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燃える ー 燃やす

 干草の束を積む。杉の枯葉を重ねる。広葉樹の細枝や樹皮の砕片を草の隙間に差し込む。チャッカマンを手に取り何度か空に向けて着火した後、干草のなるべく深い位置に差し入れる。カチカチボッ。カチカチカチボッ。何度目かで草に火がつく。火種を失わないように慎重に、それでいて迅速に杉葉と小枝を炎の周りに集める。息を潜めて火をただじっと見つめる。炎の微かな変化も見逃さないように。枝の位置をいじりながら様子を見守る。 
 ある時、下方から枝に伸びていた炎が枝を取り囲んで渦を巻く。枝に火が移る。細く長く息を吐く。すかさずさらに枝を重ねる。一本目の枝から二本目の枝に火が移り、ひと回り太い薪からもうひと回り太い薪に火の手が回り、炎はいよいよ渦を巻き、盛んに噴き上がる。パチパチ、パチパチ、コーッコーッ。その様をただ見続ける。絶えず姿を変える炎の一瞬一瞬に目を奪われる。それでも次に焚べる薪を掴むべく手は休みなく薪束を探る。炎拡大の野望はまだ始まったばかり。もっと火を大きくしたい。もっと美しい炎が見たい。

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 これだから焚き火はたまらない。風に煽られ流れくる煙に思わず目をつぶり、爆ぜる火の粉のあまりの熱さに飛び上がっても、火のそばを離れることはできない。火の粉を飛ばして勢い盛んに噴き上がる炎に胸躍らせ、いまや半ば炭化した丸太の薪を取り囲んでうねる火の渦に魅了され、丸太の下で橙色に照り輝く灼熱の炭に引き込まれる。肌に灼けつく熱さを感じる。最高潮に達した炎から存分にエネルギーを吸収できる。隣でギターの即興演奏が始まる。しだいに落ち着きを得て薪を燃やし続ける炎の音と、空気をくすぐるアコースティックギターの音色が両耳で響きあう。くゆる煙に沿って目線を上方に向けると火の粉が瞬き、雲の切れ間にきらめく二、三の星々が見える。焚き火の周りを子供たちがぐるぐる駆け回る。大人たちは火で手足を暖めながら話を弾ませる。ここに全てが揃っていると思う、まさに至高の瞬間だ。

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 薪があらかた燃え尽きると焚き火はだいぶおとなしくなる。火柱が上がることはもうほとんどない。小さく砕かれ焚き火の底に積み重なった炭が一面に広がり、チラチラと燃えて複雑な情景を作り出す。ここにきて焚き火は新たな美しさを現わす。それは全天にきらめく宇宙の星。それは風にそよぐ山の新緑。それは波のゆらめきが陰を落とすサンゴの群落。無限に精緻な炭火のさざめきが続く。風を吹き込むとパッと光り輝く。

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 さあ、もういい時間だ。そろそろ火を消して帰ろう。まだ幾分赤みをとどめている炭火を目に焼き付け焚き火にしっかりと蓋をする。火照りの残っている肌に冬の冷気が当たり、初めて外気の冷たさに気がつく。後にはただ、静けさだけが残るー。

 


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