柚葉×夏川対談 3

対談の第三回です。障がい者の性についても触れたり。

・静かな生活
柚葉 これはかなり奇妙な小説ですぞ(笑)。
夏川 うーん。
柚葉 良い歳した男が、自分の娘の視点で小説を書いてるわけでしょ。
夏川 ある意味、バーチャルユーチューバーの先鋭的な存在ですよね(笑)。
柚葉 あとね、これは結構「太宰的」と言えるんじゃないかな。つまり、太宰と言うのは、だまくらかす才能というか、声色を真似る才能というのが凄いじゃないですか。ああいう「女性視点」になって物語を作るというのは、阿久悠とか――あるいはもっと時代が下って、秋元康でもいいんだけど――、とにかく歌謡曲とかにまで影響を与えている。「静かな生活」も、そういうのの系譜に意識的に連なって書いたような気がする。文体的にも、何度か体言止めが見られますが、そういうところも太宰的だな、と思った。
夏川 わたしは、この歳の人が女性を描くというときに、娘の気持ちを知りたい、と思って書いたのかな、と。
柚葉 それはあるでしょうね。もちろん、知りたいと思って知れるものではないから、「想像力」という持ち前の才能を使うことにはなるのだけど……。
夏川 だとして、「障害のある兄と一緒じゃないと嫌だ」とは言うかな……。
柚葉 これはねぇ……。ちょっと怖いな。
夏川 ……。
柚葉 えっとね、後のインタビューで大江さんは、「静かな生活」に対し、「よく出来た短編を書こうと思って書いた」という風なことをおっしゃっているんですね。そう思って読むと、起承転結もカッチリ決まっていて、つまり「よく出来ている」。しかし、それを大江さんの本音として読んで良いのか。
夏川 そうですよねぇ。
柚葉 一番大事なのは、「自分の娘の視点で小説を書いた」ということでしょう。とすると、娘の心境がどのようなものであったかを探りたかった……というのが目的の一番上に来ると考えるのが自然ですよ。
夏川 ……ここでも「排尿するようだったイーヨーは」というような表現が出てきますね(笑)。
柚葉 ほんとだ(笑)。……で、一つお尋ねしたいのですが、女性の眼から見てこれはよく書けていますか?
夏川 「こういう選択はわたしならしたくないな」とは思いますけど、ただ、重い障害を持つ兄がいると考えた時に、「わたし一人結婚したらどうなるんだろう」というようなことを考えるくらいはすると思います。
柚葉 なるほど。……とすると、これはアレなのかなぁ、大江さんが自分の娘に思っていてほしいことを書いたのかな。
夏川 ああ、理想化しちゃったのか。
柚葉 理想化というほどのものではないけれど……、「私がお嫁に行くならね、イーヨーといっしょだから」というのは、大江さんが一番聞きたかった言葉なんじゃないかな。
夏川 ああ……。
柚葉 その願望というか、まぁ思いつきですね。まず思いつきとしてその台詞があって、そこから物語を組み立てて行って、「出来の良い短編」を一箇仕上げた……。つまり、短編を書くとっかかりというものは、案外こんなところにあるものだから。
夏川 つまり、こういうようなことを言わせたくて、そういう状況を作った、と。
柚葉 そういうことなんじゃないかなぁ……。             柚葉 この頃の大江さんってのはあんまり長編書いてないですよね。
(中断)
柚葉 何の話でしたっけ?
