Lock You!①

【春一番】
立春のころ、その年に初めて吹く強い南風。発達した低気圧が日本海を通るときに吹き、気温が急に上がる。(出典:小学館 デジタル大辞泉)


  春眠暁を覚えずと言うが、それは間違いだ。
「灯夜、購買行こうぜ。クリームメロンパン売り切れる――って、寝ていらっしゃる?」
「や、起きとる」
  俺は四六時中眠い、春だろうが秋だろうが。
  時は4月初旬、小指の爪先程の長さの春休みが去り行き、桜散る中授業は本日より本格的に始まる、と今年度のスタートラインに当たる日なわけである。
「お前前からそんなキャラだったかぁ?」
「やたら眠くてなあ……」
「あーあー、大あくびで自慢の男前さまが台無し。1年の、少なくとも秋ぐらいまでは居眠りなんて一切してなかったよな、灯夜」
  俺の名は灯夜纏(あかしや まとい)。小学生の時分に担任の教師から「アニメキャラみたいなかっこいい名前!」とクラス全員の前で言われたのが軽くトラウマで、あまり好きではない名前だ。ちなみに趣味はゲームとギター。
  やたら親しげに声をかけてくる、クリームメロンパンが好物らしいこの短髪の男はクラスメートの牧内。1年の時から同じクラスで、当時から馴れ馴れしい感じは変わっていない。が、まあ1年付き合ってきて、友達と言えるぐらいの仲にはなれたんじゃなかろうか。
「……夜寝つきが悪いんだよ」
「……あーそういうね。灯夜クンもオトシゴロだからね、詮索はせんでやる」
「そういうのやめろ!そうじゃねえから……」
「何を想像したんですかねー?夜中スマホとか見すぎるとブルーライトで、ってよく聞くじゃん?俺らも来年には受験とかあるしさ、気ぃつけとくこった」
「……ご忠告どうも。それよか牧内、購買は行かなくていいのか。俺は弁当だから別にいいが」
「なに!?俺はお前がまた購買で焼きそばパンでも買うのかと思って、一緒に連れ購買するのかと思って、こうして駄弁りに付き合ってやっていたというのに!裏切り者め!」
  連れ購買ってなんだよ。
「それは悪い。今日は親が時間あったみたいでな」
「チクショー、俺も弁当作ってもらおうかな……。すぐ戻ってくるから待ってろ!メロンパン売り切れてたらお前のせいだからな!」
「ハイハイ……」
  表情がコロコロ変わる、忙しいやつだ。ルックスだけなら爽やかなんだが、どうにも暑苦しくていけない。こんなんでも、この私立七宝高校が誇る強豪サッカー部のエース様らしい。俺にはあんまり部活の話はしないが、まあそれなり以上に上手くいっているのだろう。
  俺が夜寝つけなくなったのは、そう、去年の秋――文化祭当日。俺が所属している軽音楽部のメンバーが――挙動不審で、ひ弱で、芯だけは強かった馬鹿野郎が事故に遭い、永い眠りについたその日からだ。



