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town

月丸い!と祖母が背中に叫ぶからなかなか駅に辿り着かない

なんでもある街に生まれて 本当に欲しかったのはきみの手のひら

工業団地行きのバスにも乗り慣れて小さな爪をふと思い出す

何十回も暑くて寒くてこの町の山茶花がまた迎えてくれる

忘れられないとあなたは言えるから 金木犀が今年も咲くよ

短い秋の隙間に落ちた フランス語で“風の家"というきみのアパート

組み立てた本棚をパノラマで撮って送ってくれる 明日会えるね

銭湯に行けば痩せている人も太っている人もいないとわかる

バスの中から見ればただ光の中で冷たい風に揺れている木々

神様が地上を覗く 星空の隙間できみの名前を唱える

松葉杖の私はいつも忘れられてころちゃんだけがふりむいてくれる

咲くことのない花の名前を聞いた あなたの夢でもう一度生まれる

真夜中のコンビニ自販機冷蔵庫***ぜったい光って待っててあげる

レトルトに玉ねぎとチーズとパセリ ずっとそういう暮らしでよかった

午後四時に反射するガラスモザイクのタイルがきれいで土曜はそれだけ

風で揺れすぎてる看板危ないねと君と話した時の看板

愛そうと思って愛するものなんて一つもなくて 猫みたいなゴミ 

お守りにします階段を降りればあなたの靴が見えてそれから

震えるだけで痩せるらしいと言っていた友だちもう随分会っていない

沖縄には電車がないと同僚に教えてもらう どうせ冬がきて

話したことはあるけど触ったことはない上司や友だちの白いシャツ

私にはパステルカラーの動脈と静脈がある 触れてきたいくつもの

小豆粥甘すぎたかも あなたにも嫌いな人の一人や二人

ハンカチを持て余している友だちの(あの子とおんなじ心がほしい)

スーパーのチラシのクリスマスケーキ白くて平くて夢みたい

カフェオレをカイロ代わりにわたしたち生きていこうよバスを揺らして

音楽を信仰していた色ペンでカイロに落書きして冬休み

京都タワーは街を照らして 振袖のわたしたちにはもう会えないこと

水滴で泣いているみたいな浴槽 老衰で死ぬ人は少ない

僕たちがゾンビ映画で知った愛からナンテンが実ったりする

中華屋の行列にひとり並んでたあの子は絶滅を待っていた

水泳帽の跡がおでこについたままの 子どものあなたにずっと会えない

ボーカルの顔を知らずに聴く音楽 泣いている人はみんな泣きたい

ムクドリの糞の臭いの駅前で不機嫌そうなシングルファーザー

駅前に塾の迎えが並んでいて誰かを待っていた子供の頃

ぬいぐるみを抱いた子どもとすれちがうエスカレーターのこっちが光

父親のいない先輩を傷つけたみんなに等しくあった夏休み

左手に時計を巻いて玄関へ向かう 春待つ心があれば

ベッドから落ちないように小さい体を壁際に寄せてくれた手のひら

団地から鳴るノクターン 明日より若い私がゆく通勤路

この歌を聞かれてもいいそうじゃない人とはもう会わなくてもいいし

同じ顔の子どもが校庭で泣いていてだから死ねないと思った

膝と膝の骨が当たって痛いから眠れない夜たくさんあった

水槽の向こうにあなたがいたような夏もあったね小鳥が笑う

咲き並ぶツツジは祝福 天ぷら蕎麦の小エビと目が合う月曜日 

ポケットに入っていた桜のコイン きっとまた嬉しい春のこと

スーパームーンって聞いて見に行く 君が好きで、ずっと好きでいてもらう

早世の娘の写真とクリムトのポストカードを手帳に挟んだ

台湾にゆけば台湾の匂いを知って誰もが今日をみている

扇風機に揺れるレジ袋の音は続くわたしの生活の音

(2024年 第六回笹井宏之賞 最終選考候補作)

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