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ナチュラルスピリット2024年危機説を考察:書籍「よひとやむみな」、「コナンドイルは語る」から考える黙示録的情報について ―その3―

今回の記事は前回の記事からの3つ目の記事です。最初から読んでいただくことをお勧めします。

ではどう対応するか!?

 実は、リセット・スタートやハルマゲドンがあってもなくても、私たち一人一人と、社会や地球がより幸せになるための方法は、いずれにしても同じことです。
 「よひとやむみな」にしても、「コナンドイルは語る」にしても両方スピリチュアル系の書籍です。

 これらの書籍の主張する、大災害にしても、リセット・スタートにしても、それらが起こった原因は、要約すると人類の業(カルマ)から生じた結果を、現代人が受け取るという見解のようです。そのため、対応についてもスピリチュアル(霊性)の本家でもある仏陀の智慧から考えてみたいと思います。

縁起と空、非二元を知る 

仏教の十二支縁起の最初の「無明に縁って行があり、行に縁って識があり…」の本質は、宇宙が縁起つまり関係性によって成り立っているということを知らない(無明である)と、前世の業がはたらき、謝った認識作用が発生します。
 縁起を知れば、業ははたらかないので、次に生まれてくることはなくなります。つまり輪廻の輪を逃れるということです。バラモンの言葉で言えば解脱です(「スピリチュアリズム」2007苫米地)。

 自我とは過去から受け継がれたプログラミングです。それは業(カルマ)とも別名で呼べます(デヴィット・R・ホーキンス「I<私>」)。これはキリスト教で言う原罪のことでもあり、自我(エゴ)=罪が生じることで二元性の世界が誕生するということです。

 「奇跡のコース」では、自我(エゴ)が過去からの単なる生体プログラミングだと完全に認識できれば、起きている現象は幻想であることが分かり、消滅するといいます。その為の処方が「赦し」ということです。

例えば寝ている時の夢で、友人に殺された物語を見て、起きて(覚醒)してから友達を訴えたり復讐はしません。現実の3次元世界とはその様なもので、存在しない物語に因果関係を結びつけるとで、その物語を実在せてしまいます。つまり、輪廻を強化させてしまいます。

初期キリスト教や仏教はこのように幻想からの覚醒を、霊的進捗度合いとして見ていました。
つまり、
「業(カルマ)=無明=無知=罪」という等価関係が成り立ちます。

霊性の目的

実は、すべてのスピリチュアル(霊性)の目的は、いかに自我を超越するか、という理解と実践の学習過程です。
自我は、生物学的な何万年も前から発生したプログラムと社会的価値観を合わせたものですが、それを<自己>と同一視していることが問題の始まりです。

ラマナマハリシの言う「私とは何か?」という問いかけからその同一視の解除は始まります。
「私は名前でもなく、地位でもなく、名誉でもなく、体でもなく、感情でも、心でも、思考でも、信念でも、価値観でもありません。」それらはすべて外からプログラミングされたソフトウェアです。

そうすると、「私」という感覚、気づきという意識のみが残ります。その意識が生命の源であり、その意識の上に様々な個人や人類の物語、そしてハルマゲドンやリセットスタート、死後の世界という物語と現象が映し出されていることに気がつきます。

物語の中に不安と恐怖の感情があるので、物語の輪廻から解放されることにもつながります。
そしてそれが、解脱でり、リーラ(神の戯れ)からの解放になります。

自我に固執すればするほど原始的な獣のエネルギーになります。それを自身の中に認めることが最初の始まりです。それは「よひとやむみな」にも記載されております。これは「よひとやむみな」の御霊磨きの一つの方法です。

つまり、「よひとやむみな」も「コナンドイルは語る」のリセット・スタートの本質も、釈迦やキリストが説いてきた自我=業=罪からの解放であり、それを「赦し」、「覚醒」と呼ばれている現象です。

具体的な3つの側面からのアプローチ


ではどうするかといわれても、「覚醒」「赦し」「御霊磨き」「解脱」「解放」「悟り」「愛」など霊的な言葉が多く、具体的なものが見えてきません。
これらの現象を起こす確率を上げるためには、生理的、心理的、霊的な三位一体のアプーチが見出されます。
・生理学的アプローチ:
生体面では脳の前頭前野を活性化することにつきます。具体的な機能は、
・「メタ認知機能」:客観視、俯瞰能力の向上により、自我を<私>を同一視しなくなる。
・「注意制御機能」:ハルマゲドン的な恐怖の物語、不安と恐怖の対象から別のニュートラルな対象に意識を映し、情緒を安定させる。これにより、不安、恐怖、怒りといったネガティブな感情からの視野狭窄からの解放と、否定的な感情の反芻を避ける。
・「抑制機能(NO-GO)」:自我による原始的、衝動性、欲動を制御し理想的な選択を行う。
・「ワーキングメモリ」:情報処理能力を上げて、自身の実行機能を上げる。
ということになります。
これらは以下の心理的アプローチや霊的アプローチを行うことでの結果として上昇する脳の機能です。
つまり生理的機能として、これらの機能の上昇が関連するので、普段の食生活と生活習慣、良質な睡眠は、すべてこれらの脳機能に直接関連するので、非常に大切な土台です。