「おやおや、今日はお早い到着で。灯夜くん」
  俺たちの通う私立七宝高校はその学費に相応しく無駄にバカでかい。傾斜の緩やかな坂道の上に校舎、学生寮があり、町を二分する川を挟んで向かい側にドーム状の体育館、そしてグラウンドがある。
  文化部部室棟の2階の隅、追いやられたかのような場所に位置する俺たちの部室。軽音楽部の部室はこの場所にあった。今はなく、過去には存在した、という意味なので過去形がふさわしいだろう。
  西城(さいじょう)まつり――スッと通った鼻筋と、強い印象を与える縦に大きな瞳、栗色の髪を靡かせた長身の同級生の女が缶コーヒーを片手に俺に声をかけてくる。夏以外セーラー服の上にクリーム色のカーディガンを着用しているこの女は、声だけが声変わりしそうな男みたいでかなりアンバランスだ。出会った頃オトコオンナと呼んで逆上させたこともあったな。
「西城、ここんとこずっとコーヒー飲んでないか、苦いだろ」
「春だからって訳でもないけどさ、もう眠くってね。カフェイン摂取で目をこじ開けとかないと」
  こいつも春眠暁を覚えない睡眠不足仲間ってわけだ。
  西城は俺と同じ2年生で軽音楽部の部員、そして俺の所属するバンド「Over The Limit」のキーボード担当。なんでも旧家の出で子どもの時分からピアノを習わされ発表会に出ていたとかなんとか。
  クラスに1人、合唱コンクール用にピアノを弾けるやつが配属されるというが、こいつはそういう枠だったんだろうな。
「灯夜くん、僕がいくら美形だからってあんまり凝視されると困ってしまうな。それとも、僕の顔に何か付いてるかな?」
  この通り、自分で美形とか言ってしまうような性格でクセが強くて俺の手には余る。
  宝塚の男役みたいとか言われていたが、近頃はそういう風に自分から寄せてる気さえするぞ。
「……目と鼻と口が付いてるな。いやそれより、部室に入らないのか?俺が来るまで待ってたのか?」
「僕がそんな寂しがりに見えるかな?今日は鍵を持っていないんだ。恐らく先輩方が持っているはずなんだけどまだ来なくてね」
「俺というより先輩、いや鍵持ちを待ってたわけか」
「そういうこと」
  西城は人差し指を立てウインクする。こいつの言動って一昔前のキザ男みたいなんだよな……。
  俺たちの軽音楽部には4人の先輩がいた。リーダー格だった1人は、もう卒業してしまったけど。
「うおーい。お待たせしちゃったかな若人たち?鍵当番の到着だよー」
「お、噂をすれば影とはこのことだ」
在校している3人の上級生のうちの1人、天童絆(てんどう きずな)先輩が鍵束を振りかざしながらやって来た。絆先輩は、平均的身長な俺や女子の中では長身な西城と比べると少し小柄で、糸のように細い目とあどけない顔つきが特徴的だ。先輩バンド「Infinite Notes」のドラマーとして活動をしていた彼は意外と腕力が強い。俺は腕相撲でこの人に勝てない。
  俺個人としては、他の先輩方ほど絡みがあったわけでもなく未だにつかみどころが無い
イメージが強いので、嫌いとかではないがどちらかというと苦手寄りだな……。
  ちなみに鍵だが、特に当番制というわけではなくその日施錠したヤツが次の日も職員室から鍵を持ってくる流れになっている。誰が言い出した訳でもないがいつからかそうなっていた。
「俺らも今来たところだったんだ。絆先輩も、あー、授業、お疲れっす」
「おやおやー、2年生になったからか、あの!纏クンが!無理に敬語を使おうとしていらっしゃる!お嬢や、今夜はお赤飯だヨー」
  はしゃぐな童。
「ふふ、どういう心境の変化なんだろうね。今までだったら、先輩にタメ口をきく度にあの子が――」
「西城」
  それ以上は――。
「あ……ごめん……」
「いや……急に大声出してすまんかった、ちょっと感傷的だったかな、はは」
「ハイハイハイハーイ、僕がいる時にシリアスなムードにはさせないと倉持先輩とお約束をしておりますのでー!そんな暗い顔は不許可だよー不許可ー!」
  俺の肩を軽く叩きながら笑う絆先輩。
  今はこのブレなさに救われるな……そういや、あいつもこの人のマイペースさが好きだって言ってたっけ。
  絆先輩が言った倉持先輩というのは、倉持勇気(くらもち ゆうき)――前述した卒業した先輩のことだ。「Infinite Notes」のギターボーカルをしていて、形容しがたいやかましさを持つ通るが綺麗ではない(貶しているわけではない)声質を持っている。何を隠そう、この軽音楽部に俺を引っ張ってきたのは倉持先輩その人だ。当時は乱暴でめちゃくちゃで信じられないぐらい馬鹿なヤツだと思っていたが、(意外に)いろいろ考えていたり、抱えてるもんもあったり、なんだかんだリーダーシップもあったり、今では嫌いじゃない程度に尊敬している。
「すまんっす、先輩。……あ、ところでマキ先輩は一緒じゃないんすか」
「そういえば、我らが軽音楽部が誇るヴィーナス、マキ先輩こと音無満喜子(おとなし まきこ)先輩がいらっしゃらない様子で」
  そんなに説明口調で誰に向かって話してんだ

