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「ずっと『普通』でいいのに。」 第1話

 
古代より菩薩が発揮したとされる神通力等の特殊能力。現代では昔のファンタジー世界の設定だと思われている。
そんな特殊能力を陰で脈々と受け継いでいた一族の一つ、木花家。その末裔、女子中学生の木花友梨奈は『普通』の幸せを望み、自分の能力を全否定していた。
本人の意思に反して、従姉妹のあかねに事件、事故に巻き込まれ、やむなく能力を使ってしまったり、学年一の人気者中瀬真由が友梨奈に子供の頃助けられたとカミングアウトして友達宣言してきたり、彼女の周りは『普通』とかけ離れたカオスな状況に。
やがて能力の多用は眠っていた強大な能力の目覚めを生み、彼女には先の未来が視えて来る。
 

プロローグ
奈良某古寺。
修学旅行で訪れた学生服姿の生徒で寺の内外とも賑わっている。
ある観音像の前で語り合っている男子学生二人。
「仏像ってさ、元々悟りを開いた釈迦をモデルにしてるから、メインの如来像って普通に人間っぽい姿なんだけど、悟りを開く前の修行中って設定の観音菩薩って、目が三つあったり腕がたくさんあったり、人間離れした見た目で人を救う設定なんだよな。修行中の方が一見強そうでなんか不思議じゃない?」
「お前そんなの調べてきたの?(笑) うーーん、まぁマンガとかアニメでも見た目ゴテゴテしたキャラより、スッキリした見た目のキャラの方が逆に強かったりするし。昔からキャラ設定ってそういうもんなんじゃね?」
「確かに! そういうパターンあるね。釈迦の弟子の一人なんてさ、神通力で鬼神や龍を倒したり、国の軍隊を一人で撃退したらしいけど、残ってる仏像では普通のお坊さん姿だしな。弟子でそれってことは悟り開いた後の釈迦はとんでもない力持ってたんだろうね」
「何それ? 一人で軍隊を撃退とか無双っぷり半端ないな」
「でも大昔にはるばる海を超えて今に残るくらいの凄い熱量で伝えられて、みんなにあったって信じられていた超常の姿や神通力ってその後どこにいったんだろうね」
「まぁ当時としてはそんなファンタジーがすごくリアルに感じられただけじゃね? 現代でも空想話なのに本当に現実にある気になっちゃう映画とかアニメとかマンガがあるしさ」
眼が三つ、腕が八本の不空羂索観音像が静かに二人を見下ろしている。
 
 
わたし木花友梨奈、14歳、F市M中学2年生。
両親を小さい時に事故で亡くし、その後は母方のおばあちゃんに引き取られ、今も一緒に住んでいる。
今の生活が不幸なわけじゃないけれど、周りの子と同じように両親と一緒に『普通』の家族生活を送りたかった。
その願望のせいか、子供の頃からいつも『普通』の子でいようしていた。
過去は戻せないけれど自分が『普通』でいれば普通の幸せを掴める気がしてたから。
その願いは小学四年生の時に最初に躓いてしまった。
あれはクラス全員で課外授業に出かけた時だ。
 
交差点で停車中のバス。
窓際の席に座っている友梨奈。
窓から中央分離帯を眺めていたら、青白い顔をした若い女性が体育座りをしているのが目に入った。何であんなとこに人がいるんだろう、と思わず隣の席の子に話しかけた。
「ねぇ、あの女の人あんなとこに座ってて危ないよね」
「え、どこ、どこ?」
通路側に座ってたその子は友梨奈の前に乗り出して窓の外を覗き込んでいる。
すぐ目の前に見えるはずだが、無駄にキョロキョロ見回してるからその子に女の人が座っている中央分離帯の場所を指差す。
「ほら、あそこ、あそこ。なんか顔色悪いし、俯いて元気無さそうだよね」
友梨奈が指した場所をじっと見つめた後、当惑した表情を浮かべ友梨奈の方に振り返る隣の席の子。
「……友梨奈ちゃん、そこには誰もいないよ……」
「え! だって、そこに、確かに女の人いるのに……」
怯えた表情で友梨奈を見つめる隣の席の子。その後は目的地に着くまで二人とも無言だった。学校への帰途、その子は別の席に移ったらしく友梨奈は席に一人になった。
 
