融雪の雨に(Savage)
「な、なにをする! 貴様、約束が違うぞ!! 」
ヤツルギのユキは己を縛り上げる灰犬一家船員に抵抗する。
「宝を渡せば、人質は解放すると…!!うあッ!」
「お姫様ってのは、世間知らずなもんよねぇ! 」
抵抗虚しく縛り上げられたユキを大柄な影が見下ろす。ハルブレイカー・アイルの陽射しを遮るように、灰犬一家頭領ロザリンデがユキを侮蔑的に見下ろしていた。
「いい? 女ってのは嘘が武器なの…覚えておきなさい。」
地に伏したユキの白いツノを撫でながら、ロザリンデは勝ち誇る。これで井ノ国の宝は全て彼女のものだ。勝利の余韻が彼女を満たす。完璧である。やがてその後ろに現れる人影あり。浅黒く神経質な顔をしたその男は、この作戦において多大な貢献を成した魔導忍衆の生き残り、レッドウェイである。
「ロザリンデ…これでユキ・ヤツルギの手駒は品切れだ…ウン。 報酬の上乗せ、期待している…ククク…。」
レッドウェイは縛り上げられた隣の人物を突き飛ばした。忍装束に身を包んだ生真面目そうな男は無念さを噛み締めていた。ユキはその顔に覚えがあった。
「オ、オボロ!? なぜだ、なぜ私を追ってきた!?」
オボロは目を伏せ、ただ黙っている。己の不覚を恥じるように。
「い、言っておくが、もうひとりは尻尾を巻いて逃げた…。 こ…この俺の敵ではなかったということ……ウン。 俺は、忍びの歴史を塗り替える男。そう、俺こそが新時代の忍びなんだな………ウン。」
ぶつぶつと語るレッドウェイを尻目にロザリンデは高笑いを上げる。そして再びユキに向き直り、顔を近づけた。
「フフ、これでアンタを助ける忍びは、もういない……。 ああ~ん、ねえ、今どんな気持ち!? 」
ロザリンデは大袈裟に身を捩りユキを煽る。ユキにはただ悔しさと無力さだけがあった。
「お宝は奪われて、民も守れなくて、頼みの忍びももういない! それってどんな気持ちなのぉ~!?」
もはやこれまで。ユキの高潔な精神が悪に屈しようとした、その時である!
「グワーッ!」
見張り台の船員が悲鳴と共に落下してきた。地面に激突し悶絶している。ロザリンデ達はユキ姫を捨て置き、一斉に見張り台を見やる。そこには逆光に照らされた影があった。女の影であった。
「ユキ姫様…ご安心を!」
女の決断的な声が戦場に響く。呆気に取られる灰犬一家を尻目に、女は宙に身を躍らせ、戦場の只中へ三点着地した。女はユキを改めて見つめ、にこりと笑う。
「わたしが来ました。あなたの、刃が!」
女は力強く足を踏み鳴らす。地を砕くエーテルカラテの漲りが空気を震わせた!灰犬一家はその勢いに気圧されている!
「俺も…俺もいるぜ!」
そして女の後ろから斧を携えた大柄なアウラの男が駆けてきた。恐れを噛み殺し、女の隣に並び立った。
「ソフィア…?!アカギ…?!」
「見てのとおりだ、ユキ姫よ!」
それまで黙っていたオボロが高らかに宣言する。
「お主の忍びと家臣の心は、まだ死んでおらぬようだ。 さあ、まだ絶望の淵に沈む必要はない! あなたの『忍び』の力を信じるならば……今一度、あなたの『本当の心』を、刃を託せ!!」
オボロの力強い言葉がユキの心を打つ。彼女はオボロから瞳を逸らし、俯く。本当の心。『自分を守る人を失いたく無い』。そして突きつけられた限界。無力。だけど、自分にはまだ—
ユキは顔を上げ、己の忍びを見据え、強く叫んだ。
「……助けて! 俺を……私を助けて、ソフィア!」
切なる願いが密林にこだまする。
「こいつらを、やっつけて!!」
「お任せを!!」
ソフィアは倒れ込むような姿勢を取ったかと思うと、一気にトップスピードに加速!「イヤーッ!」レッドウェイに蹴りかかる!ニンジャ脚力の到達点、縮地である!「ヌウーッ!」ギリギリのタイミングでレッドウェイはクロスガード!5ヤルムの距離をノックバック!
