えくぼ。

 あなたがいれば、それだけで幸せだった。

 今になってよく思い出すのは、あなたのえくぼ。

 初めてあなたと出会ったのは、大学一年生の春。まだ学校の教室の場所をよく覚えていなくて、構内で迷子になっていた私に声をかけてくれたのがあなただった。

たまたま同じ講義を履修していたのも、今になって奇跡だと思うことがある。同じアニメが好きだったのも、同じバンドを推していたのも、同じユーチューバーを観ていたのも、全部奇跡だと思った。

だから、余計に苦しかった。

この街には、あまりにもあなたとの思い出があり過ぎて。

初めてデートをした時に待ち合わせにしたバス停も。初めて一緒にご飯を食べた学校の食堂も。初めてご飯を奢ってくれた牛丼屋さんも。どこにいても、何をしていても、あなたを無意識に探してしまう。

全部うそだったらいい。

付き合う前とでは、あなたのイメージは随分変わってしまった。

誠実で、潔白で、素晴らしい男だと思っていたあなたは、わがままで、すぐ拗ねるし、すぐ怒るし、よく遅刻する男だった。

 そういうのは大嫌いだった。

でも、それ以上に大好きだった。

あなたが別の人を付き合うくらいなら、いっそ死んでくれたほうがましだった。

最後の夜に、あなたが私の目を見てくれなかったことが、ずっと心残り。

使い捨てでもいいから、あの夜ぐらいは、私だけを愛してほしかった。

どれだけ辛いことがあったとしても、今となってはもう、あなたと過ごした楽しい時間だけが頭の中を巡る。

あのえくぼが、私の中で、ずっと生きている。

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