Hunter-Turget.01:Ball Bomber-

 真っ暗な世界で意識を取り戻す。
 記憶というデータベースから僕の基本情報を抽出しようと試みる。
 僕は誰だ。
 不明。
 名前がわからない。
 視覚は正常だと判断する。
 瞼を上げて、景色をインプットする。
 ここはどこだ。
 不明。
 知らない場所だ。
 わかることは、自分が生きているということか。
「気が付いたかね?」
 ドアの近くに男が立っている。
「あなたは?」
「私は君を、造った者だ」
 僕を、造った?
 何を言っているんだ。
 この男は。
「名前はわかるか?」
「……わからないです」
「そうか」
 男は驚いている。
「君の情報を入れたメモリが機能していないのか」
 僕の情報、メモリ。
「さっきから何を言っているんですか? 僕にはてんでわからないですよ」
「わからないのも無理はない。だが、少しの間我慢してほしい」
「我慢ですって? 僕は今にも暴れそうなほど不安に思っているのに。少しくらい、教えてくれてもいいでしょう?」
 思わず感情をぶつけてしまった。
「本当にすまない。記憶するための装置が機能していないから、教えても今は意味がないんだ」
 そんなことが。
「でも、起きてからのことは記憶できています。エラーが起きているのは、過去を思い出そうとした時です」
「確かに、会話はできている。少しエラーが起きているという君の考えは正しそうだ」
 男は納得したようだ。
「さて、君と呼ぶのはここまででいいかな? 名前を教えたいのだが」
「はい。それで、僕の名前は?」
「君は波風宗士郎なみかぜそうしろう。平凡な大学生だった青年だ」
 僕は大学生だったのか。
「そして私は島崎真斗しまさきまさとという者だ。よろしく」
「島崎さん、ですね」
 自分の名前と、相手の名前を知ることができた。
 これで少しはまともな会話になるだろう。
「さて、宗士郎くんの知りたいことに答えていくとしよう」
「知りたいこと、ですか」
 まず聞きたいことは――、
「僕の体は、どうなっているんですか?」
「聞くと思っていたよ。簡潔に言えば、一般人全員を簡単に殺せる力のある改造人間になった、と言うべきかな」
「そんな恐ろしい力が僕に」
「ただ、睡眠や食事といったことは人間と同じだ。健康には注意しなければならないのが唯一の欠点だよ」
 基本的な行動はしなければならない、ということか。
 順を追っていこう。
「僕の存在意義を聞いてもいいですか?」
「存在意義、か。君はとある組織を倒すために存在している」
 言わば兵器になったということか。
「とある組織、ですか」
「ああ。正確には軍隊だがね」
 軍隊と言ったのか。
 これはとんでもないことを聞きそうな気がしてきた。
「軍隊、といえば戦いの最中なのはわかりますけど、今はどういう状況なんですか?」
「今はテロを行う軍と平和を願う軍が戦っている状況だ」
「詳細をお願いします」
「ふむ。では、魔道士は知っているか?」
「魔法を扱う魔法使いのことですよね」
「よし。魔道王は知っているか?」
「魔道士を束ねる人のことですよね」
「ああ、簡潔に言えばそうだ」
 これが基礎知識となるのか。
「ではここからが本題だ。現在、魔道士たちは2つの派閥で争っている。1つは魔道王派だ。この派閥は平和と愛、自由を尊重した魔道士の集まりで、和やかな派閥と言える。もう1つは魔帝派だ。この派閥は力こそすべてをモットーとして動く集団で、弱い奴は容赦なく殺していく殺伐とした魔道士たちの集まりだ」
「魔帝、ですか」
 知らないな。
 僕が眠っている間に凄いことになっていることしかわからない。
「魔帝は特に残酷だ。魔法が使えない人は奴隷にされ、使える人は優秀じゃなければ殺す。女子供でも容赦しない」
「それは、許せないですね」
 整理しよう。
 結論から言えば、魔帝の率いる軍と魔道王の率いる軍が戦争をしているらしい。
 そして僕は戦争の元凶となった魔帝を倒すための兵器として造られたらしい。
「状況はわかりました。それで、仲間はいるんですよね?」
「仲間なんていない。君は単独で戦うんだ」
「……はい?」
 単独、だって。
「そんなの無茶ですよ!」
「一般人全員を簡単に殺せる力のある改造人間になった、と私は言ったね。魔道士という枠に収めるならば、君は余裕で並の魔道士1000人は倒せるんだ。さらに言えば、並大抵の魔法は君には効かない」
「そうなんですか? にわかには信じられないですけど」
「まぁ、戦わなければわからないだろうね」
 できれば、戦いたくはないけど。
 そんな願いは次の瞬間に消え去った。
 ゴトン、と何かが落ちる音がした。
 それは野球ボールの大きさをした球体だった。
「――危ない!」
 島崎さんが叫ぶ。
 僕は咄嗟に島崎さんに覆いかぶさるようにして伏せた。
 その数秒後――、
 ドガ―――――ン!!!
 と球体が爆発した。
 改造された体のおかげか、僕と島崎さんは無傷だった。
 この建物にはヒビが入ってしまったが。
「宗士郎くん、ここから離れよう!」
「ええ。そうしましょう」
 僕たちは一刻も早くここから逃げ出すことにした。

