見出し画像

「ずっと『普通』でいいのに。」 第2話

あれは小学校に上がる前の春休み。
そのお祝いだったのかもだが、真由は小さかったから両親の意図は全く覚えていない。
生まれて初めての大きな船での旅行。
最初はワクワクで船上のデッキで超はしゃいでいた真由だったが、夜になる頃には気持ち悪くなって来て、翌日の朝にはもう絶えず身体が揺れてる感に耐えきれない状態になり、最終的に船室のベッドで寝たきり状態になった。
寝てても気持ち悪いなんて、もう二度と船で旅行なんてしない、と真由はずっと両親に愚痴を言ってせっかくの旅行を途中から台無しにしていた。
今となっては昔の自分の無神経な振る舞いに両親に対して申し訳ない気持ちで一杯だ。
あれが起こった時刻、真由は船酔いに疲れて船室のベッドに一人で寝ていた。
半分寝て半分起きているような状態でぼーーっとしていた状態から、大きな振動とバキバキっという大きな破壊音で叩き起こされた。
直後に部屋が大きく傾いて真由はベッドから転げ落ちそうになった。
「なに?地震?……って船だから違う。お母さん?」
小っちゃい頃らしく、とりあえず困った時はお母さん頼りで呼んではみたものの、その時は一人で部屋で寝ていたので当然誰からも返答は無い
さらに部屋が傾き、とうとう踏ん張りが効かず真由はベッドから勢いよく転げ落ちた。
ドアを通して遠くで多くの悲鳴が聞こえて来て、さらに大きな振動と破壊音が響く。
転げ落ちた痛みを感じる余裕も無く、外で起こってることがとにかく怖過ぎて部屋のドアをただただ見つめていると、ドアの通気孔から水が流れ込んで来てるのが見えた。
「これって、まさか沈没?? うそ! お父さん? お母さん? どこ?」
床にしゃがみ込んでいる真由の周りに徐々に水が迫ってくる。まだ少量だが、外から聞こえて来る色んな怖い音と合わせて真由はもうパニック寸前だった。
「パパ!、ママ!、助けてー!」
とうとう感情に任せて悲鳴にも似た大きな声を出す真由。
「ごめんなさい……」
耳元で聞いたことがない涙声がすると思った瞬間、真由の右手を握った状態で隣に紅い瞳をした少女が突然立っていた。
「あなた、どこから?……」
その子の紅い瞳は涙で溢れている。突然出現したことといい、瞳が紅いことといい、泣いてることといい、謎だらけでどこから解決したらいいのか分からない。
「わたし、みんなは助けられない。ごめんなさい……」
まさか真由に対して助けられないと謝罪しているのだろうか。その少女に確認すべき優先事項はその点に決まった。
「え? それってどういうこと?」
真由の質問には答えず、その少女は小さい身体からは想像出来ない強い力でしゃがんだ真由の手を引いて立たせると、無言のままその手を引っ張り部屋のドアへ向かった。
ドアを開けるとかなりの水量が外の通路には流れ込んでいてまるで川のようになっていた。
まるで水の抵抗が無いように真由を引っ張って傾いた通路をずんずん歩いていく紅い瞳の少女。
「ねぇ、なんで泣いてるの? どうして謝るの? 水は怖く無いの?」
どうやら自分を助けてくれる気らしいと分かって、真由は他の疑問点を矢継ぎ早に少女にぶつけてみた。しかし何を聞いても少女は相変わらず無言で通路をただただ進んで行く。
さらに周りが傾き、水量は二人の胸のあたりまできている。
少女は急に振り返って、紅い瞳で真由を見つめる。
「いーっぱい息吸って鼻と口から水が入らないようにしてて」
その子が言いながら実演してくれたとおり、真由は大きく深呼吸して空いている左手で鼻を摘んだ。
通路の先は水で一杯になり、真っ暗で先が全然見えなくなっている。
暗闇の世界に吸い込まれそうで凄く怖かったが、その子は躊躇なく真由の手を引いてその先に進んでいく。
 
恐怖と水の冷たさでしばらく気を失っていたのだろう。次に気づいた時は前後左右上下に見境なく荒れ狂う水の流れの中に真由はいた。
船の中ではなく海の中にいるのは一瞬でわかったが、真由の手を強く握っている少女はまるで地面の上にいるかのように普通に海中を歩き、その手を引っ張っていた。
(なんでこの子水の中を普通に歩けるの?)
そんな疑問と共に唐突に息苦しさが真由を襲って来た。
気が遠くなっていた時間も含めると、息を止めてから結構な時が経っていたから当然だろう。
「もう少しだから」
海の中でその少女の声が聞こえる。不安を打ち消したいがための幻聴だろうか、それとも……
(まさか私の頭の中で話してるの? こっちの声も聴こえる?)
頭の中で問いかけてみる真由。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
真由の質問に対する応答なのかどうか、ただタイミングが合ってるだけで、内容は噛み合っていないため、どちらとも判断がつかなかった。
この少女にはさっきから聞きたいことだらけだが、今やもうただただ息が苦しくて、空いてる手と両足をバタバタさせ、苦しみに堪えるだけでやっとの状態に陥っていた。
その時頭上の方から人の声が聞こえて来た。
「そこの海面に今度は女の子が浮いてるぞ。こっちに流されてる」
「あっちだ、早く向かえ!」
「さっきから次々何人もこのボートに向かって流れてくるけど一体何が起きてるんだ?」
「おい! さっき助け上げた頭から出血してる男の子の意識がないんだ。早くドクターヘリを呼んでくれ!」
 
