STINGY SOUVENIR AND SPECTACULAR SCENERY 2 - Izumi Origins EP2
【承前】
トトリは己の背丈より大きな背嚢を開け、中に詰め込まれている品物を検めていく。粗皮、角片、甲殻、翼膜。アイスシャードの詰まった箱には大小様々な肉塊が詰め込まれている。イズミは己が狩ってきた戦利品が並べられていく様を、ソファからぼんやり見つめていた。一服したい欲求が首をもたげたが、壁に貼られた「禁煙」の張り紙を思い出し、己を律した。
野に出て獣を狩り、糧を得る。古来より続く冒険者の営みは未だ貴重な物資供給源だ。得られた希少な素材は市場で高く売れるし、冒険者たち自身のクラフトにも活用される。故に、たくさんの従者を雇い、売れ筋の素材を乱獲する冒険者も珍しく無い。
英雄ソフィアの従者となったイズミも当初はそういう仕事をさせられるものだと思っていたが、彼女の依頼は実に緩かった。頼んでくる品物の数自体は多岐に渡っていたが、納期も有って無いようなものだった。——あなたにはあなたの冒険がお有りでしょうから、そのついでで構いませんよ。というのが英雄の弁である。それ故、イズミは仕事の合間に己の仇敵達を追う事が出来ていた。黒衣森の一件も、そうだった。
イズミは視線を台所に向ける。編み込み髪の娘——ソフィアは棚を指さし、赤髪褐色肌の男に何事か伝えている。男は棚から茶葉の缶を取り出すと、ソフィアは大きく頷いた。男の「用意するから向こうで待ってな」という風な身振りに促され、ソフィアは踵を返してイズミの方へ戻ってきた。深緑色のディアンドルに身を包んだ娘はイズミの対面に腰を下ろした。
「お茶も入れますから、少し待っててくださいね」
「……どうも」
にこりと微笑みかけてきた娘に、イズミはそっけない返事を返した。ちら、と視線をトトリに向ける。品定めを終え、書類作成に入っていた。
「そうだイズミさん。来週ちょっと遠出するんですけど、一緒に来ていただけませんか」
「……どちらまで?」
「えぇと、バルナード海の方まで」
ソフィアはローテーブルの上に置かれた東州の地図を持ち、南の方を指差した。ここ西州よりずっと東、どちらかといえばイズミの生まれ故郷であるひんがしの国の方が近い地域だ。
「あの辺りを巡る事件は一段落したんですけど……まだちょっと、気になる事が色々ありまして。それで、前衛として」
ソフィアは小首を傾げ、どうでしょう?とイズミを見つめてきた。こういう急な戦力編入はよくあった。
「……いいですよ。仕事ですから、なんなりと」
イズミは迷いなく応じた。断る理由がない。英雄は自分の腕っぷしを買っているのだから。イズミはそう捉えていた。
「よかった。あの、言ってもそんなに危険な事は無いと思います」
「え、じゃあ俺も連れてってくんない?」
安堵するソフィアの後ろから、陽気な声が降ってくる。何かと英雄の拠点に入り浸っている青年、テオドアだ。その手にはティートレイ。
「だーめ。危なくないっていうのは、冒険者基準の話です」
「あ、そういう?魔物は普通に居ますよっていう?」
青年は大袈裟に表情を変えながらソフィアとイズミの前にティーカップを置き、紅茶を注いだ。
「そこはこう……かわいいソフィちゃんが俺を守ってくれれば……」
「お仕事のご予定は?」
切り分けられたロランベリータルトの皿を置くテオドアの手が一瞬止まる。
「明日から遠洋航海」
「がんばってくださいね」
「任せな!」
船乗りはきびきびとタルト皿とカトラリーを二人分並べ、イズミに顔を向けた。
「じゃあイズミちゃん、ソフィちゃんのこと頼んだぜ!あっ、このタルト、すげーうまいぜ!なんせウチの姉ちゃんが作ったやつだから!」
