ソラの王 第一章・邂逅

 青い星は、今日も綺麗だと思います。
 この星の中で、あなたは今日も歩くのでしょうね。
 元気でいるといいな。
 たまには、自分を気遣ってあげてください。
「――の笑顔は太陽よりも眩しいな」
 あの優しい言葉を、もう一度聞きたい。

 いつも通り、目覚まし時計の音で目を覚ます。
 いつもと違うことは、スッキリした気分ではないことだ。
「あの月嶋がなぁ」
 ソラの王とか訳のわからないことを言い出すとは思ってなかったし、死にかけたことも嘘みたいだと思ってる。
「まぁ、とりあえずパンでも食べるか」
 驚いてばかりではあるが、今は腹を満たそうか。

 朝食を食べて、支度も終わらせた。
「じゃ、行くか」
 気持ちを整理して、俺は玄関のドアを開けた。

 今日は月嶋をまだ見かけていない。
 昨日のこともあるから、俺と同じで1人で行きたいのかもしれない。
 それとも、久城と登校しているのか。
 後者であれば元気だろうから安心できるのだが、本当かどうかはわからないな。
 そんなことを考えながら歩いていると、横に並んで登校している女子生徒たちに追いついてしまった。
 なんとかして抜きたいが、そんな隙間はないように思える。
 しかたない。
 追従していくとしよう。
 そう思っていたら、
「ねぇ、そこ通してくれる? あと、うしろの人も通りたがってるよ」
 と女子生徒たちに頼む声がした。
「あ、すいません」
 頼まれた女子生徒たちも素直に道を譲ってくれた。
 平和的に解決することはいいことだな。
 俺は喧嘩を吹っ掛けられたくないから頼むなんてしないけど。
 女子生徒たちに頼んだ人がこちらに歩いてくる。
 その人は、低身長の可愛らしい少女だった。
「どうも、ありがとうございます」
 この人のおかげで通れたんだ。
 お礼を伝えなければ。
「お礼なんてしなくてもいいのに。でも受け取っておく」
 それだけ言って少女は去っていった。 

「心配して損したよ」
 教室に入ってから出てきた一言はこれだった。
「ふぇ? ふぁふぃふぉふぃんふぁいふぃふぇふぁんふぇふふぁ?」
「食べきってから喋ろうな」
 月嶋は呑気におにぎりを10個以上も食べていたのだ。
 そりゃあ心配損にもなるだろう。
「朝から元気だな」
 俺と月嶋のやり取りを見たレオンが寄ってきた。
「ああ、朝からこんなに食ってるのを見てすげぇと思ってたんだよ」
「確かに。爆弾みたいな大きさだな」
 サイズもやばいが、周りにあるラップの量を見てほしいものだ。
 そう思って綺麗に重なったラップの方へと視線を誘導した。
「ほ、ほう。朝から元気だな」
 レオンでも引くレベルなのか。
「サトシ、私はそんなに食いしん坊なんでしょうか?」
「ああそうだよ。そのままだと太りに太って大変なこと、に」
 俺は言ってはいけないことを言った。
 デブの道を歩むことになるぞ、と聞こえたに違いない。
「食べすぎが、なんだって?」
 声が殺気に満ちていた。
「なんでもないです!」
 冷や汗をかいたよ。
 次からは気を付けよう。
「ところで、何を心配していたんですか?」
「昨日のことで気まずくなってないかなって思ってただけだ」
「なぁんだそんなことですか」
 ふぅ、と大きく息を吐いた。
「そんなに重い話だったのか?」
「んまぁ、少しな」
 何かを察したかのように真剣な表情でレオンが聞いてきた。
「差支えがなければ聞いてもいいか?」
「そうだな。いずれ話すよ」
 伝え方にもよるが、産みの親を探してるとは言いにくいな。
「そうか。じゃあ、詮索はしない」
「悪いな」
「気にするな。それよりも、今日の昼飯の方が大事だろう?」
 話題がかなり変わるようだが、レオンが気を遣ってくれたんだ。
 気にしないでおこう。
「昼飯か? 今日は教室で食べようと思う」
「わかった。ホムラにも伝えておこう」
「助かる」
 昼食の打合せ的なものを済ませて、レオンは席へと戻った。
「……なんですか?」
「月嶋、おまえの昼飯を聞いておこうか」 
「ふっふっふ。今日は、うな重です」
 うわ、と口に出そうだったが必死に抑えた。
 そんな高級なものを弁当にして持ってくるなんて贅沢なやっちゃなぁ。
「サトシも食べます?」
「もちろんさ」
 俺は月嶋の誘惑に負けた。
 そしてウナギをたくさん食べた。
 焔とレオンが教室に戻ってくる頃には満腹に近い状態だった。
「それで? 俺らが戻ってくる間に何食ったんだ?」
 焔に詰められる。
「月嶋の昼飯をな、分けてもらったんだよ」
 焔はうんうんと頷いた。
「それがウナギだったというわけか」
 レオンは冷徹な目で俺を見てくる。
 おかしい。
 ウナギってこんなにも恐ろしいものだったのだろうか。
「サトシ、今日は寿司を俺たちと食べような」
「そうだぞ聡。おまえだけうまいもん食ってずるいからな」
 2人に脅しのような形で寿司を食べることが確定してしまった。
 そして俺は、ウナギを恨んだ。

 午後の授業はウナギのことで頭がいっぱいだった。
 板書を書き写している間にウナギと書くほどに頭がいっぱいだった。
「サトシ、わかってるよな?」
「……ああ」
 レオンが寿司のことで確認してきた。
「俺の奢りか?」
「割り勘だ」
「そっか」
 奢りじゃないことが判明しただけで気持ちは軽くなった。
「じゃ、着替えたら駅集合な」
「りょーかい」
 レオンはウッキウキな気分を隠さずに我先にと帰った。
 いつまでも教室に残るわけにもいかない。
 寿司も待ってることだし、帰ろう。
 
 着替えてから駅に行くと、既に焔とレオンがいた。
「遅いぞ聡!」
 焔の元気な声が聞こえた。
「待ってたぞ」
 レオンのわくわくする声が聞こえた。
「悪い、待たせたな。そんじゃ行くか」
「「おう」」
 なんだかんだ俺も楽しみにはしていた。
 傍から見ると、俺もウキウキな心を隠せてはいないと思う。
 そんなことはどうでもいい。
 今は寿司だ。
 寿司を食べるんだ。
 それだけを胸に、3人で寿司屋に向かった。

 俺と焔が隣に、レオンが向かいに座る形でボックス席に着いた。
「楽しみだな! やっぱ大トロだろ! 大トロ!」
 焔は席に着いてからこのテンションだ。
 かくいう俺もメニューに釘付けである。
「おいサトシ、独占しすぎだぞ」
 レオンから注意される程には釘付けである。
「おお、悪い悪い。俺はサーモンから食べるかな」
 俺はサーモンを食べるため、タブレットで注文した。
「よぉし! 俺は赤身、中トロ、大トロだぜ!」
「……マジか」
 焔はもうエンジンがかかっている。
 マグロの代表的なメニューを一気に頼んでしまうほどには食べる気満々だ。
 まぁ、入店してから大トロばっか言ってたから予想はついていたけど。
「わかっていないな。こういうときはサバやタイから食べるものだよ」
 まるで通のようにレオンは言った。
「脂身は避けてるんだな」
 と俺は思ったことを口にした。
「フッ。楽しみは最後にって言うだろう?」
「ああ、なるほど」
 レオンはどうやら、サーモンやトロといったネタは最後に食べる派らしい。
「うっほー!」
 焔に俺とレオンの声は届かなさそうだ。
 そうして寿司を堪能している中で、見たことのある人影を見た。
「――あのときの」
 いつか見た白髪の青年だった。
 青年は一瞬俺の方を見る。
 そして目が合った。
 それだけならよかったが、手を振ってきた。
 振り返すべきか悩んだが、悪意はなさそうだし手を振り返すことにした。
「誰か知り合いでもいたのか?」
 手を振っている俺に気づいたレオンは聞いてきた。
「ああ、顔見知りがな」
「そうか」
 それだけ言って、再び寿司を堪能し始めた。
 かくいう俺も、こういった時間は大切にしたい。
 友人との時間、堪能すべき寿司を大切にして過ごした。

 会計は割り勘だったので、それほど財布にダメージはなかった。
「いやー、美味しかったな!」
 腹を擦りながら焔が満足そうに言った。
「ああ。やはり寿司は最高だ」
 レオンも焔に同調する。
 そして俺も、
「うまいもんはいつ食ってもうまいな!」
 と同調した。
「さて、そろそろ帰るか」
 焔がそんなことを言うから時計を見たら、既に5時を回っていた。
「もうそんな時間か。俺はまだ大丈夫だけど」
 レオンはまだ遊ぶだけの体力があるらしい。
「俺は満腹で動けないし、帰るわ」
 俺は素直な気持ちを伝えた。
「そっか」
 レオンは残念がっている。
「じゃ、また明日な」
「おう」
 焔の挨拶を機に別れた。