夏川 大江さんが短編をよく書いていたっていう。
柚葉 短編をよく書いていて、それも連作短編というようなものを書いている、と。
夏川 これも「静かな生活」ということで単行本になっている。
柚葉 そう、大江健三郎自選短編「連作 静かな生活1」、連作短編というのは結局長編なんだけど、最初から長編にする意識があったかどうかはわからない……。そういう意味では、純粋な長編小説の成り立ちの仕方であるとも言えますが。 
夏川 そうですね、多分ですけど、似たような作風というか風景とかを並べて、連作の話を動かして続けるかどうかは別だったんじゃないですか」
柚葉 まぁ、小説というのはどこで切ってもいいものですから。そう考えると結構これロマンティックですよ。
だって、「わたし一人結婚したらどうなるんだろう」というセリフがまず降ってきた、と。
これを短編に仕上げた。そうするとそこから物語が生まれきて、長編っぽくなっていくっていう、これまさに小説ができる過程の理想じゃないですか 
夏川 でも「わたし一人結婚したらどうなるんだろう」っていうのは結構こういう状況ではわりと普通にある話だと思いますけど。 
柚葉 もちろんそうなんだけど、実際に言葉として聞いたかどうかは肝ですよね。 
夏川 肝ですけど、年頃で。
柚葉 ……普通思いますよね、普通思うことを思って欲しかったっていう大江さんなりのいじらしさかもしれない(笑)
夏川 だから、「イーヨーと一緒」と言って欲しかった。
柚葉 そう、まぁ言って欲しかったっていうほどでもないけど、まぁ心のどこかで思って欲しかった……、ちょっとメロドラマすぎる気もするけど、そういうあざとさは大江さんの作品には結構ありますね。じっさい、小説として美しいのだから、特に文句もない(笑)
夏川 わたしは、色んなパターンを考えて、「イーヨーと一緒」ってパターンを考えたら小説として面白かったから書いてみたのかと。
柚葉 そういう実験っていうのは大江さんはしますよね、「アグイー」というのは殺しちゃったパターンで、「個人的な体験」っていうのが生きているパターン。
そういう実験的なことで二つ書いてみる、過程を作ってそれを小説に仕上げるってことは大江さんはよくしますね。 
夏川 そして、「イーヨーと一緒」ということになって、これだとどういう話になるかと……。 
柚葉 そういうことですね、泣ける小説だよこれは、美しいよな、この小説は……。 
(沈黙)
夏川 えぇと、全然関係ない話していいですか?なんか私大江さんの息子と同じ体質らしいんですけど、これって何に使えるんですか?
柚葉 そりゃあんた個性なんだから大事にしなきゃいけませんよ。
夏川 個性は大事にしなきゃいけないはわかるんですけど、なんか実用に使いたくって。
柚葉 実用かぁ……。
夏川 差し当たり感覚をフルにして群像新人賞に出す作品に共感覚を使って書くとか?
柚葉 マジックリアズム的な。
夏川 マジックリアズムまでいかないですけど、音楽が味覚になる生活って普通の人は経験しないじゃないですか、それを普通の主人公が普通のことをやってパート出たりとか料理作ったりとか普通のことしか起きないんですけど、そこにその感覚があるとどうなのかと。
柚葉 けっこう吉行淳之介的と言えないこともないですね、私小説から初めて、幻想的なところに持っていくという……。仕上げて欲しいですね。是非書いて下さい。
で、光君の場合は音楽を作る、CDを作る、夏川さんの場合は小説を書く……。
夏川 実は、美味しい音楽作ればいいのかなって、(※この当時、詩人の最上タヒさんが詩を公開してそれに合う音楽を募集していました)こっそりフリーの音楽制作ソフト入れてみたんですけど、まだ操作慣れてない。 
柚葉 さしあたって経過報告といった感じですね、でも本当に何に使えるんだろう。小説にするしかないのかな?
夏川 いらない絵とか思う時あります?料理の味がするのにBGMの味がして、最悪なのが料理の味とBGMの味が合っていないレストランとかあるんですよ、スパイシーな料理を食べているのに甘い音楽とか、音楽は珈琲の味がするのに、料理は中華。せっかく美味しい料理が出ているのに音楽が美味しくないと。
柚葉 困ったね、その感覚がわかる人にしかわかんないな。面白いは面白いのだけど……。
夏川 音楽が美味しくない、ってのが生活にまで染み込んでいく。
柚葉 その美味しい音楽って心地いい音楽とイコールなんですか?
