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失敗の原因を考察していたら、とんでもない結論が出てひっくり返った

前回の記事に書いたとおり、ラインチェックのフェイルを受けて、飛行技倆の改善が急務となりました。

訓練中はほとんど指摘の入らなかったランディングで落とされてしまったので、最初結果を聞いた時は、正直なところ、

まじかよ、確かにしょぼいランディングだったけれど、落とすまでだったか?

そう思いました。それまでの訓練では、ランディングがことさら苦手だ、という評価がなかったので、余計に。訓練中に指摘もされず、蓋を開けたら「お前の着陸は落第だ!」と言われたのですから、無理もありません。

時間が経って考えてみて、ひっくり返った

ところが、時間が経ってからよーく注意して自分のトレーニングの記録を見返すと、ちょっと気になる指摘が繰り返して出ていることに気がつきました。

それは、着陸ではなく、その前のアプローチ中の指摘で、端的に言えば「パワーを動かしすぎる傾向があるから、小さく、スムースに」という指摘でした。

飛行機の「いろは」

特に、天気が良く、風も雲も視程も悪くない日、いわゆる「Fair weather」の日にそういう指摘が出ています。指摘自体はごく当たり前で、機種が変わったことに対してまぁ追いかけちゃうことはあるから、まぁ、気をつけろよ、くらいのニュアンスで軽く書いてあります。

パワーを動かし過ぎるな。
修正は小さく、スムースに。
ピッチとパワーを安定させろ。
スピードとパスを追いかけるな。

これらは、飛行機の「いろは」と言っても良い、操縦の基本です。私も自分が教官をしていた時には学生に同じことを言っていましたし、今日も世界のどこかで誰かが同じアドバイスを受けながら飛行機の訓練をしていることでしょう。

ちなみに、自動車の運転でも、スピードメーターではなくタコメーターでエンジン回転数を一定にするように運転するとうまくスピードが保てます。

だから、アドバイスとしては一般的ですし、私だってわかっています。でブリーフィングでこういう指摘が入ると、ムッとするくらいです。わかっているよ、そんなこと、と。飛行機はどこまでいっても

Pitch x Power = Performance

そんなことはわかっている。しかし、いくら「知って」いても、コクピットで「できなければ」ダメなんです。これが悔しいんですが。

嫌な予感

問題は、これが一度や二度ならず、繰り返し出てきていることです。繰り返し反復される事象には、必ず構造的な原因があるからです。

これはもはや「わかっているよ」じゃ済まないと思えてきました。今更飛行機の「いろは」ができていない恥ずかしさというより、なんか重要なことを見過ごしているような、嫌な予感がしたのです。

そんな予感とともに、過去の航空機事故、特に「Unstabilised approach」に起因する着陸事故のケースをいくつか見ているうちに、今回のフェイルに、心底納得しました。

あぁ、おれは今まで、こういうアンスタビライズドアプローチの事故を、「こんな馬鹿な真似はしない」とか「俺だったらゴーアラウンドしている」とか、どこか観客の目線で見ていたんだと、わかったからです。

もちろん、ことさらそんな風に感想を述べることはしませんし、上の動画(非常に勉強になる教材なのでぜひ見てください)にあるようなケーススタディに触れた折には、自らのための教訓を取り出そうとする態度を保ってはいます。

しかし、出てくる教訓はすでに航空業界では常識レベルのことなので、どうしても慣れてしまうのです。「はいはい、いつものあれね」と。

Stabile Approach Criteria

その、使い古された常識の一つに「Stabile Approach Criteria」があります。

FSF ALAR Briefing Note 7.1 Stabilized Approach

現代のパイロットだったら、一度は聞いたことがあると思います。かいつまんで言えば、上の動画のような、着陸時の事故を防ぐために、

飛行機を着陸する前に「安定した = Stabilized」状態にしましょう、何らかの原因でそれができなければ、ゴーアラウンドして着陸をやり直しましょう。

このようなコンセプトを航空業界での常識にしましょう、という運動があったわけです。そして、その「安定」を判断するための指標を具体的に

レ 適切な飛行経路
レ 小さい修正
レ 適切な速度
レ 飛行機は着陸態勢
レ 適切な降下率
レ 適切なパワー
レ ブリーフィングとチェックリストは完了

Stable Approach Criteria

と定め、これを空港から一定の高さまでに満たせばアプローチ続行、そうでなければゴーアラウンドだ、です。

どの航空会社でも、これをSOP:Standard Operation Procedureに落とし込んで「適切」の範囲を定義しています。例えば、私の会社なら、速度はVapp +20kt/-5ktの範囲内で、タービュランスなどによりこれを超えることが予想される場合は事前にそのことをブリーフィングした場合に限り、アンダーコントロールであれば続行できます。

