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箸休め

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連載小説の息抜きに、気ままに文を書き下ろしています。文体もテーマも自由な随筆、エッセイの集まりです。あなた好みが見つかれば嬉しく思います。
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2021年5月の記事一覧

「初物を買うと頭の中が大家族に戻ると云うお話」

 買い物へ出かけてとうもろこしに出会った。初物だ。今年も初物を追い掛けては食卓を賑わし、食いしん坊のお腹を満たして来たと思ったら、もうとうもろこしときた。先日から西瓜も見かけるし、全く、季節の流れゆく速さときたら、光よりも矢よりも速いのではなかろうか。  とは云え、出先で初物を見掛けると、妙に心がはしゃぐもので、目が合った瞬間の、と自分の方ではそう思っているのだけれど、「あ!」となった時のはにかむような喜びは、一年中いつでも棚に並んでいる市指定のごみ袋を手に取るのとは大違い

「雨宿り」

 青い葉の上で、粒揃いの滴るあの子たちが囁いている。 「見てみて、そろそろだね」「うん、そろそろだ」「でももう赤いよ」「まだよ、もっと赤くならなくちゃ」「いけないの」「まだすっぱいよ」「はやく食べたいな」  庭のぐみの実が、赤く色づき始めました。初夏の彩りです。爽やかな風を受けながら、陽気な太陽の陽射しをたっぷり浴びて、ぐっと硬く青かった実は、日一日と膨らんで、柔らかく、てっぷりとして、怒ったあの子の頬みたいに真っ赤に染まります。今年は雨童が早々に御到着です。どうかしら、

「後日譚」

部屋に連れて帰った菖蒲ですがね、あの晩一つ、二日目の夜にもう一つ、咲いたんですよ。ええ、私が部屋にいる間には咲かないでね、少し離れている隙に、咲いていたんですよ。あんまり悔しくて、二本目はと思って凝と観察していたんですがね、そうすると咲かないものでして、根競べでした。でも駄目ですね、翌朝みたら、咲いちまってるんだもの。負けやした。仕方ないから、庭から伸びすぎの山椒をこうぱちんと切って来て、一緒に記念撮影でさあ。まったく植物ってのは、面白い生きもんだねえ。 と、江戸っ子ふうに