夏川 イコールじゃない時もありますね。珍しい味で美味しいとか、例えば初音ミクって氷の沢山入ったレモン一滴たらした冷たい水の味がする。カチカチしていて冷たいけど、ちょっと甘酸っぱい。
柚葉 さきほど、珈琲の味がするという話をしていましたが夏川さん珈琲自体は好きですか。こういう味がするものが嫌いとか……。
夏川 珈琲自体は好きで、納豆が苦手なだけで好き嫌いはないのでないと思うんですけど、中華と珈琲は合わない。
柚葉 じゃあさしあたって困るのはレストラン行った時ですね。ならいいじゃないですか。面白いなぁ、一種の天才ですよ、関心するなぁ(笑)。たしか小林アヲイさんは数字に共感覚があるとどこかで書いてらした気がするけど……。いや、それはまあいいのですが、夏川さんは小説書いてらっしゃるから――小林さんも書いてらっしゃるけれど――使ってやろうという欲が出てくるわけですね。
夏川 出ますね、何気に探すと同じ感覚の人少ないですけどね。
柚葉 だからまぁ、どうせ小説にするのなら当事者であることをフルに使って欲しいですね。そういうものだ、って俺が今聞いた、でこういうものか、って思って書いたものとは絶対的に違って欲しい、想像で書けちゃうものなら書く必要ないから、そこは結構大事に書いて欲しいですね。
(中断)
柚葉 ということで非常に話が飛んだけれど、何の話でしたっけ?
夏川 「静かな生活」の女性。 
柚葉 そうそう、で、ここでは大江健三郎のある種の理想を書いているという結論になるわけですが……。しかしこれが女性の理想なのか、この娘がこう思って欲しいっていう理想なのか、それはまた話が別なんですが。
夏川 これ女性の理想というよりは……。
柚葉 まぁ多分違うだろうな、おそらく。そんな感じかな……
夏川 そういえばイーヨーで思い出したんですけど、大江健三郎さんの作品でアカリって出てくるじゃないですか。で、実はアカリが男性の作品と女性の作品があるんですよ。
柚葉 はいはい……、あぁ、気づかなかった。そうですか。
夏川 なんか作品によってちょこちょこと性別が変わるっていう。
柚葉 あぁ本当に?そうですか。どういうことなんだろうなそれは。
確かにねぇ、アカリってどっちでもイケるもんね。それはちょっと研究して欲しいですよ。是非研究して欲しい。
夏川 晩年様式美のアカリって女性じゃないですか?
柚葉 これ確かに女性っぽく書かれていますね。
夏川 ね。
柚葉 いやもう光さんを念頭に置いているから……。思い込みって怖いねぇ、そうですね。これはなぜだと思いますか?
夏川 自閉症には、程度もありますけど女性の方がちょっと珍しいぐらいの話は聞きます。
柚葉 あぁまぁちょっとね、なんでだろう?
