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ATR72-600タイプレーティング訓練を振り返る

5月に始まったATRのタイプレーティング(機種限定)訓練が終わりました。

上記のツイートがDAY1でしたから、ATRのことを全く知らない状態から、会社の規則に従った操縦ができるようになるまで、ちょうど2ヶ月かかったことになります。長いようで短い、この2ヶ月間を振り返って見ましょう。

試験1日目の模様はこちら
試験2日目の模様はこちら

グラウンドコース(学科)

グラウンドコースは、会社のシミュレータで短いお試し「フライト」をするところから始まりました。

学科の前に実際にシムに入れて、コクピットを見せることによって学科の理解度を上げようという、なんとも太っ腹なやり方。この時はまだ、プロシージャもなにもわからない状態でしたから、そりゃぁ楽しかったもんです。

シム後にお勉強(グラウンドコース)が始まります。飛行機の製造会社であるATRが独自に作成した学習機材(パワポみたいなもの)である「ACOS」をひたすら消化することから始まります。

最初はいいんですが、エンジンはもちろん、電気系統、油圧、与圧、エアコン、パワープラント、警報システム、ナビゲーションシステム(FMS)などなど、飛行機のすべてのシステムについて、このスローペースの英語が延々と続きます。

自分なりに旧機種ダッシュ8との違いを探したりして楽しむ工夫をしていましたが、30時間以上もパワポをみるのは流石に死ぬほど退屈でした。

これに加えて、飛行機の重量や離着陸性能の計算、寒冷地でのオペレーションなどについての講義を並行して受け、それぞれの講義の最後に小テスト、最後に大テストを受けてグラウンドコースが終わります。この結果は、ACOSのコンピューターを通してATR本社に記録されるとかしないとか。

プロシージャトレーニング

学科が終わると、今度は「プロシージャトレーニング」です。FPT(Flight Procedure Trainer)と呼ばれる専用のパソコンコクピットと、いわゆる「紙レータ」を使ってひたすらプロシージャを覚えていきます。

ATRは製造会社の決めたプロシージャ(FCOM)が厳格に決まっていて、航空会社はほとんどそれをそのまま使っています。当たり前のように聞こえますが、航空会社は運航規定(SOP)を独自に制定しますから、FCOMに準拠しつつも、ある程度これを改変する柔軟性を持っています。実際に、ダッシュはかなりオペレータである会社の意向が強く現れたプロシージャになっていました。

しかし、ATRはエレクトリックチェックリストであることもあり、FCOMとSOPがほとんど同じでした。ATRのFCOMは非常に冗長で、検索がしづらく、比較的どうでもいいことまでチェックリストに詰め込んであるので、とにかくチェックリストの数が多い。それはつまり、覚えるべきプロシージャも多いことを意味します。パイロットよりもエンジニアのためのチェックリストなのではないか、という気までします。

ATR独自のフレーズもそのまま使っているので、同じ会社なのに、APを「オートパイロット」と呼ぶか「エイピー」と呼ぶかなど、細かいところが異なります。これを矯正するのに苦労しました。

また、このプロシージャトレーニングから、だんだんと4人の同期の間で進捗に差が出てきました。私のバディのドム(仮称)が、遅れ出したのもこの時期です。

シミュレータトレーニング

いよいよメインイベントです。シムセッションは全部で11回。そのうち最後の2回はLOFEとOCAと呼ばれる試験なので、事実上のトレーニングは9回です。

初めて乗る飛行機に9回乗るだけで、飛行機が燃えても凍っても隣でキャプテンがひっくり返っても、無事に降ろせるようにならなければなりません。大変そうに聞こえますが、ええ、本当に大変です。

加えて、この飛行機は特に横風着陸が難しいことで有名で、案の定私も最初はぐにゃぐにゃでした。

最初の3回くらいは、マニュアルでビジュアルサーキットを回ったり、インストルメントアプローチをしたりと、まぁ言っていれば、普通のことをするだけなので比較的易しいのですが、緊急事態の対処が入ってくるといきなり負荷が増してきて、それ以前のことでできないことがあるとそれがてきめんに効いてきます。

クロスウィンドなど、飛行機の挙動自体に慣れていないことが原因ならまだいいのですが、プロシージャやシステムの理解など、シム以前にできていないことがこの段階で残っていると、かなり苦労します。

もちろん、パーフェクトな人はいないので、それらが全く残っていない人はいません。だからこそタイプレーティングは大変なわけですが、うまくいく人は、ミスをしてもそれを「すぐに」修正します。そのことに危機感を持っている、と言ってもいいかもしれません。

ノートは極力取るな

よくやる間違いが、デブリで言われたことを全てノートに書き出してしまうことです。これは経験から言うのですが、言われたことを全てノートに書くと、結果的に覚えられません。ノートに書いてあることで安心してしまうからです。

考えてみてください。飛行中のコクピットの中で、ノートを見ながらできる仕事がどれだけあるでしょうか。一生懸命ノートを取っても、頭に書かれていないことは、どのみち使えないのです。

もちろん、プロシージャの流れを再確認したり、整理するためにノートに書いたりすることはよくあります。しかし、それも最終的に頭に叩き込むためのツールとして使っているだけで、頭に入れば無用になります。

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今回の訓練で私が取ったノートの一部。No.2エンジン(Hotel mode)の始動タイミングが実際のオペレーションでは変則的であることを知り、どのタイミングでの始動がありうるかを整理したもの。汚い字ですが、最終的には丸めて捨てることになるので別にいいのです。

ノートは、体系的な知識を後で参照するのには非常に有効ですが、シミュレータのデブリはその時の飛行についての断片的なフィードバックですから、その内容は頭に叩き込まなければならないのです。しかし、ノートを取って安心していると、次のシムで同じことを繰り返してしまいます。なぜなら、バッグの中にあるノートは、飛行中には開けないからです。

そんな調子で、結果的に言われたことを放っておくと、できないことがどんどん多くなってしまいます。そうすると「修正」そのものに向ける集中力が、直すべきものの数に圧倒されて、修正できないまま、さらに積み上がってしまいます。こうして悪循環になります。

言われたことを、頭に叩き込んで、その場で、直ちに、なおす。そのことに、危機感をもつこと。これが、普通のことをする「だけ」でも大変な飛行機の訓練を乗り切るコツかなと、個人的に考えています。

LOFE

最初の試験は、Line Oriented Flight Examination(LOFE:ローフ)でした。試験の様子はこちらの記事↓で詳しく書きました。

ちなみに、相方のドム(仮称)は残念ながらこのLOFEに通らず、追加訓練となってしまいました。

OCA

2日目の試験がOCA(Operational Competency Assessment)

こちらも上記事に詳しく書きました。

ライントレーニング

タイプレーティングが終わると、ライントレーニングと呼ばれるいわゆるOJTです。何度かオブザーブフライトをしたあと、右席に座り、経験豊富なトレーニングキャプテンと飛んで、一定のフライト時間とセクターをこなしたらチェックがあり、それに通ると副操縦士として「発令」となります。

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その模様も、随時アップしていく予定です。お楽しみに。

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