それ以来、友梨奈は幽霊が視えるって噂がクラス中に広まり、気味悪がってクラスの女子は全員話しかけて来ないし、男子は亡霊女とか、ゲゲゲの友梨奈とかトイレの友梨奈さんとか言ってからかってくるしで最悪だった。
今思えばあの女性はあの場所に未練がある地縛霊だったのだろう。
ちなみに子供の頃は漢字で『地縛』って分かってなくて、『自爆』するほうのじばくかと思ってて、何で自爆? ってずっと謎だった。
 
これだけならまだ霊感が強い子ぐらいで済むから、その後の人生では霊っぽいのが視えても見えないフリして超避けるようになった。
だが友梨奈の不幸はこれだけで終わらず、身内から足を引っ張られることになる。
 
あれは中二の夏頃の話だ。
その日の放課後、友梨奈は外の暑さでぼーーっとしながら校門に向かってダラダラ歩いていた時、いきなりどこかから声を掛けられた。
「梨奈ねーちゃん!」
そもそも学校では先生以外友梨奈の名前を呼ぶ人はいない。
なので、想定外に名前を呼ばれてちょっと動転して辺りを見回すと、校門の外に小学生ぐらいの女の子が立ってる。
先生でも生徒でもなく、小学生?? 
凄いニコニコ顔で友梨奈を見ているが、なんかどっかで見たことある可愛い子だなぁ、ぐらいの印象で、友梨奈には誰だかはっきり思い出せなかった。もしかするとテレビや配信で見た子だろうか。
友梨奈の怪訝な表情を見て、途端にその子の笑顔が消えジト目になった。
しばらく二人の間に沈黙があった後、友梨奈の脳の中で過去の記憶の中にあったある幼稚園児のイメージを元に小学生に成長させたモンタージュ写真が出来上がった。
「あーーー、あかね!! 久しぶり!」
「……梨奈ねーちゃん、今の間ってわたしのこと完全に忘れてたよね?」
「そんな訳ないじゃん、いつの間にか大きくなってたから見違えてただけよー」
苦しい言い訳のせいか、友梨奈は頬がピクピク引き攣るのを感じた。
「どーだか」
めっちゃふくれ顔をするあかね、この子は昔からどんな表情してても可愛い。
そう、ちょっと存在を忘れていたが、この子は従姉妹の木花あかね。
友梨奈の母親の妹の二番目の子供。
確か今小四ぐらいだったはずだが、昔から目も鼻も口もちっちゃいパーツの作りがどれも可愛くて、トータルでも可愛いお人形みたいだ。
「で、どーしたの、今日は急に」
「……ちょっと梨奈ねーちゃんに助けて欲しいことがあって。一緒に来て欲しいんだ」
「いいけど……。何? 宿題?」
「時間無いからとりあえずついて来て」
時間が無い、と聞いて今だったらすぐに何の話しか察して断れた、しかしこの時はすたすたと早歩きで進んでいくあかねに黙って大人しくついて行ってしまった。
 
しばらく歩いて二人は住宅街の全然人けが無い公園に着いた。
公園で一緒に遊んでっていう子供っぽい相談かなぁ、と能天気に考えてたその時の自分が愚か過ぎて恥ずかしい。
公園の一番奥、屋根のあるベンチに向かって一直線に向かっていくあかね。
今思えば公園の手前からピリピリした違和感を肌で感じていたのだが、急ぐあかねの後を追っていたことで意識が集中出来ていなかった。
その時友梨奈は自分の目に視えたものにびっくりして立ち止まった。この頃は、気持ち悪い感じがする場所からは意図的に遠ざかっていたため、それを視る機会は全くと言っていいほど無くなっていた。
 
