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「ずっと『普通』でいいのに。」 第3話

 しばらくして部屋のドアをノックする音。
「はーーい」
ドアを開けて恐る恐る部屋の中を覗いている友梨奈。
その顔を見て真由は自然と笑顔になった。
(あの時わたしを助けてくれて本当にありがとう、あなたのお蔭でその後の人生を楽しく続けられているよ。記憶が無いあなたにこの気持ちは押し付けられないけれど)
困り顔で無言で立っている友梨奈。
真由は友梨奈の手を引っ張って部屋の中に入れる。
「ねぇ、わたしたち今日から友達になりましょ。碧さんみたいに『梨奈』って呼んでいい?」
「はい???」
感情表現下手くそな友梨奈でも、驚きがあまりに大きかったせいか、誰が見ても驚いてることが一目瞭然なぐらいに目を大きく見開いて口をぽかーんと開けていた。そういうリアクションは想定済みだし、ここは真由としては絶対に負けられない戦いだ。
「ね! いいでしょ? ね?」
友梨奈の顔の至近距離に自分の顔を寄せて繰り返しお願いする。
真由の勢いに押され、反射的にコクリとうなづく友梨奈。
「やった! わたしのことは『真由』でいいからね」
友梨奈の手を両手で強く握って、真由は顔をさらに至近距離まで寄せた。
嬉しくて顔のニヤニヤが止まらないが、それを隠そうとしない。
対照的に友梨奈は浮かない顔をしていた。ここは正確に言うと驚き顔と無表情の中間ぐらいだったので真由の想像も入った描写である。
その時階段下から碧の声が聞こえた。
「梨奈――、大分外暗くなってきたから真由ちゃんを送って行ってあげて。綺麗な子は夜道一人じゃ危ないから」
 
家の玄関を出ると大分あたりは薄暗くなっていて、街灯が点き始めていた。
真由は自分の家の方向を指し示し、それを見た友梨奈が先頭で歩き出す。
しばらく歩くと二人の進行方向の右手に公園が見えてきた。
急に立ち止まった友梨奈は公園の中をじっと見つめている。
その後小さくため息を吐いて、真由の方に振り向き声をかける。
「中瀬さん」
その一言を聞いた瞬間カチーンと来て、真由は頬を膨らませた怒り顔で猛然と友梨奈に向かって近寄る。
目の前に迫って来る真由の怒り顔と勢いにたじろぐ友梨奈。
「中瀬さんじゃ無くて真由! 名前呼びしてくれないと次から反応しないからね」
戸惑いながらも友梨奈は自分のセリフを言い直した。
「……真由、わたしそろそろ碧さんの家事の手伝いしなきゃだから、ここで家に戻るね。この先気をつけて帰って」
「……わかった。梨奈も気をつけて」
わかったって言ったのは、友梨奈が何かを隠して真由をこの場から遠ざけようとしてる、ってこと。
瞳があの時みたいに紅く染まってるから、能力が発動しているのは間違いない。
それを突き止めるには一旦帰るふりをしないとダメだ。
友梨奈の様子が変になったのは公園の中を見てからだから、しばらく真っ直ぐ進んでから次の角で曲がるふりをして隠れ、後ろの様子を確認して、友梨奈が見てなかったらダッシュで公園まで戻るのだ。
後ろを確認すると友梨奈はすぐに公園に入ったらしく通りに姿が無かった。
即ダッシュで公園に向かう真由。
 
 
友梨奈に見つからないように屈んだ姿勢でこそこそと公園の中に入ると、奥のベンチの
側に彼女が立っているのが見えた。
これがもしおっさんだったら、この行動は明らかに変質者だし警察に通報される案件だろう。
制服を着た女子中学生で良かった。
まぁJCでも充分に行動が怪しいのだけれど。
目を凝らして見ると、友梨奈の瞳は紅く染まっていて放心状態で腕を前に突き出した体勢のままで立っている。
この紅い瞳。あの時の少女の瞳を思い出す。
多分これが学校でエアー握手してるって噂されてたやつなのだろう。
あの時真由の隣に突然あの子が手を繋いで現れたのも、これに関係あるのかもしれない。
あぁやって離れた場所に行くのは何か制限とかあるのだろうか。
人助けの邪魔をしてはいけないから、真由は友梨奈が戻ってくるまでここで大人しく待つことにしたのだが、こうやって薄暗い公園で放心状態で立っている友梨奈の姿はとても無防備な感じがして徐々に心配になってきた。
 
五分ぐらい経っただろうか。
腕を前に出して握手しているような状態で立っている友梨奈の瞳に生気が戻った。
ため息を吐いて視線を下げた時、ようやく自分の身体に巻き付いた他人の腕があることに気づいた友梨奈。
端的に言うと、真由が友梨奈の背後から抱きしめていたということである。
(なんか無防備過ぎる姿を見てたら放っておけなくなって、思わず、ね。別にその気があるわけじゃないのよ)
「ちょっと、真由! こんなとこで何やってるのよ!?」
動揺してる割に今度はちゃんと名前呼び出来た友梨奈。真由は友梨奈によしよししたい気持ちで一杯になった。
「それはこっちのセリフよ。女の子がこんな暗い公園に身体を置きっぱにしちゃダメでしょ!」
「……うん、まぁそれは前から気にはなってたんだけどね……意識が無い自分の身体の置きっぱ……」
友梨奈が素直に認めてくれて良かった。
やっぱ友達初日に抱き締めるのはやり過ぎだったし。
友梨奈の身体を強引に振り返らせて顔と顔を近づける。
「今度からわたしが一緒にいる時だけ能力を使うこと、わかった? わたしが梨奈の身体を守るから」
「んーー、なんかさ、今日初対面の人に言われるセリフじゃない気がするんだけど、それってなんか嬉しくて泣きそうになるじゃない……」
ぎこちない笑顔を浮かべ紅い瞳で真由を見つめる友梨奈。
「でも、そもそもこんな能力は二度と使いたくないんだってば。『普通』のJC生活が出来る能力の身につけ方を教えてよ、真由」
公園の街灯の薄明かりの中、二人は笑顔で見つめ合った。
 
