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私がどうやって広東語通訳者になれたのかを紐解いてみる(48)『追捕/Man Hunt』- 斎藤工さんと竹中直人さん -

撮影の話はそろそろ終わりなので、この作品で出会った才能豊かなお二人について触れておく。

リスペクトすべき俳優

この頃すでにブレイクしまくっていた斎藤工を全く知らなかった。キャスト・ボードに上がってきた名前で初めて存在を知った。キャスティングの最終決定権は当然導演にあるので、キャスト関連の話は香港人クルーの管轄。当然私も広東語で「ジャイタン・ゴン」と呼ぶので、「工」の字を「たくみ」と読むことさえ長らく知らなかった。

「吳宇森導演の大ファンだからどうしてもこの作品に出たい」とずっと言われていたのだけれど、適切な役が無い。最初から脚本に上がっていた役は遠の昔にキャストが決まっていたから変更不可。脚本の何度かの改訂でようやく小さな役が新しく出現したが、どうやら結構ブレイクしているらしいのにこんな小さな役でもいいと思う?

と香港人クルーに聞かれたが「初めて目にした名前だからわからん」と答えて「おいおい、Sophie!日本でブレイクしてるらしいぞ?知らんのか?」と笑われたが、日本の映画にもドラマにも興味が無いもので悪しからず。

相棒役の吉沢悠もその時は知らなかった。大阪アジアン映画祭で上映された『道~白磁の人~』の主演俳優だと後に知った。

ブリーフィングでは、副導演からシーンと役柄設定の説明をした。とても小さい役なのに、お二人とも申し訳ないほど真剣に聴いてくれた。細かいところについての質問までしてくれた。

そして撮影。カメラを前にした斎藤工が突然セリフを変えてきた。事前伺い無し。心底驚いた。

脚本上のセリフは「お前は誰だ!」「動くと撃つぞ!」というハードボイルドお決まり文句。それを「あんた誰?」「動いたら撃つよ?」とちゃらい感じに言い換えたのだ。

斎藤工演ずる誘拐犯は、複雑な回路を持つ時限爆弾を自分でちゃちゃっと作ってしまえる天才で、世間を斜に構えて見ているかなりひねくれた若造という設定。この設定に合わせてハードボイルドをちゃらい感じに変えてきたのだった。

凄い。役への対峙がハンパなく深い。なるほど。このちゃらい言い方が自身の役のキャラクター的にも正統派正義漢の矢村との対比的にも最適格だ。ブリーフィングから衣装合わせを経て撮影までのこの短時間で、これほど考え抜くとは凄い。プロを見た。この瞬間にリスペクトが最大限に跳ね上がる。

導演には当然セリフの言い方を変えてきたことを伝えなければならない。「ちゃらい」という日本語のフィーリングを伝えられる広東語の単語を一瞬にして探し当てることができない。一つの単語で置き換えようとするのは諦めて少し長めの言葉を費やして説明した。ただ、「セリフの意味としては全く変わらないが、この言い方の方がちょっと神経切れてる若者の雰囲気に合う」ということは強調しておいた。

そして無事に撮影が終了した。すると俳優斎藤工は映画ファンの斎藤クンに変身した。「ちょっとお願いが・・・。監督にこれにサインして欲しくて持ってきちゃったんですよ~。」と出してきたのは『少林門』のDVD。監督も「おお、これ持ってるのか!凄いな!これはもう手に入らないんだよ!」とご満悦。監督の大ファンというのは本当だった。

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見て!このイチ吳宇森ファンの斎藤クンの嬉しそうな顔ったら!

リスペクトすべきアーティスト

そしてもう一人。まさに multi-talented な竹中直人に言及しないわけにはいかない。カタカナの「マルチタレント」じゃないよ。彼の才能はそんなお安いものじゃない。

龍哥の物真似で衝撃的なデビューをした時から大好きだった。単にアチョーホチョー言うだけの表面的な物真似屋ではなく、本気で龍哥のことを愛してリスペクトしているのがわかる深い動き。『Shall we ダンス?』でのキレッキレの動きも大好き。身体能力の高さは完全なアスリートである。

警察署セットでの撮影の頃はまだ現場通訳になっていなかったので、あまり会えずにいたのだけれど、その後暫くしてからの病院でのシーンではガッツリお会いできた。

突然「ターターターンター♪ ターララターンターン♪」と鼻歌が聞こえた。『ドラゴンへの道』だ!速攻振り向く私!竹中さんと目が合った。「お、こいつ、ファンだな」と認識されたらしい。これで速攻お近づきになった。

もうとにかくじっとしていない。「おはようございま~す」とスキップしながらセット入りして、待ち時間中もずっとそこらへんで踊ったりスキップしたりしている。そして黙っていられない。龍哥の映画のテーマ曲を口ずさんでいるか、誰かに話しかけるか。とにかくずっと動いている。この方はこれが素でデフォルトなのだろうか。皆をハッピーにさせたいと思ってやってくれているのだろうか。外では竹中直人というアーティストを演じているのだろうか。もう、わからん。とにかく面白い。

竹中さんクランクアップの日。イチ竹中直人ファンに変身した私はサインをお願いした。絵本作家竹中直人の『おぢさんの小さな旅?』を差し出した。「あ、これ持ってくれてるんだ?いやー、嬉しいな~うれしいなぁ~」と言いながら唐突に奥付に絵を描き出した。サラッとサインを貰うつもりだったのに、竹中画伯に変身した竹中直人は気が済むまで延々描き続けた。それがこれ。

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それぞれのキャラクターも面白いけれど、帯にいる「瓶 津氣比古」さんが私は大好き。今でも見る度に笑ってしまう。絵本作家本人から「このお話は悲しいお話なんだよ」と聞いて唸ってしまった。読み終えた後のイマイチ清々しくない感覚はそういうことだったのか・・・と。

俳優、歌手、ダンサー、画家、作家・・・これを multi-talented と言わずして何と言う?multi-talented artist として心からリスペクトしている。(続)

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(註)私の大好きな「瓶 津氣比古」さん

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