 秋ということもあって、辺りは暗くなってきている。
 夕焼けに紺色が重なってきている。
「また明日か」
 俺はこの言葉の重みを考えていた。
 当たり前のありがたさを考えていた。
 青年に殺されかけた日から一層1日の大切さを感じている。
「また明日、ねぇ」
 後ろから声がした。
 振り向けば、彼の青年がいた。
「いい友人だね。君を大切にしてくれている」
「突然どうしたんだ? 嫉妬なら聞かないぞ」
「嫉妬? 嫌だなぁそんな勘違いは。僕は君を絶望に落としたいだけなのに」
 こいつの目的は確か――
「月嶋やスカイの回収が目的なんじゃないのか?」
「目的はそうだけど?」
「ならなんで俺を絶望に落としたいだの言うんだ?」
 青年は笑い出した。
「目的と趣味趣向は別だろ? 君を絶望に落とすのは俺の趣味趣向だよ」
 マジか。
 そういうタイプか。
「……今すぐにでも落としたいけど、君の後ろの人が介入してきそうなんでね。やめとこうかな」
「俺の後ろ?」
 振り向くのは2回目だぞ。
 これでいなくて不意打ちされたらたまったもんじゃないけど、振り向いた。
「――おぉ」
 そこにいたのは銀色でセミロング、左に青色のリボンを付けた可憐な少女だった。
 少女は青年の方をじっと見ている。
「かわいいでしょ?」
「ああ。おまえに言うのは癪だけどかわいい」
「……ところで、おまえ呼びはそろそろやめてもらおうかな」
 俺は再び青年を見た。
「んで、名前は?」
「俺はジェノン・フェイ。フェイって呼んでくれ」
「フェイ、か。俺は波風聡。聡って呼んでくれ」
 互いに名前を明かした。
 名前で呼べるようになったことしか得はないけど。
「サトシ、か。じゃあ、また会おう」
 フェイは俺に別れを告げて帰った。
 そうだ。
 あの少女にお礼を言っておこう。
 少女がいなければ俺は死んでたかもしれないしな。
「――あの」
 少女は目を丸くして俺を見た。
「ありがとう」
 少女は何か考えている。
「……カレーパンが食べたい」
 少女は何を思ったのか、急にそんなことを言い出した。
「……へ?」
「だから、カレーパンが食べたいの」
「そ、そうなの」
 俺は今混乱している。
 カレーパンぐらい食べればいいのに。
「まぁいいや。じゃあね」
「お、おう?」
 よくわからないカレーパン好きな少女は別れを告げた。
「奢れって事だったのかな」
 過ぎたことは仕方ない。
 俺は家に帰ることにした。

 家に帰ってスマホを見たら月嶋から着信が来ていた。
「どした?」
 かけ直してみる。
「肉じゃがいらないかぁって思ったので」
「ああ、なるほど」
 どうやら肉じゃがをおすそ分けしたかったらしい。
「あー、折角だし貰っとく」
「じゃあ明日の放課後でいいですか?」
「おお、いいぞ」
「ではまた明日」
 これで通話は終わった。
 さて、宿題もないし暇だ。
 ゲームをして寝ることにした。

 ゲームをしてテンションが高くなってしまったせいか、眠れない。
 こういうときは音楽を聞いて読書をしよう。
 そう思った俺は机の灯りを点けた。
「……ふぅ」
 少し大きく息を吐く。
 読んでいる本の内容はまるで理解できない。
 退屈な授業を聞いている感覚と一緒だった。
 そのおかげもあり、眠気はすぐにやってきた。
 灯りを消して、寝床に着く。
 瞼を閉じて、俺は早々に眠りについた。

 目が覚めると、俺は月にいた。
 いつか見た夢と同じ場所だ。
「また来たの?」
 話しかけてきたのはいつかの少女だった。
「来ちゃったみたい」
「なら仕方ないね。何してく? って言っても遊ぶものはないのだけれど」
 何もないのかよ。
「ならここは雑談じゃないか?」
「あなたと私で話すことなんてある?」
 言われてみれば、趣味もわからないし話すことはなさそうだ。
 と、思ったのだけど気になったことがある。
「そういや成長したよな。というか、月嶋に似てる」
 そう。
 見た瞬間は大きくなったな程度にしか思っていなかったのだが、よく見ると月嶋に似ているのである。
「月嶋? あなたの友達?」
「そうだよ」
「ふーん」
 なぜか視線が冷たくなった気がする。
 何を思ったのか、少女は髪をかきあげた。
 その姿は、とても綺麗だった。
「なぁ、名前はなんていうんだ?」
 前回はよく聞き取れなかった。
 今回は絶対に聞いてやる。
「名前? そっか。ちゃんと言えてなかったもんね」
 少女は俺の目をじっと見つめる。
「ルア・ティアーズ。でも、みんなは私をパレットって呼んでた」
「パレット、か。そう呼ばれるようになった由来は?」
「わからない。聞きそびれたから」
 少女、パレットは少し寂しそうな表情を見せた。
「そっか。で、ルアとパレットだったらどっちがいい?」
 少し悩んだ後に、
「君には、ルアって呼んでほしい」
 と答えた。
「わかった」
「それで君は?」
 当然そうなる。
 ルアだけ名乗って俺が名乗らないなんておかしいからな。
「俺は聡。波風聡だ」
「サトシ、か。よろしくね」
 ルアから握手を求められる。
 それに応えようと思い手を差し出したとき、目覚める予兆がした。
 握手だけでもと粘ろうとしたが、叶わなかった。

 目覚めた時間帯は朝ではなかった。
「うわ、3時かよ」
 深夜も深夜。
 夜中の3時に目覚めたのである。
「トイレでも行くかぁ」
 尿意は感じるし、排尿してスッキリしておこう。

 用を足して部屋に戻る最中、どこからか視線を感じた。
「じゃ、また明日ね!」
 こんな元気な声が聞こえてきたが、気のせいだと思うことにした。

 変に2度寝したせいか、目覚めは良くなかった。
「最悪だ」
 寝坊したわけではないが、如何せん目覚めが悪い。
「とりあえず飯食べよ」
 空腹だった俺はひとまず朝食を摂ることにした。

 朝食を摂ると、スッキリするぐらい目が覚めた。
 まぁ授業中は寝るだろうけど。
「いい~天気だ」
 外は晴れていて清々しい。
 今日も1日頑張ろうと思えてくる。
「あ」
 少女に話しかけられる。
「んあ?」
 素っ頓狂な返事をしてしまった。
 しかしどこかで見た気がするが。
「ああ、道開けてくれた人か」
 そうだ。
 いつぞやの、女生徒に”そこを通して”と頼んでいた人だ。
「そんなことしたっけ? 私」
「いや、覚えてないなら別に気にしないでください」
 俺がそう言うと、
「え? 気にするよ。モヤモヤするもん」
 とムッとして答えた。
「そうだ!」
「な、何?」
 何を言われるんだろう。
「今からどこか遊びに行かない?」
「いえ結構です」
 俺は誘いを即刻断って学校へ行こうとした。
「えぇ~」
 少女は困った顔をしながらも俺についてくる。
「30分! 30分でいいから!」
「30分後には始業で遅刻するんスよ! 無理無理!」
 傍から見ると、痴話喧嘩だ。
 俺が少女を捨てようとしている図にしか見えない。
 もしこんな所を見られたらまずい。
「あ! あそこにUFO!」
 頼むから通じてくれ。
「え! どこどこ?!」
 どうやら通じてくれたようだ。
 ありがたく逃げさせてもらうとしよう。
 俺はダッシュで学校まで向かった。

 学校に着いた時間は始業の5分前。
 現在地は正門である。
「はぁ、はぁ、はぁ、吐きそう」
 追いつかれないようにと全力で止まらずに走ったせいで凄く疲れた。
 とりあえず教室へ行こう。
「――お」
 声が聞こえた。
 恐る恐る声のした方を見る。
「君は確か」
 昨日のカレーパン好きの少女だ。
「疲れてるね」
 少女は俺を見て微笑み、そう言った。
「え? ああ、走ったからな」
「へぇ、朝からハードだね」
「別に習慣にしてるわけじゃないよ。今日は急いでたから」
「そっか」
 会話が一段落して、改めて少女を見る。
 短パンにインナーを履き、フードの付いたジャージを着ている。
 顔は、月嶋に似ている。
 これで月嶋に似ている人に会うのは3人目だ。
 世界には似た顔の人が3人いるというのは本当らしい。
「そういえば昨日も会ったよね?」
「そうだな」
「縁がありそうだし、名前教えてよ」
 縁があるって言っても、まだ2回しか会ってないけどなぁ。
「俺は聡。波風聡だ」
「……ふーん。サトシって言うんだ」
 何か含みのある言い方だ。
「それで君は?」
「私は、ハク。よろしくね」
 少女、ハクは握手を求めてきた。
 俺は素直に応じる。
「ところで、学校は大丈夫なの?」
 ハクに言われて気づく。
 時計を見ると、既に20分も遅刻しているではないか。
「やば! じゃ、これで」
 俺は教室までダッシュで向かった。

 教室に行くと、既に授業は始まっていた。
「すいません! 遅れました!」
「珍しいな波風。次からは気をつけるように」
 初犯だったこともあり、注意で終わってくれてよかった。
 朝から忙しいのはこりごりだ。
 そう思いながら教科書を取り出した。