友梨奈の特殊能力を知る人間が身近に二人出来たことで、友梨奈的には気が楽になった反面、段々積極的に使え圧がかかるようになってきて、『普通』に生きる方針と合わなくなってきた。
 
ある日の放課後、また校門の前で待ち構えていたあかねに連れて来られたのは、学校から自転車を漕いで15分ぐらいの大きな川の河川敷。
その川にかかるコンクリートの橋桁の側だった。
「どうしよ、梨奈ねーちゃん、助けを求める子供の声がどんどん小さくなってるの」
焦った表情でわたしを紅い瞳で見つめるあかね。
この肌がピリピリする感じ、あの橋桁のそばがエンカウントポイントに違いない。
ここまで迷いもなく最短ルートで道案内したところを見ると、あかねは市内のエンカウントポイントの位置を普段から把握しているのだろう。
まずはとにかくそこまで行って腕のビジョンを見つけないと友梨奈には何も出来ない。
助けを求める人の腕のビジョンはどこでも見えるわけではなく、あかね達がエンカウントポイントと呼んでいる空間だけだ。
友梨奈に理屈はよくわからないが、亜空間を通して助けを求める人のいる地点と繋がっている場所らしい。
土手を下りて橋桁のほうに向かって走る、あかね、真由、友梨奈。
近づくにつれて、青白い子供の腕らしきイメージが空間に出現しているのがはっきり視えた。
助けを求めてる、と言うよりは力無くぶらりと垂れ下がっている感じだ。
「あぁ、やっぱり、もう時間が無い…」
あかねがそのビジョンを視て暗い声で呟いた。
コンクリート製の橋桁の周りは砂利が敷き詰められた広い空地になっている。
その橋桁の横の歪んだ空間から突き出た腕のイメージに引き寄せられるようにふらふらと歩を進めていく友梨奈。
その時橋桁の陰から突然年配の男の声がした。
「お主もその辺りに何か感じるのか?」
腕のイメージに精神を集中してた友梨奈はいきなり現実に戻されて、しばらく何が起きたか把握出来なかった。
気付いたら真由が友梨奈の前に身体を入れて立ちはだかっている。
真由の影から声がしたほうに恐る恐る視線を送ると、袈裟装束で笠をかぶった僧侶のような年配の男が橋桁の脇に立っていた。
そのそばには野犬が一匹、慣れた感じでちょこんと座っている。野犬と表現したのは毛が汚れていて、首輪もしてなかったから。
「おい、娘! それ以上は近付くな。この世に未練を残した悪霊に呪われるぞ」
(つーか、あなたが人を呪いそうな感じなんだけど。時代劇でも無いのにこんな格好してる人が現実にいるのね)
「悪霊? そりゃ空間から青白い腕がニョッキリ突き出てるから、見た目はちょっと気持ち悪いけど、この腕からはそんな悪い感じは全然……」
「腕、だと?」
ちょっと友梨奈の発言に食い気味に反応する僧侶風の男。怪訝な表情で友梨奈が見ている方向を凝視している。
知らない変な人の前でなんて能力は使いたく無いが、時間が無いから選択肢は無い。
さっきみたいに、きっと真由が守ってくれるだろう。
「おい、娘聞こえないのか? 見えるだけの中途半端な霊力で悪霊に近付くな!」
「おじいちゃん、あれ悪霊なんかじゃないよ。火事で逃げ遅れた子供が助けを求めてる手なの」
あかねは真面目に説明しているが、この人にそんな話が到底理解出来るとは思えない。
恐らく霊感は多少あって、それで空間の歪みをなんとなく感じて、この辺りに何か悪い霊的な現象がある、と判断してるのだろう。
結論がこの世に未練を残した悪霊とはあまりに古典的で乱暴すぎるのだが。
(あー、手が震える。これって何回やっても恐る恐るになってしまう)
その手を取ったら、その人の命を託されるような気がして、気が重いからかもしれない。
まだなんか老人が周りで騒いでるのが聞こえるが、友梨奈は無視して自分の手を橋桁のそばの空間から突き出た腕に向かって伸ばす。
その手の指先にわたしの伸ばした指が触れ、一瞬躊躇した後、その手を思い切りぎゅっと握った。
次の瞬間、友梨奈の身体がガクガクと震えて目の焦点が合わなくなる。
「愚かな。素人が無茶なことを。魂を持って行かれたな」
なんかわかった風に語る声が遠ざかる意識の中で微かに聞こえた。
 
つづく
 
 

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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