  音無満喜子先輩、マキ先輩は先輩バンド「Infinite Notes」のギタリストでウェーブヘアとおっとりした物腰が特徴の人だ。
「あーマキなら3年から特進クラスだから放課後も補習だよ。国立難関を受けられるお人たちは違いますなー……」
「そうか……もう3年だもんな、進路に向けて本気で取り組まないといけない時期だもんな」
「灯夜くん君ね、僕たち2年生もうかうかしてはいられないからね。受験対策は今からしておくのが良い、ってよく言うじゃないか」
  確かに、塾やら教材やらのパンフレットもそんなことをよく喚く。実際、進学校と自称しているだけあって七宝高校も受験対策にはかなり力を入れている。模試とやらも、新学期始まって早々に受けさせられたからな……。
  まだ2年生、もう2年生。周りは大半が進学し就職すると決めているやつらもいないではない。現に俺たちのバンドの素人ゴリラベーシスト、神崎光(こうさき ひかる)は年度末から部に顔を出す頻度がかなり減少しており、聞けば勉学のためと言う。連絡も徐々に返さなくなってきている。そして俺はと言えば――。
「進路、考えないとな……」
「君の雑把な性格からしてそうじゃないかと思ってはいたけれどね……赤点補講常連は伊達ではないか」
  俺は少しムッとする。
「そういう西城はもう決めてんのかよ、進路」
「僕は、もう決められてるから。おかげで毎週末はお見合いお見合い、お見合い三昧さ。進学もさせてはもらえるんだろうけど、コネクションで入れるところがあるからそこになるんだろうね。ここから先の人生に僕の自由意思は認めてもらえないってわけ」
  自嘲気味に、吐き捨てるように笑う西城。
  西城、お前ーー。
「ご両人!せっかく鍵を開けて差し上げたのに、外で長話はいけませんねー。さー、入って入ってー!」
  俺と西城が進路話を繰り広げている中、部室の鍵を開け畳んであったパイプ椅子を恐らくやって来るであろう人数分広げ並べていた絆先輩。なんというか、ムードメーカーというか清涼剤というか、良い意味で場の雰囲気を持っていく人だな。いてくれて良かった。
「お待たせしちゃったあ。みんなごめんね、って今日は3人だけ?ボクが最後かと思ってたけど」
  すっとんきょうなトーンの声を響かせながら、「Over The Limit」のドラマー、雲谷永久(うのや とわ)が階段の向こうから現れた。
  高校生らしからぬ童顔、声変わりしていない声、150センチに満たない身長、ととても高校生には見えないヤツだった。だったのだが。
「永久くん、また身長が伸びたんじゃないか?見るたびに成長している気がするよ」
  そう、去年の暮れから現在にかけてこいつはタケノコの如く成長している。声も少し低くなり背丈はもう俺を追い越すんじゃないかと思うほどの勢いで、以前のガキっぽさはあまり感じられなくなった。喋りはまだまだ子どもっぽいが。
「マキは受験のための補習、玉置くんは買い物があるとかで今日は欠席だってさー。みんな新学期から忙しいねー」
  玉置くんというのは、玉置翔馬(たまき しょうま)先輩――「Infinite Notes」のベーシストで、部室のコンセント付近を定位置にしている陰気、根暗なオタク野郎だ。悪く言えばそんな感じだが、長い前髪の奥はそこそこの男前だ。顔しか褒めるところがないわけではないぞ。
「どうせ漫画でも買いに行ってんだろ、オタク野郎のことだし」
「光ちゃんは、春休みに引き続きお勉強かなー?」
「ボクらも連絡は取ろうとしてるんだけど、なかなかお返事くれないんだよね……」
「まあ本来それぐらい危機感持ってないと厳しい成績だったけどね彼女も……」
「なぜ俺を見る。つーと、今日はこのメンツか……」
  3年生の絆先輩、2年生の西城、雲谷、そして俺。
  新学期までにも集まれたのはこのメンツにプラスしてマキ先輩か玉置先輩ぐらいで、バンドとしてはほぼ崩壊している。そう、崩壊しているのだ。
  部室と言っているが、ここは軽音楽部元部室。軽音楽部自体は去年の文化祭が終了した直後に、生徒会により廃部にされている。よって俺たちの所属も現在は帰宅部。実質無許可で鍵を開け集まりの場として部室を使用しているにすぎない。
  部室の中は相変わらず埃っぽく、コンクリート打ちっぱなしの床には雑誌やら機材やら、ほとんど私物とおぼしき物が散乱している。    校舎や敷地の広さを思うと狭いが、以前より広く感じるのは、卒業生倉持先輩を筆頭に各人が持って帰ることのできる物は全て持ち帰らされたからに相違ない。まあ、その後無許可の放課後集会で改めて散らかし直し今に至るのだが。
「しっかし、ここに集まって練習をするでもなく、ただ駄弁ってるだけなのに、下級生クンたちもよく来るねぇー」
「あは、絆先輩が言えたことではないと思いますがね。僕が来てるのは、そうだな、残り香を楽しみに来ている、というか」
「匂いフェチなんかお前……ここ埃とコンクリの匂いしかしねえぞ」
「教養の無い者にはこの程度の言い回しも理解できないのか、参考にさせてもらうよ灯夜くん」
「嫌みったらしさは相変わらずだなぁ西城」
「ケンカしちゃダメだってば!……あれ?ケンカしてない?」
「もうさ、こいつがこういう言い方しかできねえのは知ってっからな」
「お互いにね!」
「良かったあ、もう2人ともすっかり仲良しさんだね!」
  喧嘩はもうしねえが、そういう仲でもないからやめろな。鳥肌立つじゃん。
「ボクもまつりちゃんの言うこと、ちょっと分かるかも。本当に短かったけど、埃とコンクリートの匂いを感じると楽しかった頃を思い出すんだ」
「残り香ってそういう言い回しじゃないんだけど、概ね同感だからそういうことにしておくよ」
  西城は少し不満げな様子。
「うんうん、仲良き事は美しきかなー。それじゃ、今日は久々に、行っちゃいますかー?」
「行くって、どこにだよ?」
  俺は、概ね予想ついたのだが、西城も雲谷もポカーンとしているので代わりに訊ねる。
「それはもちろん、岩田ゆうちゃんのお見舞いにだよー」
  岩田ゆう――その名を聞いた俺たち3人は、実際どうかは推測だが、時間が一瞬止まったように感じた。全ての始まりで終わりでもあった人物。俺たちのリーダーであり、俺たちを繋いでいたバンドの核心、ボーカル担当。
「それ、は、」
  あ、やべ。言葉が出てこない。
  どう言葉を繋ごうかと頭を捻った刹那、開きっぱなしになってた部室のドアの内側を叩く音と、背後に人の気配を感じた。