「ドーモ、ソフィアです」
「ドーモ、レッドウェイです」
ニンジャ同士のイクサにおいてアイサツは神聖不可侵の掟。それはエオルゼア出身であろうと帝国魔導忍衆であろうと同じである。オジギ終了コンマ2秒後、彼らは木人拳めいたミニマルなカラテラリーに突入した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
互角である!だがしかし平静を取り戻した海賊達の銃口がソフィアを狙う!アブナイ!
「させるかァ!」
アカギの戦斧が衝撃を巻き起こす!斧術の基礎、オーバーパワーだ!海賊はまとめて吹き飛ばされる!
「ソフィアさん!こっちは任せとけ!」
「えぇいクソ!人質を使え!人質を!」
最奥のロザリンデの怒号が飛ぶ!そう、まだ人質は灰犬一家の手にあるのだ。ロザリンデの判断は正しかった。だが、遅すぎた。人質を取り囲む一団は一人の剣士によって次々に斬り伏せられていた。
「マスターの名乗りに馬鹿正直に付き合っちゃって…あんた達、割と律儀だね」
紫髪のアウラの女は、刀についた血糊を払う。人質は人知れず回り込んだソフィアのリテイナー、イズミが救出していた。抜かり無し!
「オボロさん、ユキ姫様を」
「うむ、任されよ」
煙幕と共に一団はまとめて姿を消す。後に残るは海賊達の群れと、イズミだけだ。
「ウオオオーッ!」
背後から大柄な船員が殴りかかる!ヤバレカバレ!だがイズミは懐から鉤のついた金属棒を抜き放ち、反撃!そのまま地面に引き倒した!
「…極悪人相手は気楽だよ」
イズミはニヤリと笑った。
「…心が痛まないからね」
イズミは男を抑えたまま剣を抜き放ち、残りの一団を見据える。
「…暁天」
「アバババババーッ?!」
神速の踏み込みに引き摺られた男の顔面が摩擦で抉れる!そのままイズミは削られた男を加速のままに一団に投げつける!狂気の刃が海賊団の一翼を飲み込まんとしていた!ナムアミダブツ!
◆◆◆
「ハイヤーッ!」
ソフィアの放つフマー・スリケンがレッドウェイの口寄せポータルを破壊!シャドーバットはこれで打ち止めだ!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
カラテの応酬は続く!しかし数に頼ったレッドウェイの力は、それを封じられれば押し切られる!クリーンヒットが増えていく!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「ィィィイヤーーーッ!!!」「グワーッ!!!!」
クランク回転めいた空中連続キックが全段命中!レッドウェイは血を吐き、たたらを踏む!
「ここまでです!」
ソフィアはザンシンし、相手の出方を伺う。これ以上向かってくるのであれば、もはや命を奪う他はない!
「こ、こ、これ以上は、報酬の割に合わない……!! い、命は大事、俺の命は一番大事、ウン!!」
レッドウェイは振り返り、一目散に駆け出す!だがその時、鉤つきのチェーンが飛び来たり、レッドウェイの胸部に深く突き刺さった!斧術の奥義、ホルムギャングである!
「アバッ!」
「こっちに来いッ!この役立たずがッ!」
鎖が巻き上がり、レッドウェイはあらぬ方向へ引き寄せられる!その先に立つのはロザリンデである!おぉなんたることか?!レッドウェイは彼女の仲間ではないか!
「契約違反は、命を持って償ってもらうよ!!」
「アバーッ?!アバババババーッ!」
ロザリンデの腕がレッドウェイの胸部を抉り、その心臓を掴み出した!フェイタリティ!いくら屈強とはいえ、人間の腕力とは思えない!