 
「あの時、その子が救助船まで手を引っ張ってくれたお陰で私助かったんです。その手の温かさと力強さの安心感からか、私『この子は何で海の中で普通に歩けるんだろう』、『何で助けてくれてるのにずっと泣いて謝ってるんだろう』って妙に冷静に考えてました」
「その時の女の子が梨奈だと思って今日確認しに来たのね。どうしてそう思ったの?」
「たまたま彼女を学校で見かけた時に顔にちょっと当時の面影があるなって思って、いろいろその子のことを調べてみたら『瞳が吸血鬼みたいに紅く染まってた』とか『霊が見える子』とか『誰もいないところでなにかに話しかけたり、エアー綱引きとかエアー握手をしてるとこを見た』とか、どれもほんとかどうかわからない噂レベルの情報だったんですけど、その噂のイメージがあの時の女の子のイメージとなんか重なったんです」
「なる……。しかしそんな色々噂になっちゃってるとは……。本人は普段から『普通』に生きたいって言ってるくせにまったく……」
大きなため息をつく碧。
「やっぱり、わたしを助けてくれたのは友梨奈さんで間違いないんですよね?」
興奮して碧のほうへ前のめりに近づく。
しばらく無言で真由の顔を見つめる碧。
「まぁ、あなたには下手に誤魔化してもしょうがないか……」
その言葉を聞いて、身体の力が抜けたように正座から床にぺたんと座り込む真由。初めて訪ねた家で行儀が悪いのだが、真由は本当に力が抜けて、所謂腰が抜けた状態だったから勘弁して欲しいと思った。
「良かった。あの時ちゃんと御礼が言えなかったのがずっとずっとずっと気になってて……。あ、でも本人に記憶ないから感謝がちゃんと伝わらないのは変わらないか……」
「でもいいんです。命の恩人が誰かわかって、命を救ってくれた御礼が言えれば今はそれだけで。友梨奈さんに助けてもらわなかったらあの時わたしはこの世からいなくなっていたから」
そう、とりあえず今はちゃんと御礼を言った後に本人が望むことで恩を返していければそれでいい。
「別にあなたは何も負い目に思わなくて良いのよ。木花家の人間は大昔に六神通と呼ばれる神通力を授けられた時から他人の命を救う宿命にあるんだから」
「……そうなんですね。でもこれはきっと自分のためなんです。小さい時にわたしに凄く優しくて良くしてくれた母方の祖父母に何か恩返しするどころか、大好きだってちゃんと伝えられなかった……。二人とも交通事故である日突然いなくなってしまったんです。お葬式で悲しくて、ただ泣く事しか出来なかった、あんな想い二度としたくなくて。だからそれ以来ありがとうとか大好きとかの大切な気持ちはできるだけ早く相手にちゃんと伝えたい」
「そっか……。あの子はね、昔精神的なショックで記憶を無くした時、普通の感情も一緒に失くしてしまって、日常の物事や他人に対してどう反応して良いのかよくわからなくなってしまったの。特に悲しいことに関しては素直に泣けなくなっちゃって。もし梨奈に何かしてあげたいんだったら、普通に感情を出す方法を一緒にいて身近で教えてくれたらきっと本人も嬉しいと思うけど」
「……記憶だけじゃなくて感情も失くしてしまうほどのショックって……」
そんなの想像も出来ないし辛過ぎる、と思った。
「じゃあ……まずは何があってもそんな友梨奈さんのそばにいて彼女の味方でいることから始めてみよう、って思います」
真由を助けてくれた時に友梨奈はずっと泣いていたけれど、あんな小さい時から人を助けて、そのたびに辛いことがあって心が壊れてしまったのかもしれない。
なんか想像したら涙が出そうになる。
ってか、頬が妙に生暖かいからわたし既に号泣しちゃってるし……。恥ずかしい。
そんな真由の瞳をじっと見つめる碧。
「うん、あなた顔だけじゃなく綺麗な魂してて凄くいいわ。梨奈とずっと仲良くしてあげてね。今は感情表現超下手くそだけど根はいい子だから。身内が言うのも何なんだけど」
目元と口元だけで上品に笑う碧。その言葉を聞いて真由は力強く頷いた。
「それじゃ、わたしはこれで。代わりに梨奈呼んでくるから部屋で待ってて」
これで話は終わりとばかり、急にそそくさと部屋から出て行く碧。
この日のために、友梨奈の能力のこととかを詳しく聞こうと思い想定問答集を作っていた真由としては、完全に肩透かしを食らってしまった。
上手く逃げられた感じがするが、そこは真由が知る必要は無いという無言の返答なのかもしれない。
 
つづく
 

#創作大賞2024 #漫画原作部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?