はい、よく勉強しているでしょう。いつでも聞かれれば立板に水、ってなもんですよ。トレーニングFOですからね。

ステイブルアプローチの本当の意味

クライテリアは知ってる。SOPも知ってる。飛行機の「いろは」も知ってる。じゃぁ、何でお前はそんなにパワーをがちゃがちゃ動かしているんだ、それも、「Fair Weather」の日に。これが重要な問いなんです。

今回、計器がアナログからデジタルになりました。アプローチ中のプロペラピッチは100%ではなく82%で抵抗とレスポンスが減りました。つまり、パフォーマンス計器を追いかける誘引が機種が変わったことで増えました。これは、パワーを動かしがちになってしまった要因の一つではあります。

Dash-8のスピードメーター
ATRのスピードメーター

そこだけ直せばいいのであれば「操縦が下手なAshをシムに入れてみっちりと練習させよう」でいいし、実際に、例の会議のパワーポイントでもそれがプランの一つとして提案されました。(今度シム行ってきます)。

しかし、これは真の原因ではないというのが、今回の見立てです。

真の原因は、

Stable Approach Criteriaに対する「真剣さ」が足りない

ことです。

ステイブルクライテリアを本当に尊重していれば、スピードを合わせるためにパワーをガチャガチャ動かしたり、PAPIを合わせるためにピッチをグラグラさせるはずがないのです。

合わせなければいけないのは、スピードとパスだけではない。パワーも、修正も、全部ビターっと小さい範囲に収まっていて、それらが暴れ出さないように鋭い目配りをすることが飛行士の役目であって、それが暴れ出す傾向を見せたら直ちに自分の技量の範囲内で戻すことを試み、できなければゴーアラウンドを決めることが私の本質的な仕事です。

その日はやってくる

天気のいい日にポコポコ揺れるだけだからと心を緩め、「ステイブルの定義?常識じゃーん」となめてかかると、その分だけ手の動きが軽くなるのでしょう。なまじ経験があれば、その日は、ランディングはまぁなんとかうまくいくでしょう。次の日もきっとそうでしょう。路線審査中、私の着陸に問題が見られなかったように、です。

しかし、そのメンタリティで、本質的な仕事は何かを勘違いしたまま、来る日も来る日もステイブルゲート「までに」スピードやプロファイルが域内にいれることを考えてアプローチを飛び、500ft以下で多少グラグラしてもランディングは続行、たまには強めにつけたり、逆に伸びちゃう日もあるけど接地帯の中には入っているからヨシ!と。

そして、その日はやってきます。

ショートファイナル100ftで急激な追い風、逃げるエイミング、下がるノーズ。速度のトレンドアローが+40ktまで伸びるのを見てパワーをカット、何とか降下率をコントロールしようとノーズを上げ始めるも止まらない。さらに引っ張って、引っ張り続けて、グシャッ。

明鏡止水

池に石が投げ入れられたことを知るには、池の水面が「安定」していなければなりません。普段から、ぼちゃぼちゃと小石を投げれていたら、「どれがやばい波紋か」わからなくなってしまいます。明鏡止水ってやつです。

同じように、飛行機の状態を監視して、逸脱したら即ゴーアラウンドしようと、毎日毎日毎日、本当に頭の中でやっていなければ「逸脱したかどうか」を瞬時に判断できません。その結果「やばい風」を「いつものあれ」と勘違いして、一線を超えてしまう。

それは、自分の操縦する機体がこんな風にYoutubeに載って「いい教材」として扱われることを意味します。冗談じゃねえ。そういうことなら今、これは絶対に直さなければいけません。ラインチェックフェイルしてでも。いや、是非ともフェイルさせてください!

なんだかひっくり返っちゃったよ。

まくるぞー。


参考文献:FSF ALAR Briefing notes
 

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