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脚本と小説の違い

はじめに

  脚本の書き方を学び始めたのは半年ほど前のこと。小説を書き始めたのは、一昨年の晩夏。

 そもそも小説ではなく脚本の書き方を習おうと思ったのは、小説とは違う形でストーリーを伝える方法に興味を持ったから。

 小説も脚本も共に物語を伝える手段である点は同じ。しかし、以下のような違いがあります。

違い①エンドユーザー

 まず、エンドユーザーが違います。小説は本を買ったり、サイトにアクセスしたりして読んでくれる読者。他方、脚本のエンドユーザーは映画やドラマを観てくれる観客や視聴者ではなくて、監督をはじめとする制作フタッフと演じてくれる俳優さんです。

違い②コントロールできること

 次に、小説と脚本では書き手がコントロールできることが異なります。

 プロフィールに書いたとおり、脚本を書こうとする私はまるでイデア論の喩えの洞窟の中の人形の操り手でしかないことを痛感しました。

 この喩え、こんな感じです。

 洞窟に捕えられ、縛られ動けない囚人たちは壁に向かって座っている。
 囚人たちの後ろには塀があり、そのさらに後ろには焚き火が燃えている。
 塀の上では操り人形が動いている。
 囚人たちは、焚き火の灯りで目の前の壁に映し出される人形の影の世界が真実の世界だと信じている。

 これには続きがあって、囚人は洞窟を出てほかに真実の世界があると気づきます。ちなみにこの喩えは、イデア論という、私達が普段経験している世界はイデアという真理が鏡に写った姿にすぎない……という考え方を説明するためにプラトンが考えたものです。詳細に興味のある方はプラトンの『国家』を読んでください。

 さて、洞窟の中の人形の操り手は、人形の動きや焚き火の具合をコントロールすることはできますが、囚人が見ることのできる壁に映し出される影を直接コントロールすることはできません。

 小説では、映し出される人形の影を直接コントロールできます。その結果、脚本よりもエンドユーザーである読者の心の中に形作られるであろうイメージをより確実にコントロールできます。

例 即興で洞窟の喩えを小説化すると……

 囚人のゼジは、不気味な灯りが踊るこの洞窟にやってきてもう238年になる。焼けるように熱い、頭より大きな真っ黒な凝灰岩に縛り付けられ、動くことも許されない。目の前で繰り広げられる黒い怪物たちの戦いを恐怖に震えながら凝視する。

 しかし脚本では、人形の影が✕✕になるように人形を〇〇と動かして、焚き火を△△に燃やしてくださいと指示できるだけなのです。でも、実際に人形の影が✕✕になるか、人形の操り手にはコントロールできません。

例 上のシーンを脚色してみる(脚本にしてみる)とこんな感じ

◯洞窟
   暗闇でパチパチと燃える焚き火の灯りが揺れる。
   何十人もの囚人たちが汚い布をまとい、頭ほどの大きさの燃える岩に
   縄で縛られ、顔を歪め、多くの黒い影が揺らめく壁を凝視している。
   囚人のゼジ(420歳)は影を睨みつけている。
ゼジ(M)「(震える声で)か、怪物たちめ、 襲ってくるなら襲ってこ
 い!」

違い③書けること

 小説においては、物理的な情景描写はもちろん、登場人物の心の動きも自由に書くことができます。上記の洞窟の囚人の小説版では、「恐怖」という直接目で見えないことを堂々と書けます。

 しかし脚本では、原則的に、目で見えないこと、音として聞こえないことは書くことができません。なぜなら、脚本は映像を作り出すための仕様書みたいなものだからです。

 上記の脚本版には、「パチパチ」という焚き火の音やモノローグではありますが台詞が含まれています。でも、恐怖は目で直接見えないので、「睨みつける」という動作、モノローグの中にのカッコト書きの「震える声で」と台詞自体で恐怖を表現して、文脈や状況から制作スタッフや俳優さんに分かってもらうことになります。見えることと聞こえることだけで創り出して欲しい映像の姿を伝えるわけです。

違い④書式ルール

 もっとも顕著な見た目の違いは書式です。上記の脚本の例をご覧いただくと分かりますが、脚本には「ある程度」確立された書式があります。「ある程度」というのは、(1)絶対守らなければならない書式ルールと(2)そうでもない書式ルールがあります。この2つについては自分のためにもおいおい整理していきます。

 以上のような違いのおかげで、脚本を書くということは私にとって、最初、とてももどかしかったです。空中に絵を描いているような心もとなさや、ときには書きたいことが思うように書けないフラストレーションを感じました。

 半年ほど経ち、随分慣れました。基本中の基本は修得できた気がします。そして、エンドユーザーのことを考えつつ、小説とは違う表現方法を楽しめるようになりました。私は、脚本を書くことで小説の中の台詞も以前よりも注意深く練るようになったと思います。

 楽しく教えてくださるS先生に心から感謝しています。

*間違い等ありましたら、ご指摘いただければ幸いです。

Copyright 2023 そら

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