 あの建物から離れてしばらくすると、再び爆発音が聞こえた。
 どうやら特定されていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかね。しばらく、休むとしようか」
 僕たちは近くの木に寄りかかった。
「おやおや。こんなところで休んでいると、爆弾魔がやってきますよ~」
 声の方を警戒する。
「おまえは、何者だ?」
「俺か? 俺はボール・ボマー。爆発魔法を愛用する魔道士さ」
 ボール・ボマーと名乗る男は角刈りで体格がとてもいい。
 正直、勝てる相手じゃないと感じた。
「ボール・ボマー。おまえは魔帝軍に所属しているのか?」
「ああ、そうさ。俺は革命を起こそうとする魔帝様に感銘を受けたんでな」
 はっはっは、と大笑いしている。
「気をつけるんだ! 奴の爆弾は普通に人を即死させる! それも、塵1つ残らないほどにね!」
 爆弾だからと覚悟はしていたが、塵1つ残らないほどの威力となれば恐ろしい。
「ヒャハッ! そんなに警戒しても無駄だぜ。俺の爆弾は弾丸と同じサイズにまで縮小できるんでな!」
「……なんだって」
「さらに言えば、さっきのような形じゃなく魔力の塊として放出することもできる。いちいち爆弾を物として作るのは手間がかかるんでな」
 球形の物にせず、魔力の塊にすることもできる。
 警戒を強めなければ。
「……」
 相手をよく見るんだ。
「恥ずかしいぜおい。でも、おまえとはここでお別れだ」
 ボール・ボマーはそう言うと、手を銃の形にして突き出した。
 次の瞬間、指から光の塊が弾丸として飛んできた。
 発砲音はせず、高速で僕の方へと飛んでくる。
 それを僕は、左手で弾き飛ばした。
 すると、
「BAAAAAAAAN!!!」
 というボール・ボマーの声と共に光の塊は爆発し、大木を木端微塵にした。
「――ッ」
「少し遅かったか。次は早めに爆発させてやるぜ」
 このままではやられる。
 そのとき、
「変身するんだ! 君の左腕に腕時計がついているはずだ!」
 と島崎さんの声が聞こえた。
 言う通りに左腕を見てみる。
「これは!」
 デジタル腕時計だが、少し長めの形状をしている。
 時計部の横に保護されたボタンが見える。
「そのカバーを外して、そのボタンを押すんだ!」
 横のボタンでカバーが外れて、変身できるとされるボタンが露わになった。
「何かしようとしても無駄だ! 死ねぇ!」
 つべこべ言ってられない。
 僕はこのボタンを押した。
”Change Hunter.01”
 この音声の後、僕は光と共に変身した。
 体はいつもより軽い。
 それなのに皮膚はとても硬く、並大抵の攻撃は効かなさそうだ。
「クワガタの角。そうか、それがハンターか」
「この体を知っているのか」
「ああ。でも、これから死ぬ奴に教えても意味はねぇ!」
 ボール・ボマーは攻撃を仕掛けてくる。
「フッ!」
 ボール・ボマーのパンチを僕は腕を出して防いだ。
 何かが接触しているということはわかっても、それがパンチだとはわからないほどに攻撃は効いていない。
「な、なにぃ!」
「そんな攻撃、僕には効かない!」
 僕のパンチはボール・ボマーにとって、会心の一撃となったようだ。
 腹部を抑えて辛そうに立っている。
「ちくしょう!ちくしょううう!!」
 ボール・ボマーは焦りのせいか冷静に考えられないようだ。
「最終兵器だ! ボンバーソード!」
 ボンバーソードというものは、巨大な爆弾の付いた大剣だった。
「この一太刀で、木端微塵にするッ!!」
 ボール・ボマーは僕に1撃、2撃と食らわせようと剣を振る。
「当たれ! 当たれぇ!!」
 荒い太刀筋だ。
 そんなんじゃ兎1匹狩ることはできないだろう。
 隙をついて、もう一撃食らわせた。
 すると、ボール・ボマーは吹っ飛んでいった。
「ゴホ! ゴホ! これで、終わらせる!!」
 おそらく、次がボール・ボマーにとって最後の一撃となるだろう。
 その威力は想像を絶するもののはず。
 こちらも、何か決め手があればいいのだが。
「宗士郎くん! クワガタの角で挟むイメージをするんだ!」
 駆けつけてきた島崎さんのアドバイスが聞こえる。
 正直、危ないから大人しく待ってて欲しかったけど。
「わかりました!」
 これで技のイメージができた。
「ハァ!!」
 僕はボール・ボマーに向かって走り出した。
 その速度はチーターを超える速度と言っていいだろう。
「は、速い!」
 ボール・ボマーとの距離を詰め、両足で挟みこむように蹴り、トドメにアッパーキックで蹴り飛ばした。
「ぐはぁ!!」
 吹っ飛んだボール・ボマーは倒れた。
 このとき、殺害というものを味わった。
 僕が殺した。
 この事実が突きつけられた。
「宗士郎くん、これは正当防衛だと、自分に言い聞かせるんだ」
「……はい」
 僕は島崎さんの言う通り、自分に言い聞かせる。
「ブルーな気分のときにすまない。君の相棒となるマシンを紹介しよう」
 島崎さんはそう言うと、サイドマシンを僕に見せた。
 これに乗って駆けつけたんだろう。
「ライドハンター。それがこのマシンの名前だ」
 ライドハンター。
 これが僕のマシン。
「私の研究所へ行こう。そこで過去のことを思い出すんだ」
「思い出せるんですか?」
「メモリのバグを修正したら、可能なはずだ」
 僕の目的ができた。
 まずは改造されるまでのことを思い出すんだ。
 そして、それまでもそのあともこの改造された体と向き合わなければならない。
 魔帝軍の人の命とも、向き合わなければならない。
 その覚悟を背負って、僕は島崎さんとサイドマシンに乗り風を感じた。

                               つづく

 
 

 
 

  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?