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クリスマスの後悔

毎年家族でチキンやケーキを食べるのが、クリスマスのお決まりだ。
ただ、わたしは近々実家から出ることが決まっており、今年は家族で過ごす最後のクリスマスかもしれなかった。

しかし、わたしはそのことを特に意識しておらず、いつもどおり過ごしてしまった。
食事後、母が何気なく「今回が最後のパーティーだったかもね」と言った時、「たしかにそうだった!」と気づいた。
ひとつひとつの料理や会話をかみしめて過ごせばよかったと思ったが、もう時間は戻らない。

最後(?)のパーティーのことは、ひとつひとつ心に残したかった。
覚えようと意識して過ごさないと、大切なことを忘れてしまうかもしれない。
特に、「ロールケーキを食べた」というようなモノや出来事そのものじゃなくて、空気感や感情は、その時に感じるしかないからどんどん忘れていってしまうだろう。
忘れたくない。

忘れたくない、のはなんでだろう。

思い出を忘れたくないのは、「忘れたら、なくなってしまう」からだと思う。
大事な人と過ごした時間、心が大きく動いたこと。
忘れたらなかったことになってしまう。
忘れることは、現状からのマイナスであって、大事なものを失ったことを表している。

また、忘れること自体が時間の流れを示している。
時間がたつとともに新鮮な感情を忘れ、そのときと同じように心が動かなくなる。
さらに、「あのときはあんなに楽しかった(のに今は楽しくない)」と、楽しかったときの自分と、今の自分の乖離を突き付けられる。
楽しかったときから、時間が過ぎていくのが受け入れられない。
だから忘れたくないのかもしれない。

過去の自分との乖離。
これにときどき苦しめられていることを、次の記事で深めていきたい。

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