柚葉×夏川対談 2

対談の続きです。

・他人の足
柚葉 これはまさにさきほどぼくが引用した開高健の批評通りのパターンですね。はっきり「壁」という言葉も出てきます。
夏川 ただ、「他人の足」とか大江健三郎とか、そういうのを抜きにして考えたら、これはかなりエロゲー的ですね。
柚葉 ああ、確かに。
夏川 (笑)。
柚葉 非常にエロゲー的だし……、一応、実作者としての目を以て言わせてもらうと、「まぁこういうのは一度は考えるよね」って感じがするんですよ。
夏川 ああ~。
柚葉 しかし、短編としての出来はかなり良い。つまり起承転結がかっちりはまっている、ということですが……、なかなかどうして、女性の書き方は「奇妙な仕事」同様の感じです。
夏川 「奇妙な仕事」よりは、あれかもしれない、「性的なことをしてくれて……」みたいな。娼婦と少女しかいない。
柚葉 娼婦も少女も女学生も、同じような印象ですね。
夏川 しかも、無料の娼婦だから余計にたちが悪い。
柚葉 そうなんですよね。でもまぁ、こんなことは現実にはありえない(笑)。だけれど、大江さんの作品では、無料の娼婦的な登場人物が結構登場しますね。
夏川 他の作品とか見たら、「わたしが若ければ売春するのに」みたいなことを言っている女性が登場して、どっちかと言えば、売春には反対なのかな。フリーセックスみたいな、趣味でやるのはOKみたいな女性を書きたいのかな。結構先鋭的ですよ。
柚葉 つまり、「娼婦でありさえすれば罪ではない」という儒学的思想を持った作家が長い荷風だとすれば、その逆で行きたい、というのが大江さんですね。
夏川 そういうことですね。
柚葉 これはじゃあ、なんらかの「新しい女」みたいなものを書こうとしているのかな。
夏川 そうかもしれませんね。
柚葉 じゃあ、「他人の足」が発表された当時から考えて、結構先を読んでいたのかな。
夏川 かなり先ですね。最近ですよ。よく筒井さんがいうのは、「女はよく新しい女」とか言うけど、どういう女性なのかな……みたいな。柚葉さんはどんな女性だと思います?
柚葉 うーん(笑)。「他人の足」から見ると、「性におおらかな女性」ということになるのだけど……。
夏川 たとえば、旦那としか性交渉は持たないのだけど、旦那との性はすごい、みたいなものはどうでしょう。
柚葉 それはむしろ、ずっと遡っちゃうな。
夏川 でも、性におおらかというのも昔からありますよ。
柚葉 あるねぇ……。だから、「小説の中の登場人物としては新しい」程度ですね。
夏川 たとえばですけど、ツイッターのタイムラインに流れてきた、美しい女性をかこってセクハラしたという事件があったじゃないですか。
柚葉 はいはい。
夏川 逆に女性が美しい男性を写真に撮って個人的な関係になりたいとか、女性が美しい男性をミューズみたいにするというのは、実は意外に少ないような気がする。
柚葉 確かに。仮定としてはいくらでも成立するのだけど……。
夏川 たとえばわたしが、俳優さんをよくわからないから、ミューズにしたいかと言うとそうでもないんですね。
柚葉 うんうん。
夏川 逆に自分の分身としての女がいて、旦那がいるとして、自己防衛おじさんとか、あんな感じの旦那がいて、みたいな想像がつくんですね。だから女性の場合はそれほど「理想像」みたいなのがないのかなぁ……。
柚葉 つまり、「王子様」志向みたいなものがないということですか。
夏川 王子様くらいなら考えることもあるかもしれないけれど……。
柚葉 そのへん、女性の方がリアリストなんでしょうか。
夏川 リアリストということはありますよ。二十歳でイケメンでお金持ちの人が自分を選んでくれて……みたいな物語はよくありますけど、現実にそんな経験したら大変ですよ(笑)。
柚葉 たとえば、去年だったか一昨年だったかに世界的に非常な売上を叩き出した『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、まさにそういう作品なわけですが、女性読者というのは、ああいうのをハッキリお伽噺として読んでいるわけでしょうか。
夏川 お伽噺……なのかなぁ。わたしはそういうの読まないんですけどね。
柚葉 読まないんですか(笑)。……で、何の話でしたっけ。
夏川 「新しい女」の話です。
柚葉 ああ、そうだ(笑)。
夏川 たとえば、柚葉さんがそういうお伽噺みたいなものを書いたとして、「この中には柚葉さんが出てこない」というようなことを言われたら、イラっとしません?
柚葉 いやぁ、しませんよ(笑)。それはもう、そういうものとして書いているということですから。
夏川 そういうものを求める女性は、現実に理想の王子様を求めに行っていて、小説としてそういうものを書かないのかな。
柚葉 ああ、なるほど!現実に求めすぎる人は物語に求めないのか。……難しいな。
夏川 だって、SMAPのチケット買ったらSMAPに会えるわけだから……。
柚葉 会えるは会えるんだけど……でも、福山雅治が結婚したときなんて、かなりのファンが離れたでしょう。
夏川 はぁ……。
柚葉 離れる心理ってのは、心のどこかで「ひょっとしたら、わたしも……」というのがあるんじゃないですかね。
夏川 そうですねぇ……。
柚葉 あるいは、福山雅治と愛し合うという妄想をするときに、奥さんがいるという現実がノイズとして入り込むのが嫌だったのか。
夏川 ああ、それはあるかもしれない。福山さんと妄想している女性がいたとして、たとえば、結婚しているという設定で妄想しているときなんて大変でしょう。
柚葉 それをなぎ倒すくらいの想像力があれば、「不倫していて……」みたいなのも妄想出来るんだろうけど(笑)。……なんにしても女性というのは難しいよ。
夏川 難しいですか?でも女性を描かないと小説書けないですよね。
柚葉 そうなんですよ。全く女性的なものがない小説というのは在り得ませんからね。たとえばBLにしても、そこには女性の役割をする登場人物が出てくる。
夏川 わたしはよく分からないですけど……。
柚葉 たとえば、BLものなんか見てると、男同士でハイタッチとか、ハグとか、スキンシップ的なものがよく描写されますが、あんなのは現実ではありえないわけですよ。
夏川 いやいや(笑)。体育会系だったらわりとありますよ。わたし、大学の頃に体育会系の部活にちょっとだけいたから、普通に肩を組んで歩いていたりするのを見ましたけど。
柚葉 じゃあ、それはあれだな、これは「静かな世界」にも関係してくることなんだけど、性欲をスポーツで発散するということがあるじゃないですか。その発散の成り行きで……という流れでのハイタッチでしょう。……と、また話が横道にそれたな。つまり、大江さんのこの頃の作品は、それほどリアリスティックに描かれているわけではないし、そもそもリアリスティックに描こうとしているわけでもない、と。
夏川 そうですね。あと、ぶっちゃけると、アニメゲーム的でもありますね。
柚葉 そういうものの元祖かもしれないな。
夏川 大江作品を見てアニメ的と言うのも変ですけど、アニメ的ですよね。
柚葉 まず、初期の大江作品というのは、かなりサルトルの影響を受けていますね。これが一つ。あともう一つ、大江さんがこの頃崇拝していた作家に、石川淳がいます。石川淳の作品、ことに長編になると、非常にライトノベルチックなところがあって、文体自体は大江さんと似ても似つかないのだけど、粘着質な饒舌体というのは、ちょっと意識してないこともない気がするなぁ……。


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