩かずに済むし、あれこれ使い分けるより一括した方が僕のような粗忽者には分かりがいいからだ。
唐突だが、寄る年波で、最近ミスが多い。
例えばこの間も家の玄関を開けるのに学校の図書室の鍵を挿し込んで開かないと悩んでみたり、暮れにはプリンターのインクをカミさんに買ってきてもらったのに、捨てるべき空のインクを再セットして新しいのを捨ててしまったりした。
最近身の周りに笑うべき楽しい話題も少なくなり、己のそうしたミスばかりが自分と他人との会話を支える唯一の笑いとなっていることを、実は悲しく思うこのごろなのである。
セブンイレブンにおける失敗談も、したがって枚挙に暇はない。
お弁当を買ったはいいが温めてもらっている間に忘れて帰ってきてしまうとか。
カフェのコーヒーを買ったはいいが淹れずに帰って来てしまうとか。
「今日はちょっとrichに」と150円のラージサイズを買ってみたのに、気が付くと100円のボタンを押してしまっているとか。
この間はコーヒーを淹れ、最後にフタをしようとしたのだが、なかなかうまく入らないのを力任せに嵌め込もうとしたらコーヒーをフロアーにぶちまけてしまった。さっと駆けつけて掃除をしてくれる店員さんに平身低頭謝ると、何と優しいことに空のカップを差し出して「新しいのをどうぞ」と言ってくれた。
他にも、コピー機をnanacoで支払い、それをそのままコピー機に置いてきてしまったとか。
ATMでお金をおろし取り忘れて帰ってしまうとか。
似たようなミスをなさったことのある方は居られないだろうか?
つい先日のことだった。
夜8時ころ学校近くのセブンで買い物をした。買った物をレジに持って行ったところで、クラスの男子生徒が入ってきて「よう、先生」と言うので、「おう」と返事をし「今帰りか?」みたいな軽い挨拶を交わした。
店員さんが買った物のバーコードを読み取り「○○円です」と言ったときに、使えるクーポンを持っていたのでそれを示すと、店員さんがバーコードをピッと読み取ってくれた。
そこに同じクラスの女子生徒が入って来て「あれぇ、先生じゃない」と言うので「おう」と答え「帰り、遅いね」みたいな挨拶を交わした。
僕はそれからコーヒーを淹れ、しばらくして二人に別れを言って店を後にした。
しかし、車で5分くらい走った頃、男子生徒から電話がかかってきた。
何だろう、また財布でも忘れたかと思い電話に出ると、男子生徒は少し口ごもりながら、
「先生、さっきセブンで買い物をしてnanacoで支払おうとしましたか」と言うので、「そうだよ」と言うと、「そうですか、でも支払いが済んでいないみたいなんです」と衝撃的なことを言う。
「店員さんが困って、知っているなら連絡してほしいということで電話しました。戻って来れますか」と言う。
言われてみれば、クーポンのバーコードを読むひと手間が入ったからか、微妙なタイミングで女子生徒が入ってきたからかは定かではないが、支払いが済んでしまったような錯覚に陥ったらしい。
僕は商品を受け取ってからコーヒーをもたもたと入れていたので、店員さんが気づけば呼び止める時間は十分あり、したがって、店員さんも何故か全く同じ錯覚に陥ってしまったらしい。
後で言うには、次のお客さんの会計時に初めて気づいたとのことだった。レジにいるときに二人の生徒が声をかけてきたので明らかにこの人は先生であり、この子らに頼んで連絡してきたということになる。
このケースを何と呼べばいいのだろうか。
万引きにしてはレジを通っているし、食べていないから無銭飲食でもない。
「買い逃げ」かな?
しかし、代金を支払わずに商品を持ち出した(しかも生徒の見ている目の前で)というのは事実であり、慌てて引き返した。
店に着くと二人の生徒はまだそこにいて僕を見つけると手を振って笑っている。
レジに行って謝り、お金を払う。
店員さんも「いえ、こちらも迂闊ですみません」と言ってくれたが、生徒たちは僕の失態の一部始終を嬉しそうに眺めていた。
「仕方がない。お前たちに何かおごってあげよう」と言うと、
「やったー」と言う。
女子生徒は「今日、私、誕生日なんです」とも。
生徒たちが選んできたパンとケーキをレジに持っていき、「思わぬ出費です。でも今度はちゃんと払いますね」と言うと、
店員さんは 「口止め料ですね」 とそれなりにブラックなジョークを明るい笑顔で言い放った。
「レジでお金を払い忘れるとは、ああ、もう駄目・・」
と自分の数年後に暗雲を見るような出来事であり、ブレーキとアクセルの踏み違えのような「悪意なき悪事」という老いの在り方にも注意せねばならない年齢になってきていることを感じさせた。
とりあえず、事後、「教師の買い逃げ?」などという風評にさらされる事態だけは回避された。これは、ひとえに、生徒の優しさと、日ごろの僕の崇高な教育への姿勢と「口止め料」が功を奏した結果と言えるだろう。
■土竜のひとりごと:第182話
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