・心理面でのアプローチ:
「自分が何をすることが最も充実感を感じるか。」「自分の役割や使命は何か!?」「自分の人生の目的や意味は!?」
といったスピリチュアルにかかわる霊的探究については、自分のこれまでの人生を俯瞰し、その背景に流れるアルゴリズムを読み取ることが大切です。
その見えないアルゴリズムは、魂の軌跡とも呼べるでしょう。それを認識するには、自分自身の言語的な内省や対話で見出しやすいものです。
そして、そのミッションの進捗状況を信頼できるパートナーやコーチ、カウンセラーに定期的に確認することで、自我の障害を避ける確率が上がります。

・霊的なアプロ―チ:
黙想、瞑想などで「気づき」という意識そのものであり、生命エネルギーそのものに立ち返る習慣をつける。これにより、日常生活が気づき(スピリット)の土台から展開されることが出来ます。
そして時空間にしか存在できない自我から離れて、様々な気づきを得ることが出来ます。
全ては幻想で物語であり、ハルマゲドンも時間軸の中に存在する。自分が常にすでに覚醒し、愛そのものであったことを思い出すようになります。

ナチュラルスピリットから黙示録について、空観、仮観、中観を含んだ、円融三大的観点からの書籍を求む

この宇宙は、神のリーラ(戯れ)であると、アドヴァイタ・ヴェーダンタの世界では言われます。戯れとはゲームとも表現できます。
ひょっとして、私たちのこの世界や地球は、サッカーというゲームで言えば、ロスタイム残り1分弱で3点差を追いかけているという現状なのかもしれません。
「よひとやむみな」にしても、「コナンドイルは語る」の書籍はそのようなことを言いたいのかもしれません。

しかし、ピッチに上がっている一人一人の選手たちは、それでもそれぞれの世界があり、役割があります。時間は幻想で、今という愛の中にしか私たちは存在しないということが、「赦し」「覚醒」「悟り」であり、このゲームの終着であるように私は思います。
ハルマゲドンもその思考が創った愛の中の、一つのストーリーです。

そうした視点からの作家の方々の意見も是非伺いたいと思老います。

ちなみに、「2040年の世界とアセンション 吉濱ツトム著2020年刊」では、人類の未来については、今後は明るい方向に進んでいくという見解で、霊的大師の方針では、「人類の痛みを最低限に抑える。同時に多くの魂を地球から卒業させる」ということになっているとのこと。

スピリチュアルにしても、黙示録の時期や様相にしても、いつものように発信する人々によって情報は様々です。
様々な意見と立場で、人々で、公開サミットを開いてほしいものです。

結局日常生活を送ることには変わりはない

私はスピリチュアルに関心はありますが、仕事は全くスピリチュアル系ではない、どこにでもいるカウンセラーです。

霊的成長も来世、輪廻、解脱、といったややこしい概念じゃなくとも上記に上げた前頭前野の実行機能を上げることは、日常生活においても重要なので、知って取り組むことにおいて損はありません。
仕事が出来るようになり、毎日が楽しくなり、感情が穏やかになり、おまけに霊的な感性(気づきの力)も上がるアプローチです。

最後に「サピエンス全史」「ホモデウス」「21Lessons」の著者であり、仏教のヴィッパサナ―瞑想者でもあるユヴァル・ノア・ハラリの言葉で黙示録という物語について送りたいと思います。

「死んだら私は、完全に消えてしまうだけなのか?天国に行くのか?新しい体に生まれ変わるのか?」と人は問う。こうした疑問は、誕生から死ぬまで持続する「私」というものがあるという前提に基づいているので、「死ぬときにこの『私』にお何がおきるのか?」という疑問が生じる。だが、誕生から死まで持続するものなどあるのだろうか?体は刻々と変化し、心も刻々と変化し続ける。   
自分を観察すればするほど、この一瞬から次の一瞬にさえ持続するものなどないことがはっきりする。それでは、いったい何が全人生を一つにまとめているのか?もしその答えが分からなければ、人生は理解できないし、死など理解できるはずもない。何が人生を一つにまとめているかを発見した時に、初めて、死にまつわる大きな疑問の答えも明らかになるのだ。
「魂が誕生から死まで持続し、それによって人生を一つにまとめている」と人は言うが、それはただの物語にすぎない。あなたは一度でも魂を目にしたことがあるだろうか?これは死の瞬間だけではなく、どんな時にも調べることが出来る。一瞬が過ぎ、次の一瞬が始まる時に何が起こるのかを理解できれば、死の瞬間に何が起こるのかも理解できる。たった一回の呼吸の間、自分を本当に観察できれば、すべてが理解できるだろう。」
 「というわけで、もしこの世界や人生の意味や自分自身のアイデンティティについての真実を知りたければ、まず苦しみに注意を向け、それが何かを調べるのにかぎる。
 その答えは物語ではない。」

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