 昼休みになる。
 疲れも取れたし、ゆっくりと昼食を摂ることにしよう。
 そう思い弁当を探したが、作っていないことを思い出す。
「サトシ。昼飯がないのか?」
 昼飯がないことに気づいたレオンが声を掛けてきた。
「ああ。ないぞ」
「偶然にもちょうどいいタイミングだ。購買に行かないか?」
「お! 行こうか」
 行こうとして立ったとき、
「私のおにぎりを分けてあげましょう」
 と月嶋が参戦した。
 今はおにぎりの気分ではないが、月嶋の目を見ると俺と何か話したいという気持ちが伝わってくる。
 ここは――、
「せっかくだし、おにぎり貰うわ」
 月嶋の気持ちを汲んであげよう。
「そうか。じゃあ、俺はホムラとデートでもするとしよう」
「お、おう」
 レオンは冗談を言って購買へと行った。
「あのさ、寝坊でもしたの?」
「いやぁ、あぁ……」
 正直に言うべきか迷った。
「?」
 何も答えないせいで不思議そうな目をずっと向けてくる。
「実はな」
「うん」
 よし、言うことにしよう。
「女の人に変なナンパされたんだよ」
「へぇ~」
 何も気にせずに月嶋は昼飯を食べ始めた。
「……」
「……」
 俺も気にせずに飯を食べよう。
 俺は貰ったおにぎりをのんびりと食べた。
 
 月嶋のおかげで朝のことは気にせず清々しい気持ちで午後の授業を過ごせた。
「さて、帰るか」
 そう思い立つと、
「学校、終わったの?」
 と窓の方から声を掛けられた。
 声の主はハクだ。
「ああ、終わったよ」
「部活は行かないの?」
「部活、か。所属していることにはなってるけど、行ってない」
「そっか」
 何とも言えないいい雰囲気が漂う。
 丁度よくそよ風も窓から入ってくる。
 というか窓が開いてたのか。
 窓、か。
「そういえばどこから来たんだ?」
「へ? 窓だけど」
「ん?」
 マジかよ。
「まぁ、そんなことはいいじゃん」
「え? あぁ、うん?」
 良くはないが、気にしすぎてもあれだなぁ。
「それで、学校って楽しいの?」
「急だな。まぁ、楽しい方かな」
「へぇ、いいね」
 ハクは優しく微笑んだ。
「ねぇ、私も―」
「サトシ、まだ帰らないんですか?」
 溜息を吐いた月嶋が教室に入ってきた。
「おお、月嶋か。さっきまでそこの……あれ?」
 さっきまでいたはずのハクがいない。
「このクラスの誰かと話してたんですか?」
「え?」
 そういえば、放課後になってすぐのはず。
 ハクと話したときは、俺とハクの2人きりだった。
 思ったことを気にして教室を見ると、帰るために準備をしている生徒がまだたくさんいることに気づく。
 いったい何が起きたって言うんだ。
「今日のサトシは変ですね」
「そう、だな」
 現実を受け止めきれずに、俺は月嶋と教室から出た。 

 ゆっくりと歩く。
「気になったのですが、サトシは部活は何かしてないんですか?」
 さっき聞いた質問だな。
「急にどうしたんだ?」
「いつも私と帰宅しているから気になったんですよね」
「ああ、なるほどね」
「それで、どうなんですか?」
「所属はしてるけど、行ってない」
 ハクのときと同じように答えた。
「そうですか」
 月嶋の返答はハクと似ていた。
「差し支えなければ、行かない理由を聞きたいです」
「うーん、そうだなぁ」
 言えない理由はない。
 でも、言いたくはない。
「差し支えあるから言わない」
 少し考えたけど、言わないことにした。
「……そうですか。まぁ、色々ありますよね」
 何を思ったのか、月嶋の表情は重くなった。
 そんな大層な理由じゃないんだけどな。
「そんな顔するなよ」
「? どんな顔ですか?」
「自覚ないのか? 今凄い重い表情してたぞ」
「ああ、ただ晩御飯を何にするかを考えてただけです」
「お、おう。そうかい」
 それはそれで結構なんだが。
「あ! いたいた!」
 何やら元気な声が耳に入ってくる。
「ねぇねぇ! 今から遊ぼうよ!」
「げ」
 朝のめんどくさい少女ではないか。
「なんですかあなたは。今日はもうそんな時間ないですよ」
「あなたこそなんですか? 邪魔しないでくださいよ」
 うわぁ、厄介ごとだぁ。
 それはそうと、
「名前、聞いてなかったな。あなた誰なんですか?」
 少女の名前を俺は知らない。
「私? そういえば名乗ってなかったわね。私はアイスバーグ・リトゥン・スワロウ。みんなは私をアリスと呼ぶわ」
 アイスバーグことアリスは礼儀正しくお辞儀をした。
「アリスはそんなに俺と遊びたいのか」
「そうよ。せっかく会えたんだから思い出は残したいじゃない?」
「思い出ったって、俺ら初対面っスよ?」
「気にしない気にしない!」
 凄い遊びたがりだなこの子。
 どうしよう。
 俺は正直なところ帰りたいんだけど。
「ちょっとちょっと。サトシは嫌がってますよ。その辺にしてください」
 月嶋が割って入った。
「邪魔しないでと言っているのが聞こえないの?」
「聞こえないですね」
「……んな!」
 月嶋とアリスは一触即発な状態へと近づいている。
「あー、週末遊ぶから連絡先教えてくれる?」
 穏便に、穏便に。
「ホント?! 約束だよ」
 アリスの表情が少し明るくなる。
「ああ。約束だ」
 俺はアリスが差し出したスマホの連絡先を登録した。
「じゃ、まったねー!」
 アリスはスキップをして去った。
「なんだったんですか。彼女」
「実は、あれが遅刻の原因なんだ」
「そうだったんですか。次からはあんなナンパ師無視していいですからね」
 月嶋のアリスへの当たり方はキツくなった。
 第一印象は最悪だったようだ。
 少し不機嫌な月嶋を宥めて、再び歩き出した。

「では、私はこれで」
「おう。またな」
 月嶋と別れて、1人で歩き出す。
 一緒に帰る人がいなくなるとこうも寂しく感じるものなのか。
 それとも一緒なのが月嶋だからなのか。
 寂しさの原因はわからない。
 まぁいいかと気にせずに歩き続ける。
「おや、誰かと思えばサトシじゃないか」
「おお、スカイさんか」
 久城のとこのスカイと遭遇した。
「おっと、スカイさんは遠慮してほしいな」
「じゃあなんて呼べばいいんスか?」
「空野さんと呼んでほしい」
 スカイもまた、名前をつけたのか。
 ソラの王にちなんでの名前だろうけど、そのまますぎないだろうか。
「空野さんはこんな所で何してるんです? 久城の家は反対なのに」
「そうだな。言うなればアルバイトだ。それも引っ越しの」
「引っ越しのアルバイト? それもこの辺ですか?」
「ああ。しかも、サトシの家の隣だな」
 なんだって。
 俺の家の隣だと。
「それ、本当か?」
「ああ。誰かまでは言えないが、本当のことだ」
 まぁ、ここで騙す必要性は皆無だもんな。
「じゃあ、一緒に行くか」
「それもそうだな」
 俺はスカイと共に帰路についた。

「……お?」
 見知った人が俺の家の前にいる。
「あら? 今帰ってきたの?」
「そうだ。空野さんもといスカイさんも一緒だぞ」
 見知った人、久城はスカイを見る。
「少し遅いんじゃない?」
「すまないな。ゆっくりとしすぎたようだ」
 スカイは久城に頭を下げる。
「え? ちょっとちょっと。そこまでしてとは言ってないよ」
 まさか頭を下げられると思っていなかった久城は慌てている。
「ところで、久城もバイトで来てるのか?」
「まぁね。バイトって言ってもちゃんと荷物が運ばれたかのチェックだけど」
「そっか。頑張れよ」
 俺はエールを送り、自宅に入ろうとする。
 そこに、俺の腕をがっしりと掴む久城がいた。
「言いたいことは、わかるよね?」
 笑顔でそう問いかけてくる。
「……おい、その手を離せよ」
 いつになくマジなトーンで俺は久城に言い放った。
「スカイだけじゃね、人手が足りないのよ」
「他のスタッフがいるだろ?」
「それを含んでも足りないんだなぁ」
 察してはいるが、念のため確認しておこう。
「俺に、手伝えと?」
「それ以外に、何か?」
 まずい。
 逃げなければ。
「俺、これから課題やんなきゃな~」
「あら、私も課題はあるんだけどな~」
 こいつ、なんていう返しをしてくるんだ。
「あ、晩飯の準備しなきゃな~」
「へぇ~、このバイト終わったら頂こうかな~」
 どんだけ巻き添えにしたいんだよ。
 それはそうと。久城の腕を掴む力が強くなっている気がするのだが。
「なぁ、掴む力が強いんだけど?」
「そうだね。首を縦に振れば離すんだけどね」
 仕方ないな。
 俺の命のためだ。
「わかったよ。手伝うからこの手を離してくれ」
「わぁ! ありがとう!」
 急に大根役者になったぞ。
「じゃあ、この荷物運んでね」
 俺は久城が指差した荷物を運ぶ。
 意外にも軽いと思ったが、油断したのは言うまでもない。
 俺はこのバイトで地獄を見た。

