天道11

 今日は晴天、陛下の楽しみになさっていたお稲刈りの日だ。
 前の日から陛下の愛情を浴びて実った黄金色の穂は、陛下に頭を垂れるようにしている。植物研究所の稲原はけして大きくはないが、それでも夕焼けを浴びた海のようで、その上を飛ぶ蜻蛉もどこかいつもより楽しげだ。
 陛下はカジュアルな服に早くもお着替えになって、今日のシャッターチャンスを逃さまいとその近くで記者達が息巻いている。
 昨日と同じ顔ぶれなのは、皇室担当が決まっているからだ、よくあんなぶしつけな質問をして次の日にぬけぬけと陛下の前に顔を出すという恥知らずができるものだ。
 陛下のお手元に、似つかわしくない新品の軍手が見える。
「それは」
つい私は見とがめてしまう。
「侍従長がですね、『陛下が稲で手を切ってお怪我がないように、軍手をつけられてはどうでしょう』というのです。まぁ、確かに稲の穂はあれで意外と鋭くて、危ういときもありますからね」
陛下は笑っていられたが、私は上司の言うことをちゃんと聞いていなかったことを咎められたかのように感じて恥じ入っていた。
 実際陛下のお手に軍手は不釣り合いだ、しかも軍手などと、これは軍用品ではないか。陛下にはいつも私からお渡しする絹の手袋こそ相応しい。
「似合っていないかね?」
「よくお似合いです」
子供のように軍手を指先でもてあそぶ、陛下のこんなに嬉しそうな顔を見たら似合わないなどと言えるわけがない、
「そうでしょう、そうでしょう。なんでも、本業の稲作農家の方達もこれをつけて稲刈りをしているようなのです、これをしていると、わたしの稲刈りも、心なしか、本業の人に近づいた気がします」
古い歌謡曲を鼻歌で歌いながら立ち去られる陛下を見ている私はきっと、せっかく陛下に話しかけてもらったというのに苦い顔をしていたことだろう、農家の苦しさを知っているからではない、上司の話を聞いていないと陛下に思われてしまったかもしれないのに関わらす全く弁解の機会が無かったことと、陛下のお手に軍手などはめさせて、お褒めをいただいたであろうことが頭の中でごっちゃになった、侍従長への嫉妬で煮えくりかえっていたから。
 わたしが思わず握る手の平が赤いのがわかる。

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