友梨奈の反応を感じてあかねが友梨奈のほうに振り返る。
「やっぱり梨奈ねーちゃんにも見えるんだね。りこおねーちゃんが言ってた。『梨奈ねーちゃんはわたしと同じ種類の力を持ってる』って。
『小さい時から一族で最強レベルで、悲念の力だけじゃなく強力な慈念の力も使ってた』とも」
友梨奈には自分でわからないが、能力が発動したその時の彼女の瞳は紅く染まっていて外見でもバレバレだったに違いない。
「わたしの能力じゃ人が助けを呼ぶのが遠くから聴こえたり、視えたりするだけなの。梨奈ねーちゃん、助けて!」
「……。この能力は使いたくない。使っちゃいけないの……」
「なんで? 小さい女の子が車の中で暑くて死にそうなの! 梨奈ねーちゃんだったら、ここから意生身でその子のところに行ってドアを開けて助けてあげられるでしょ!」
「……」
「梨奈ねーちゃん!!」
友梨奈が嫌な感じがする場所からわざと遠ざかってそれが視界に入らないようにしてたのは……自分が視えて無ければ他人の不幸を無いものに出来たから。
でも、実際に救いを求める腕を見てしまった上に、あかねにあんな具体的に助けを呼んでる人のイメージを伝えられてしまっては、流石に他人事で逃げられない……。
感情表現をうまく出来なくなってはいるが、元々友梨奈は他人に感情移入しやすい性格をしていた。
ベンチのそばの歪んだ空間から現れている小さい手に向かってのろのろと進む友梨奈。
自分の右手を伸ばし、出現した子供の手のビジョンに触れる。
ワクワク顔であかねが見つめてるのが視界のはじに視える。
(全く、今回は騙されてついて来たけど二度目は無いからね)
友梨奈が右手でその小さな手をぎゅっと握った瞬間、身体が震え意識が遠くなった。
 
友梨奈の能力は生命の危機にある人が助けを呼ぶ腕のビジョンが離れたところから視えて、それに直接コンタクトすることで相手がいる場所に思考で成り立つ身体、六神通で伝えられるところによる『意生身』で移動して助けることが出来る、正確に言うと、助けられる時もある、というものだ。
友梨奈がわざわざ「時もある」と言い換えてるのは、助けを呼んでいる人のところに直接行ってもJCにはどうにもならないシチェーションの場合も沢山あるためだ。
遠隔から人の命を助けられる能力は、大昔から木花家の人間に発現してきた六神通の中の一部の能力で、不空羂索観音の持つ『羂索』の能力に近いものとも伝えられている。
あかねには友梨奈が視えてる子供の手のビジョンが一緒に視えてるからまだいいが、普通の人が見たら、あの子何で一人でエアー握手ポーズ? ってなったり、手を直接掴んで引っ張って助けてる場合なんて一人エアー綱引きにしか見えなかったり、と悪い噂の原因になり放題な能力とも言える。
 