「ありがとうサトシ。おかげで少し早く終わったよ」
「そりゃどーも」
 俺とスカイはソファでくつろぐ。
「2人ともお疲れ様。今日は私が晩御飯作るね」
「「なにぃ?!」」
 俺はともかくスカイが驚いているのはなぜなのか。
「なんでスカイさんが驚いてるんスか?」
「その名で呼ぶときはスカイと呼び捨てで頼む。それと、久城家の家事は基本私が担当しているよ」
 スカイは溜息を吐いて言った。
 この様子からして、家事はスカイが1人でしているんだろうな。
「ってことは、久城は普段料理をしない、ということでいいんですね?」
「ああ。それで構わない」
 俺とスカイの会話を聞いている久城の顔を見ると、少し引きつっていた。
「ちょっと。私だって簡単なものくらい作れるんだけど?」
「ん。ああ、すまん。勝手に不味いと思い込んでた」
 ここは久城の腕を信じるしかないか。
 大きい不安の中に少しだけ期待という調味料を加えて待つとしよう。

 しばらくして――
「ほら、できたよ」
 食卓に見た目は完璧と言っていい出来のグラタンが置かれた。
「お、おう」
 まだ、わからない。
 ひょっとしたら見た目は良くて味がダメなパターンの可能性も――。
「うむ。おいしい」
「お!」
 躊躇っていると、スカイが既に食していた。
 どうやら味もいいらしい。
 スカイの言葉を信じて、グラタンを口に運ぶ。
「う、うまい……」
 なぜか感動して涙が出てきた。
「え? な、泣くほど、なの?」
 作った本人はオロオロしている。
 食事は我が子が初めて料理をしたときの雰囲気となった。
 
 食事が終わるまで口にしなかったことがある。
「なぁ」
「何?」
 答えたのは久城だった。
「なんでちゃっかり俺ん家でくつろいでんの?」
「え? あー」
 自分でもそういえばと思ったのか、考え始めたぞ。
「バイト終わりで休みたいじゃん?」
「それで?」
「家、隣じゃん?」
「したら?」 
「こうなってた」
 まぁ、そうだろうとは思ったけど。
「今日は泊まってくのか? 泊まるなら布団の用意するけど」
「まさか。そこまでしてもらうわけにゃいかないよ」
「そっか。なら送ってくか?」
「私がいるからその辺は心配ないぞ」
 スカイがアピールしてきた。
 確かに、スカイがいるのだし大丈夫なのは確かだろう。
「わかった。そんじゃ、帰るまではゆっくりしてってくれ」
「「はーい」」
 久城とスカイの息が合った返事が来た。
 ひとまず俺もゆったりするとしよう。

「じゃ、今日はお世話になっちゃったね」
 急に久城がそんなことを言い出した。
「なんだよそんな改まって。ゆっくり休めたんならそれでいいだろ?」
「それもそうね。でも、感謝の気持ちくらいは受け取ってよ」
「ああ。そうだな」
 玄関の扉が開く。
「それじゃね。聡」
「おう。またな」
「ではな。サトシ」
「ス、スカイもまたな」
 ぎこちない返事でスカイも見送る。
 扉が閉まるまで俺は手を振っていた。

 風呂から上がり、テレビを見る。
 1人になったせいか、少し寂しく感じた。
「……課題、終わらせなきゃな」
 見る番組もない。
 俺はやり終えていない課題をすることにした。

「ん?」
 やけに涼しく感じる。
「風か?」
 窓が開いているのかと思い、窓の方を見る。
「開いてない?」
 次に感じたのは、気配だった。
「幽霊だったら嫌だぞ」
 幽霊に対する恐怖心を消すために灯りを点けた。
「……」
「……」
 ああ、なんだハクか。
 そう思って胸をなで下ろした。
「……どうも、お邪魔してます」
「あ、ご丁寧に」
 挨拶を交わして椅子に座り、課題に取り組み始めた。
 ではなく、なぜいるのだろうか。
「なんでいるの?」
「……あ、やっちゃったか」
「な、何をだよ」
「今日のことは忘れて」
 それだけ言って、ハクは部屋を出て行った。
 気になって仕方なかったが、課題に集中しよう。

 課題が終わるころ、ちょうどよく眠気が来た。
 灯りを消して、ベッドに入る。
 そのまま瞼を閉じると、俺は眠りについた。

 意識が戻る。
 瞼を開けると、懐かしい匂いがした。
「聡、起きて」
「ん、んぁ」
 のしかかる眠気を追い払い、目を覚ます。
「真冬?」
「真冬? 間違えてない?」
 なんだって。
 だって、その姿は――

 変な夢を見た気がする。
 どこにも存在しない記憶。
 真冬に、姉か妹がいたんだろうか。
「あ、今何時だ?」
 時計を見ると、朝の5時だった。
「今日って?」
 スマホの画面を見ると、今日は土曜日だった。
「ああ、休みか」
 それなら2度寝をしよう。
 そうして再び眠りについた。

 目覚めると、いつもの場所にいた。
「気づいた?」
「お、ルアか」
 今日は初めから待っていてくれたらしい。
「会えないかと思った」
「お、なんだ? 意外と寂しがり屋なんだな」 
「そうだよ」
 あれ、否定しないのか。
 冗談で言ったつもりだったが、どうやら本当らしい。
「そうなるには何かあったのか?」 
「そりゃあったけど。話したくないかな」
「じゃあいいよ。辛いことなら、別にいい」
 ルアは何を思ったのか、俺を凝視する。
「……俺を見ても何も出ないぞ?」
「ふふっ。そうみたい」
 あ、笑った。
「あ、そうだ」
 ルアは手を差し出した。
「握手。前はできなかったから」
「ああ、そういえばそうだな」
 俺は差し出された手を握る。
「こういうの、いいね」
「んー、そうだな」
 しばらくの間、手を握り続けた。
 落ち着いた雰囲気で、居心地がいい。
「そろそろ、じゃないかな?」
「そろそろ?」
「うん。帰る時間来るの」
 ルアがそう言うと、意識が遠のき始めた。
「ん、あれ。眩暈がする」
「だって、目覚め時だもの」
 ということは、もう起きるにはいい時間なのか。
「じゃあ、またね」
「ああ、また、な」
 今回は、スッキリした気分で別れられた気がする。

「ん、んぅ」
 瞼を開けて、スマホを見る。
「8時か」
 2度寝したにしては早起きな気がする。
「ま、色々やれるし得か」
 そう思って起きることにした。

 朝食を食べ終えてスマホを見ると、1件のチャットの通知が来ている。
「焔からか」
 しょうもないことなんだろうなと思いながらメッセージを見た。
”おい! この辺に凄い人が越して来たぞ!”
 これだけ送られていた。
「……凄い人ってどんなだよ」
 昨日で課題を終わらせているため、やることがない。
 焔に会って聞いてみるとしよう。

 外に出ると、見た顔があった。
「あー、どうも」
 どう見てもアリスだ。
「こんにちは。隣に引っ越してきましたアイスバーグ・リトゥン・スワロウといいます」
「そうですか。これからよろしくお願いします」
 挨拶を済まして焔に会いに向かおうとした。
「それで、どこに行くの?」
「友達に会いに行くんだ。そんじゃな」
 引き止めてきたアリスを軽くあしらって行こうとしたのだが――
「週末遊ぶから、って言ったこと忘れてないよ?」
 そういえばそんなことを言った記憶がある。
「そう、だな」
「そうだよ」
 アリスは”えへへ”なんて笑っているが、どうしようか。
「言っとくけど、私を怒らせたらおっかないおじさんに殺されるよ?」
「おっかない、おじさん?」
「そう。私の執事って感じなんだけどね、怒ると説教が長いし圧は凄いしでもうメンタルはズタボロ。そういう意味で殺されるって話ね」
 どうやら、命が取られる訳ではなさそうだ。
 それがわかって安心したが、説教は食らいたくないな。
 というか過去の俺が約束してしまったんだ。
 果たさなきゃな。
「わかったよ。今日はアリスに付き合う」
「ホント! やったー!」
 凄く喜んでいる様子を見た。
 ふと思い出したが、俺はアリスの連絡先を持っていたはずだ。
 もしかして、こっちから誘わないからわざわざ俺の家まで来たのだろうか。
 まぁ、気にしなくてもいいことか。
「ほら、行くよ!」
 今日は騒がしくて、それでいて楽しくなりそうな予感がした。 

 遊べる場所が集まっている駅前に来た。
「さぁて、どこがいいかなぁ~」
 アリスは建物を見回して悩んでいる。
 鉄板になるけど――
「映画見ないか?」
「映画? うーん、おもしろいもの上映してるの?」
「え?」 
 そうだよ。
 何を見るか考えてないじゃないか。
「あー、ポスター見て決めよっか」
「そうだね」
 俺とアリスは2人で上映中の作品のポスターを見ることにした。

 ポスターを見ると、アクション、恋愛、サスペンスといったジャンルの映画が上映されている。
 アクションは洋画で、報道される映画ランキングの上位にあるものだ。
 恋愛は、まぁ、それほどおもしろくはなさそうだ。
 サスペンスは可もなく不可もなくといったところだろう。
「アリスはどのジャンルが好きなんだ?」
 俺は正直どれでも良かったので、アリスの見たいものにすることにした。
「ん? 君が見たいのでいいよ」
「あれ? もしかして俺、名前言ってない?」
「えーと、1度聞いたんだけど、確か……」
 記憶を辿ってみれば、確かに俺は自己紹介をしていない。
「聡。波風聡だ。これからは聡でいいぞ」
「サトシ。うん、いい名前だね」
「そ、そうか」
 さて、映画の話に戻ろうか。
 それで、俺が決めることになったんだよな。
 俺が見たいものは――
「これにしよっか」
 指を指したものはアクション映画のポスターだ。
「アクション、か。うん、おもしろそう」
 よかった。
 これでこっちの方がいいとか言われたら嫌だったからな。
「それじゃチケット買ってくる」
「うん! 楽しみだなぁ!」
 ようやく見れるからだろう。
 見事にはしゃいでいる。
 俺は少し急いでチケットを買った。