夏川 アカリの性別が作品によって違うのって……。
柚葉 飽きちゃたんじゃないですか(笑)。
夏川 それと、作品全体を見ていて、大江さんがイーヨーとか息子さんとかと対面していて、こういう障がいがあることを善である、というようなことを考えるんじゃないでしょうかね。
柚葉 そういうようなことも考えますね、つまり「静かな生活」のアカリっていうのは、男性としての欲情というものを持て余しているということを書いているわけじゃないですか。それが無かったらどうなるんだろうというようなことは一緒に暮らしていて思うんじゃないですかね、小説家として。
夏川 無いってことは無いでしょうね、自閉症が重いって言われる女性だってそういう性欲はあるでしょうし。
柚葉 もちろんあるでしょうね。でもこの股間が盛り上がってびっくりするというような、そういうのはね、ここ難しい所だなと思って読んでいました。そこが無い場合の女性の自閉症っていうのはどうなるんだろう……。
夏川 自閉が低い、リアルな自閉症の話をすると、射精とか月経とか性的なことを教えるのが結構一苦労するみたいですよ。
柚葉 なるほど。
夏川 知的障害のない自閉症だとしても、普通の子以上に体が変化するのに頭がついていかなかったり。知的障害がなくてこうなんだからあったらもっと大変だろうな。
柚葉 そこをちゃんと論じている論文って少ないんじゃないかな……いや、大江さんの論文自体、近年はやけに少ないのですが。
夏川 確かにそうですね。
柚葉 それはやってみたら面白いかもしれませんね。
夏川 障がい者の性っていう観念っていうか自体がわりと最近出てきた問題っていうか。
柚葉 うーん、でも結構考えますけどね、例えば電車に乗っていてそういう人がいたとして、やっぱりその方のご家族のことは想像してしまいますね……ある種、おいたわしさというか……。
夏川 私自閉ですけど家族がそれで何かを我慢しているという話は聞いたことがないですよ。でも、今でも知恵袋とかで弟が自閉症なんですけど結婚して弟の自閉症は遺伝しませんかとか変な質問している人がいますからね。
柚葉 あぁ……。
夏川 遺伝しませんよ。
柚葉 うーん……。
夏川 多分これちゃんと書こうとすると大江さんぐらいの小説家がもう一人出てきますよ。
柚葉 そこを書こうとして、ちょっと躊躇するというか、迂回しているところは大江さんにもあるような気がする。もちろん、無理に光さんを聖人君主に描いているとは言いませんが……。
夏川 書きたくて、聞いた話だと、支援者とか家族とかがある人に自閉症とか知的障がいがあるとそういう欲望が無いきれいな人とかを当事者に見ちゃって、理想化して、本人がそういうような欲望あったとしても無いみたいにしちゃうかもしれないって聞いたことがある。
柚葉 自閉症本人を、周りの人が性欲が無いものとして扱うわけですか。しかし、普段の我々も表向きはそういうところがありますしね。
夏川 普段の我々以上に、かもしれませんね。例えばこれだって男女がこんな二人で話してって見えるかも(笑)。
柚葉 難しいですね。
夏川 私自身も高機能自閉ですけど、重い人だと、普通に友達と話しているだけなのに、異性の友達っていうのを、回りにどう理解してもらうかというような話を聞いたことがある。
柚葉 障がい者の方の性かぁ……。
夏川 乙武さんとか。
柚葉 乙武さんは、知的障がいの方ではありませんからね。
夏川 ここにある問題って結構普遍的な気もするけど。
柚葉 この「静かな生活」のイーヨーっていうのはびっくりするわけですよね、自らの性欲というものに。
夏川 知的障がいの重い人って例えば、いくつになっても小学生ぐらいの知的レベルだったりするんですよ。どうすんだろう。
柚葉 まぁ小学生でもわかるっていうことはあるから(笑)。例えば瀬戸内寂聴さんとかは小二ぐらいからわかってったっておっしゃるじゃないですか。「あぁこれ気持ちいいなぁ」っていうのがわかったとして、それが、でも公に言うことじゃないよなってことに至るかどうかですね。イーヨーは非常に苛々する。
夏川 そこはだから周りの人が教えるしかない。
柚葉 そうですね。
夏川 そういうテーマで何か一つ書いてみたらどうでしょう?
柚葉 是非夏川さんが書いて下さいよ。
夏川 私はまぁ高機能だから、知的障がいがあるのを書くっていうと別なモデルを探すしかないんですけど。
柚葉 まぁ身内にいようと他人だから、究極的なことがわかるかっていうとわかるわけではないですからね。それこそ大江さんがよくおっしゃる「想像力」もとい「妄想力」(笑)。……話が取っ散らかっちゃいましたけど、次行きますか。


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