イズミの返事を待たず、テオドアはそれだけ言うと台所へ戻っていった。最も、イズミ自身何か返答する気など無かったのだが。
「ささ、食べましょうイズミさん。美味しいのは本当ですから」
ソフィアは十二神に短い祈りを捧げ、タルトを小さく切りはじめた。
「……いただきます」
イズミもつられて東方式に合掌した。彼女に敬虔な信仰などない。しかし、この場はどうにも手を合わせないと落ち着かなかった。対面の少女はタルトを口に運び、感動に打ち震えた顔をしている。イズミも一口食べてみた。確かに美味かったが「美味くて食える」以上の感想は出て来なかった。なのでイズミは少女が語るタルトの秘訣や、それを作った料理人の人となりを黙って聞いていた。
ティーカップの中身と少女の表情パターン変化が尽きた頃、トトリが空になった背嚢を持って来た。イズミは背嚢を背負い、壁に立てかけていた刀を留め具に繋いだ。添えられた紙束は次回の狩猟品目だ。列挙された多種多様な狩猟品目に、イズミは目を通していく。最後の列に見慣れない項目があった。
「……ほりだし物?」
訝しむイズミに、ソフィアが声をかけてきた。
「なにかひとつ」
ソフィアは人差し指を立てて続ける。
「イズミさんが旅先で見つけた、何か素敵なもの。それを、納品してください」
それだけ言うと、少女はにこりと微笑んだ。
「……善処はします」
イズミは扉に手をかけながら、返答した。
「それでは」
ぎぃ、扉が音を立てて開く。従者の背中に雇い主の声が届く。
「イズミさん、いってらっしゃい」
従者は振り返らず、軽く手を振って応えた。外に出て後ろ手で扉を閉める。少ししてから施錠の音が聞こえた。拠点前の小さな庭を横切り、正門を越えてから振り返る。三つ目の鳥猿があしらわれた門扉がそこにあった。イズミは深いため息と共に懐から魔除けの煙草を取り出し、じっくりと喫煙する。門扉の鳥猿の目が二つに戻っていることを確認し、イズミは拠点を後にした。
「……私しか見えないモノなんか、ほりだし物にならないね」
◆◆◆
冒険者居住区の断崖に架けられた長い陸橋を渡ると、不滅隊が常駐する関所が見えてくる。四角い顔の門番に身分証を提示し、イズミは大門をくぐって西ザナラーン方面に出た。
ザナラーンの太陽はまだ高く、その陽射しは荒涼な大地をあまねく照らしている。彼方には陽炎にゆらめく砂都の丸々とした楼閣が見えた。
イズミは水筒の水を飲み、改めて狩猟品目をめくる。いくつかの品物は目の前に広がる荒野で確保出来そうだった。日が暮れるまで狩りをしたら、今夜は砂都で宿を探すか。それとも荒野の交易所で安く済ませるか。イズミは歩きながらしばし思案した。
どちらの酒場がより雰囲気が良かったかだろうか。そんな事を考えていると、ふと背筋にぞわりと悪寒が走った。イズミは刀に手を掛け、辺りを見回した。妖異の気配だった。イズミは路傍の朽ちた立札に目をやる。「指名手配」「借金王ノーザーク」「デッドオアアライブ」きちんと読める。添えられた人相書きも正常。魔除けは効いている。それでも気配を感じるということは、すぐ近くにいるのだ。魔除けをものともしない、何かが。
やがてイズミは気付いた。前方遠く、砂都へ至る斜面に長く伸びた石造の階段。その階段から逸れてこちらへ歩いてくる者がいる事に。イズミは目を凝らす。背の高い男は幽鬼のようにふらついている。ぼろぼろの外套の隙間から、灰色の細長い脚が見えた。その頭には、欠けた角があった。捻じ曲がった曲刀が右手に握られていた。
殺したはずの、カルト教祖だった。イズミは鯉口を切り、構えた。
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