 見終わってから、アリスはずっと目を輝かせている。
「ねぇ、広場行こう」
「お、おう」
 テンションが上がったアリスと共に駅前の広場に向かった。

 広場についてからアリスはマシンガンのように映画の感想を話してきた。
「特にね! 佳境に入ってからの爆発シーンはたまらなかったよー!!」
「ははっ。そうか」
 俺は親のようにアリスの話を聞いていた。
 その途中、俺の腹が鳴った。
「お腹空いたな」
「あれ、もうお昼?」
 時計を見ると、既に12時半だった。
「なんか食べたいものあるか?」
「んーとね、ハンバーガーかな」
「じゃあ、行こっか」
 アリスを連れて、ハンバーガーを食べに行った。

 注文が終わり、席に着く。
 ポテトを次々に口に運ぶアリスの姿は子どもそのものだった。
「すごい食べるな? 2つ頼まなくてよかったのか?」
「た、食べすぎたらその、体重が……」
 デリケートな部分に触れてしまったか。
「そ、それよりも! サトシの食べる量が少ないんだよ!」
「そうかなぁ?」
 そういう俺はテリヤキバーガーとポテトM、コーラMの極めて普通な注文をしていると思うのだが。
 ちなみに、アリスはダブルチーズバーガー3つ、ポテトL、コーラMを頼んでいる。
「そ、そうだよ」
 むむぅ、と唸るアリス。
 なぜだかその様子がかわいく見えてしまった。
「ほ、ほら、今は食事を楽しもう。な!」
「そうだね!」
 再びもぐもぐと食べ始めた。
 食事に夢中で会話はなかったが、気まずくならずに楽しめた。

「おいしかったね!」
「ああ、そうだな」
 どうやら満足してくれたようだ。
「次はどこに行くの?」
 そういえば考えてなかった。
「あ、もしかして帰る感じ、かな?」
「へ?」
 そんな険しい顔をしていたのだろうか。
 アリスに気を遣わせてしまったようだ。
「俺はまだ付き合ってもいいんだけど、どうする?」
「私は……」
 アリスは悩んでいる。
「朝から付き合ってもらったし、少し休みたい」
「そっか。じゃあ、公園寄ってくか」
「公園? 冗談言わないでよー」
「え?」
「サトシの家で休みたいなぁ~」
 なんてことを言い出すんだこの娘は。
「家、汚いぞ?」
「別にいいよ」
「Gが出ても知らないぞ」
「ゴキブリなんて怖くないし」
 追い返す口実は思いつかない。
 諦めて家に連れていくしかなさそうだ。

 帰路の途中、月嶋を見かけた。
「なぁ、裏道があるんだけどそっち行かない?」
「? なんで?」
「いやぁ、ほら……」
 アリスに月嶋がいることを目で伝えた。
「ふぅん。でも、喧嘩になったとて私が勝つからヘーキヘーキ!」
「そ、そうか」
 アリスの様子からして衝突は避けられそうにない。
 諦めてそのまま進もう。

「あれ、サトシと……ロリですか」 
「誰がロリじゃ!」
 喧嘩になったか。
「見た目はどう見てもロリでしょうに」
「な、何おう!!」
 アリスはわかりやすく腕を上げる。
「やる気なら、全力で相手をするまでだ!!」
 くわっと月嶋は威嚇した。
「ふっふっふ。私に喧嘩を売ったこと、後悔しろ!!ボケナス!!」
 そんなバチバチな中で、肩を叩かれる。
「どうしたのかな? こんなところで」
「お、おまえは!」
 肩を叩いたのはフェイだった。
「彼女たちは僕に気づいてないな」
「え、ああ、そうだな」
 月嶋とアリスはフェイなどどうでもいいくらいには衝突している。
「今日は君といてもつまらないだろうし、帰るよ」
「待てよ」
 無意識に引き止めてしまった。
 仕方ない。
 ここは、気になったことでも聞いておこう。
「おまえに気づいてない今がチャンスなんじゃないのか?」
「そうだね。そうして欲しいなら別だけど、僕は不意打ちとか好きじゃないからさ」 
 フェイは乾いた笑顔で言った。
「俺は絶対、あいつのようにはやらない」
 フェイの一人称が変わった。
 それだけ恨む人物がいるらしい。
「おまえ……」
「ああ、今のは忘れてよ」
「あ、ああ」
 それじゃ、と手を振ってフェイは帰った。
「サトシ! 早く帰りますよ!」
 いつの間にか月嶋たちは歩いていたようだ。
「おう! 今行く!」
 少し駆け足で月嶋たちに追いついた。

 かくして――
「なんで俺の家でこんな白熱してんだよ」
 俺の家でアリスと月嶋が喧嘩することになったのである。
「場所がここしかなくて……」
 アリスが申し訳なさそうにしている。
 いや、むしろ俺の家でよかったのかもしれない。
 この2人をゲーセンなんかに放り込めば恐ろしい光景が広がることが容易に思い浮かぶ。
「いや、責めてるわけじゃないんだ。テンションが凄すぎてつい」
「え、そんなに凄い?」
 月嶋が目を丸くして聞いてきた。
「それはもう。秋なのに夏の甲子園を感じるほどには凄いぞ」 
「おぉ……」
 月嶋の目の中にある火がより強くなった気がした。
「じゃ、俺は晩飯の支度するから2人で楽しんでくれ」
「「はーい」」
 返事は息が合うんだな。
 この感じなら心配はいらないだろう。
 そう思って台所に行った。

 料理をしている最中、居間で叫び声が聞こえたりして凄い気になった。
「っしゃオラぁ!」
「ぬぬ~っ!!」
 声的に月嶋が勝ったな。
 そんなことを考えながら料理をした。

「ほら、ハンバーグができたぞ」
「「ハンバーグ!!」」
 凄く食いついてきた。
 椅子に座るまでの速度は音よりも速い気がした。
「サトシ、早くしないと冷めちゃうよ」
「あ、ああ。そうだな」
 アリスに急かされて俺も座った。
「「「いただきます」」」
「ロリ。何ケチャップをかけてるんです? サトシが作ったデミグラスソースがあるでしょう?」
「ロリって呼ぶのやめてよ。私にはアリスってあだ名がちゃーんとあるんだから」
「じゃあロリスって呼ぶね」
「んなっ!!」
「月嶋、その辺にしてやれ」
 どうやら、今日の食卓は賑やかになりそうだ。

 食後は3人仲良く過ごした――
「ロリス、帰りますよ」
「もー、ロリスって呼ばないでよボケナス」
「ボケナスと呼ばれるのも心外ですね。私には月嶋瑠奈という名前があるのですから」
「……ふーん」
 わけでもなかった。
「なぁ、そろそろ一瞬でもいい雰囲気出して欲しいんだよなぁ」
「しばらくは無理ですね」
 月嶋に即否定されてしまった。
「同じく」
 アリスは月嶋に同意しているし、本当に仲良くなることは難しいことなんだろう。
「はぁ、サトシの家に泊まってもいい? 私疲れちゃって」
「それはダメです!」
 アリスの冗談に月嶋は強く反発した。
「ちぇー。まぁ私の家は隣だし、気にしない気にしない」
「……え? ウソ、でしょ」
 俺は今、こんな喧嘩なんてしないでとっとと帰って欲しいと思っている。
 どうしよう。
「ほら、夜遅いんだし帰った帰った。月嶋は俺が送ってくから」
「まだそんな遅くないよ?」
 このロリは俺の気持ちを察してほしい。
「まぁ、サトシも疲れてるしね。今日はもう帰ろ」
 アリスは俺を気遣ってくれたのか、帰る気になったようだ。
「じゃ、行こっか」
 月嶋とアリスと3人で外に出た。

「ほ、ホントに隣だった……」
 隣の家にある表札を見ると、スワロウと書かれていた。
 それを見た月嶋は目を丸くしている。
「それじゃ、またね~」
「おう。またな」
 アリスとは笑顔で別れた。
「じゃ、行くぞ」
「……うん」
 月嶋の家まで、二人並んで歩き出す。
 そのときの月嶋は少し寂しそうな表情をしていた。

 道中、月嶋が口を開く。
「あの、ね」
「ん?」
「私たちって、常に一緒にいるべきじゃないのかなとか思ったりするんですけど」
 そういえば、そうか。
 久城とスカイは一緒に暮らしている訳だし。
「じゃあ、俺ん家来るか?」
「え? いいんですか?」
「まぁ、空き部屋あるしな。大丈夫だ」
「では早速ですが、引っ越しましょう!」
「……は?」
 まさか、今から始めようってことなのか。
「『は?』も何も、今日は荷造りだけですよ。運ぶのは明日ですよ」
「そ、そうか」
 月嶋の行動力は侮れないな。
「あ、そろそろ着きますね」
 月嶋は1歩前に出る。
「では、また明日」
 振り向いて別れの挨拶をした。
「ああ。また明日な」
 この日はアリスといい月嶋といい騒がしい1日だった。
 焔には会えてないし。
 とりあえず、今日はもう休むことにしよう。

