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飴が溢れて

Y字路に黄色い花が立っていてここであなたと別れてみたい

オレンジの輪切りを紅茶に沈めつつ君に知られぬ土曜を過ごす

二本目のネックレスがちぎれた夜に遠距離で別れた友だちのこと

看板が思ったより大きいことにおじさんの散歩姿で気づく

底抜けに好きと言われて底抜けなんて言葉を使う人とは知らず

君に会うため通り過ぎたいくつもの景色がわたしの青春でした

電話にて遺言のような「おやすみ」におやすみで以外の言葉で返す

ちょうどいいラブのスタンプがあったのにまちがえて送る火を吹く恐竜

明後日は晴れると教えてあげる夜 やっぱり天使でいたいと思う

誰も私を怒れないからワンルームの床に食器を並べつづける

水道修理のマグネットを投函していく仕事の人がたくさんいる街

フィギュアスケートを見たいのに指毛を抜いてわたしの午後は終わってしまう

駅前を子どもや大人が駆けていく私みたいになれない人たち

この街で三ヶ月が経ち右肘のほくろを知られる夏がまた来る

アトピーがひどい夜には保冷剤 ケーキを冷やすためにきたのに

韓国の文字が増えゆく雑貨屋でインスタントのトッポギ掴む

五ヶ月目でやっぱりスニーカーのかかと潰しちゃおうと電車で決める

帰省するたびに増えていく手すりのこの街を出てわたしは生きる

レジ前の飴をたくさん取ってしまう たくさん取って私にくれる

今日の夢でバスの運転手になってすれ違うバスに挨拶したい

眠る前急にこわくなる ドア開けておしっこしなよと優しく言われる

友だちに返せなくなった本ばかり集めてつくった王国がある

ハンカチを落とした長い下り坂 転がり落ちた王子さまたち

デュビュッフェの黒の鋭さ最近のわたしは誰にも怒っていない

ワイシャツの襟を石鹸で洗う午後 祖母は不死身と今でも思う

大雨の庭園美術館に在る母の旧姓のようなかなしみ

遠くない貧しい国では「指輪菓子」恵まれたただのドーナツかじる

十七時(ごじ)になれば温泉街の射的場に灯が点いて人が群がる

港町で刺身を食べないわたくしにあなたは先に死にたいと言う

女の人の匂いがすると言われた日荒れた胸元に塗るメンターム  

恋人の余裕のない声思い出す 思い出しながらとんかつを切る

産むことも産まないこともこわいから読めないふりをしていた地名

濡れるまいと折り畳み傘を開くときそういえばみんな動物だった

ラーメン屋で働いたならラーメン屋きらいなものが増えていくだけ

イヤホンの調子が悪くて死にそうで今日もコロナは若者のせい

あのおじさんマスクしてないよねって顔で目配せしている男子中学生

開かなくてはさみで切ってしまいたいチュッパチャプス ただ春を待つ

隣人の嗚咽さえ聞きたい夜に君が知らない出血のこと

泣きながら吐瀉物入りの洗面器を洗う 最後には私だけ

妻の名で何度も呼び間違えられる ずっと私の弟なのに

春の夜の光る自販機 泣きながら寝たはずなのに生活がある

包丁を使ったままで放っておくお母さんもお父さんもきらい   

春の陽に白スニーカー眩しくてばったり会ってどうするつもり

フランソワ・ポンポンきみの67年とわたしの23年の冬

ありえない爆音のバイクは嫌い 友だちが泣いてしまう気がする

足首にリボンのついた靴下であの子はオフィスから飛びたった

来世ではダメージジーンズが履きたい 膝小僧ふたつ抱き寄せる夜

雨の日は古傷が痛むって話で喜ぶ中学からの友だち

扇風機さわればいつも震えてて誰もが同じ季節を生きる

黒髪の頃のあなたが歌ってる気がして見つめる公園の丘

(2021年 第四回笹井宏之賞応募作)

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