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未だ忘れない人の優しさ

 大人になってすぐにボクは大阪に住み始めた。
自分は絵描きになると決めていた頃で、バイトをしながら作品を作っていこうと思っていた。なんの取り柄もないボクはとりあえず派遣社員となって工場で働いていた。

工場の仕事というのも人間関係が複雑で大変だった。女性が多く派閥も目に見えてあったし、汗を拭う時間もないほどの仕事をさせられた。そしてその頃の派遣社員は本当に使い捨てだった。

 下請けの電子部品工場だったので仕方がないことだけど、急に仕事が切れて午後から帰らされ当分仕事がないという事があった。派遣の担当からは2週間ちがう会社に仕事を用意したからと言われて、大きな工場の「部署の引っ越し」とその片付けにまわされた。

 行った先にはボクにはよくわからない様々な機械あり、それらや古いPCなどを処分するためにトラックに積み込む仕事が待っていた。その部署の上司は少し無口だったけど、ボクの担当してくれた人はとても愛想が良かった。それにそこの社員さんはみんな優しく接してくれた。

同じような工場でも、会社によって社員の様子が違うものなのか?
時間が経つにつれ、短期じゃなくてここでずっと働けたらなとも思えた。
しかし、戻る日がやってきた。またあの人間関係が悪い環境に戻るのかと思うと嫌だった。

大きな工場での短期バイト最後の日、お昼に無口な上司がボクに言った。
「昼飯行こや」 
この方とはバイト期間中あんまり話す機会もなかったので緊張した。 

でも上司は、たった2週間やってきただけのバイトの俺を、回らない寿司屋に連れて行ってくれた。「好きなもの頼んだらええ」とは言ってくれるものの緊張するし、遠慮なくとは言えなかった。結局おまかせで握ってくれたのを食べたけど、ちょっと緊張しすぎて味は覚えてない。

でも、ボクは嬉しくて未だこの事を忘れることはない。
寿司が嬉しかったわけじゃなくて、ただの派遣で回されてきてたった2週間働いた若僧に、その人はちゃんと向き合ってくれた。言葉は少ないけどその気持ちはとても心に響いた。

ボクの記憶には他にも何人かの忘れられない「人の優しさ」のエピソードがあり、忘れられないほどの何人かの「人の酷さ」エピソードもある。

それらをよくよく考えると、言葉の数ではなく、その人がどんな価値観で生きてるかが周囲にいる人の心に伝わるんだと思う。 

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