 熟睡できたおかげか、体が軽い。
 いい日曜日になりそうだ。
「ふぁぁ、よく寝たな」
 時間が気になりスマホを見る。
「うわ。もう10時じゃんか」
 何時間寝てるんだ俺は。
 とりあえず朝食でもとるとしよう。

 10時ということもあり、凄くお腹が空いている。
「何食べる?」
「そうだな。昼食と併せてもいいかもな」
「じゃあカレーでも作ろうか?」
「ああ。そうしてもらう」
 久しぶりだな。
 誰かの手料理を食べるのは。
 と、思っていたがなぜ我が家に人がいるのでしょうか。
「なぁ。ハクだよな」
「そうだよ」
「なんでいんの?」
「……人参が上手く切れなかったら嫌だなぁ」
 スルーしやがった。
「ま、追い出しはしないけどさ。ほどほどにな」
「勝手に入ってもいい、と?」
「うーん。まぁそれもいいけど、お客さん来てるときはさすがにダメ。そういうときはインターホン鳴らしてちゃんと玄関からな」
「……うん」
 受け入れられると思っていなかったのか、驚いているようだ。
「じゃ、カレーよろしくな」
「うん。とびっきりのやつ、作るから」
 さぁ、ハクの作るカレーはどんな味がするのかな。

 2人向き合って座った。
「「いただきます」」
 遅くはあるが、ようやくの朝食だ。
 昼食も兼ねてはいるが。
「これは……」
「おお?」
「普通にうまいぞ」
「えぇ〜。すごくおいしいとかじゃないの~?」
 俺の感想に少し不満な様子。
「すごくおいしいのは当然なんじゃないか? まずいカレーなんて食ったことないし」
「まずいのもあるかもよ? とびっきり臭いやつとか」
「なんだそのカレーは。想像したくないな」
 穏やかで、楽しい食事だ。
 騒がしいのもいいが、俺はこっちの方が好みだな。
「ねぇ。私、ここに住みたいかな」
「ごふっ!?」
 この家に2人目の居候が来ようとしている。
 まぁ、屋根裏部屋を含めばいけないことはない。
「屋根裏部屋しかないぞ」
「別にいいよ。住めれば」
「そ、そうか」
 まさか月嶋と同じタイミングで来るなんて思いもしない。
「それと、今日もう1人居候が来るんだけど」
「別にいい。それに、多い方が楽しいし」
「そ、そうか」
 淡白なのか、興味がないだけなのか。
「じゃ、決定ね。あ、家具とかは自分で用意するから心配しないで」
「お、おう」
 自分でって、お金とか運ぶのとか考えているのだろうか。
 俺も俺で月嶋の引っ越しを手伝うから、人のことをとやかく言っている場合じゃないな。
「じゃ、ごちそうさん」
「はーい」
「引っ越しの手伝いするから出かけてくる。悪いけど、食器頼んでいいか?」
「いいよ。任せておくれ」
 食器をハクに託して、俺は月嶋の家へと向かった。

 月嶋の家はダンボール箱で埋まっていた。
「手伝いに来てくれたのはありがたいのですが、荷物ならもうないですよ」
「おう、そうか」
 どうやら、もう業者が来ていたようだ。
 俺にできることはないらしい。
「せっかくですし、一緒に帰りましょうか」
 とりあえず2人で帰ることにした。

 帰ってきてからは大変だった。
 思いの外ダンボール箱が多く、部屋に運ぶだけで体力が相当持ってかれてしまった。
「えっと、月嶋さん。机の組み立てとかまだ残ってるんですけど」
「はい。今日やりますよ」
「……休まない?」
「もう。頼りないですね」
「悪かったな」
 俺は床に座り込み、一息つく。
 そんな俺を横に月嶋は作業を進めている。
 その様子が楽しそうに見えて仕方ない。
「おまえ見てたらなんか知らんけど、体力戻ってきたわ」
「なんでですか?」
「わからんって言ったろ。そんなこといいから、俺は何をしたらいい?」
「では、椅子を組み立ててください」
「あいよ」
 月嶋と楽しい時間を過ごす。
 引っ越し作業で疲れたが、それ以上のものがあって良かった。

 作業が終わってからは、風呂に入りゆっくりとしていた。
「なんだか眠くなってきましたね」
「そうだな」
「そういえば、今日は満月らしいですよ」
「月見でもするか?」
「団子がないですよ?」
「麦茶で我慢してくれ」
 暖色の照明の下で相席して話す。
 月嶋の後ろの窓から見える満月が俺たちを照らしていた。
 父が海外へと行ってからは1人で夜を明かしていた。
 その日々が一変して楽しいものになろうとしている。
「ふぁぁ~」
「でかい欠伸だな。そろそろ寝るか」
 俺と月嶋は席を立つ。
「おやすみ、サトシ」
「おう。おやすみ」
 おやすみと告げて、互いに部屋へと戻った。

「参ったな。眠くないぞ」
 月嶋が眠そうにしていたから部屋に戻ったが、俺はちっとも眠くなかった。
 ゲームでもしようかと思ったが、遅い時間だし余計に眠気が飛ぶ。
「本でも読むか」
 そう思い本棚を覗いてみる。
 棚に並んでいる本は全て読破してしまった。
 正直読みたい本はない。
 そう思ったが、本棚の奥から一冊の古びた本が出てきた。
「龍王伝説? こんな本あったっけな」
 興味本位で読んでみる。
”かつて、龍王と呼ばれた魔道士がいた。”
”その魔道士は圧倒的なカリスマで人々を導いた。”
”その魔道士の名は――”
「――ドラゴン・エアロバニア、か」
”ドラゴンには4人の仲間がいた。”
”魔王、要塞、閃光、救世主と呼ばれた仲間が”
「ふ、二つ名が凄いな」
 本当に伝説のようだ。
 ただ、月嶋もといギャラクシー曰く、現代にも魔法が存在していると言っていた筈だ。
 もしかしたら、このドラゴンという魔道士も実在するのではないだろうか。
 時間が空いたときに月嶋に聞いてみるのもいいかもしれないな。
「ん……眠くなってきたな」
 とりあえず、布団に入ることにした。

 夜中に目が覚める。
 さらに言えば、異様に眩しい。
 部屋の窓から外を見る。
「――――あ」
 月光は太陽のように、1人の少女を照らしていた。
 その少女には見覚えがあった。
「ハク、か」
 ハクは月の下で優雅に佇んでいる。
 その姿は、星の向こう側にいる大切な人を思っているように見えた。
 どうしよう。
 この美しい姿から目が離せない。
 ハクの様子を見に行くことにした。

「ハク!」
 俺は思わず名前を呼んだ。
「――!」
 振り返った彼女は、泣いていた。
「あ、いや、その……そこで突っ立ってたからつい、な」
 こういうとき、どういう言葉をかければいいのか、俺にはわからなかった。
「――――え?」
 彼女は、何かにすがるように俺に抱きついた。
「ど、どうしたんだよ?」
「……ごめん。ちょっとこのままでいさせて」
 涙を押し殺した声で、頼んできた。
 その願いを、俺は無言で受け入れた。
 小声でハクが何か呟いた。
 なんとなく、何と言ったか聞こえたような気がした。
 それを信じて、言葉をかける。
「”ひとり”は、寂しい?」
 次の瞬間。
「……っ」
 彼女は泣いた。
 声を殺していることに変わりはないが、それでも小さな雫を零し始める。
 服を握り、顔を胸に埋めて。
 彼女は泣いていた。
 少しの間、沈黙となる。
 彼女が落ち着いた頃、はっとして俺から離れていった。
「……ごめん。急に」
「俺は別にいいんだけど、何かあった?」
「今はちょっと、話せないかな」
「そっか。なら仕方ないな」
 もう夜も遅いし、帰らないといけない。 
「それじゃ、またな」
「また、ね」
 ハクは振り向いて歩き出す。
 歩き始めた場所には、一輪の白い花が咲いていた。

 あれから俺はすぐに寝た。 
 寝たのだが――
「起きろーーっ!!」
 月嶋がフライパンとお玉を踏切のようにカンカン鳴らして起こしに来た。
「だぁーーーっ!今起きるわ!!」
 月嶋の元気に対抗して、月嶋以上の元気で対抗した。
「よしっ! では、朝食を食べましょう」
 朝から元気な月嶋に付いて行くことになった。

 居間に行くと、ベーコンの焼けたいい匂いがした。
 さらに言えば、バターの塗られたトーストの焼けた匂いもする。
「朝食、作ってくれたのか?」
「はい。起きてから時間があったので」
 俺は今、感動している。
 今までは自分で朝昼晩全てtの食事を用意しなくてはいけなかったが、こうして作ってくれる人がいる。
 それが凄くありがたく、嬉しかった。
「ありがとう。んじゃ、ありがたくいただきます」
「どうぞ、召し上がってくださいな」
 席について月嶋に促されるままに朝食を食べた。

 いい気分で朝食を終え、支度を済ませる。
「今日のサトシはなんだか元気がいいですね。まだ月曜日なのに」
「そう見えるか。まぁ、そう見えるのは月嶋の朝食のおかげだな」
「……そ、そうですか。それは、よかったです」
 月嶋は顔を赤くしている。
 よほど俺の言ったことが嬉しかったんだろう。
「きょ、今日は朝から現代文ですね。眠くなりそうです」
「ん? ああ、そうだな。ちゃんとノート取るんだぞ」
「う、気を付けます」
 落ち着いた朝の中、他愛のないことを話して登校した。