目を開けると車の狭い車内、恐らく軽自動車の中だった。
汗だくで真っ赤な顔をしてゼーゼー苦しそうに呼吸をしている小さな女の子が後部座席に横たわっている。
その子の手を握った状態で友梨奈の霊体、意生身が車内に出現している。
友梨奈はあまりに苦しそうな女の子の様子を見た瞬間、心の中では涙が滝のように出そうなほど悲しくなった。
でもどんなに悲しい気持ちでも友梨奈の瞳から涙は一滴も出ない……。
それは小さい時に普通の感情の出し方を記憶と一緒に失くしてしまったからだ。
(きっと感情表現が乏し過ぎるのもクラスで浮いちゃう原因だろうな。喜怒哀楽を表にほとんど出さない人と話すのって自分でも気持ち悪いと思うもの)
友梨奈は心の中では喜怒哀楽がどんな感情かわかってるし、他人の気持ちにも感情移入出来ている、と思っている。でもそれは自分でそう思っているだけで、友梨奈が感じている喜怒哀楽は他の人とは違うかもしれない。
今は自分のことを考えている場合じゃない、と友梨奈は慌てて我に帰った。
「こんな酷いこと……。今すぐ出してあげるから」
友梨奈は後部座席のロックを外し、内側からドアを開け、女の子を抱き上げて外に運び出した。
駐車場の地面に寝かせたが、凄く苦しそうな女の子の様子が変わらない。
「ダメだわ。救急車呼ばないときっと助からない……」
今の状態の友梨奈は普通の人からは見えないし、いくら大声を出そうとしても周りに聞こえる形で声も出せないから、周りの人に助けを呼ぶことは出来ない……
SFのテレポーテーションみたいに携帯持って移動出来れば良いのに、と思うのだが、そんな都合が良い機能は木花家に与えられた能力には無いようだ。
大昔に授けっぱなしじゃなくて、時代に合わせて能力のアップデートサービスしてくれれば良いのに、と思う。
自分のが無いなら、いっそ周りの人から携帯を強奪して119番するっていうのはどうだろう。
盗られた人は人間の仕業とは気付かないわけだし。
まぁ人助けのためとはいえ、神様にもらった能力で犯罪行為をするのはバチが当たりそうでちょっと気が進まないが。
考えてみれば、そもそも携帯で拾える音声を霊体の友梨奈には出せないから携帯があっても無意味だった。
今の状態は、思考で成り立つ身体(意生身)で、昔から言われるところの魂のような存在だから、自分の身体的な機能を使うようなことは基本出来ない。
友梨奈がモノに触れることが出来ているのは神通力の一種、所謂念力のようなもので、物理的に身体で接触できているわけではない。
気ばかり焦ってなにも解決策が思い浮かばない友梨奈……
その間にも女の子の症状が悪くなっているように見えて、ますます気持ちが焦り、無駄に車の周りをぐるぐる何度も周回してしまっている。
(あー、だからこんな半端な能力で人助けをしようとするの嫌だったのよ。妙に目と耳が良いあかねのせいだからね)
ん……、なぜか自分の独り言に妙な引っ掛かりを覚える。
(どこだ、どこが気になったわたし。そうか! 耳が良いってことは……もしかして……)
確信は全く無かったが空に向かって話しかけてみる。きっとあの子ならこの声が聴こえるはず。
「あかね、聴こえるでしょ。わたしの携帯使って、そう、カバンに入ってるから。そこから急いで救急車呼んで。場所は……そう、そこのパチンコ店の駐車場。赤い軽ワゴンって言って。頼んだわよ」
女の子の手を両手でぎゅっと握る友梨奈。
「大丈夫、絶対助かるから。もう少し頑張って」
「お姉ちゃん、ありがと。お母さんに車の中でおとなしくしてなさいって言われたんだけど、凄く……凄く暑くて我慢できなくて……」
息絶え絶えで友梨奈に答える女の子。生死に境にいるせいか友梨奈の存在を感じ取れているようだ。
(もう、なによ、こんな小さい子を虐めて、大人として最低!)
何か癒しの能力でも持っていれば良かったが、そんな都合が良いものは持っていないから、ここはただただぎゅっと女の子の手を握ることしかできない。
随分時間が経って(実際は数分なのに体感は凄く長かった)救急車のサイレンが遠くから近づいてくるのが聞こえた。
普段は聞こえて来るとドキッとして精神衛生上良くないサイレンの音だが、この時はとても心地良い響きに感じる。
まもなく友梨奈の目に駐車場に入ってくる救急車の姿が見えた。
赤い軽ワゴンの隣に止まり、降りて来た救急隊員は車の脇に寝ている女の子に気付いてくれた。
担架で救急車の中に女の子が乗せられるのを見届けて友梨奈はその場から離れる。
 