「あの、軽音楽部ってここで間違ってないですか」

  言葉自体は丁寧だが、突き放すような凄むような低音。
  振り向くと、1人の少年が立っていた。髪の長さはマッシュ気味、前髪をセンター分けにしており、垂れ目だが黒目が小さいため穏やかな雰囲気には見えない。制服の学ランの前を開けており、白いシャツが見えている。背丈はちょうど今の雲谷ぐらいだろうか、男子全体で見ればそれほど高くはない。
  口を開けると八重歯がちらりと見えるのが印象的で、もっと目をひくのが肩に黒いギターケースをひっかけているところだ。
「およ、入部希望者さんかなー?知らないかもしれないんだけど、もうこの部活は――」
  絆先輩が立ち上がってその男子生徒に説明をしようとするが、彼は先輩の言葉を遮るように、
「廃部にしたんでしょ。それぐらい知ってます。そんなことはどうでもいいです」
  誰に向かって話しているのか分からないような、空に向かって言葉を発しているかのようにそう告げる。
「オレは鍵屋葉(かぎや よう)、新入生です。岩田ゆうちゃんを迎えに来ました」
  耳を疑う言葉を、ギターケースを背負った少年――鍵屋葉後輩は発する。
  岩田を迎えに……?ど、どういうことだ……?足りない頭で必死に思考を巡らせる。。
「ゆうちゃんはどこですか。早く呼んでください」
  この新入生、いったい何者なんだ……?


                                                                        続く



はじめまして、撲殺院阿修羅丸と申します!!!!!!!!!!!!!!!!アイドルやってます。

うわごとは何でも書いていいよ~😙✌️ということで、高校時代に書いていた「69」という作品の続編を書かせていただきました。

なるべく初見の方でも読めるように書いたつもりなのですが、やはり分かりにくいと思いますので過去作も気まぐれで載せていこうと思っています。思っているだけです。

執筆者陣はポエミーな方が多いので、ゆるいエンタメ枠として見ていただけると嬉しいです。

じゃあな。

(執筆者:撲殺院阿修羅丸)