 教室に入ると、俺の席に久城が座っていた。
「う、うっす」
 勝手に居座ってることに耐えられなくなったのか、気まずい様子で挨拶された。
「うっす、て。んで、なんか用か?」
「別に。聡のとこに遊びに来たっていいでしょ?」
 予想外なことを言われたものだ。
「いいはいいんだけど、変な噂立ったら嫌だとか考えないのか?」
 久城は赤面しだした。
「別に、うう……」
 そうして俯いた後、
「聡とその友達が仲良くしてるの見て、こういうのしてみたいって思っちゃったから」
 と、恥ずかしそうにして言った。
「お、おう。そうか」
 なんか、申し訳ないことをしてしまったようだ。
「あ、えーと、リオは朝何食べました?」
「米と味噌汁」
「あっ、はい」
 少しぶっきらぼうに返事されたことで月嶋も臆してしまった。
 そこにレオンがやってきた。
「おはようサトシ。ん?」
 レオンも俺の席に居座る久城を見た。
「……いつ起きてもおかしくはない、な」
 ぼやきにしては声が大きかった。
 そう言ったレオンの顔は真剣な顔をしていた。 
 更に言えば、レオンの目は獲物を狩るような目になっていた気がする。
「あっ、レオン君おはようございます」
「……ん? あ、ああ、おはよう」
 一瞬取り乱したように見えたが、月嶋の挨拶でいつものレオンに戻った。
「もうこんな時間なのね。じゃ、戻るわ」
 時計を見ると、ホームルームまであと5分だった。
「そ、そうだな」
 戻っていく久城の背中は少し寂しそうに見えた。
 久城の背中を見届けた後、複雑な気持ちで席に着いた。

 昼休み。
 月嶋は食堂で食べるらしい。
「弁当作ってないしな」
 ここは――
「たまには屋上で食べるか」
 レオンのぼやきは気になるが、今日はなんだか1人でごはんを食べたい気分だ。
 購買でパンを買って屋上へ行くことにした。

 屋上に来たが、人は誰もいない。
 というか、本当は立ち入り禁止だし悪いことをしているのだ。
「今日は晴れてんなぁ」
 今日の天気について呟き、買ってきた焼きそばパンを開けた。
「なーんだ。カレーパンじゃないんだ」
 声の方を見ると、柵の上にハクが立っていた。
「おいバカ! 落ちたら死ぬぞ! こっち来い!」
「私落ちないから大丈夫だよ?」
「絶対とは言い切れないだろ!」
「……はーい」
 ハクは渋々柵から降りて俺の隣に座った。
「んで、なんで学校来てんの?」
「別に特別な理由はないよ。学校の屋上って高いところだからってだけ」
「そっか」
 高いところならもっといい場所があったろうに。
「ね、サトシはさ、ここに来て何を学んでるの?」
「え、数学とか、物理とかだけど」
「そんなの知ってるよ。それ以外の話」
 難しい話だな。
「それは、わからないな」
「……ふーん」
 ハクは少し残念そうな顔をする。
 俯き、少し目を瞑った後、
「そんなんじゃ、選ぶものも選べないよ」
「え? どういう意味だよそれ」
「ま、その頃にはサトシだって変わってると思いたいな」
 会話が成り立ってないように感じる。
 ただ、それ以上に感じたのは――
「聡くん?」
「ん? ああ、真冬か。どうした?」
「どこにもいなかったから探してた」
「あー、心配かけたか?」
「まぁ、ね。ところで、今誰かと話してた?」
 そう聞かれた後、隣を見るとハクは既にいなくなっていた。
「あ、ああ。さっきまでな」
「そっか。なんか邪魔しちゃってたらどうしようって思っちゃって」
 真冬は前髪をいじりながら話した。
「悪い、気を遣わせちゃったな。ま、教室戻ろうぜ」
「そうだね」
 昼休みはそろそろ終わる。
 俺と真冬は教室に戻った。

 眠気に耐え切り、放課後を迎えた。
 とりあえず早く帰って寝たいと思っている。
「今日も頑張りましたね。さ、帰りましょう」
「ああ、そうだな」
 鞄を持ち教室を後にする。
「あれ? 聡くん、今帰るところ?」
「ん?」
 声の主は真冬だった。
「そうだけど、なんか用?」
「また、お邪魔しちゃうけど一緒に帰ってもいいかな?」
「そりゃもち――」
「ええ、当然いいですよ」
 俺が言い切る前に月嶋が答えていた。
「月嶋さん、ありがとね」
 真冬は笑顔で月嶋の方を見る。
「じゃあ、帰ろっか」
「ああ、帰ろう」
 今日の帰り道は少しだけ明るくなりそうな気がする。
 そう思い、帰路についた。

「月嶋さん、転校してからどう?」
「どう、というと?」
「楽しい、とかまだ慣れません、とか?」
 俺の後ろで楽しそうな声が聞こえる。
 ただ、少し複雑な気持ちだ。
 小学生からの馴染を取られてしまったと感じているのか。
 それとも、いつも一緒にいる月嶋が真冬と話していることに対して妬いているのか。
「……聡くん? 何かあった?」
「え? 何もないよ。暗い表情してたかな? 俺」
 心配してくれていた真冬は急にずるい笑顔を見せて――
「あ、月嶋さんが私に取られたーとか思ってるんでしょ?」
 とか言ってきた。
「んなことないぞ。月嶋と真冬が仲良くしてることは喜ばしいし、見てて安心するというかだな」
 俺も何を言ってるんだというくらいにパニックになっていた。
「サトシ、顔が赤くなってますよ?」
「う、うるせぇ」
 月嶋から見て赤面してるなんて、俺がまるで――
「んで、実際転校してからどうだ?」
 話題を無理やり引き戻した。
「そうですね。サトシやリオがいますから、今のところは順調です」
「ふーん……私は入ってないの?」
 真冬は意地悪なことを言う。
「えっと……その」
「あれ? 紹介してなかったか。こいつは芹沢真冬っていって、俺の幼馴染だよ
 たまにこんなこと言ってくるやつだから気を付けてくれ」
「マフユ、ですか。覚えました」
 一呼吸おいてから、月嶋は言い直した。
「サトシやリオ、マフユがいますから、今のところは楽しく順調にやっていけそうです」
「それならよかった。それじゃ、これからよろしくね」
「はい。こちらこそ」
 こうしたやり取りを見ると、月嶋と真冬は初対面なのかと今更ながら思い出した。
 月嶋は転校生だし、名前が広がっていてもおかしくない。
 だからこうして気楽に話しかけることができたんだろう。
「昔はこんな活発じゃなかったのに」
 思ったことが口から出てしまった。
 それだけ、昔の真冬は静かな子だったのだ。
 そんな昔を思い返しながら、一緒に歩いた。

 真冬と別れて2人になった。
 日は沈みかけ、月が顔を出し始めた。
「星が光ってますよ」
 空を指差して言った。
「ああ、綺麗だな」
「綺麗なものは見ていて気持ちがいいです」
「俺もだよ」
 2人の時間は落ち着いていた。 
「フェイはどこで何をしているのでしょうね」
「あいつか」
 殺されてからは妙に馴れ馴れしく話しかけてくるが、何を思っての行動なのだろうと勘ぐってしまう。
 でも、あいつと友人になってみたいと思ってしまった。
「あいつも、同じように星を見てたりしてな」
 その思いが、口に出た。
 月嶋の顔は見ていない。
 けど、きっと驚いているだろう。
 自分を殺した相手を思っての発言をしたんだから。
「もしそうだとしたら、別の形で会いたかったですよ」
 ソラの王。
 フェイによって生み出された可能性のある存在。
 そのうちの1人である彼女は最悪な形で出会った。
 もし違う会い方をしていたのなら、と思ってしまう。
 その虚しさを、帰り道にて痛感した。

 家に帰ってからは月嶋がせっせと晩ごはんの準備をしていた。
 その姿を見て、もう1人の居候を思い出す。 
「悪い、屋根裏部屋行ってくる」
「何が悪いかはわかりませんが、晩ごはんできたら呼びますね」
 ハクを月嶋に紹介しないとな。
 それに、居候がもう1人来るみたいなことをハクに言ったし。
 この家が賑やかになるんだなと想像して屋根裏部屋に行った。

「これ、は」
 屋根裏部屋に入った途端、空気が変わった。
 置いてあるものはアンティークなテーブルと椅子、レコードプレーヤー。
 おしゃれであるとは感じても、神秘的であるとは思えない部屋だろう。
 それなのにこの部屋からは、神秘的な何かを感じている。
 感じている原因はただひとつ。
「どうしたの? そんな目を見開いてさ」
 椅子に座っているハクだ。
 ハクが、そう感じさせているんだ。
「いや、おまえがその、綺麗だと思ったから」
「ははっ、変なの」
 ハクは無邪気に笑っている。
 って、目的があるだろ目的が。
「そうだ、居候が1人増えるって話したろ? 紹介したいから、居間まで来てくれないかな」
 俺の頼みに対して、即答はしなかった。
 そして、出てきた言葉は――
「いいよ。下りてあげる」
 承諾の言葉だった。
 それを聞いて安心した。
「んじゃ、行こう。ごはんもできるし」
「うん」
 それにしても、入った時の空気はなんだったのだろう。
 まぁ、気にしてもしょうがないか。
 でも、どことなくルアに似てたなと思いながら居間に戻った。

