ことばのないはなし3

 それで……ハイなんでしょう、震災の話は聞き飽きたとおっしゃいますか?え、震災の話を聞きにいらっしゃったのではないでしたか、それではご質問はなんでしょう。
 なんでしょう、何をおっしゃりたいのですか、そういえば彼らは何を言おうとしているのでしょうか?
 こんなことがありました。
 彼らは基本的に話すことは難しいですが、たまに単語のようなものを発する利用者さんもいます。
 その中の一人である彼女、ハナコさんは筆談や携帯でのコミュニケーションを得意としていましたが、話すとなると押し黙ってしまう方でした。
 わたし達は絵カードをおすすめしました。
 ところが、ハナコさんは頑張れば途切れ途切れに話せるのに、絵カードを薦められたことですっかりへそを曲げてしまいました。
 できるのをできないと扱われたのですから傷つくのも当たり前です、わたし達は不得手な会話を助けたつもりでしたが……そしてハナコさんは絵カードを放り投げてしまったのです。
 わたし達はハナコさんをなだめましたが聞きません、なんとか携帯を持たせて、いつものツールで言ってくれたことは忘れられません。
「わたし はなせない ちがう はなしたい」
えぇ、わかりますとも、わたし達はそう返信しましたが、ハナコさんはむずがって泣くばかりです。
 そしてえい、と腕で大きな音を出して、うん、と携帯で何かを見せてきました。
 それはハナコさんがお気に入りの恋愛映画のポスターでした。
「や」
そんなことを言ったと思います、わたし達は戸惑いました、や、と言ったことではなく、こう、はっきり、いや、とおっしゃったように思えるのですけれど、その映画はハナコさんがいつもDVDで見ているお気に入りのはずなのに。
「見ないの?」
ハナコさんは縦に首を振ります。
 そしてムッとした顔付きのままプレイヤーにその映画のDVDをセットすると、キャプチャー機能を使って終わり際まで飛びました。
「うん」
ハナコさんは画面を指差しました。
 その映画は話せない障害を持ったヒロインが若者と恋に落ちるラブロマンスで、確か、何度も何度もの呼びかけた若者の愛が通じてヒロインが「あいしてる」と言うハッピーエンドで終わります。
 言語として出てこないだけで、心にはあるのですね。
「や」
感動的な画面のはずなのに、ハナコさんはDVDを切ってしまいました。
 そしてわたし達にメールでこう言ったのです。
「いや」
どうして?わたしは聞き返します。
「わたし おんなじこと おきない」
……。
 あぁそうか。
 ハナコさんだけじゃないです、いつか高機能自閉症の成人当事者が言ってくれました、『わたし達』がどれだけ色んな方々からの、働きかけを待っているか。
 おんなじことを。
 それでわたし達はハナコさんに限らず利用者さんにもっと話しかけていくことにしました。
 声はたまにしか返ってこないのですけれど、彼らは笑ってくれます。

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