ことばのないはなし5

 えぇとそれでなんの話でしたっけ?彼らはしてもらってうれしかったことは覚えているので優しくされたら優しさを返すこともできます、ということは、わたし達が彼らにつらく当たったらどうなるかは想像がつきますよね?
 彼らはわたし達の鏡なのです。
 鏡で思い出しました。
 彼らは話すことができないとわたしがいいましたよね?でもそれも程度問題で、全く発語しない利用者さんもいれば作った言葉で話す利用者さん、単語を発せられる利用者さん、さっき話しましたハナコさんのように頑張れば話せる人など、色々います。
 まぁこれは程度の問題で、高機能自閉の当事者さんなどは健常者と全く変わらず話す方もいらっしゃいます。
 それで、ここの兄弟施設に療育施設がありますが、そこに一人ライトくんというお子さんがいまして、その子なんかもですね、一回聞いただけでは意味がないともとれるご自分で作った言葉で、わたし達にコミュニケーションを図ってくるのです。
 でも、なかなかライトくんの作った言葉でこちらから話すことは難しいのです。
 こちらに何かを伝えようとしているのはわかります、笑ってみたり泣いてみたり、指差したり持って来たり持って来させたり引っ張って連れていったり……。
 そんななか新しく入ったスタッフがこう言ったのです。
「ライトくんの言葉、『わかったよ』と伝えるために同じ言葉を繰り返してあげたらどうでしょう」
彼女はやってみました、何度も何度も、根気強く。
 ライトくんの意味のわからない言葉がどんなかここで触れることはしません、配慮に欠けるからです。
 話すと反応が貰えるということが嬉しかったのでしょうか、ライト君は彼女が自分の言葉を繰り返すたびに嬉しそうに笑いました。
 とにかく彼女はひたすらオウム返しにライトくんの言葉を繰り返し……。
 ライト君も時々彼女の真似をするようになりました。
 そしてある日、とうとうライト君はやり遂げました。
「ライトくん、お昼です」
「おひる」
作った言葉で話していたあのライト君が、にこっつ、と笑って彼女の言葉を繰り返したのです。
 わたし達は感動に包まれました。
 ライト君の親御さんのどんなに喜んだことか、見せてあげたいぐらいです。
 何でも彼らは話せないのではなく「話そうとしても何かが詰まっている感じ」だと聞いたことがあります、ですからこちらの働きかけ次第では、もちろん彼らの努力次第では、こんなこともあるのですね。
 わたしは何も話せない利用者さんが努力不足だと言いたいわけではございませんよ、そこは本当に程度の問題ですから。
 ただその感動を誰かと共有したくって、えぇ。

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