 居間に戻ると、台所からいい香りがしてきた。
「お、ちょうどできた頃かな」
 興味本位で台所に行くと、真剣な表情で味見をする月嶋がいた。
 連れてきたハクはちゃっかりテーブルで待機中。
「あ、サトシ。この味でいいですかね? 味見しすぎて舌がおかしくなったかもです」
「ん? どれどれ」
 俺はわくわくしながら月嶋の作った豚汁を口に運んだ。
 味はというと、いたって普通。
 普通においしい。
「うまいぞこれ。そんなに不安になる必要ないよ」
「それはよかった。ではこれで揃いましたので配膳しますね」
 と、食器を2人分用意したが、俺は口を挟んだ。
「あ、悪いんだけど、3人ぶんで頼む。紹介ついでに一緒に飯食べるから」
「きゅ、急ですね。まぁ、いいですが」
 まぁ、そりゃそうなるよな。
 2人前を急に3人前にしてくれと言ってるわけだし。
 対応してくれている月嶋に感謝しつつ、配膳を手伝った。

 食事の時間がいよいよ始まる。
 緊張した空気が流れるかと思ったが、意外とそんなことはなかった。
「君、けっこうかわいいね」
「な、突然何を!?」
 と、ハクがナンパを始める形で交流が始まったのだから。
「ほら、自己紹介自己紹介」
 ナンパしてるハクにそう促した。
「ああ、ごめん。私はハクっていうんだ。よろしくね」
「ハク、ですか。あ、私は月嶋瑠奈です。こちらこそよろしくお願いします」
 ぺこりとお互いお辞儀をした。
「月嶋、ハクは屋根裏部屋に居候してるから、用があるなら訪ねてみるといいぞ」
「なるほど」
「ウェルカムマイルーム」
「「……」」
 ウキウキしているのか、ハクのテンションがおかしい。
「それはそうと、おまえらって瓜二つな見た目してるよな」
「そうかな?」
 今返事したボブカットの方がハク。
 もぐもぐ食べてるポニーテールの方が月嶋である。
 違いは髪型だけと言っていいだろう。
 そのくらい瓜二つなんだよな。
「サトシ、食べないなら貰っちゃうよ」
「ダメです。これは俺の飯」
 打ち解ける時間はそれほどかからなかった。
 最初は気まずいまま時間が過ぎるとばかり思っていたから、すぐに打ち解けられたことは
嬉しく思う。
 そうして、楽しく、おいしく、有意義な食事の時間だと思い、食事の時間は過ぎていった。

 それぞれが自分の部屋に戻る。
「さて、寝るか」
 部屋の電気を消して布団を被る。
 眠気がすぐに来た。
 来たのだが――
「――ん。もう朝か」
 周りが明るかった。
 明るくて寝れそうにないから目を開ける。
「――ほぁ」
 素っ頓狂な声が出た。 
 無理もない。
 白い花畑が一面に広がっていたのだから。
「気が付いた? サトシ」
 聞き覚えのある声がする。
 声の方を見ると、例の少女、ルアが立っている。
「ルア、この花植えたのか?」
「咲く時期になっただけ。別にサトシのために咲かせてるわけじゃない」
 ツンデレが言いそうなセリフだが、今のルアからはデレの要素は感じない。
「別にそんなこと思ってねぇ」
「それはそれでムカつく」
「えぇ……」
 ルアの気持ちがわからない。
「ねぇ、おもしろい話ある?」
「そんなこと言われてもなぁ。世の中瓜二つなそっくりさんってホントにいるんだって話しかないな」
「ふーん」
 あぁ、興味なさそう。
「俺の友達に月嶋瑠奈ってのとハクってのがいるんだけど、顔がおんなじなんだよ」
「……ふーん」
 返事が少し変わった。
 視線を流しているあたり、何かあるんだろう。
「ハク、ね」
「? なんだ知り合いなのか?」
「……別に」
 さっきよりも含みのある返事になった。
 もしかして同一人物なのだろうか。
 ただ、確証がないから問い詰めたりはしない。
「今日はもういいや。バイバイ」
「え、お、おい!」
 ルアは一方的に別れを告げた。
 1人取り残された世界では、三日月が綺麗に輝いていた。
「なんなんだよ」
 やりきれない気持ちで、三日月を見つめた。
 
 モヤモヤしたまま朝を迎えた。
 カレンダーを見れば今日は秋分の日。
「んー、ま、飯でも食うか」
 頭を搔きながら居間へと歩いた。

 リラックスするようにして食パンを食べる。
 ただし、バタートーストにするわけでもなく、ジャムを塗るわけでもない。
 本当に素の食パンだ。
「ふぅ~、ミルクが沁みるな」
 温めた牛乳を飲んでおじさん臭いことを口にする。
 そういえば、爺ちゃんも同じことを言ってたな。
「ち、遅刻遅刻!」
 ゆったりとした朝に忙しそうな声が聞こえてきた。
「月嶋、どした?」
「サトシ、何をゆっくりしてるんだ! 遅刻してしまうぞ!」
 慌てすぎてギャラクシーの側面が出てきたか。
「……カレンダーを見てみなさい」
 孫と話す祖父のようにしてカレンダーを見るよう促す。
「あ、祝日なのか」
「そうだよー。そういうことだから、今日はゆっくり過ごすぞー」
 せっかくの休日。
 忙しそうに過ごすのは心が回復しないというものだ。
 そう思いソファに座る。
 最近は刺激が強い。
 フェイが神出鬼没で現れたり、アリスに振り回されたり。
 そんな濃い1日を過ごしていると、癒しを求めてしまうものだと俺は思う。
 そんな中――
 ピーンポーン、とインターホンが鳴った。
「なぁ、ギャラクシー、悪いけど誰が来たか見てきてくれないか?」
「嫌だ。それくらい動け」
 無視して休みたいところだが、友人や宅配業者の人だったらと思うと確認しないわけにはいかない。
 仕方なく、インターホンの画面を確認する。
「マジか」
 画面に映っていたのはちょっとした荷物を持ったアリスだった。
「出なきゃ文句言われそうだな」
 後のことが怖くなり、俺は大人しくアリスの相手をすることにした。

「おはよう! サトシ!」
 ドアを開けると、満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「ああ、おはよう。えと、その箱はなんだ?」
「気になる? 開けてもいいよー」
 ふふん、自慢げに笑うアリスに負けて箱を開けてみる。
 中身は青いマフラータオルだった。
「サトシなら気に入ってくれるかなぁ、って思ったんだけど、どうかな?」
 少し不安の混じった声で聞いてきた。
「素直に嬉しいよ。ありがとな」
「へへ、気に入ってくれてよかった!」
 不安が解消されて安心したのだろう。
 アリスは照れつつも笑った。
「ねぇ! せっかくだし遊ぼう!」
 上機嫌になったアリスは俺の手を握って飛び跳ねる。
 そこに――
「……ほう。
 サトシを連れ出そうとするなんていい度胸だな。」
 と、月嶋もといギャラクシーが出てきた。
「いーでしょ別に。サトシと私は友達なんだから」
「サトシが認めても私は認めんぞ」
 アリスとギャラクシーは睨み合う。
 瞳から雷が見えるほどには敵意を向けていることが伝わってくる。
「勝負事ならバッセンとかでやってくれ」
「「バッセン??」」
 2人して聞き返してきた。
「バッティングセンターのことだよ。
 運動にもなるし、ちょっと勝負してきたら?」
 勝負という単語でスイッチが入ったのか
2人して俺にバッティングセンターはどこだと目で訴えかけてくる。
 俺は案内ついでについて行くことにした。

 着いてから数時間。
 時刻は11時頃となる。
「はあっ!」
「ふんっ!」
 このように、2人とも元気にバットを振っているわけである。
 それだけなら”元気がいいな”という感想だけで終わるのだが、そうはいかなかった。
 そう。
 打った球は常にホームランの的に当たっているのだ。
「なぁ、それ終わったら飯食いに行くぞ」
 空腹になった俺は思わずそんなことを口に出す。
「そこのロリが降参するまでは続ける!」
「降参? それはそっちがすることだよね!」
 2人とも負けず嫌いだな。
 そう思った刹那、ギャラクシーが空振った。
「しまった!」
 それに気を取られたアリスも空振り。
 2人の勝負は引き分けで終わったのである。
「次は、勝つ!」
「望むところよ!」
 バチバチにやりあった2人を連れて、昼食を食べに行った。

 帰宅するころには、空は夕日の色に染まっていた。
 遠くを見れば星が少し見えている。
「ふぅー」
 思わず溜息を吐く。
 こんな騒がしい1日を忘れることはないのだろう。
 空を見ながらそんなことを不意に思う。
「ごはん、できたぞ」
 月嶋瑠奈は今日、眠ったままだ。
 ごはんを作ったというギャラクシーが呼びに来た。
「ああ、食べようか」
 フェイのこと、月嶋瑠奈とギャラクシー。
 そして、魔法。
 気になることは多々あるが、普通の日々を送れている。
 それに、新たなる友人とも邂逅した。
 この出会いを、俺は忘れない。
 そう確信した。
 


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