 
元の公園の自分の身体に意識が戻ると、友梨奈の視界にむっちゃ嬉しそうな笑顔のあかねがアップで飛び込んできた。
「流石! 梨奈ねーちゃん。お姉ちゃんが見込んでたとおりだわ」
アップで見るあかねの顔は可愛くて少し心拍数が上がったが、友梨奈は能力を褒められても全然心が高揚しないし、嬉しくもなんとも感じなかった。
「あのね、霊体で移動して現実のモノを神通力で動かすと凄く精神的に疲れるんだからね。しかも現場に行っても毎回わたしが助けられるシチュエーションとは限らないし」
「梨奈ねーちゃんは最強なんだし、きっと木花家に伝わる観音様の持物も使えるよ! それに助けられる可能性があるだけいいじゃない。わたしなんか聴こえたり視えたりするだけで何も出来ないんだよ」
能力のことで最強と言われると『最凶』と頭の中で変換されてしまう。それぐらい友梨奈にとっては忌み嫌うモノだ。
「今度聴こえたらすぐに警察とか救急車を呼べばいいのよ。それであなたでも助けられるから。もうわたしを呼びに来ないでよ、じゃあね」
あかねに背を向けて公園の入口に向かってスタスタと歩いて行く友梨奈。
「それじゃ助けられないからわたしたちの能力があるのよ! 梨奈ねーちゃんのバカ!!ボケナス!」
(久しぶりに会った従姉妹にバカ呼ばわりされるとは……。で、ボケナスって何よ?)
可愛い従姉妹を構ってあげたい気持ちは人並み以上にあるけれども、能力以外のジャンルにして欲しい。
友梨奈はその時の記憶は無いけれど、木花家の呪われた能力のせいで両親は亡くなったし、去年あかねのお姉ちゃんのりこが亡くなったのも同じ原因だと考えている。
両親の分も『普通』に長生きして幸せになるということが友梨奈の人生の目標だ。
あの時きっぱり断ったにも関わらず、その後事あるごとにあかねはやって来てわたしを事件、事故に巻き込んでいる。
あかねがそこまで能力を使った人助けに固執する理由は後になって分かったのだが。
 