「あたしが相手してやるよォ!」
狂乱の咆哮が戦場を揺るがす!
「己の忍びに、なんてことを・・・・・・!」
オボロに支えられたユキが慄く。
「傭兵なんだからぁ、仕事ができなきゃクビ…当然でしょ…?」
「違う……!」
ユキは恐れず言い返す!
「忍びは、心と刃を預けた仲間だ! ソフィアが、それを証明してくれる!」
「笑わせるなァァァ!」
どすどすと大地を割りながらロザリンデはソフィアへ向かってくる。目の周りには禍々しく血管が浮かび上がり凄まじい形相である!プルトー香のオーバードーズだ!コワイ!
「マスター、姫様はあぁおっしゃっていますが、実際このままやりあうのは危険ですよ」
ソフィアに並び立つイズミが警告する。
「あの突進力に打ち勝つには護り手が要ります。一度離脱して、装備を整えてください」
「そうですね。でも…」
ロザリンデの膨張した剛腕が振り上げられる。ソフィアは腕組みのまま動かない!イズミは主人の前に立ち、抜刀術の構え!
「彼女を誰より想う、彼がいます」
「ドッソイ!!!」
凄まじい勢いで横合いからタックルを仕掛けたのは、巨漢の忠臣、アカギだ!ロザリンデのチャージを食い止め、がっぷり四つの態勢!
「姫様は…俺が…俺が護るんだよォーッ!!!」
恐れを捨て、勇気を振り絞ったアカギの渾身の上手投げ!ロザリンデは脳天から地面に叩きつけられる!
「アバーッ?!」
大地は割れ、血飛沫が飛び散る!
大ダメージだ!
「ア、アバッアバッ…」
なおも立ち上がるロザリンデ!だがもはや目は虚ろであり、戦闘不能だ!
「ソフィア!」
オボロの声が響く!
「トドメを刺せ!」
ソフィアは瞑目をやめ、見開いた目でロザリンデを見据える。みなぎるエーテルカラテがその手に宿っている!決着の時!
「ハイヤーッ!」
指を束ねた不思議な形の突きがロザリンデの額に叩き込まれる!ロザリンデは一瞬意識が途切れ、次の瞬間は深い闇の中にいた。そして、目の前に夥しい刀を浮かび上がらせるニンジャを見た。
「月遁・血祭!ィィイヤァァァァーッ!!」
光の刀が一斉にロザリンデに殺到!腕を、足を、頭を、腹を、全身を貫かれ、空中に固定される!激痛に喘ぐ事すらもはや叶わない!
「成敗!」
パァン!とソフィアは手を叩く!全ての刀が爆発して、ロザリンデは光芒に消えた!フェイタリティ!完全なる勝利!
◆◆◆
「おい、トドメを刺さない…のか…?」
額を打たれたのち、何も起こらない光景に、ユキは訝しんだ。傍のオボロがそれに答える。
「…おそらくは幻術です。あの女にもう意識は無いでしょう」
ロザリンデは立ったまま白目を剥き痙攣している。完全なる戦闘不能であった。ザンシンしたソフィアはすでにこちらへ向かって歩き始めていた。
「貴女の目の前で惨劇を見せぬよう配慮したのでしょう…。この極限状態でよくも」
力を使い果たして倒れたアカギをソフィアが手を貸して起き上がらせていた。—あぁ、アカギ。お前こそ忠臣の中の忠臣だ。ユキは心からそう思った。
「最も…あの女は今も自分が殺される幻影を見続けているはずです。殺してやった方がマシだったかもしれませんな」
オボロのさらりとした恐ろしい分析に、ユキは背筋が凍った。ソフィアの柔和な笑顔の奥に、確かに修羅が棲んでいるのだと、改めて実感した。
「さて、ユキ姫様。あなたの忍びと忠臣は見事任務を果たしました」
オボロは続ける。
「ならば主君は心からその働きを讃えるのです。大義であったと…」
そうだ、その通りだと、ユキは弾かれたように彼らの元へ駆けて行った。
【了】
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