ことばのないはなし2

 わたしは今まで彼らと言っていましたが、勿論一人一人に名前があります。
 勿論個性派揃いです。利用者はプライバシーに配慮して仮名で紹介しますね。
 例えば戦隊ものが大好きなタクトさん、彼は戦隊ヒーローが書いてありさえすればすぐ目が行くので、タクト君への注意は皆戦隊ヒーローからの指示という形にしてあります。
 作業の一つである違うものの発見も、タクトさんには戦隊ヒーローのピンクが一人だけいるように工夫して作りました。すぐ見つけられます。
 もし作業所でお受けできる仕事があれば、利用者の負担にならない程度に、いつでもこれでお受けすることができます。
 何かいいお仕事はないものでしょうか?
 いつも笑っているミヒメさん、魔法少女もののアニメが好きで、いつもそのペンダントを掛けています。トランポリンで遊ぶのが大好きで、遊ぶと嬉しくなって大きな身体で支援者に抱き着いてきます。
 トランポリンで遊んでいなくても、支援者が挨拶してきただけでもとてもうれしそうに笑うのです、ミヒメさんの、いえ、利用者の笑顔は、いつもわたし達を癒してくれます。
 遊んでいるうちに楽しくなってわたしたちに抱きつくなんてしょっちゅうです。
利用者さんたちは子供のような心の年齢だと言われていますし、実際に子供のようです。実際はいい大人の年齢に体つきで、抱きつかれると、わたしなどは倒れてしまうのですけど。
 ご飯のスイッチをいつも確認するリツくん。彼は食べることにすごく執着していて、作業賃でいつも決まったレトルトのハンバーグとカレーを買うと決めています。
 大盛りによそったご飯に、温めたそれを掛けて美味しそうに食べるそうです。もちろん食器も決めています、いつも決まったアニメを見ながらそれを食べるようです。
 楽しみのために、食べるために働くなら彼らもわたしたちも同じかもしれません。
 まだまだご紹介したいのですが、お聞きしたいことがあるのでしたよね、すいません、ではこれから長話になります。
 テレビで震災のことをあまり扱わなくなって何年になるでしょうか、年月が過ぎたことに加え他の災害もあって震災もいつしか忘れ去られる、まだ仮設を見かけるこの街では悲しいことですけど、わたしたちのことばかり考えてもられないでしょうね。それに利用者がテレビに震災の映るたびにフラッシュバックを起こすので、テレビで流れなくなったというのもあながち悪いことばかりでもないのかもしれません。
 どんなに震災が忘れられても忘れられないのが彼らですが、「あの時」のことはもはや思い出したくも話したくもございません。お聞きになったことがあるでしょう?怪獣映画のワンシーンのように突然辺りが大きく揺れ、みなひっくり返った。大きな揺れは止まずに長い僅かな静寂の後、報道でことの大きさを知った。わたしたちはたじろぎながら逃げた。
 利用者さんのことで言えば、平日の昼過ぎのことでしたので、皆くつろいでめいめいに日課をこなしていました。
 そしてあれです。
 はじめは地震かな?などとスタッフ達と言っておりました、その後すぐに大きな揺れが起こり。利用者さんたちは泣き、叫びました。何が起こったのか飲み込めない方もいらっしゃったと思います、とにかく机に隠れる間もないほどには急なことで、ですからある利用者さんはお水を飲もうとしてコップの水ごとひっくり返ったのです。幸い頭は打ちませんでしたが。
 静寂の後、この古い建物よりどこか丈夫な施設はないか?との職員の声もありましたが、とにかく彼らはいつもと違うことに敏感です、それに受け入れてくれる施設があるかどうか、受け入れてくれても利用者さんの負担にならないか、何かトラブルを起こすのではないか……そんな風に何も決まらずに、結局幸い建物は無事だったこともあり、普段通り、というわけにもいかないのですけど、とにかく時間通り過ごしてもらってそれぞれの家に送り届ける話になりました。
 今考えたら問題のある対応だったかもしれませんが、親御さんも会社ですし、利用者さんを一人で帰宅させるというのも問題があるので、そのようにしました。
 そういう時のマニュアルが出来たのは後の話です。とにかくそんな大きな災害は、想像したこともなかったものですから。
 わたし達は刺激の強い震災を伝えるテレビを利用者さんへ見せないようにしてインターネットなども閉じさせて……まぁ通信障害でしたけれど、とにかくその日の終業までの時間が長く感じました、何かが起こったことは確かですが、何が起きたのかと問う利用者さんに落ち着いてもらうために、何ができたというのでしょう。
 終業してからの避難所での苦労などもう思い出したくもありません。
 いつもと違うということがどれだけ彼らのストレスになるか。
 せめて落ち着いてもらうにせよいつものぬいぐるみがない、歯ブラシがない、食べ物が、風景が、戦隊ヒーローがいない、せいぜいいつもと同じ音楽を聴かせることぐらいしかできないのです。同じ避難者に理解を下さいばかり言っていられません、ときには騒がしくてご迷惑もかけたかもしれません、でも彼らにしたら避難所が騒がしかったのです。だいたい逃げて生きなくてはならないのです、たいへんな無力さを感じました。

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