そして決定的に『普通』路線から脱線したのは、あの子が友梨奈のところに来たことが原因だった。
 
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……。
あーー、この鐘の音がまさにそうよね。
朝の予鈴のチャイム音を聴きながら、二年三組の教室の窓際の一番後ろの席で鬱な気分になっているわたし、木花友梨奈。
教室の中は、まだ自分の席に戻らずに集まって雑談してる女子のグループや教室の後ろでじゃれあってる男子達、慌ててぜーぜー言って駆け込んでくる生徒なんかで騒がしい。
まぁ朝のクラスなんていつも似たような雰囲気ではあるんだけど、なんかいつもよりもさらに騒々しい感じがする。
「ねぇ、あなた『木花友梨奈さん』だよね?」
急に背後から耳元で囁かれて、ビックリして机と一緒に軽く飛び上がり、ガタタタンと大きなノイズを不本意にも発生させてしまった。
地味に目立たず『普通』な人で過ごそうとしているわたしにとってあり得ない事故。
案の定、周りの生徒たちが何事かと不審げな顔を友梨奈のほうに向けている。
自慢じゃないが、耳元なんて至近距離で話しかけてくる友達や知り合いは校内にいない。
なので、そんな大きなリアクションになってしまったのはやむを得ない事態だ。
振り向いて確認すると、全く想定していなかった人物、隣のクラスの有名人が友梨奈の背後に立っていた。
クラスの中がいつもより騒々しかったのはこいつが教室に入って来たせいか。
中瀬真由、先月隣のクラスにやって来た転校生。
憎たらしいくらいの艶髪さらさらストレートのロングヘア、手足が長いスラッとしたモデルみたいな長身、しかも誰もが振り返って二度見、三度見するレベルの美少女。
あっという間に学年で知らない生徒はいないくらい有名になっていた。
社交性ゼロの友梨奈が知ってるくらいだから、その有名っぷりがうかがえる。
ムカつくことに噂だと見かけだけじゃなく、勉強もスポーツも出来るらしい。
こういう神様が明らかに贔屓にしている子が世の中には存在している。
でも陰キャでコミュ障な友梨奈にこんな派手キャラが一体何の用なのだろう?
「そ、そ、そうだけど、何? あなた誰?」
「わたし、隣のクラスの中瀬真由。一応初めまして」
ぺこりと頭を下げて綺羅キラの笑顔を友梨奈に向けてくる。
一応? こんな派手キャラ一度会ったら絶対忘れないし、確実に初対面だ。
「初め……まして……。わたしに何か用?」
「ちょっと話したいことがあって。今日の放課後時間無い?」
これって校舎裏とかに呼び出されて彼女の親衛隊にシメられる的な展開?
やっぱ今日は予鈴のチャイムが不吉な響きをしてると思ったら案の定だ。
その時始業のチャイムが鳴った。
「あ、それじゃ帰りに校門のとこで待ってるから。よろしく木花さん」
クラス中の注目を浴びながら中瀬真由が教室から出て行った。
友梨奈に大きな不安とクラスの連中には大きな疑念を残して。
特に男子連中が友梨奈を怪訝な顔で見ている。
(わたしもその顔をしたい側だっつーの)
 
ホームルームが終わってとうとう運命の時がやって来た。
(このまま教室に残ってすっぽかすか……。
でも長く教室にいると中瀬真由のことでなにか聞いて来るクラスメイトが出てくるかも……。それはそれでかなり面倒臭い。何も知らないと言ってもどうせ信じないだろうし)
 
校舎を出て校門に向かうと、下校中の生徒からいちいち注目を浴びながら校門のそばに立っている中瀬真由がいた。
「木花さん!」
このキラキラした笑顔で名前を呼ばれると同性でもドキドキする。
「時間取ってくれてありがとう。どうしてもあなたと話したかったの」
なんかシメられる展開になる雰囲気は全く無さげでホッとしたが、この子が自分に何の用があるのかは全く想像できない……。
「人目が無いところがいいんだけど、あなたの家に行っていい?」
(え? 人目が無いとこって、やっぱシメられる? ってか初対面でいきなり家に来る? そもそも知り合いを家に呼んだことなんて過去一度も無い……。
あ、そういえば昔勝手に来た亡霊の男の子はいたから、生身の人間では初ってことで)
とにかくいろいろどう対処していいのか脳がバグって友梨奈は処理不能に陥っていた。
 
年季が入った超和風の古い一軒家が通りの角に見える。
ってことは友梨奈の家、正確には友梨奈の祖母木花碧の家に着いたってこと。
(中瀬真由が本当に家に来ちゃってるんだけど、どうすればいいのこれ。
あーもう、変な汗かいてきた)
こっそり隣の彼女のほうを盗み見ると、笑顔で軽やかに歩いてて、初対面の人間の家に初めてやって来ました感、つまりはオドオドした様子とか緊張感は表面上全然無い。
これが人気者の陽キャパワーってことか……。
この程度のシチュエーション余裕で全然動じないってことね。
 
「ただいまー」
って、普通に玄関から入るタイミングで友梨奈は言ってるが、間違いなく家に着く前に碧には探知されてるはずだ。
って言うと普通の人には理解不能だろうから、いつかどこかで碧に関する説明会でもしとかないと。
「梨奈おかえりー。部屋にお茶とお菓子置いといたから」
家の奥から碧の声。
友梨奈が家に他人を連れてくるのは初めてで、事前に連絡はしていない。
 
二階の友梨奈の部屋に入ると、さっき聞いたとおり、小さい丸テーブルの上に紅茶二つとクッキーを盛った大皿が置かれていた。
それはまぁいいとして、自分の部屋に他人がいることが初めて&違和感ありすぎて全く落ち着かない……。
こういう時って、家主の方がホストだから会話を切り出さないといけないのだろうか……。
「なんかいきなり押しかけたのに気を遣ってもらっちゃって……」
ぺこりと頭を下げる中瀬真由。
友梨奈が勝手に持ってたのは、見かけが良くて才能もある人は、自信家で偉そうで謙虚さがカケラも無いイメージだった。
「こちらこそ、あんまし人を家に呼んだことないから慣れなくて。とりあえずここ座って。あ、お茶冷めないうちにどうぞ」
無難に普通の応対が出来た気がする友梨奈だったが、動きはかなりぎこちなくロボットみたいになっていた。
それを見た中瀬真由が笑いを堪えてる。
「あ、ごめんなさい。わたしから今日来た理由をさっさと話さなきゃ、だよね」
「わたしにとって凄く重要なことで、でも自信が無くて……、あと人前で聞ける内容でも無くて……」
陽キャオーラ出まくりで、対人無敵な感じだった中瀬真由が俯き加減で小声でなんか超弱々しい自信が無い子になっちゃっている……。
そんなになるって一体どんな話題なのだろうか。
「わたしが六歳の時なんだけど、ってことは木花さんも同じ六歳だったはずなんだけど、海難事故に遭った船の船内でわたしたち会ってない?」
ドラマのような劇的な出会い。
本当だったら何かの始まりを予感させるけれども……。
「六歳……か……。ごめんなさい、わたし六歳ぐらいから八歳ごろまでの記憶が無いの。だからもし会ってたとしても覚えてないんだ」
「嘘?! 本当に?」
中瀬真由の問いに申し訳なさげにうなづく友梨奈。
見てて気の毒なぐらい本当にがっかりしていて俯いて無言になってしまった。
彼女にとってよっぽど重要なことだったらしい。
その時友梨奈の部屋のドアをノックする音。
「はい? おばあちゃん?」
返事が無い、代わりにドア越しに凄まじい殺気を感じる。
「み、碧さん?」
ガチャっとドアが開き友梨奈の祖母、木花碧が入ってきた。
以前友梨奈と親子と間違われて以来、おばあちゃんって人前で呼ぶとキレるようになった。
普段からそう呼んでると人前でも無意識に使うから、という理由で最近は家の中でも碧さんと呼ばされている。
「ちょっと中瀬さんと二人で話したいんだけど、いい?」
これは友梨奈に部屋から出てけってことか、それよりそもそも中瀬真由のこと紹介してた?
色々疑問はあるが、二人きりでどうしていいかわかんなくなっていたので、友梨奈にとってこの提案は渡りに船だ。
ずっとMAXまで上がりっぱなしだった心拍数も少し落ち着いてきた。
 
 
「梨奈は家に友達連れてくるの初めてだから、少し挙動不審なのは許してあげて」
ロボットみたいな動きのことか、そそくさと部屋を出て行ったことか、どちらのことだろうか、と真由は思った。
普通に考えれば前者なんだろうが、そっちは碧が知る由が無いはずなのだ。
「でも、中瀬さんは梨奈と遊びに来たわけじゃなさそうね」
友梨奈に記憶が無いと言われてしまった真由としては、この人と話すことが正解かどうかこの時は全くわからなかったが、他に選択肢も無かった。
「実は私、彼女に超大きな借りがあると思ってるんです」
「借り?」
「子供の頃、両親と観光船に乗ってて海難事故に遭ったんです。私そのとき船に酔っちゃってて、一人だけ客室に残ってたせいで逃げ遅れて……」
 
つづく
 

第2話 

第3話


#創作大賞2024 #漫画原作部門


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